誠実なあなたでいて
オリジナル短編小説集『また会えますか?』の一編です。
あなたに、「また会いたい。」と思う人は、いますか?記憶の片隅にある、あの日、遊んだあの子、駅のホームで見かける人・・・「会いたい」。そんな気持ちを綴る短編集。
画家の茅景は悩んでいた・・・描いても描いても、担当者から良い返事を貰えない・・・そんな中、仲間と展示会の準備を進める・・・。
お時間がありましたら、お読みくだされば幸いです。
「これじゃぁ、ダメですね。」
レトロな雰囲気を残す喫茶店で、スーツの男は、スケッチブックに描かれた絵を見ながら、ため息交じりに一言そう言った。
「えっ?どうしてですか?」
向かいに座っていたカジュアルな服装の男は、持っていたコーヒーカップをソーサーに置き、聞き返した。
「確かに、色使いは綺麗ですし、顧客の要望にも、まぁ答えているとは思いますよ・・・。」
「だったら・・・。」
「でも、足りません。」
「足りない?」
「えぇ、これでは顧客は買ってくれません。」
「・・・・・・。」
カジュアルな服の男は、自身の腕より少し長いパーカーの裾を握り込む。
「泉堂先生、こちらも遊びじゃないんです。売れる絵を描いて下さい。」
「売れる絵って・・・。」
「顧客が食いつく絵のことです。買ってくれなきゃ、意味がないでしょ。」
「でも、小味山さん、この絵は・・・。」
「先生。」
何かを言おうとした泉堂の言葉を遮るように、小味山の声が、先程より冷気を帯びる。
「!?」
その冷たい声に、泉堂の肩が跳ねる。
「余計なことは考えず、言われたとおりに描いて下さい。それが、顧客の要望で有り、何よりファンの為です。」
「・・・・・・。」
「茅景先生、それが出来ないなら他の方に、この仕事はお任せしますよ。」
「・・・分かりました・・・。」
泉堂は、絞り出すような声で言った。
いや、言うしかないのだ。仕事を失うのは、恐ろしい。
お金に困ればは、スケッチブックもキャンバスも絵具も買えなくなる。
昔、苦労した日々が頭を過り、頷くしかなかったのだ。
「じゃぁ、また二週間後にお願いします。」
小味山は立ち上がり、自分が飲み干した紅茶の代金をテーブルに置き店を出て行った。
「はぁ~・・・。」
小味山がいなくなった席に残った自身のスケッチブックを見て、泉堂は溜息をついた。
「売れる絵、か・・・。」
そう言った先には、三日間考え悩みながら描いた絵が描かれていた。
「この絵、描くの大変だったんだよな・・・。」
デザインの輪郭を指を滑らせながら、呟いた。
「はぁ~・・・ん?うわぁっ!?マズイっ!」
泉堂は、スマホの時刻表示を見て、慌てて席を立った。
「はぁはぁ・・・ごめんっ!」
泉堂は、蔦の絡まった扉を勢いよく開け、店の中にいる人物に謝罪をした。
「遅い。」
「紅香ちゃん、待たせてごめんっ!!」
ここは、あるビルの二階に入っている喫茶店。
隠れ家的な店は、知る人ぞ知る名店で、マスターの淹れるコーヒー飲みに来る顧客も多い。
そんな喫茶店で、泉堂を待っていたのは、紅香と呼ばれた艶のある美女だった。
「もういいわ。早く座りなさい。」
「うん・・・。」
泉堂が紅香の向かいに座ると、すぐに水とおしぼりが出てきた。
「僕、オレンジジュースで。」
「かしこまりました。」
口数の少ないマスターは、一礼をして厨房に入って行った。
「で、作品の方は、どうなの?」
「殆ど梱包して、業者さんに頼んだよ。」
「そう。私の方も、だいたい終わったわ。」
画家であり、イラストレーターとしても活動する紅香と泉堂は、一週間後に、知り合いのギャラリーで小さな展示会を開催する。
今日は、最終確認の為に紅香行きつけの喫茶店にやってきたのだ。
「殆どって、まだ出来上がって無い物もあるの?」
「僕の分のスペース、あと一作品展示できるんだけど、出す絵が決まらないんだ・・・展示会のテーマと、何か違う気がして・・・。」
「そうなの?あなたにピッタリなテーマだと思うけど・・・。まぁ、納品までは、少し時間があるから、問題ないわよ。メインにする絵とかは決まってるから、チラシの作成も終わってるし。」
「うん、もう少し、考えて見るよ。」
そこへ、話の区切りが分かったかのように、マスターがオレンジジュースを置きに来た。
「ありがとうございます。」
「ごゆっくり。」
マスターは、一礼をして再び厨房に戻った。
「それで、何で遅くなったの?今日、カルチャースクールの日じゃないでしょ?」
泉堂は、市のカルチャースクールで、絵画の講師もしているのだ。
「うん。遅れてごめんね。実は、さっきまで、小味山さんと打ち合わせしてて・・・。」
「・・・あんた、まだ、小味山と仕事しているの?」
グリンティーを飲もうとしていた紅香は、その手を止めた。
「う、うん・・・さっきの打ち合わせも、小味山さんが取って来てくれた仕事なんだ。」
泉堂は、そう言ってオレンジジュースを飲んだ。
「・・・茅景。あんた、いつまで、小味山と仕事をするつもり?」
グリンティーを一口飲んでから、紅香は尋ねた。
「いつまでって・・・小味山さんは、僕の恩人だから・・・。」
「新人賞取った時から、一緒にやってきたって言うんでしょ。でも、もういいんじゃないの?」
「・・・でも・・・。」
「あんな奴と仕事を続けても、あんたの為にはならないわ。」
「紅香ちゃんだって、一緒に仕事してたじゃない。」
「私は、とっくの昔に手を切ったわよ。」
「どうして?あんなに、仲良かったのに・・・。」
「そんなの、美大時代の話よ。」
泉堂と紅香、そして小味山は、コースは違えど、同じ美術大学の出身で、一緒に学んだ仲間だ。
紅香と小味山は、それこそ、『ライバル』として、切磋琢磨していたのを、泉堂は傍らでずっと見ていた。
しかし、筆を置けば、普通の友人として、食事も遊びにも行った。
学生コンクールで、二人が賞を取った時は、朝までお祝いとして、当時の小味山のアパートで飲み明かしたのは、泉堂にとっては良い思い出だ。
卒業後、泉堂と紅香は画家の道に、小味山は筆を置き、親類が経営する画商に就職し、泉堂と小味山は、画家と画商の関係になったのだ。
「茅景。小味山の目は、もう腐ってるわ。元に戻ることは、もうない。だから、今後の為にも手を切りなさい。」
「紅香ちゃん・・・。」
「私達は、機械じゃない。自分にしか描けない物を作る、それが、私達の仕事よ。」
「分かっている・・・でも、お客さんが喜んでくれないと・・・。」
「あんたの、人を喜ばせたいって気持ちは分かるけど・・・顧客の要求だけ聞いて、何もかも言う通りじゃ、本当にただの機械よ。」
「・・・・・・。」
泉堂は何も言えなかった。
それに、最近、小味山の指示に従った絵ばかり描いている。
つまり、紅香の言っていること正しい。
今の泉堂は、本当にただの機械。
「茅景、捨てられる前に手を切りなさい。あんたは、機械になっちゃいけないの。」
「紅香ちゃん・・・。」
「茅景、スケッチブック持ってるわよね?」
「うん・・・。」
「ちょっと、見せて。」
「いいよ。はい。」
「さっき、絵が決まらないって言ってたけど、この絵を出しなさい。」
紅香は、スケッチブックに描かれたある絵を指した。
「こ、この絵を?」
「そう。何、もう売れたやつ?」
「ううん。有るけど・・・でも、この絵は、昔、描いたやつで・・・。」
「昔も今も無いわ。一番テーマにあった絵を選んだのよ。自信を持って出しなさい。」
「・・・うん・・・。」
泉堂は、紅香とスケッチブックに描かれた絵を見つめて頷いた。
木々が、染色された髪の毛の落とす頃。
とある街のギャラリーでは、小さな展示会が開かれていた。
参加作家は、画家兼イラストレーターの紅香と画家兼カルチャースクールの講師の泉堂茅景。
展示会のテーマは、『夜光と木漏れ日』。
紅香が夜光、泉堂が木漏れ日を、それぞれ担当した。
「すごいなぁ・・・紅香ちゃん・・・。」
展示会の日が重なるにつれ、紅香の作品には次々と、売約済みの印が貼られていった。
しかし、泉堂の作品は、一枚も売れなかった。
カルチャースクールが無い日は、出来るだけ展示会場にいたが、泉堂の絵の前で足を止める人は少なかった。
「あの、すみません。」
泉堂に、一人の女性が話しかけてきた。
「はい。何でしょうか?」
「泉堂茅景先生ですよね?」
「えぇ、そうですけど・・・。」
「わ、私、泉堂先生のファンなんですっ!」
「えっ・・・?」
思えば、頼まれる仕事は、基本、小味山が間に入いり捌いていた為、自らの意思で仕事を決定したことは無かったし、仕事の評価は、基本『可』か『不可』のみで、それも小味山を通して行われていた。
今回の展示会は、知り合いからの依頼なうえ、紅香と一緒。
なので、まともに賞賛の声を受け取ったのは、久しぶりだったのだ。
「茅景先生・・・?」
「あっ、ご、ごめんね・・・ありがとう、見に来てくれて。」
「・・・あの・・・先生、何かあったんですか?」
「えっ?どうして・・・?」
「か、勘違いかもしれないんですけど・・・何か、苦しそうで・・・。」
「苦しそう・・・?」
「展示されている絵、すごく、綺麗だと思います・・・でも、先生らしくないって言うか・・・見ていると、こちらまで苦しくなるんです・・・。」
「!?」
泉堂は、その言葉に身体が固まった。
彼女の言った通り、展示されている絵の殆どは、悩みながら、仕上げたものだ。
「私、茅景先生が、新人賞を取った時の絵を見て、ファンになったんです・・・あの頃の先生の絵に、私、いつも励まされているんですよ。」
彼女は、そう言って、鞄から一冊の本を取り出した。
それは、茅景が新人賞を取った時に、初めて出した小さな画集だった。
今より少し雑で筆の流れや表現も稚拙だが、あたたかくなる絵が、そこにあった。
「・・・・・・。」
「私、これが、本当の先生の絵だと思うんです・・・。」
「・・・僕の絵・・・?」
「はい。あたたかくて、皆が笑顔になれる・・・安心、ほっと出来る絵です。茅景先生の絵は。」
「ほっと出来る絵・・・。」
「そうです。あの絵のように・・・。」
彼女が見た先には―――――
数日後。
泉堂と小味山は、いつもの喫茶店にいた。
「いや~泉堂先生、お疲れさまでした~!先方も、今回の絵、大変気に入って下さいましたよ~!」
小味山は、いつに無く上機嫌だった。
先日、泉堂が渡した絵が、高値で売れたのだろう。
あの時の冷たく、一晩吹雪と共に出来上がった氷柱のような刺すような視線は無い。
「そうですか・・・小味山さん。」
「はい?」
「ありがとうございました。」
泉堂は、頭を下げた。
「何ですか、急に・・・そんな、改まらないで下さいよ。」
「小味山さん・・・今回の仕事で、最後にしたいんです。」
「最後・・・?」
「貴方と仕事をするのを最後にしたいんです。」
茅景は、小味山の目を見て言った。
「はっ?な、何言ってるんですか?突然・・・せっかく、先方が喜んでくれて・・・。」
「はい。そのことには、感謝しています。でも、僕がやりたいことは、小味山さんの言いなりになって絵を描くことじゃありません。」
「!?」
〝ダンッ″
「お前くらいの絵描きなんて、星の数いるんだぞっ!!描きたい物だけ描いて、食っていける程、この業界は甘くないんだっ!今まで、オレがどれだけ売り込んだと思ってんだよっ!!お前の為に、お前の絵が売れる為に、オレは、オレはっ・・・!!」
小味山は、テーブルに拳を振り下ろし、泉堂に罵声を浴びせた。
振動により、紅茶とコーヒーは、カップの中で生まれた小さな波となり、ソーサーの上にその一部を落下させた。
「確かに、僕の絵が売れたのは、小味山さんのおかげです・・・。」
「だろ?だったら・・・。」
「小味山さん。」
「何だ?」
「今回売れた絵、僕が昔、描き溜めていたものなんです。」
「えっ・・・?」
小味山の目が見開かれた。
「個性を失いつつあった僕より、お客さんは、昔の僕、自分を持っていた頃の僕を選んでくれたんです。」
「お前、提出の時、何も言わなかったじゃないかっ!?」
「貴方なら、気付くと思っていました。ずっと、僕の絵を見ていた貴方なら・・・。今描いている絵なのか、そうでないのか・・・。でも、貴方は、気付かなかった・・・。」
「いや、それは・・・。」
泉堂の言葉に、小味山は次の言葉も言い訳も出て来ない。
「つまり、貴方は、僕の絵を見ていなかったということです。」
「・・・・・・。」
「小味山さん、貴方にとって、絵って何ですか?ただの商売道具ですか?」
「そ、それは・・・・。」
「小味山さん、僕は、僕の絵を描きます。」
「茅景・・・。」
「僕は、自分の絵に誠実に生きていきます・・・さようなら。」
テーブルの上に、コーヒー一杯分の代金が置き、店を出て行った。
振り返らずに。
「・・・・・・。」
小味山は、力無く、椅子に腰を下ろした。
それは、一枚の絵のように、時が止まった瞬間だった。
あの日。
彼女が見た先には、紅香が選んだ絵が飾られていた。
『木漏れ日』のテーマの如く、皐月の風に揺れる、菜の花色の小さな王冠のような花弁を持つ花が描かれていた。
「茅景先生。また、先生の、あたたかい絵に会えますか?」
「うん・・・会わせるよ・・・絶対。」
泉堂は、歪む視界の中、彼女の目を見て、力強く言った。
読んでいただき、ありがとうございました。




