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転生したら劉禅だったので、諸葛亮に有給休暇を取らせます~MBAホルダーの阿斗、関羽の孤立・張飛のパワハラ・孔明の過労死を組織改革で止める~  作者: 東雲 諒杏
第六部 皇帝劉禅、諸葛亮から仕事を取り上げる

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第102話 七十歳の後将軍と、四千人の老兵


【建興三年|成都】


黄忠(こうちゅう)に、「戦っていただきません」と言った。


この国で、いちばん言ってはならない相手だった。


そして、俺は、それを言ってから気付いた。


    ◆


建興(けんこう)二年。武備学舎(ぶびがくしゃ)を作った、その月である。


職掌の見直しを、続けていた。そして、もう一つ、空欄があった。


【後将軍 黄忠】


年齢 七十六


職掌

 ——


関羽(かんう)と、同じである。そして、関羽より、十二上だ。


俺は、陳紀(ちんき)に聞いた。


「陳紀どの」


「陛下」


「漢升どのは、何をしておられますか」


この人は、答えた。誤記発見九十一である。そして、余計なことは、一切言わない。


「射ておられます」


「……射る?」


「はい」


「何を」


「的を」


「……」


「毎朝、百本」


「——」


「そして、外れた数を、記しておられます」


俺は、その簿を見せてもらった。分厚かった。紐が三度、掛け替えてある。


《九年前 百本中 外れ 三》


《八年前 百本中 外れ 五》


《七年前 百本中 外れ 六》


《六年前 百本中 外れ 九》


《五年前 百本中 外れ 十四》


《四年前 百本中 外れ 二十一》


《三年前 百本中 外れ 二十八》


《二年前 百本中 外れ 三十七》


《去年  百本中 外れ 四十四》


そして、今年。


《百本中 外れ 五十一》


俺は、その数字を、長いこと見ていた。


九年前、三本外していた。今は、五十一本である。


そして、この人は、それを毎日、自分で数えている。


自分が衰えていく速度を、九年、自分で記録した人がいる。


そして、その簿を、誰にも見せていない。陳紀が知っていたのは、この人が府へ紙を貰いに来るからだった。


    ◆


俺は、その足で、邸へ行った。黄忠は、庭にいた。弓を持っていた。そして、俺が入っても、射るのをやめなかった。


一本、外れた。この人は、それを見て、少し顔をしかめた。そして、竹簡(ちくかん)へ、印を一つ書いた。


「漢升どの」


「……陛下」


この人は、弓を置いて、拝礼した。動きが、遅い。そして、膝をつくとき、少し時間がかかった。


「おいくつになられました」


黄忠は、答えた。


「……存じませぬ」


関羽と、同じ答えである。そして、この人の理由は、違った。


「数えるのを、やめました」


「いつですか」


「七十で」


「七十は、超えておりましょう」


「はい」


俺は、聞いた。


「まだ、戦えますか」


この人は、答えた。即答だった。


「戦えます」


「はい」


そして、俺は、こう言った。


「戦っていただきません」


黄忠の顔が、変わった。


七年前、定軍山(ていぐんざん)夏侯淵(かこうえん)を斬った顔だと、俺は思った。見たことはない。そして、たぶん、こういう顔だった。


「……陛下」


「はい」


「定軍山で、夏侯淵を斬りましたのは、私でございます」


「存じております」


「六十九でございました」


「はい」


この人の声が、震えていた。


「それまで、誰も私を使いませんでした」


「……」


「劉表さまの下で、中郎将(ちゅうろうしょう)。二十年」


「はい」


「長沙で、裨将軍。三年」


「はい」


「そして、先帝に拾われて、益州(えきしゅう)へ」


「——」


「六十を、過ぎておりました」


「——」


「ようやく使われたのが、六十でございます」


「——」


「そして今、七十で、使わぬと」


俺は、そこで、頭を下げた。十七である。皇帝である。そして、下げた。


「陛下」


「言い方を、誤りました」


「……」


「戦っていただきません」


「……」


「代わりに——」


俺は、顔を上げた。そして、言った。


「この国には、六十を過ぎた兵が、四千人おります」


黄忠が、顔を上げた。


「……四千」


「四千百二十七です」


「数えられたので」


「去年、数えました」


兵籍である。十六年前、龐統(ほうとう)が作った。そして、年齢の欄がある。


十六年、誰も、その欄で並べ替えなかった。作った本人も、である。


欄はあった。数字も入っていた。そして、並べ替えるという発想が、誰にもなかった。


「その者らを、どう使えばよいか、誰も知りません」


俺は、続けた。


「……」


「捨てるわけには、参りません」


「はい」


「そして、前に出せば、死にます」


「——」


「あなたしか、知りません」


長い沈黙があった。庭で、鳥が鳴いていた。やがて、黄忠は言った。


「陛下」


「はい」


「一つ、伺ってよろしいか」


「どうぞ」


この人は、聞いた。


「四千の中に、私は入っておりますか」


俺は、そこで、答えられなかった。


入っている。七十六である。六十を過ぎた兵の、いちばん上だ。そして、この人は、後将軍である。


「入っています」


俺は、答えた。


黄忠は、頷いた。そして、こう言った。


「では、承ります」


「……」


「自分のことでございますゆえ」


    ◆


三月かかった。黄忠は、四千百二十七人を、五つに分けた。そして、その基準が、奇妙だった。


「陛下」


「はい」


「歳では、分けませぬ」


「なぜですか」


この人は、答えた。


「六十で走れる者と、五十で走れぬ者がおります」


「はい」


「そして、歳は、関係ございませぬ」


【老兵再配置 分類】


一 目が利く者       → 斥候・見張り・烽火

二 手が利く者       → 修繕・工作・矢の製造

三 歩ける者        → 輜重・地方警備

四 声が出る者       → 教練・伝令の復唱役

五 座っていられる者    → 記録・門番・炊事


備考

 「座っていられる」は、能力です。


五番目である。そして、備考の一行を、黄忠が書いた。


「漢升どの」


「はい」


「五番目は」


この人は、答えた。


「動けぬ者でございます」


「……」


「歩けませぬ。手も震えます」


「はい」


「そして、門の前に座っていられます」


「——」


「一日、座っていられるというのは、力でございます」


「——」


「若い者には、できませぬ」


俺は、その説明を聞いて、動けなくなった。


前世で、俺はこれを何度も見た。定年の話である。六十で、全員を切る。


理由は、簡単だ。一人ずつ測るのが、面倒だからである。


そして、切った翌年、工場の不良率が上がる。なぜか、誰も分からない。


三十年、門に座っていた人が、辞めたからだ。その人は、入ってくる荷を、全部見ていた。そして、違うものが来ると、気付いた。


俺は、そのとき、原因を調べさせた。そして、三か月かけて、分からなかった。


十年経って、この庭で、答えを聞いている。


    ◆


配置が、終わった。


【老兵再配置 結果】


対象 四千百二十七


一 目    三百四十一

二 手    千百八十

三 歩    千六百二

四 声    六百九十四

五 座    三百十


離職 ——


離職が、空欄だった。


「漢升どの」


「はい」


「辞めた人が、いませんか」


黄忠は、答えた。


「おりませぬ」


「……」


「一人も」


俺は、その数字を、二度読んだ。


四千百二十七人。そして、一人も辞めていない。


前世で、俺が設計した配置転換は、必ず一割が辞めた。そして、辞めるのは、たいてい、いちばん使える人だった。


「なぜですか」


この人は、しばらく黙った。そして、こう言った。


「訊きましたゆえ」


「……訊く?」


「はい」


「一人ずつ」


「四千人、ですか」


「四千百二十七」


「三月で」


「はい」


俺は、そこで、計算した。九十日である。一日、四十六人。


七十六歳が、九十日、毎日四十六人と話した。そして、そのあいだも、毎朝、百本射っている。簿に、切れ目がない。


「漢升どの」


「はい」


「何を、訊かれたのですか」


黄忠は、答えた。


「三つでございます」


「一つ。何ができるか」


「はい」


「二つ。何がしたいか」


そして、三つ目。この人は、少し間を置いた。そして、言った。


「三つ。誰に、使われたかったか」


俺は、そこで、息が止まった。


誰に、使われたかったか。それは、能力の質問ではない。職掌(しょくしょう)の質問でもない。


悔しさの質問である。


そして、六十を過ぎた兵に、それを聞ける人は、たぶん、この人しかいない。六十九まで使われなかった人だからだ。


「答えは、どうでしたか」


黄忠は、竹簡を出した。そして、こう言った。


「千八百が、『誰でもよい』と申しました」


「……」


「九百が、『先帝』と」


「はい」


「四百が、『関将軍』と」


「はい」


そして、この人は、最後の数を言った。


「そして、千二十七が」


「……はい」


「『使われたことが、ない』と」


俺は、そこで、木簡(もくかん)を落とした。


千二十七人。四千のうち、四人に一人である。


三十年、四十年、兵をやって、一度も、使われていない。


召集はされた。行軍はした。陣を張った。そして、名指しで役目を与えられたことが、一度もない。


「漢升どの」


「はい」


「その千二十七人は」


黄忠は、答えた。


「全員、一か二に入れました」


「……」


「目と、手でございます」


「なぜですか」


この人は、言った。


「見ていたからでございます」


「……」


「四十年、後ろで見ておりました」


「——」


「見ていた者は、目が利きます」


十六年前、俺は龐統が半日で厠を四つ数えたのを見て、新しいものを生む人の行動を思い出した。質問する。観察する。試す。人と繋がる。結びつける。


五つのうち、いちばん地味なのが観察だった。そして、五つのうち、いちばん教えにくいのも、観察である。


質問は、教えられる。試し方も、教えられる。


観察だけは、時間でしか手に入らない。


そして、時間だけを持っている人が、この国には四千人いた。前線に出られず、名簿の隅にいて、四十年、他人の働きを見ていた人たちである。


俺は、その人たちを「使えない」と数えていた。


使えないのではない。使い道が、こちらの表になかっただけである。


前世で、俺は同じ数え方をしていた。定年が近い人を、頭数から外して計画を書いた。外した人たちが、いちばん長く現場を見ていた人たちだと、一度も考えなかった。


    ◆


その夜、俺は木簡を出した。《名のない者》である。十七年で、八十四人になっていた。


そして、俺はそこへ、書こうとして——やめた。


千二十七人である。書けない。一日に二百人書いても、五日かかる。そして、名は、黄忠の簿にある。


俺は、翌日、黄忠に言った。


「漢升どの」


「はい」


「その簿を、写させてください」


「……何部でございましょう」


俺は、答えた。


「二部です」


「はい」


「一部は、府へ」


「はい」


そして、俺は、こう言った。


「もう一部は、私が持ちます」


黄忠は、そこで、初めて笑った。そして、こう言った。


「陛下」


「はい」


「読まれますか」


俺は、答えた。


「読みます」


「千二十七でございます」


「読みます」


この人は、頭を下げた。そして、言った。


「……四十年、誰も読みませんでした」


    ◆


翌年の春。黄忠は、死んだ。七十七である。眠るように、だった。


前の日、的を射ている。百本。そして、外れが、五十四だった。


竹簡に、印が五十四、書いてある。最後の一つは、少し線が流れていた。手が、震えたのだろう。


俺は、その竹簡を受け取った。九年分である。三本から、五十四本へ。


そして、いちばん最後の頁に、一行だけ、文があった。


《四千百二十七、配し了る》


《離職、なし》


そして、その下に。


《一の者ども、目はまだ利く》


俺は、その三行を、長いこと見ていた。


報告書である。この人は、死ぬ前の日に、報告書を書いていた。


そして、自分のことは、一行も書いていない。外れが五十四になったことも、書いていない。


その数字は、印の数として、同じ頁に残っている。


その夜、俺は死亡年表を開いた。


黄忠の名は、なかった。書いていない。


理由は、分かっている。史書に、大きく書かれていなかったからだ。


十七年前、母のときと、同じである。そして、十七年、俺はそれを直せていない。


俺は、筆を取った。そして、建興三年の行を、新しく作った。そして、書いた。


黄忠 字・漢升 七十七


記号は、描かなかった。丸でも、四角でもない。


この人は、寿命で死んだ。そして、それを変える方法は、なかった。


代わりに、俺はその横に、一行書いた。


《四千百二十七人を、配し了えて》


    ◆


報告を、丞相府へ持っていった。諸葛亮(しょかつりょう)は、それを読んだ。そして、離職の欄で止まった。


「陛下」


「先生」


「離職が、空欄でございます」


「はい」


「誤りでございましょうか」


俺は、答えた。


「誤りではありません」


「一人も、辞めていません」


諸葛亮は、竹簡を置いた。そして、こう聞いた。


「四千百二十七人、でございますか」


「はい」


「全員に、会われましたか」


「漢升どのが」


「何日で」


「九十日です」


諸葛亮は、指を折った。そして、こう言った。


「一日、四十六人」


「はい」


「七十六で、でございますか」


「はい」


この人は、長いこと黙っていた。そして、こう言った。


「私には、できませぬ」


俺は、そこで、顔を上げた。


「先生」


「はい」


「なぜですか」


諸葛亮は、答えた。


「途中で、数え始めますゆえ」


「……」


「使える者と、使えぬ者を」


「そして、分けた時点で、辞める者が出ます」


そして、こう続けた。


「漢升どのは、分けておられませぬ」


「はい」


「最初から、全員使うと決めておられます」


「それは、私にはできぬことでございます」


竹簡に、一行書き添えられた。諸葛亮の字である。


《本件、丞相(じょうしょう)は関与せず》


《関与すれば、離職が出たものと思わる》


十七年、この人は自分の限界を書いたことがない。そして、今日、初めて書いた。


死んだ人の報告書の余白に、である。


最後に、俺は別の木簡を出した。新しい一枚である。そして、表題を書いた。


《渡したもの》


一行目に、書いた。


黄忠


《六十を過ぎた者の、使い方》


そして、その下に。


《そして、千二十七人の名》


十七年、俺は簿を作ってきた。《名のない者》。《殴られた者》。《救えなかった者》。全部、俺が数える簿だった。


そして今日、初めて、人から渡された簿を置く場所を作った。



〈あとがき〉


九年分の的の記録。三本から五十一本へ。自分が衰えていく速度を、自分で九年、記録した人がいます。そして、誰にも見せていませんでした。


「三つ。誰に、使われたかったか」——能力の質問でも、職掌の質問でもありません。悔しさの質問です。そして、六十九まで使われなかった人にしか、聞けません。


千二十七人が「使われたことが、ない」と答えました。そして、全員が「目」と「手」に入りました。「四十年、後ろで見ておりました。見ていた者は、目が利きます」。


「私には、できませぬ。途中で、数え始めますゆえ」。十七年、この人が自分の限界を書いたのは、初めてです。


《劉禅文庫 再読『The Innovator's DNA』——質問は教えられる。試し方も教えられる。観察だけは、時間でしか手に入らない》


次回、六十一人を殴った男が、殴らない方法を作ります。


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― 新着の感想 ―
生涯現役で長寿一族の黄家。三国志のゲームしてるとあいつらどうなってんだってぐらいみんな白い。最初は老齢になると黄氏になるんだーっておバカに思ってた思い出。 なんと蜀の5将である黄忠さん1話で逝ってし…
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