常盤の山・後編
オリジナル短編小説集『また会えますか?』の一編です。
あなたに、「また会いたい。」と思う人は、いますか?記憶の片隅にある、あの日、遊んだあの子、駅のホームで見かける人・・・「会いたい」。そんな気持ちを綴る短編集。
透が迷い込んだのは、決して色付かない山だった・・・そこで出会った青年は、一体誰なのか・・・。
見上げれば、鮮やかな紅や黄色の額縁から覗く、空の青が美しい季節。
春の桜や夏の橘にも負けぬ紅葉が彩る、ここは古都。
お寺や神社が数多く有る為、地方の学生達の修学旅行の定番の場所だ。
そんな古都の山に、修学旅行生の透が迷い込んだ。
辺り一面、緑色の葉しか存在しない山に。
「ま、待って~!」
透は、そこで出会った髪のが長い青年の後を追いかけ走っている。
青年は歩いている筈なのに、走っている透と、まったく距離が縮まらない。
「はぁ、はぁ・・・あっ!?」
〝ダンッ″
青年の背ばかり見ていた透は、足元に出来た窪みに気付かなかった。
足を取られ、透はまた地面に倒れ込んだ。
「・・・うぅ・・・・・・へっ?」
倒れた透の前に、指の長い手が差し出される。
「立てるか?」
青年の手だった。
「う、うん・・・っ!?」
透は、青年の手を取って立ち上がったが、足に刺すような痛みが走り、顔を歪めた。
「膝を打ったようだな。さて・・・。」
「えっ!?」
青年は、透を抱き上げた。いわゆる、お姫様抱っこである。
「ちょっ「おとなしくしていろ。」・・・はい・・。」
恥ずかしさから、抗議をしようとしたが、青年はそれを許さない。
透は、手で顔を覆う。
赤い顔を隠す為だ。
周囲に青年以外いないとは言え、その辺から誰が出てくるか分からないのだ。
「ここで良いか・・・。」
青年は、平らで大きな岩の上に透を降ろした。
「診せてみろ。」
「は、はい・・・。」
透は、ゆっくりとズボンの裾を捲ると、膝には血が滲んでいた。
「派手にやったな。」
青年は、そう言いながら、帯にぶら下がっていた瓢箪を取ると、中身の液体を透の傷口に流した。
「うぎっ!?・・・つっ・・・。」
液体が触れた傷からは、消毒液を掛けた時より強い痛みが走り、腰が浮き唇を噛んだ。
「すぐに済む。」
涙目の透に、着物の袖から小瓶を取り出した青年は、中に入っている白い粘着質なクリーム状の液体を膝に塗り付けた。
「・・・つ、冷た・・・。」
「薬だ。安心しろ。」
「・・・・・・。」
ぶっきらぼうな言い方だが、青年の言葉は冷たくなく、どこか透には心地良かった。
「・・・すまなかったな。」
「えっ?」
「最初から、あないをすれば良かったのだ・・・さすれば、そなたは怪我などせずに済んだ・・・。」
「・・・大丈夫です。僕、よく転ぶんです、だから・・・。」
これは本当だ。透は小さい頃からよく転ぶ。
髪の毛で見えないが、昔転んで額に傷も薄いが残っている。
「違う。」
「へっ?」
「普段、ここには人は入らない。入ったとしても、すぐに出ていく・・・だから、お前もすぐに出ていくと思ったのだ。」
「僕、方向音痴なんです。それで、伊織にもよく怒られて・・・。」
「伊織?友か?」
「幼馴染なんだです。すっごく、しっかりしててて・・・。」
「そうか・・・よし、もういいぞ。」
「ありがとう。」
青年は、話しながら薬ばかりか持っていた手拭いを巻いてくれた。
透は、礼を言って捲っていたズボンを下げた。
すると、透の手のひらに、緑色の葉が落ちた。
「・・・。」
「気になるか?」
「・・・この山の葉っぱって、どうして緑色なの?」
透は、ずっと気になっていたことを尋ねた。
周りは紅葉していたのにここだけ、五月の新緑のままだ。
葉っぱから見ても、紅葉しない葉では無い筈なのに。
「この山の葉は、紅葉しない。ずっと昔から、変わらないんだ。」
「ずっと?春とか冬でも?」
「あぁ、桃の花が咲こうが、雪が降ろうが、変わることは無い。ここは、そういう山だ。」
「・・・この山には、季節が無いってこと?」
「いや、風が季節を知らせてくれる。」
「風、が・・・?」
透は、手の中の揺れる葉を見ながら、首を傾げる。
「おかしいか?」
「えっ?」
「変わらないことがだ。この山の外は、今や紅葉した葉でいっぱいだろうからな。」
「・・・おかしくないよ。変わらないって、すごいことだよ。」
「すごい?何故だ?人は、昔から移ろう物に美しさを求めるものだ。四季の移ろいから、人の心の移ろいまでも・・・な。」
古来より人間は、移ろう物に、己の心も、人の心変わりをうたっていた。
移ろうものは、儚く美しい。
そういったものに心を託すことが、美徳であり生き方だった。
「昔の人は、ハッピーエンドが嫌いだったの?皆が幸せに暮らしましたで、終わりじゃダメなの?」
「そういうわけでは無い。ただ、人は、移ろう物、儚い物に心を奪われやすいということだ。」
青年は、どこか遠い目をしながら言った。
「・・・難しいことは、よく分からないけど・・・変わらない気持ちって言うのもあると思うよ。誰かを、ずっと想っていたいとか・・・そういう気持ち・・・。」
「変わらない気持ちか・・・その歳で、分かるのか?」
「・・・正直に言うと、よく分からないです・・・。でも、曾お祖母ちゃんが言ってたんだ。人に『恋』をしたら、その人をずっと『愛』してしまうって。」
「裏切られてもか?『愛』は『憎しみ』に簡単に変わるものだぞ。」
「でも、それって、感情の名前が変わっただけでしょ?」
「どういう意味だ?」
青年は意味が分からず、聞き返す。
「その人に向ける感情の名前が変わっても、重さって変わらないと思うんだ・・・。どんな感情でも、重ければ重いほど、その人のことを強く思ってるってことだから・・・。」
「・・・何が、言いたいんだ?」
「よく言われるけど、愛情の反対は、無関心って、ことかな・・・相手にされないって、一番辛いと思う・・・。」
「・・・・・・。」
透の言ったことに、青年は目を見開いた。
「だから、ずっと変わらないって、スゴイことだと思うよ。」
「・・・そう、だな・・・。」
青年は、困ったような笑みを浮かべて言った。
頬を掠める風が、冷たくなった。
葉が揺れる音も、先程より騒がしい。
薄らと霧が立ち込め、枝に張り付く白い糸が光る。
「透。」
「へっ?」
透は、初めて青年から名を呼ばれた。
「どうした、驚いた顔をして・・・。」
「急に、名前呼ばれて、ビックリして・・・。」
「そうか・・・呼んでなかったな・・・。」
「うん・・・あの・・・。」
「何だ?」
「お兄ちゃんは、名前なんて言うの?」
「・・・名のって、なかったか・・・?」
青年は、名のったと思っていたようだ。
「うん。」
「私の名は、トキワだ。」
「トキワ・・・奇麗な名前だね。」
「そうか・・・。」
トキワは、透から視線を逸らして言った。
また、葉が騒がしく揺れる。
「透。帰る時間のようだ。」
「えっ?もう?僕、もっと、トキワと話していたい・・・。」
「それは、出来ない。」
「・・・どうして?」
「・・・この山では、色付いた者は長くはいられない。」
「どういう意味?」
「昔、ある男が言ったのだ。この山は、色の変わることの無い山。そこに、色付いた葉があるのは、外から借りてきたということだ。・・・借りてきたものは、返さなければならない・・・だから・・・。」
「・・・トキワは、ずっと、この山にいるの?」
「あぁ、そうだ。」
「また、会える?」
「お前が、変わらなければ・・・いや、お前なら、変わっても、また・・・。」
「うん・・・。」
透もトキワも互いの顔を見ることが出来ない。
その中で、風が辺りの葉を勢いよく揺らす。
「さぁ、もう行け・・・友が心配している。」
「う、うん!」
透は、零れそうになる涙を瞳に溜めて、頷いた。
その瞬間、涙で歪んだ視界が、一面の緑色に包まれた。
「・・・っ!?」
目を開けると、そこは、最初に紅葉に魅入られた場所だ。
「・・・トキワ?トキワっ!!」
何度、その名を呼んでも返事は帰って来ない。
〝ボーン″
響く鐘の音と目前に広がる紅葉した葉を見ても、先程までいた山で無いことを知らされる。
「ありがとう、トキワ・・・。」
透は、紅葉の中に向かって言った。
「透っ!!」
「伊織っ!?」
名を呼ばれて、振り返ると額に汗を浮かべ、息を荒くした伊織がいた。
「どこ行ってたんだっ!?探したんだぞっ!!」
「ご、ごめんっ・・・。」
花が萎むように、透は下を向いた。
「はぁ~無事だったからいいけど・・・せめて、電話に出てくれ・・・。」
「ごめん。圏外になっちゃって・・・電話通じなくて・・・。」
「圏外?お寺やビルの地下にでも迷い込んだのか?」
「ううん。山の中だよ。秋なのに、緑がいっぱいの。」
「み、緑が、いっぱい・・・?」
「うん。トキワが言ってた。紅葉しない山なんだって。」
「トキワ?誰だ、それ?」
「僕をここまで連れてきてくれたんだ。さっきまで、そこにいたのに・・・振り返ったら居なくなってた・・・。」
「・・・・・・。」
透が話すにつれ、伊織の顔は青くなっていった。
「・・・くな・・・。」
「伊織?」
「行くな・・・どこにも行くなっ!!」
伊織は、突如、透の肩を掴み叫んだ。
「い、伊織・・・どうしたの・・・?」
「もう・・・絶対、オレから、離れるな・・・。」
「伊織・・・ごめんね、心配させて・・・。」
「・・・お前が無事ならいい・・・。」
「うん・・・伊織にまた会えたのも、トキワのおかげだ・・・。」
「っ!?」
「透っ!!」
「うっ!?」
「そいつは、オレ達とは違うんだっ!!だから、もう会うなっ!!」
「い、伊織・・・。」
伊織のあまりの剣幕に、透は何も言えなくなった。
「・・・頼む、会わないでくれ・・・。」
透の肩に顔を置き、絞り出すような小さな声で懇願する。
その声は、震え泣いているようだった。
「・・・・・・。」
透は、普段と違う友の姿に背中を擦るしかなかった。
ただ、震える伊織の左手に、三つ編みされた糸が巻かれ、淡く光っていた。
その夜、透達は、駅近くの旅館に泊まっていた。
班のメンバーは、座禅の疲れが出たのか、口の開閉を繰り返して音を出したり、夢の中で覚えたてのお経を読み上げたりと、賑やかである。
そんななか、透は、窓辺に座って月を見ていた。
夕暮れが美しいと言ったものだが、月もまた見事なものである。
「(伊織は、もう会うなって言ってたけど・・・僕は・・・)会いたいよ・・・トキワ・・・。」
硝子が、指圧や吐息で白く曇る。
潤んだ瞳見上げた月は、一層美しかった。
「トキワ・・・。」
透の小さな声は、月光の中に消えていった。
読んでいただき、ありがとうございます。




