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転生したら劉禅だったので、諸葛亮に有給休暇を取らせます~MBAホルダーの阿斗、関羽の孤立・張飛のパワハラ・孔明の過労死を組織改革で止める~  作者: 東雲 諒杏
第七部 北伐——取ったものを、手放す

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第108話 孟達は、裏切る前に転職願を出した


【建興四年|成都】


孟達(もうたつ)から、文書が来た。


七枚である。


そして、辞める者は、一枚で済ませる。


    ◆


建安(けんあん)二十四年、この人は新城(しんじょう)へ移った。上庸(じょうよう)・房陵・西城の三郡である。魏と蜀と呉の、境目だ。


そして、七年間、私信を一度も寄越さなかった。報告は、事務のものだけ。


四年前、一度だけ、一行の返事が来た。


《まだ、決めておりませぬ》


俺が「字は、そのままでよろしいですか」と聞いたときである。そして、それきりだった。


十五年前、俺はこの人に一つ渡した。非公式の相談経路である。四歳だった。


そして、使われるまで十五年かかった。


文書は、七枚あった。


一枚目。《現在の職務を続けられない理由》


上司である劉封(りゅうほう)との関係悪化。命令系統の不明確さ。戦功評価への不満。旧劉璋派としての差別。


そして、最後の一行。


《若い皇帝のもとで、自分が信用されるか不安》


二枚目。《未報告の問題》


魏から、登用を勧める使者が来た。官位。領地。家族の保護。全て、提示されている。


三枚目。《本人の希望》


劉封の指揮下から外れたい。前線の独立指揮官ではなく、外交、現地豪族調整、国境交易を担当したい。


四枚目。《魏へ移る場合の条件》


軍事情報を持ち出さない。家族を連れていく。一定期間、蜀との戦闘へ参加しない。


五枚目。《蜀へ残る場合の条件》


劉封による過去の侮辱を調査。職務範囲を明確化。皇帝または別の高官へ直接報告できる経路。


六枚目。《本人の感情》


《私は、忠臣と呼ばれるほど立派ではありません》


《しかし、裏切り者と呼ばれる前に相談したいと思いました》


七枚目。


《陛下が昔、去る前に報告せよと申されたことを覚えております》


俺は、その一行を、長いこと見ていた。


十五年前である。俺は四つで、まともに喋れなかった。そして、こう言った。


「にげる、とき」


「にげる、まえに」


「いって」


三語ずつだった。そして、この人は、それを十五年、覚えていた。


    ◆


【孟達 字・子度】


統率 82

武力 76

知略 88

政務 79

外交 91


自己保全  97

機会判断  95

忠誠安定性 43

現地人脈  94

危機察知  98


劉禅への信頼 71

劉封への信頼 4

蜀への忠誠  58

魏への期待  67


離反危険度 54%


現在状態

 【裏切る前に相談した】


危険度は、高い。だが、既に裏切ったわけではない。


「孟達を捕らえるべきです」


軍の一部から、意見が出た。


「魏と通じた」


「国境の軍事情報を知っている」


「放置すれば、城ごと降る」


理解できる。俺が孟達の立場を知らなければ、同じ判断をしたかもしれない。


関羽(かんう)が言った。六十七である。武備学舎の祭酒を、三年やっている。


「捕らえれば、孟達は何を学ぶ」


「敵と通じれば罰せられると」


若い将が答える。


「違う」


関羽は、首を横に振った。


「相談すれば捕らえられると学ぶ」


広間が、静かになった。


糜芳(びほう)士仁(しじん)范彊(はんきょう)張達(ちょうたつ)。そして、関羽自身も。


話す前に、人は恐怖で沈黙する。そして、沈黙が、裏切りへ変わる。


「孟達だけではありません」


蔣琬(しょうえん)が言った。


「この件を知る全ての者が見ております」


正直に相談した者が、どう扱われるか。


「しかし」


黄権(こうけん)が慎重に言う。


「魏との接触を不問にはできません」


「不問にはしません」


俺は答えた。


    ◆


諸葛亮(しょかつりょう)が、口を開いた。四十六である。二年前、南征から戻った。そして、来年、出師表(すいしのひょう)を奏する。


「陛下」


「先生」


「七枚でございますな」


「はい」


「辞める者は、一枚で済ませます」


十九年前、俺は困難な状況の切り抜け方について、四百頁の本を読み通した。書いてあった結論は、公式はない、だった。四百頁かけて、公式がないことだけを学んだ。


いま、七枚を前にして、その四百頁を思い出している。


答えを持っている人間は、短く書く。


前世で、俺は退職の文章を何百通も読んだ。もう決めた人は、一身上の都合、で終わる。理由を書かないのは、書いても意味がないと知っているからである。


長く書く人は、まだ答えを探している。書いているのは理由ではなく、条件だ。この条件が満たされれば残る、という探索の途中である。


そして、そのときの俺は、長いほうを「面倒な退職者」と呼んでいた。処理に時間がかかるからである。短いほうは「円満」と書いて、その日のうちに決裁した。


逆だった。


短いほうは、もう手遅れである。長いほうだけが、まだ、こちらに用がある。


十九年前、俺は四つで、この人に三語ずつ言った。逃げるとき。逃げる前に。言って。


そして今日、七枚が来た。七枚は、この人が十九年で書いた、いちばん長い文章である。


「——」


「七枚書くのは」


「——」


「引き留めてほしい者でございます」


俺は、そこで、聞いた。


「引き留めますか」


諸葛亮は、首を振った。


「引き留めれば、来年また出されます」


「はい」


「受け取って、置いておくのがよろしゅうございます」


受け取って、置いておく。そして、この人は、こう続けた。


「陛下」


「はい」


「七枚のうち、四枚目と五枚目を、並べてご覧くださいませ」


俺は、二枚を並べた。


《魏へ移る場合の条件》


《蜀へ残る場合の条件》


四枚目は、三行である。そして、五枚目は、三行だった。同じ数である。


「先生」


「はい」


「同じ数ですね」


諸葛亮は、答えた。


「はい」


「——」


「そして、五枚目のほうが、細こうございます」


確かに、そうだった。


魏へ行く条件は、大きい。家族。情報。戦闘参加。


そして、残る条件は、細かい。調査。職務範囲。報告経路。


「先生」


「はい」


「細かいのは、なぜですか」


この人は、こう答えた。


「考えた時が、長いからでございます」


そして、諸葛亮は、こう付け足した。


「一つ、伺ってよろしいか」


「どうぞ」


「十五年前、陛下は四つでございました」


「はい」


「なぜ、辞める様式を作られましたので」


俺は、答えた。


「逃げ道がないと、逃げますゆえ」


「孝直どのが、そう申されました」


諸葛亮は、長いこと黙っていた。そして、こう言った。


「覚えております」


「……先生も、おられましたか」


「おりました」


「そして、意味が分かりませなんだ」


「今は」


この人は、答えた。


「分かります」


「……」


「十五年、かかりました」


    ◆


調査する。何を話したか。何を受け取ったか。軍事情報を渡したか。約束をしたか。


同時に、劉封との関係も調べる。孟達だけを対象にしない。


「劉封殿は」


費禕(ひい)が、少し言いにくそうに口を開いた。呉から帰って、二月である。


「先帝の養子であり、陛下の皇兄です」


だから、扱いにくい。


父が、俺が生まれる前に養子とした息子である。武勇もある。若い頃から軍へ参加した。


そして、俺が生まれた。この人は、候補でなくなった。


劉封の立場は、曖昧になった。皇族。将軍。元後継候補。そして、現皇帝の義兄。


権力争いの種と見られている。孟達との対立も、単なる上司と部下の不和ではない可能性がある。


「孟達を成都へ呼びます」


俺は決めた。


「軍権は、一時的に副官へ渡す」


「逃亡する可能性は」


「あります」


「ならば拘束を」


「自主的に来る機会を与えます」


期限——十五日。家族の同行を認める。道中の安全を保証する。来なければ、離反意思ありとして対応する。


「魏へ逃げた場合は」


「敵として扱います」


優しくすることと、無防備になることは、違う。


俺は、孟達へ返書を送った。


《相談を受理する》


《成都へ来る間、生命と家族の安全を保証する》


《軍事情報を持ち出さないこと》


《魏との使者記録を全て提出すること》


《劉封との問題も同時に調査する》


《残るか、去るかは、その後に決める》


五行である。そして、最後の一行を書くのに、いちばん時間がかかった。


「残るか、去るか」を、先に決めていないと書けないからだ。


    ◆


孟達は、期限の十二日目に成都へ来た。逃げなかった。


宮殿の広間へ入る。以前より老けて見える。それでも、周囲を観察する目は鋭い。


「陛下」


孟達が膝をつく。


「顔を上げてください」


能力画面では、こうなっている。


逃走経路確認 三か所


護衛兵力推定 実行中


自己保全 九十七


「逃げません」


孟達が言った。心を読まれたと思ったらしい。


「まだ何も言っていません」


「陛下は、昔から何かを見抜かれます」


俺は、そこで、聞いた。


「魏へ行きたいのですか」


「分かりません」


正直だった。


「蜀に残りたいのですか」


「それも、分かりません」


「では、何が分かります」


孟達は答えた。


「劉封殿の下には、戻りたくありません」


核心である。


劉封は、孟達を、旧劉璋派、離反しやすい者、功績を奪う者、と見ている。


孟達は、劉封を、皇族の地位を利用する上司、自分の功績を認めない者、いつか罪を着せる者、と見ている。


互いの信頼、ほぼゼロ。


「陛下」


孟達が言った。


「私は、忠義百の人間ではありません」


百という言葉を、本人は意味を知らずに使っている。


「自分の命も、家族も大切です」


「当然です」


「戦に負ければ、逃げることも考えます」


「はい」


「それでも、用いますか」


俺は、答えた。


「逃げる可能性があるから」


「……」


「逃げる条件を教えてください」


孟達が、目を見開く。


「不可能な忠義を誓わせるより」


「——」


「離反の兆候を先に知りたいのです」


孟達は、長く黙った。やがて、一つずつ話した。


「家族が危険に晒されたとき」


「はい」


「上司から処刑されると感じたとき」


「はい」


「功績を奪われ続けたとき」


「はい」


「不満を訴える経路がなくなったとき」


「はい」


「そして、敵から、明確に安全を保証されたとき」


「それらが重なれば」


孟達は言った。


「私は、去ると思います」


俺は、そこで、木簡(もくかん)へ書き取った。


五つである。そして、五つとも、この国が起こせるものだった。


敵が誘うのは、五つ目だけである。残る四つは、全部、こちら側で起きる。


【孟達】


自己認識 68 → 91


離反条件 可視化


新規特性


【逃げる前に申告する】

 離反条件が成立した場合、非公式経路へ警告を出す。


離反危険度 54% → 26%


まだ二十六である。ゼロにはならない。そして、それでよい。


人の忠誠を、百にする必要はない。役割と条件が合えば、働ける。


「新しい職務を提案します」


軍の独立指揮官から外す。国境交易。豪族交渉。魏側から来る情報の分析。亡命者や投降者の面接。


裏切る人間の心が分かる者に、裏切る前の人間を見つけてもらう。


「私に、裏切り者を監視させるのですか」


「離反予防担当です」


「名前を変えただけでは」


「少し違います」


「何が」


「処刑候補を探すのではありません」


俺は言った。


「去る理由を、なくせるか確認します」


孟達は、少し笑った。


「法正殿には向かぬ職ですな」


「孝直殿なら、去る前に殺します」


扉の外から、法正の声がした。


「聞こえております」


休んでほしい。五十である。そして、咳が止まらない。


そして、この人は、扉の外に立って報告を聞く癖がついた。去年から、長く座っていられないからである。


    ◆


孟達は、蜀へ残ることを選んだ。そして、去る前に、一つだけ聞いた。


「陛下」


「はい」


「四年前、字のことをお尋ねになりました」


俺は、そこで、顔を上げた。


「はい」


「『まだ、決めておりませぬ』と、お答えいたしました」


「覚えています」


孟達は、こう言った。


「決めましてございます」


「……どちらに」


この人は、答えた。


「子度で、参ります」


劉封の諱を避けて改めた字である。そして、この人は、それを選んだ。


「なぜですか」


孟達は、少し黙った。そして、こう言った。


「陛下が、二つとも書いておられますゆえ」


十五年前、俺は木簡に書いた。


《正しく呼ばれていない者》


一行目。孟達 字・子度(旧・子敬)


そして、この人は、それを見たことがない。


「陛下」


「はい」


「私は、字を変えられた者でございます」


「はい」


「——」


「そして、変えられた字で呼ばれ続ければ、それが名になります」


「——」


「変えられたことを覚えている者が、一人おれば、足ります」


    ◆


その夜、俺は木簡を出した。


《正しく呼ばれていない者》


一行目。孟達 字・子度(旧・子敬)


二行目。諸葛喬(しょかつきょう) 字・伯松(旧・仲慎)


俺は、一行目の横に、書き足した。


《本人が、子度を選んだ。建興四年》


そして、その下に。


《それでも、旧字は消さない》


消せば、変えられたことが、なかったことになる。


俺は、次に、死亡年表を開いた。


二二八——孟達。四角。


二年後である。そして、四角は、まだ四角のままだ。


俺は、その横に、一行足した。


《五つのうち、四つは、こちらで起こる》


ただし、劉封との問題は、まだ解決していない。俺は、皇兄を成都へ呼んだ。


孟達の離反危険より、政治的には、さらに大きな問題だった。


父の養子。俺の兄。そして、俺が生まれなければ、皇帝になっていたかもしれない男である。



〈あとがき〉


「辞める者は、一枚で済ませます。七枚書くのは、引き留めてほしい者でございます」——そして四枚目と五枚目を並べると、残る条件のほうが細かい。「考えた時が、長いからでございます」。


十五年前、四歳が三語ずつで言いました。「にげる、とき」「にげる、まえに」「いって」。この人は、それを十五年覚えていました。


離反条件、五つ。そして四つは、敵ではなく、こちら側で起こります。


「子度で、参ります」「なぜですか」「陛下が、二つとも書いておられますゆえ」——見たことのない簿の存在を、この人は当てました。


《劉禅文庫 蔵書その五十一『HARD THINGS』——困難な問題に、公式はない。答えを持っている人間は、短く書く。長く書く人は、まだ探している》


次回、第109話「皇帝の兄を、処刑しない」。


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― 新着の感想 ―
106話で南征終わって一年、曹丕死去で劉禅19歳 今回では去年南征が終わって12年前は四つ…… 校正くらいした方がいいのでは?
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