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転生したら劉禅だったので、諸葛亮に有給休暇を取らせます~MBAホルダーの阿斗、関羽の孤立・張飛のパワハラ・孔明の過労死を組織改革で止める~  作者: 東雲 諒杏
第七部 北伐——取ったものを、手放す

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117/174

第115話 勝ったものを、手放す


【建興六年 夏|成都】


隴右(ろんゆう)三郡を、取った。


二十年、この国が望んだものである。


そして、三月で、返すことになった。


    ◆


建興(けんこう)六年の夏。街亭(がいてい)の後である。


馬謖(ばしょく)は、山へ登った。王平(おうへい)は、三度諫めて、聞かれなかった。そして、退いた。四千二百人を、連れて。


張郃(ちょうこう)は、追撃を停めた。王平が、旗を伸ばしたからである。


そして、隴右は、落ちなかった。理由は、二つある。


一つ。馬超(ばちょう)が、(きょう)を動かしていた。三十七部族である。街亭を抜かれても、西が敵にならなかった。


二つ。諸葛亮(しょかつりょう)が、退かなかった。


そして、この二つは、どちらも、地図に描けない。


【隴右三郡】


天水郡 占領

南安郡 占領

安定郡 占領


人口 推定 十四万戸

面積 益州の三分の一


歴史変動率 12.4% → 21.7%


二十一パーセント。倍に近い。そして、初めて二十を超えた。


俺は、その数字を、しばらく見ていた。


二十年前、この欄は零だった。そして、一パーセント動かすたびに、人が死んでいる。


成都は、沸いた。二十年ぶりである。益州(えきしゅう)を取って以来だ。


市に、旗が立った。酒が、値を上げた。張飛(ちょうひ)が、七回怒鳴った。


嬉しいときも、この人は怒鳴る。そして、八回目で止まった。十年前に決めた、あの数字である。


そして、三月後。評定が、開かれた。


    ◆


劉巴(りゅうは)が、先に口を開いた。七十を超えている。社交八の男である。そして、数字の話になると、必ず出てくる。


「陛下」


「子初どの」


「隴右は、保てませぬ」


広間が、静かになった。勝った直後である。


「なぜですか」


この人は、竹簡を置いた。そして、こう言った。


「四十三でございます」


「……」


「歳入の、四十三」


【隴右 維持費】


駐留兵 推定 三万

年間糧 推定 四十万斛

輸送距離 成都より 二千里

輸送損耗 三割


年間費用 歳入の 四十三%


そして、劉巴は、もう一枚出した。


「そして、隴右から得られるものは」


「はい」


「十一でございます」


俺は、その二つの数字を、長いこと見ていた。


四十三と、十一。三十二パーセント、減る。毎年、である。


「子初どの」


「はい」


「十年で、いくつですか」


この人は、即答した。


「三年で、府庫が空になります」


十年ではない。三年である。


「士元どの」


「はい」


俺は、聞いた。


「どう思われますか」


龐統(ほうとう)は、即答した。四十九である。そして、酒杯を持ったままだった。


「捨てるべきです」


馬超が、立ち上がった。五十二。そして、この人が評定で立ったのは、久しぶりだった。


「士元どの」


「……」


「あれは、涼州でございます」


「はい」


「私の、郷でございます」


広間が、凍った。


十七年前、この人の一族二百人が死んだ場所である。父も、弟も。


そして、この人は、それを自分の挙兵のせいだと知っている。


龐統は、馬超を見た。そして、こう言った。


「孟起どの」


「……」


「存じております」


「——」


「そして、数字は、変わりませぬ」


    ◆


劉巴が、竹簡(ちくかん)を一本出した。古い。端が、擦り切れている。そして、こう言った。


「陛下」


「はい」


「四年前のものでございます」


俺は、それを開いた。地図である。そして、線が一本、引いてある。漢中(かんちゅう)


四年前、この人はこう言った。


「ここまででございます」


「これより北は、取っても保てませぬ」


「取れませぬ、ではなく」


「保てませぬ、でございます」


俺は、その線を、長いこと見ていた。


隴右は、線の北である。そして、四年前、俺は木簡(もくかん)にこう書いた。


《取れるのと、保てるのは、違う》


「子初どの」


「はい」


「当たりましたね」


劉巴は、答えなかった。そして、しばらくして、こう言った。


「陛下」


「はい」


「当たっても、嬉しゅうございませぬ」


俺は、そこで、止めなかった。


止めれば、議論が終わる。そして、馬超が黙る。


自己主張の低い人では、ない。だが、この人は、反対されると引く。十七年、疑われ続けたからだ。


「孟起どの」


「陛下」


「座ってください」


「……」


「話は、終わっていません」


馬超は、座った。そして、後ろに、馬岱(ばたい)が立っていた。


十四年、この人は、そこにいる。そして、俺は、いまだに、それを馬超に言っていない。


    ◆


俺は、諸葛亮を見た。


「先生」


「はい」


「漢中より、報は」


この人は、答えた。四十七である。そして、去年から、髪が白い。


「三通、参っております」


「はい」


「一つ。羌が、貢を求めております」


「……」


「二つ。天水(てんすい)の豪族が、税の減免を求めております」


「三つ」


この人は、そこで、少し間を置いた。そして、言った。


「魏が、来春、来ます」


法正(ほうせい)が、口を開いた。五十二。病んでいる。そして、まだ敵情を書いている。


「曹真でございます」


「はい」


「兵は、十万」


「こちらは」


「三万」


俺は、そこで、計算を止めた。


勝てない、という話ではない。守れる。地形がある。羌がいる。そして、王平がいる。


問題は、来年ではない。再来年である。そして、その次の年だ。


「先生」


「はい」


「十年、守れますか」


諸葛亮は、答えなかった。羽扇(うせん)が、止まっていた。やがて、言った。


「……五年なら」


「六年目は」


「分かりませぬ」


広間が、静かになった。


この人が「分かりませぬ」と言うのを、俺は三度しか聞いていない。


一度目は、十三年前。「あなたが倒れたら、誰がやりますか」と聞いたとき。二度目は、五年前。「南征は、二年で済みますか」と聞いたとき。


そして、今日である。


三度とも、答えられなかったのは、年数の話だった。


    ◆


俺は、馬超を見た。この人は、黙っていた。そして、壁を背にしていなかった。


十四年前、この人は必ず壁を背にして座った。扉の位置を、毎日確認していた。


そして今、後ろに、馬岱がいる。


「孟起どの」


「陛下」


「一つ、伺います」


「……はい」


俺は、聞いた。


「羌の首領は、何人おられますか」


この人は、答えた。即答だった。


「三十七でございます」


「名は」


「全て、存じております」


俺は、そこで、木簡を出した。新しい一枚である。そして、筆を添えた。


「書いてください」


馬超は、それを見た。そして、しばらく動かなかった。やがて、聞いた。


「陛下」


「はい」


「土地を、返されますか」


広間の全員が、俺を見た。諸葛亮も。龐統も。法正も。劉巴も。そして、董允(とういん)も。


俺は、答えた。


「返します」


そして、こう続けた。


「そして、人を、残します」


「四年前、国是を定めました」


俺は、続けた。


「一——領土を、増やさない」


「はい」


「そして、去年、北伐を承認しました」


広間が、静かになった。


「矛盾しております」


法正が言った。俺は、答えた。


「していません」


「……」


「先生は、去年、こう申されました」


「『取りに参るのでは、ございませぬ』」


諸葛亮は、羽扇を止めた。そして、何も言わなかった。


「孝直どの」


「はい」


「取ってしまいました」


「——」


「三郡です」


俺は、そこで、一つ認めた。


勝ちすぎた。目的は、魏に西を見させることだった。そして、見させるだけでは済まなくなった。


そして、勝ちすぎることを、俺は二十年、危険だと言い続けてきた。言い続けて、防げなかった。


理由は、たぶん、一つである。


勝ちすぎるのは、いつも、こちらが強いからではない。相手が、弱っているときに起きる。


そして、相手が弱っているのは、こちらのせいではない。


    ◆


馬超は、しばらく俺を見ていた。そして、筆を取った。三十七の名を、書き始めた。一つずつ、である。


そして、途中で、手が止まった。


「陛下」


「はい」


「十一人目でございます」


「はい」


この人は、こう言った。


「この者は、十七年前、私を裏切りました」


広間が、静かになった。


冀城(きじょう)でございます」


妻と子が、城の中にいた日である。そして、戻ったとき、いなかった。


「孟起どの」


「はい」


俺は、聞いた。


「書けますか」


馬超は、筆を持ったまま、長いこと動かなかった。そして、書いた。一字ずつ、である。


そして、書き終えて、こう言った。


「この者は、今、羌の中で、最も大きい部族を率いております」


「はい」


「外せば、残る三十六が、意味を失います」


俺は、その一行で、この人の変化を知った。


十四年前。この人の他者信頼は、九だった。そして今、裏切った男の名を、自分の手で書いている。


外せば、制度が壊れるという理由で。


【馬超】


他者信頼 12 → 58

帰属意識 7 → 71


備考

 この人物は、

 私怨と職務を、分離しました。


私怨と職務の分離。法正が、それを横で見ていた。そして、何も言わなかった。


この人は、二十二年かけて、まだ分離できていない。そして、たぶん、それでよいと思っている。


    ◆


方針が、決まった。


【隴右方針】


軍事占領 解除

撤退時期 一年以内


残置事項


 一 羌・氐の首領三十七名との個別協定

   (交易・不可侵・紛争調停)

 二 交易路(塩・馬・鉄)の確保

 三 馬超を涼州牧として、名目上置く

 四 首領の子弟を、成都の学舎へ受け入れる

 五 撤退時、天水の豪族へ、税の減免を確約しない


備考

 土地は返します。

 この三十七名は、二度と魏へ付きません。


五番目である。確約しない。


父は、約束管理二十二だった。そして、退くときに約束すると、必ず破ることになる。


俺は、それを二十年、見てきた。そして、退き際に一つだけ多く約束することが、いちばん高くつく。


法正が、最後に聞いた。


「陛下」


「はい」


「一つ、伺ってよろしいか」


「どうぞ」


この人は、聞いた。


「勝ったものを返すのは、負けたのと、何が違いますので」


俺は、そこで、十九年前を思い出した。


公安(こうあん)である。俺は二つで、魯粛(ろしゅく)に会った。そして、この人はこう言った。


「損得というものは、どこで区切るかで変わります」


「今年で区切れば、我らは四郡を失いました。損にございます」


「十年で区切れば、我らは北の圧力を分け合う相手を得ました。得にございます」


俺は、答えた。


「孝直どの」


「はい」


「区切り方です」


「……」


「今年で区切れば、三郡を失いました」


「はい」


「十年で区切れば」


俺は、馬超の書いた木簡を持ち上げた。三十七の名が、書いてある。


「三十七の部族が、魏に付かなくなりました」


法正は、しばらく黙っていた。そして、こう言った。


「……それは」


「はい」


この人は、少し笑った。病で、痩せている。そして、この笑い方だけは、変わらない。


「魯粛の言でございますな」


俺は、そこで、驚いた。


「孝直どの」


「はい」


「ご存じでしたか」


法正は、答えた。


「存じております」


「……」


「十一年前、殿下が五部に写させました」


「——」


「一部は、私の手元に参りました」


俺は、そこで、動けなくなった。


十一年前。荊州(けいしゅう)である。潘濬(はんしゅん)が、二年しまっていた竹簡を出した。


そして、俺は馬良(ばりょう)に言った。


「五部です」


「成都に一部。荊州に一部。関羽叔父上に一部。糜芳どのに一部。士仁どのに一部」


法正には、送っていない。


「孝直どの」


「はい」


「誰が、送りましたか」


この人は、答えた。


「馬季常でございます」


馬良である。白眉。断る力、十七。


そして、この人は、六部目を、勝手に作っていた。


    ◆


その夜、俺は馬良を呼んだ。四十一である。そして、まだ白い眉をしている。


「季常どの」


「陛下」


「六部目を、作られましたね」


この人は、白い眉を下げた。そして、答えた。


「……申し訳ございませぬ」


「叱っていません」


「……」


「何部、作りましたか」


馬良は、しばらく黙った。そして、言った。


「十四部でございます」


俺は、そこで、息を呑んだ。


十四部。五部と言ったのは、俺である。そして、この人は、十四部作った。


「なぜですか」


馬良は、答えた。


「殿下が、仰せになりましたゆえ」


「……何を」


この人は、十一年前の言葉を、そのまま復唱した。


「『一人が持っていると、その人が死んだ日に消える』」


「……」


「『五人が持っていると、消えない』」


そして、こう続けた。


「五人では、足りぬと存じました」


俺は、そこで、一つ聞いた。


「季常どの」


「はい」


「誰に、送られましたか」


この人は、答えた。十四の名を、一つずつ、である。


そして、そのうち三人は、既に死んでいた。


「季常どの」


「はい」


「死んだ方の分は」


馬良は、答えた。


「家に、残っております」


「……」


「そして、家の者が、読みます」


    ◆


その夜、俺は木簡を出した。


《渡したもの》


一行目、黄忠(こうちゅう)。《六十を過ぎた者の、使い方》


二行目、張飛。《殴らない方法》


三行目、王平。《読めない者の、読み方》


俺は、四行目を書いた。


馬超


《羌の首領三十七名の名》


そして、その横に、小さく書き足した。


《うち一名は、この人を裏切った者》


最後に、俺はもう一行、別の木簡へ書いた。


《五部と言ったら、十四部できた》


そして、その下に。


《制度は、言った数より、増えることがある》


減ることのほうが、多い。十九年、俺はそれを見てきた。


そして、今日、初めて、増えた。増やしたのは、断る力十七の人である。



〈あとがき〉


四十三と十一。「十年で、いくつですか」「三年で、府庫が空になります」。


「当たりましたね」「陛下。当たっても、嬉しゅうございませぬ」——四年前、この人が地図に引いた線の北が、隴右でした。


前世で、俺は大きな会社が負ける筋道を調べた本を読んだ。


負ける理由は、怠けたことでも、経営陣が愚かだったことでもなかった。正しくやったから、負けていた。


大きな会社は、いちばん良い客の声を聞き、いちばん利益の出る商品を改良し、いちばん確実に儲かる場所へ資源を置く。全部、教科書どおりである。そして、その正しさのせいで、小さくて儲からない新しいものへ、手が伸びない。


小さい側は、そこにしか入れない。大きい側が入る理由を持たない場所を選ぶという、それだけの戦い方である。


そして、その本には、小さい側の失敗も書いてあった。


いちばん多い負け方は、小さい側が、大きい側と同じ土俵に上がったときである。同じ商品で、同じ客に、正面から挑む。一度は勝てる。二度目に、規模で潰される。


隴右は、そういう土地である。


取れる。一度は、取れる。そして、保つには、あちらと同じだけの兵が要る。


九十四万と、四百万。同じ土俵に上がった時点で、算術が終わる。


だから、返す。負けたのではない。上がらない、と決めたのである。


「この者は、十七年前、私を裏切りました」。そして書きます。「外せば、残る三十六が、意味を失います」——私怨と職務の分離。他者信頼、九から五十八。


そして「五部と言ったら、十四部できた」。三人は既に死んでいて、その分は家に残り、家の者が読んでいます。


《劉禅文庫 蔵書その五十二『イノベーションのジレンマ』——大きい側は、正しくやるから負ける。そして小さい側は、同じ土俵に上がった日に負ける》


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