第107話 費禕は、孫権に笑われても怒らない
【建興四年|成都】
費禕を、呉へ送ることにした。三十である。
荊州の出で、父を早くに亡くし、族父に連れられて益州へ来た。同じ年に来た者が、三人いる。そのうち二人は、既に高い官を得ていた。
そして、この人は、得ていなかった。
理由は、一つである。怒らないからだ。
怒らない者は、見つけにくい。怒る者は、目立つ。
十九年、俺は人材台帳を読んできた。そして、いちばん見落としやすいのは、能力の低い人ではない。
静かな人である。
十九年前、俺はバスの話を思い出した。誰をバスに乗せるかを先に決めろ、という研究である。うちの乗客は史上最高で、運転士は停留所ごとに宴を開いていた。
あの研究には、もう一つ、当時の俺が読み飛ばした結論があった。
飛躍した会社の長は、有名ではなかった。
調べた者たちは、最初、それを誤りだと思ったらしい。派手な人物が出てこない。伝記が売れていない。演説が残っていない。そして、成績だけが、他を大きく引き離している。
共通していたのは、二つだった。恐ろしく強い意志と、自分の話をしないこと。
俺は、それを読んで、感心して、そして人を選ぶときには一度も使わなかった。
理由は、簡単である。そういう人は、面接に強くない。目立たない。事例を語らない。功を自分のものとして話さない。だから、資料に残らない。
十九年、俺は人材台帳を読んできた。書いてあるのは、いつも、何をしたかである。
何をしなかったかは、どこにも書いていない。
怒らなかった。奪わなかった。言い返さなかった。功を主張しなかった——それは、全部、空白の形をしている。
◆
建興四年の秋。曹丕が死んで、三月である。
魏の輔政が、四人になった。そして、新しい皇帝は二十二。動くなら、今である。
呉も、同じことを考えている。
「文偉どの」
「陛下」
「呉へ、行っていただきます」
この人は、少し驚いた顔をした。そして、すぐに、こう聞いた。
「何を、持ち帰ればよろしゅうございましょう」
「なぜ私が」ではない。
十九年、俺は多くの人にものを頼んできた。そして、この聞き方をした人は、三人しかいない。
趙雲。蔣琬。そして、この人である。
「同盟です」
「期限は」
「三年」
「はい」
俺は、そこで、一つだけ言った。
「文偉どの」
「はい」
「笑われますよ」
費禕は、少し考えた。そして、こう答えた。
「存じております」
「はい」
「——」
「笑われて、帰って参ります」
◆
費禕が呉へ着くと、孫権は盛大な宴を用意した。
純粋な歓迎では、ない。試している。
若い皇帝から送られた、若い使者である。酒を飲ませる。質問を重ねる。失言させる。そして、蜀の本音を探る。
孫権は、四十四である。二十年前、諸葛亮に同じことをした。そして、あのとき、この人は席を立たなかった。
酒宴で人を試すのは、癖である。そして、癖は直らない。
宴には、陸遜。諸葛瑾。歩騭。朱然。呉の主要人物が並んだ。費禕は、一人でその中へ入った。
後に本人が提出した報告書によれば、最初の質問は、料理が出る前に来たという。
「劉禅殿は」
孫権が尋ねた。
「父上の仇を、忘れられたのか」
費禕は、笑顔で答えた。
「先帝陛下は、戦場で崩御されたのではありません」
「しかし、夷陵の敗北が死を早めた」
「陛下も、我が国も、その事実を否定しておりません」
孫権の目が、細くなる。
「ならば、恨みはあるだろう」
「ございます」
宴席が、静かになった。
普通の使者なら、否定する。「恨みはない」「過去は水に流す」——美しい言葉である。そして、誰も信じない。
費禕は、続けた。
「関羽将軍も、呉を恨んでおります」
陸遜が、費禕を見た。
「張飛将軍も」
「陛下も」
「私も、亡くなった兵を思えば、悲しく思います」
「では」
孫権が尋ねる。
「なぜ同盟を求める」
費禕は、答えた。
「恨みと国益は、別だからです」
法正。関羽。魯粛。何度も語られてきた言葉である。
許さなくてよい。忘れなくてよい。それでも、戦わないことはできる。
そして、この一行は、十年かけて、この国の共通語になった。
「魏は」
費禕が言う。
「蜀と呉の両方を、いずれ従えようとします」
「それは、蜀も同じではないか」
「蜀には、現在、呉を滅ぼす力がありません」
正直すぎる。孫権が、笑った。
「若い皇帝は、弱さまで使者へ語らせるのか」
「隠しても、陛下には分かります」
費禕は、平然としている。
「ならば、分かっている事実から話した方が早いかと」
孫権は、さらに笑った。怒っていない。興味を持っている。
二杯目の酒が出る。費禕は飲む。そして、この人は、飲むたびに、相手にも同じ量を勧めた。
「劉禅殿は、どのような皇帝だ」
孫権が尋ねる。費禕が答える。
「休暇を取らされる皇帝です」
呉の臣たちが、何を言われたか分からず黙った。
「休暇?」
「十日に一日、執務を禁じられます」
「皇帝が?」
「諸葛丞相も」
孫権が、陸遜を見る。
「呉にも必要ではないか」
陸遜は、穏やかに答えた。
「まず、至尊が休まれるなら」
孫権は笑って話題を変えた。自分は休む気がないらしい。
そして、宴が三杯目に入ったところで、核心が来た。
「劉禅殿は」
孫権が言う。
「諸葛亮に国を奪われることを恐れぬのか」
外から見れば、そう見える。若い皇帝。名高い丞相。軍と行政を握る諸葛亮。そして、俺は飾りに見える。
費禕は、答えた。
「陛下は、丞相が国を奪うことより」
一度、酒杯を置く。
「丞相が働きすぎて死ぬことを恐れておられます」
孫権の笑みが、止まった。陸遜も。諸葛瑾も。費禕を見た。
冗談ではないと、分かったのだろう。
「諸葛亮を疑わないと?」
孫権が問う。
「疑う仕組みはございます」
「矛盾している」
「信用と確認は別です」
孫権が、大きく笑った。
「その言葉は、蜀で流行しているのか」
「はい」
「私も使おう」
敵国にまで広がった。十九年前、俺が関羽に言った言葉である。
そして、あのとき、この人は「信用しておらぬのか」と返した。
◆
宴は続く。酒も。質問も。孫権は、わざと失礼なことも言った。
「阿斗という名は、幼い印象だ」
「陛下は、今も幼いのでは」
「先帝に比べ、武勇がない」
「関羽将軍に比べれば、ほぼ全員がありません」
「魏では、劉禅は諸葛亮の人形だと」
費禕は怒らない。笑い、認め、必要な部分だけ否定する。
「人形であれば」
費禕は言った。
「休暇命令に反対する丞相へ、勅命を出す必要はございません」
孫権は、費禕を酔わせようとした。だが、費禕は酒を飲むたび、相手にも同じ量を勧めた。最後には、孫権の方が先に酔った。
「文偉」
孫権が、使者の字を呼ぶ。
「蜀は、何を求める」
宴会が、ようやく交渉へ入った。
後に費禕は、こう報告した。
《酔わせるつもりが、酔われました》
《ゆえに、こちらから切り出さずに済みました》
費禕は、竹簡を開いた。
一 魏が蜀または呉へ侵攻した場合、互いに情報を共有する
二 一方が魏と共同で他方を攻撃した場合、同盟は終了する
三 荊州の領有問題は、当面棚上げとする
四 住民の移住、家族の再会、財産の移動を認める
五 捕虜を交換する
六 商船登録制度を再開する
七 国境会合を復活する
八 相手国の君主・将を、公文書で侮辱しない
最後の項目で、陸遜が、少し笑った。四十三である。七年前、夷陵で父を退けた。そして、追撃しなかった。
「文偉どの」
「はい」
「八は、何かございましたか」
費禕は、答えた。
「ございませぬ」
「……」
「そのために、書いてございます」
陸遜は、しばらくそれを見ていた。そして、こう言った。
「起きてから書くものかと思っておりました」
「はい」
「——」
「起きる前に書けば、起きませぬ」
後に、費禕はこう報告した。
《八項に、最も時を費やしました》
《呉の側が、文例を求めましたゆえ》
《何を侮辱とするか、決めておかねば争いになると》
文例である。そして、俺は、その文例を読んで、七年前を思い出した。
《虎の娘を、犬の子へ与えるものか》
書かれなかった一行である。そして、あのとき止めたから、今日の八項は、まだ空欄で済んでいる。
◆
孫権は尋ねた。
「蜀は、荊州を諦めたのか」
「諦めておりません」
「ならば同盟できぬ」
「同盟している間、武力で取り戻さないと約束します」
「永遠に?」
「三年です」
また三年である。永久の平和は約束できない。だから、守れる期間を決める。
「三年後は」
「再協議します」
「その時、蜀が強ければ攻めるのか」
「呉が弱ければ、そう考える者は出るでしょう」
正直である。
「同様に」
費禕は続ける。
「蜀が弱ければ、呉にも荊州より西へ進もうと考える者が出ます」
陸遜は、否定しなかった。
「だから」
費禕は言った。
「三年間で、戦わない方が得な関係を増やします」
交易。家族。共同の魏情報。国境官同士の関係。
破れば失うものを、増やす。そして、それは、俺が七年前、呂蒙に言ったことと同じである。
「荊州を取る費用が、得られる利益より大きくなるようにします」
七年で、この国は、同じ手を二度使えるようになった。
孫権は、その場で署名しなかった。
「劉禅殿本人の言葉が欲しい」
費禕は、俺から預かった書状を渡した。
《呉王孫権殿へ》
《父と叔父たちの間に起きたことを、忘れるつもりはありません》
《しかし、死者の記憶を、生者を殺す理由にし続けるつもりもありません》
《魏と戦うためだけの同盟でもありません》
《蜀と呉の民が、明日も交易し、家族と会い、兵として徴発されずに済む時間を作るための同盟です》
《三年後に互いを嫌っていても構いません》
《三年間、約束を守ったという事実が残れば、次の三年を話せます》
孫権は、何度か読み返した。
「若い」
「陛下がですか」
「文章がだ」
孫権は言った。
「天下統一も、漢室復興も書かれておらぬ」
「同盟文書ですから」
「夢が小さい」
「守れない夢よりは」
費禕が答える。
「守れる三年を求めております」
孫権は、笑わなかった。そして、しばらくして、こう聞いたという。
「劉禅殿は、いくつだ」
「十九でございます」
「十九で、三年か」
「はい」
「——」
「私が十九のとき、天下を取ると申しておった」
翌日、孫権は同盟文書へ署名した。
【蜀呉同盟再建】
期間 三年
主要内容
・対魏情報共有
・相互不可侵
・魏との共同攻撃禁止
・住民移動保護
・捕虜交換
・交易再開
・国境会合復活
荊州領有問題 棚上げ
孫権から劉禅への評価
劉備の幼い息子
↓
長期交渉可能な皇帝
陸遜から劉禅への評価
将来交渉可能な相手
↓
約束を仕組みにする相手
◆
費禕は、成都へ帰った。
「孫権殿から、かなり笑われました」
報告の最初に、そう言った。
「怒りませんでしたか」
「笑われることに、国益上の損害はありません」
「面子は」
「陛下」
費禕が、父の最後の週報を指す。
《皇帝の面子を、国の目的にしない》
「使者の面子も同様です」
この人は、笑われ、酒を飲まされ、若い皇帝を侮られた。それでも、同盟を持ち帰った。
【費禕 字・文偉】
外交 100
会議収束 100
新規特性
【笑われて帰る外交官】
個人の面子を失っても、国の利益を持ち帰る。
俺は、そこで、一つだけ聞いた。
「文偉どの」
「はい」
「腹は、立ちませんでしたか」
この人は、少し考えた。そして、こう答えた。
「立ちました」
「……」
「そして、腹を立てた分は、こちらで数えております」
費禕は、竹簡を出した。そして、そこに、印が並んでいた。三十一である。
「陛下」
「はい」
「翼徳さまに、袋の話を伺いましたゆえ」
俺は、そこで、笑ってしまった。
石ではない。印である。そして、この人は、それを掲げていない。
三年前、張飛が言ったとおりに、である。
同盟は再建された。東の危険は、一時的に下がった。
その直後、北東の国境から、一通の文書が届いた。
差出人——孟達。
表題——《離職および配置転換願》
歴史では、魏へ裏切る男である。
その男が、裏切る前に、正式な辞表を出してきた。
〈あとがき〉
「笑われますよ」「存じております。笑われて、帰って参ります」——十九年、いちばん見落としやすいのは、能力の低い人ではなく、静かな人でした。
「陛下は、丞相が国を奪うことより、丞相が働きすぎて死ぬことを恐れておられます」。孫権の笑みが止まります。
「信用と確認は別です」「その言葉は、蜀で流行しているのか」「私も使おう」——十九年前、関羽が「信用しておらぬのか」と返した言葉が、敵国の君主に採用されました。
八項の文例。七年前に止めた《虎の娘を、犬の子へ》のおかげで、いまも空欄です。
そして三十一の印。石ではありませんが、掲げてはいません。
《劉禅文庫 再読『Good to Great』——飛躍した会社の長は、有名ではなかった。強い意志と、自分の話をしないこと。そういう人は、面接に強くない》
次回、孟達が七枚の辞表を出します。




