表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/8

誠実なあなたでいて

オリジナル短編小説集『また会えますか?』の一編です。


 あなたに、「また会いたい。」と思う人は、いますか?記憶の片隅にある、あの日、遊んだあの子、駅のホームで見かける人・・・「会いたい」。そんな気持ちを綴る短編集。


 画家の茅景は悩んでいた・・・描いても描いても、担当者から良い返事を貰えない・・・そんな中、仲間と展示会の準備を進める・・・。


 お時間がありましたら、お読みくだされば幸いです。





「これじゃぁ、ダメですね。」


レトロな雰囲気を残す喫茶店で、スーツの男は、スケッチブックに描かれた絵を見ながら、ため息交じりに一言そう言った。


「えっ?どうしてですか?」


向かいに座っていたカジュアルな服装の男は、持っていたコーヒーカップをソーサーに置き、聞き返した。


「確かに、色使いは綺麗ですし、顧客の要望にも、まぁ答えているとは思いますよ・・・。」


「だったら・・・。」


「でも、足りません。」


「足りない?」


「えぇ、これでは顧客は買ってくれません。」


「・・・・・・。」


カジュアルな服の男は、自身の腕より少し長いパーカーの裾を握り込む。



「泉堂先生、こちらも遊びじゃないんです。売れる絵を描いて下さい。」


「売れる絵って・・・。」


「顧客が食いつく絵のことです。買ってくれなきゃ、意味がないでしょ。」


「でも、小味山さん、この絵は・・・。」


「先生。」


何かを言おうとした泉堂の言葉を遮るように、小味山の声が、先程より冷気を帯びる。


「!?」


その冷たい声に、泉堂の肩が跳ねる。


「余計なことは考えず、言われたとおりに描いて下さい。それが、顧客の要望で有り、何よりファンの為です。」


「・・・・・・。」


「茅景先生、それが出来ないなら他の方に、この仕事はお任せしますよ。」


「・・・分かりました・・・。」


泉堂は、絞り出すような声で言った。

いや、言うしかないのだ。仕事を失うのは、恐ろしい。

お金に困ればは、スケッチブックもキャンバスも絵具も買えなくなる。

昔、苦労した日々が頭を過り、頷くしかなかったのだ。


「じゃぁ、また二週間後にお願いします。」


小味山は立ち上がり、自分が飲み干した紅茶の代金をテーブルに置き店を出て行った。


「はぁ~・・・。」


小味山がいなくなった席に残った自身のスケッチブックを見て、泉堂は溜息をついた。


「売れる絵、か・・・。」


そう言った先には、三日間考え悩みながら描いた絵が描かれていた。


「この絵、描くの大変だったんだよな・・・。」


デザインの輪郭を指を滑らせながら、呟いた。


「はぁ~・・・ん?うわぁっ!?マズイっ!」


泉堂は、スマホの時刻表示を見て、慌てて席を立った。







「はぁはぁ・・・ごめんっ!」



泉堂は、蔦の絡まった扉を勢いよく開け、店の中にいる人物に謝罪をした。



「遅い。」


「紅香ちゃん、待たせてごめんっ!!」


ここは、あるビルの二階に入っている喫茶店。


隠れ家的な店は、知る人ぞ知る名店で、マスターの淹れるコーヒー飲みに来る顧客も多い。


そんな喫茶店で、泉堂を待っていたのは、紅香と呼ばれた艶のある美女だった。


「もういいわ。早く座りなさい。」


「うん・・・。」


泉堂が紅香の向かいに座ると、すぐに水とおしぼりが出てきた。


「僕、オレンジジュースで。」


「かしこまりました。」


口数の少ないマスターは、一礼をして厨房に入って行った。



「で、作品の方は、どうなの?」


「殆ど梱包して、業者さんに頼んだよ。」


「そう。私の方も、だいたい終わったわ。」



 画家であり、イラストレーターとしても活動する紅香と泉堂は、一週間後に、知り合いのギャラリーで小さな展示会を開催する。

今日は、最終確認の為に紅香行きつけの喫茶店にやってきたのだ。


「殆どって、まだ出来上がって無い物もあるの?」


「僕の分のスペース、あと一作品展示できるんだけど、出す絵が決まらないんだ・・・展示会のテーマと、何か違う気がして・・・。」


「そうなの?あなたにピッタリなテーマだと思うけど・・・。まぁ、納品までは、少し時間があるから、問題ないわよ。メインにする絵とかは決まってるから、チラシの作成も終わってるし。」


「うん、もう少し、考えて見るよ。」


そこへ、話の区切りが分かったかのように、マスターがオレンジジュースを置きに来た。


「ありがとうございます。」


「ごゆっくり。」


マスターは、一礼をして再び厨房に戻った。


「それで、何で遅くなったの?今日、カルチャースクールの日じゃないでしょ?」


泉堂は、市のカルチャースクールで、絵画の講師もしているのだ。


「うん。遅れてごめんね。実は、さっきまで、小味山さんと打ち合わせしてて・・・。」


「・・・あんた、まだ、小味山と仕事しているの?」


グリンティーを飲もうとしていた紅香は、その手を止めた。


「う、うん・・・さっきの打ち合わせも、小味山さんが取って来てくれた仕事なんだ。」


泉堂は、そう言ってオレンジジュースを飲んだ。


「・・・茅景。あんた、いつまで、小味山と仕事をするつもり?」


グリンティーを一口飲んでから、紅香は尋ねた。


「いつまでって・・・小味山さんは、僕の恩人だから・・・。」


「新人賞取った時から、一緒にやってきたって言うんでしょ。でも、もういいんじゃないの?」


「・・・でも・・・。」


「あんな奴と仕事を続けても、あんたの為にはならないわ。」


「紅香ちゃんだって、一緒に仕事してたじゃない。」


「私は、とっくの昔に手を切ったわよ。」


「どうして?あんなに、仲良かったのに・・・。」


「そんなの、美大時代の話よ。」



泉堂と紅香、そして小味山は、コースは違えど、同じ美術大学の出身で、一緒に学んだ仲間だ。

紅香と小味山は、それこそ、『ライバル』として、切磋琢磨していたのを、泉堂は傍らでずっと見ていた。

しかし、筆を置けば、普通の友人として、食事も遊びにも行った。

学生コンクールで、二人が賞を取った時は、朝までお祝いとして、当時の小味山のアパートで飲み明かしたのは、泉堂にとっては良い思い出だ。


卒業後、泉堂と紅香は画家の道に、小味山は筆を置き、親類が経営する画商に就職し、泉堂と小味山は、画家と画商の関係になったのだ。


「茅景。小味山の目は、もう腐ってるわ。元に戻ることは、もうない。だから、今後の為にも手を切りなさい。」


「紅香ちゃん・・・。」


「私達は、機械じゃない。自分にしか描けない物を作る、それが、私達の仕事よ。」


「分かっている・・・でも、お客さんが喜んでくれないと・・・。」


「あんたの、人を喜ばせたいって気持ちは分かるけど・・・顧客の要求だけ聞いて、何もかも言う通りじゃ、本当にただの機械よ。」


「・・・・・・。」


泉堂は何も言えなかった。


それに、最近、小味山の指示に従った絵ばかり描いている。


つまり、紅香の言っていること正しい。


今の泉堂は、本当にただの機械。



「茅景、捨てられる前に手を切りなさい。あんたは、機械になっちゃいけないの。」


「紅香ちゃん・・・。」


「茅景、スケッチブック持ってるわよね?」


「うん・・・。」


「ちょっと、見せて。」


「いいよ。はい。」


「さっき、絵が決まらないって言ってたけど、この絵を出しなさい。」


紅香は、スケッチブックに描かれたある絵を指した。



「こ、この絵を?」


「そう。何、もう売れたやつ?」


「ううん。有るけど・・・でも、この絵は、昔、描いたやつで・・・。」


「昔も今も無いわ。一番テーマにあった絵を選んだのよ。自信を持って出しなさい。」


「・・・うん・・・。」


泉堂は、紅香とスケッチブックに描かれた絵を見つめて頷いた。







 

木々が、染色された髪の毛の落とす頃。

とある街のギャラリーでは、小さな展示会が開かれていた。

参加作家は、画家兼イラストレーターの紅香と画家兼カルチャースクールの講師の泉堂茅景。

展示会のテーマは、『夜光と木漏れ日』。

紅香が夜光、泉堂が木漏れ日を、それぞれ担当した。


「すごいなぁ・・・紅香ちゃん・・・。」


展示会の日が重なるにつれ、紅香の作品には次々と、売約済みの印が貼られていった。


しかし、泉堂の作品は、一枚も売れなかった。


カルチャースクールが無い日は、出来るだけ展示会場にいたが、泉堂の絵の前で足を止める人は少なかった。



「あの、すみません。」


泉堂に、一人の女性が話しかけてきた。


「はい。何でしょうか?」


「泉堂茅景先生ですよね?」


「えぇ、そうですけど・・・。」


「わ、私、泉堂先生のファンなんですっ!」


「えっ・・・?」



 思えば、頼まれる仕事は、基本、小味山が間に入いり捌いていた為、自らの意思で仕事を決定したことは無かったし、仕事の評価は、基本『可』か『不可』のみで、それも小味山を通して行われていた。


今回の展示会は、知り合いからの依頼なうえ、紅香と一緒。


なので、まともに賞賛の声を受け取ったのは、久しぶりだったのだ。



「茅景先生・・・?」


「あっ、ご、ごめんね・・・ありがとう、見に来てくれて。」


「・・・あの・・・先生、何かあったんですか?」


「えっ?どうして・・・?」


「か、勘違いかもしれないんですけど・・・何か、苦しそうで・・・。」


「苦しそう・・・?」


「展示されている絵、すごく、綺麗だと思います・・・でも、先生らしくないって言うか・・・見ていると、こちらまで苦しくなるんです・・・。」


「!?」


泉堂は、その言葉に身体が固まった。


彼女の言った通り、展示されている絵の殆どは、悩みながら、仕上げたものだ。


「私、茅景先生が、新人賞を取った時の絵を見て、ファンになったんです・・・あの頃の先生の絵に、私、いつも励まされているんですよ。」


彼女は、そう言って、鞄から一冊の本を取り出した。


それは、茅景が新人賞を取った時に、初めて出した小さな画集だった。


今より少し雑で筆の流れや表現も稚拙だが、あたたかくなる絵が、そこにあった。


「・・・・・・。」


「私、これが、本当の先生の絵だと思うんです・・・。」


「・・・僕の絵・・・?」


「はい。あたたかくて、皆が笑顔になれる・・・安心、ほっと出来る絵です。茅景先生の絵は。」


「ほっと出来る絵・・・。」



「そうです。あの絵のように・・・。」



彼女が見た先には―――――










数日後。


泉堂と小味山は、いつもの喫茶店にいた。


「いや~泉堂先生、お疲れさまでした~!先方も、今回の絵、大変気に入って下さいましたよ~!」


小味山は、いつに無く上機嫌だった。

先日、泉堂が渡した絵が、高値で売れたのだろう。

あの時の冷たく、一晩吹雪と共に出来上がった氷柱のような刺すような視線は無い。


「そうですか・・・小味山さん。」


「はい?」


「ありがとうございました。」


泉堂は、頭を下げた。


「何ですか、急に・・・そんな、改まらないで下さいよ。」


「小味山さん・・・今回の仕事で、最後にしたいんです。」


「最後・・・?」


「貴方と仕事をするのを最後にしたいんです。」


茅景は、小味山の目を見て言った。


「はっ?な、何言ってるんですか?突然・・・せっかく、先方が喜んでくれて・・・。」


「はい。そのことには、感謝しています。でも、僕がやりたいことは、小味山さんの言いなりになって絵を描くことじゃありません。」


「!?」



 〝ダンッ″



「お前くらいの絵描きなんて、星の数いるんだぞっ!!描きたい物だけ描いて、食っていける程、この業界は甘くないんだっ!今まで、オレがどれだけ売り込んだと思ってんだよっ!!お前の為に、お前の絵が売れる為に、オレは、オレはっ・・・!!」



小味山は、テーブルに拳を振り下ろし、泉堂に罵声を浴びせた。

振動により、紅茶とコーヒーは、カップの中で生まれた小さな波となり、ソーサーの上にその一部を落下させた。


「確かに、僕の絵が売れたのは、小味山さんのおかげです・・・。」


「だろ?だったら・・・。」


「小味山さん。」


「何だ?」


「今回売れた絵、僕が昔、描き溜めていたものなんです。」


「えっ・・・?」


小味山の目が見開かれた。


「個性を失いつつあった僕より、お客さんは、昔の僕、自分を持っていた頃の僕を選んでくれたんです。」


「お前、提出の時、何も言わなかったじゃないかっ!?」


「貴方なら、気付くと思っていました。ずっと、僕の絵を見ていた貴方なら・・・。今描いている絵なのか、そうでないのか・・・。でも、貴方は、気付かなかった・・・。」


「いや、それは・・・。」


泉堂の言葉に、小味山は次の言葉も言い訳も出て来ない。


「つまり、貴方は、僕の絵を見ていなかったということです。」


「・・・・・・。」


「小味山さん、貴方にとって、絵って何ですか?ただの商売道具ですか?」


「そ、それは・・・・。」


「小味山さん、僕は、僕の絵を描きます。」


「茅景・・・。」


「僕は、自分の絵に誠実に生きていきます・・・さようなら。」


テーブルの上に、コーヒー一杯分の代金が置き、店を出て行った。


振り返らずに。


「・・・・・・。」


小味山は、力無く、椅子に腰を下ろした。


それは、一枚の絵のように、時が止まった瞬間だった。





あの日。


彼女が見た先には、紅香が選んだ絵が飾られていた。


『木漏れ日』のテーマの如く、皐月の風に揺れる、菜の花色の小さな王冠のような花弁を持つ花が描かれていた。


「茅景先生。また、先生の、あたたかい絵に会えますか?」


「うん・・・会わせるよ・・・絶対。」


泉堂は、歪む視界の中、彼女の目を見て、力強く言った。




読んでいただき、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ