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番外編『二度と会いたくない人はいますか?』・香典

オリジナル短編小説集『また会えますか?』の番外編です。


 あなたに「二度と会いたくない」と思う人は、いますか?


記憶の片隅にある、あの日、笑っていた子、バスの中でニヤついていた人・・・「二度と会いたくない」。

そんな気持ちを綴る番外編。




冬の曇天は、体感温度を更に下げる。

昨夜まで続いた長雨が、止んでいるだけ良いのかもしれない。

しかし、南の廊下前は、生乾きの洗濯物でいっぱいだ。


「はぁ~・・・。」


空と洗濯物を交互に見て、未代はため息をついた。


そんな日のお昼頃、チャイムが鳴った。


「は~い。どなた?」


「お母さん、私・・・。」


「慈子・・・?」


細々とした声だが、娘の声を間違える筈なかった。

扉を開けると、薄い茶色のコートを纏った娘の慈子がいた。


「慈子。どうしたの?何かあったの?」


いつもなら、笑ってお土産片手に来る我が子の顔は、クマが広がり、やつれていた。


「お母さん、私、離婚したい・・・。」


「!?」


絞り出すように放った娘の言葉は、玄関から入り込む冬風のように重かった。


「・・・とにかく、中に入りなさい・・・。」


「うん・・・。」


リビングに通し、慈子の好きなココアを入れる。


「温まるわ。飲みなさい。」


「ありがとう・・・。」


慈子は、カップを手にしココアを流す。


「はぁ・・・美味しい・・・。」


喉を通るココアの甘さ、温かさが冷えた身体の中に炎を灯すようだ。



「・・・実は、一昨日、正雄さんのお父さんが亡くなったの。」


落ち着いた慈子の口から出たのは、訃報だった。


「正雄さんって、則之さんの妹さんの旦那さんよね?そう、お父様亡くなられたの・・・。」


以前お会いしたのは、義理の息子の則之さんのお母さんのお葬式だった。

杖はついていたが、背が高く真面目な印象の人だった。


「確か、ホームに入ったって聞いてたけど・・・。」


「うん。庭で腰をうっちゃって、家じゃ面倒看られないからって、かかりつけの病院のグループホームに入って、一昨日、九十五歳で亡くなったわ。」


「そう・・・でも、それと離婚とどういう関係が?」


今回亡くなったのは、義理の妹さんの旦那お父さんで、はっきり言って、慈子には遠い親戚で、血縁関係なんて無いのだ。

それが、どうして慈子が『離婚』ということになるのだろう。


「則之さん、『自分の金を香典に使うくらいなら、お葬式に行かない』言い出したの。」


「えっ、はぁ・・・?」


未代には、慈子が何を言っているのか分からなかった。


「則之さんが、妹さんと仲が悪いって言うのは知っているでしょ?」


「えぇ・・・病気になったお母さんに、子どもの面倒も押し付けて、お金も援助して貰ていたって。」


「うん。それで、お母さんが亡くなった時、宝石とバッグとか、ほとんど残っていなくて、形見分けも出来なかったの。則之さん、みんな、摂乃さんに取られたって言ってて・・・。」


「・・・・・・。」


未代は、話を聞いて、慈子の結婚式のことを思い出した。


摂乃と言う女性は、『料理を変えろ、私、好きじゃない』、『あの形のドレス、私が着たいから着ないで』等、平気で慈子に言う女性だった。


こんな人を、義理とは言え妹にするのは、とても心配だったのだ。


「いくら、摂乃さんと仲が悪いって言ってもさぁ、正雄さんも正雄さんのお父さんも関係ないじゃない。まして、自分の親が亡くなっている時に、香典も生花も貰っているの。それを返すのは、当たり前のことでしょ?」


「そうよ。当り前じゃない。」


むしろ、貰って返さないなら、最初から付き合うべきではない。

隣の市では、『香典なし・お返なし』という場所もあるから、全て返せとは言えないが、先に、自分の親の葬式で香典を貰っているなら、返さないのは、人間性を疑わずにはいられない。


「でも、則之さん『自分が貰ったものじゃないから』って。封筒だけ用意して、『入れておけ』って、渡してきたの。」


「はぁ?なんで、慈子が入れるのよ?おかしいでしょ?」


「おかしいよ。でも、入れていかないと、私はまで『非常識』な目で見られるじゃないっ!夫婦ってだけで、一括りにされてっ!!」


慈子は、泣きながら叫んだ。


誰だって、そんな扱いを受けるのは嫌に決まっている。


しかし、夫婦というだけ同じにされるのは、今も昔もあることだ。


「則之さんって、人の褌で相撲を取る人だったのね。」


「うん。外面だけは良いから、みんな騙されているけど、一緒になったら・・・。」


「本性が見えたわけね。」


「うん・・・それに、今回だけじゃないの。親戚の人が結婚する時のお祝いも、私。生活費も渡すのは、全部で五万円・・・貯金を切り崩すしか無くて・・・もう限界だったの・・・。」


「なんで、そんなになるまで、我慢したのっ!?則之さんって、実家出たこと無くても、結婚するまで、

どうやって生活していたのっ!?」


いい歳した大人が、どうやって五万円でやり繰りしているのか。


「彩海お義姉さんが持っていたお義母さんの日記に、摂乃さんだけじゃなくて、則之にもお金を

取られていたって書かれていたの・・・。」


「なっ・・・。」


「お義父さんがいる頃は、まだ良かったんだけど、お義父さんが亡くなったら、毎週のように、せびりに行っていたみたい。私には、『母さんが心配だから』なんて、もっともらしいこと言ってたけど。結局、似たもの兄妹だったのよ。」


未代は、向こうのお父さんとお母さんが、一年も開けずに亡くなった時、仲の良い夫婦だったから、後を追ったのだ勝手に思っていた。


いや、きっと奥さんを守るために、連れて行ったんだ。


「海外赴任から戻って来た彩海さんが、仏壇とお墓の管理をやるって言った時、則之さんは『ラッキー』って言ってたけど、彩海さんは、悔しかったのだと思うの。」


「それは、そうよ。自分のいない間に、弟妹に親を殺されたようなものだもの。」


裁かれない拷問。


裁かれない殺人。


一体、どれくらいこの世界にあるのか、裁かれない罪は。


逃れるには、寿命を終えるしかない。



「そうだよね・・・私、本当に見る目なかった・・・。だから、お母さん、お葬式が終わったら離婚する・・・あんな、人の常識を持っていない人と、別れたい・・・。」


ボロボロと頬を流れる真珠の多さは、慈子の苦しみの結晶。


全て流してしまえばいい。


未代は、隣に移動し背中を擦りながら、落ち着くのを待った。



「いつでも帰って来なさい、慈子。」


「ありがとう・・・お母さん・・・。」


「良いのよ。礼儀を重んじない人は、人を大切に出来ない人よ。まして、自分の親へ貰った香典を、『自分が貰ったんじゃないから』『妹が嫌いだから』で返さないって。人間として終わっているわ。そんな人が、家族を貴女を大事に出来るわけがない。」


そう言って、未代は立ち上がり、仏壇の引き出しから、大きめの封筒を取り出し、慈子に渡した。


慈子が封筒を開けると、中には、緑色の紙と弁護士の名刺とパンフレットだった。


「お母さん、これ・・・。」


「渡そうと思っていたの。貴女には、きっと必要になると思って。」


「お母さん・・・。」


未代は、この日が見えていたのだろう。


いつまでも、母親には勝てないと慈子は思った。


「貴女は、昔から我慢強い子だったわ。でもね。大概の親は、子どもが苦しみ、泣くことになる人生を望まないの。まして、則之さんとの紙切れ一枚の縁の為に、生涯を捧げるのは、おススメしないわ。」


「ありがとう・・・。」


慈子は、封筒ごと中身を抱きしめながら、礼を言った。





それから、数日後。


慈子は、荷物を持って帰って来た。


「お母さんが紹介してくれた弁護士さんのおかげで、助かったわ。」


「いいのよ。私は、貴女の穏やかな顔が見られれば、それで。」


離婚話は、全て弁護士を通すことにし、実家にも来させないようにしたのだ。


「もう、あんな人、二度会いたくないわ。あんな、不義理な人。」


「えぇ。私もよ。あんな男を、義理とは言え、息子と呼ばず済むのですもの。」


慈子には見せなかったが、未代のスマホには、則之からの大量のメールが届いていたのだ。


『親だからって、嫁を奪うなっ!』『嫁いだのだから、俺のやり方に従ってもらうっ!』

等、人間性を疑うメールが大量に。


昔、事故で側溝に落ちたことがあると言っていたが、おそらくその時、『人間性』も『常識』も落としてきたのだろう。


メールを見ても、未代は無視をした。


一人では何もできない男には、無視が一番効くのだ。


そして、堪え性もない。


この離婚は、『めんどくさい』と相手に思わせれば終わる。


今は、その時を待てばいい。


「願わくば、二度と関わりたくないわね。今生でも来世でも。」


そう言って、窓の外を見れば、虹が薄く掛かっていた。




読んでいただき、ありがとうございます。

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