同じものはない~言葉を交さない友~
オリジナル短編小説集『また会えますか?』の一編です。
あなたに、「また会いたい。」と思う人は、いますか?記憶の片隅にある、あの日、遊んだあの子、駅のホームで見かける人・・・「会いたい」。そんな気持ちを綴る短編集。
おもちゃを片付けない息子。怒鳴る妻・・・散らばるおもちゃに、子どもの頃、いつも一緒にいた友を思い出す・・・。
お時間がありましたら、お読みくだされば幸いです。
とある秋の週末。
その部屋は、散乱していた。
「芳樹っ!おもちゃを片付けなさいっ!!」
テレビを見る芳樹に怒る母親の実樹。
十畳程のリビングに散乱するのは、ボールやフィギュア、電車のおもちゃ達。
文字通り、足の踏み場など無い。
ホビーダンジョンの名に相応しい状態だ。
「今、色彩戦隊グラフィーファイブ見てるから、後でっ!!」
ダンジョン主にして散乱させた本人は、テレビを見たさに片付けようとしない。
「昨日もそう言って、盤上スターズを見た後やらなかったでしょっ!!」
「・・・はぁ~・・・。」
その様子を、姉の一己がリビングから見ていた。
「一己、どうしたんだ?」
「あっ、お父さん。」
そこへ、父親の和義が二階から降りてきた。
「何を騒いでいるんだ?」
「芳樹、またおもちゃ片付けなくて、とうとうお母さんが角出したの。」
この家では、日常茶飯事の光景なのだろう。
一己は、見ているだけで止めようともしない。
「・・・・・・。」
〝ブンッ″
ヒーローの変身シーンが映し出されていたテレビは、一瞬の影を残しつつ黒い画面になった。
「何すんのっ!?」
「片付けしないような子には、テレビは見せませんっ!!早く片付けなさいっ!!」
リモコンを息子に向けて、実樹は声を張り上げて言った。
「・・・ム~・・・。」
芳樹は、頬をハリセンボンのように膨らませながらも、散乱させたおもちゃを箱に投げ入れていく。
「・・・・・・。」
その様子を、和義は見ていた。
「芳樹。」
和義は、全てのおもちゃが箱に収められたのを見て、芳樹を呼んだ。
「なぁに?」
「本屋に行くんだけど、一緒に行くか?」
「本屋・・・うん、行く。」
「じゃぁ、行こう。」
和義は、芳樹にお出かけ用のカーディガンを着せ、玄関に促した。
「あら、どこか出掛けるの?」
「あぁ、芳樹と本屋に行ってくるよ。」
「そう。いってらっしゃい。芳樹、お父さんの言うこと、ちゃんと聞くのよ。」
「・・・いってきます。」
実樹の顔は見ず、芳樹は外に行ってしまった。
「もう、あの子ったら・・・。」
「まぁまぁ・・・じゃぁ、行ってくるから。」
「気を付けてね。」
「はぁ~・・・。」
実樹は、閉まった扉を見つめて、溜息をつく。
「出掛けたの?」
ダイニングでココアを飲んでいた一己は、入って来た実樹に尋ねた。
「えぇ、本屋さんですって。」
「・・・芳樹、まだ拗ねてるの?」
「えぇ、私と目も合わせないわ・・・。」
「どうせ片付けることになるんだから、芳樹も文句言わなきゃいいのにね。」
「あら、一己も小さい時は、そうだったわよ。『怪盗ホワイトヒヤシンスを見てるから、後でっ!!』って、散々、駄々こねたの。忘れちゃったの?」
「・・・だって、お母さん、テレビ見てる時ばっかり言ってくるから・・・。」
拗ねたように返す一己。
「でも、そのおかげで、片付けられるようになったじゃない。」
「違うよ。」
「えっ?」
実樹の驚いた顔に、一己は持っていたカップをテーブルに置いて、立ち上がった。
「文句を言われるのが嫌だから、テレビのある所で遊ばなくなっただけ。」
「一己・・・。」
「まぁ、その頃には、芳樹が生まれて自分の部屋も持てたからかもだけど。」
一己は、実樹の横を通り過ぎなら、
「お母さんさぁ、もう少し言い方、変えてみたら。」
振り返って実樹に言う。
「変えてみるって・・・。」
「北風と太陽。」
「えっ?」
「または、鞭と飴。」
「!?」
それだけ言うと、一己は二階へと続く階段へと姿を消した。
実樹は、いつの間にか冷やされていたカップを見ながら、唇を噛むことしか出来なかった。
その頃、芳樹と和義は、商店街に向かって住宅街を進んでいた。
ふと、公園が目に入った。
「芳樹、ちょっと寄ってかないか?」
「えっ、でも、本屋は?」
「いいからいいから。」
公園のベンチは、暖かい。
秋の風は頬を冷やすが、日差しのぬくもりをベンチが吸い込んでいることもあり、座っていることが出来た。
休日ということもあり、父親と子供が多いので、和義と芳樹が入っても浮くことは無かった。
「芳樹。芳樹は、お母さんが嫌いか?」
「ううん。嫌いじゃない・・・でも、うるさい・・・いっつも、見たいテレビの時ばっかり言ってくるんだもん。」
「そうだな。オレもよく見たい野球中継の時、言われるな・・・。でも、あのおもちゃは、芳樹のだろ。自分のものは、ちゃんと片付けなきゃな。無くなったりしたら、嫌だろ?」
「同じものを買えばいいよ。ダイちゃんやいっくんも買ってもらってるもん。」
「芳樹。」
「!?」
いつもの和義の声と違い低い音に、芳樹は身体が固まった。
「芳樹。この世に同じものなんて無い。失くしたものは、決して戻ってこないんだ。」
その言葉は、芳樹の耳に響いた。とても、悲しそうな音が。
「・・・何か、あったの?」
芳樹は、恐る恐る尋ねる。
「・・・父さんが、ちょうど芳樹ぐらいの時だ。当時、ドクター仮面というヒーローが流行っていてな、父さんは、そのヒーローが大好きだったんだ。」
和義は、語り始めた。
「五歳の誕生日に、父親がドクター仮面のフィギュアを買ってくれて――。」
『お父さんありがとうっ!』
『あぁ、大事にしろよ。』
『うんっ!僕、大事にするっ!』
「目の前のケーキよりも、ドクター仮面を買ってもらったのが嬉しくて、寝るときはもちろん、一緒にお風呂にまで入ろうとしたよ。」
「怒られなかったの?」
「怒られた怒られた・・・実樹の数倍は怖かったからなぁ、母さん・・・。」
「お祖母ちゃんが?あんなに優しいのに?」
「一己や芳樹には甘いんだよ・・・。」
「信じられない・・・。」
会えば、いつも笑顔で迎えてくれる祖母が、自身の母親より怖い等と、芳樹はどうしても思えなった。
「母親というより、親ってものは、怒るのも仕事だ。母さんも、お風呂でフィギュアがダメになってしまうと思って、怒ったんだよ。実樹も、タイミングは悪いところがあるが、芳樹におもちゃ達を大事してもらいたいんだよ。」
「うん・・・分かった・・・。お父さん、それで、そのフィギュア、どうしたの?今も、お祖母ちゃんの家にあるの?」
「・・・それがな・・・その年の冬、皆で、田舎の親戚の家に遊びに行ったんだ。もちろん、ドクター仮面も一緒に。その帰りの新幹線で・・・。」
和義は、顔を曇らせながら、再び口を開いた。
『お父さん、トイレ行きたい。』
『そうか。じゃぁ、オレも行こう。』
『うん。』
『芳樹、ドクター仮面は置いて行きなさい。』
『えぇ~持っていく。』
『トイレだぞ。落としたらどうする?それに、混んでるから、人にぶつかって壊れたら嫌だろ?』
『・・・分かった・・・はい。お母さん、ドクター仮面持ってて。』
『はいはい。さぁ、早く行ってきなさい。もうすぐ降りる駅なんだから。』
『うん。』
「オレは、ドクター仮面を母さんに預けた。だけど、その時、トイレが混んでてなぁ。離れた車両まで、行くことになって・・・席に戻った頃には降りる直前で・・・。」
『もう、何してたのっ!?』
『トイレが混んでたんだっ!!』
『早く降りてっ!!』
「母さんは、オレと父さんの荷物を抱えて待っていたんだ。」
「降りられたの?」
「あぁ、ギリギリだったけどな。でも・・・。」
「?」
『はぁはぁ・・・何とか、降りられたな・・・。』
『ふぅ~本当、あれ特別快速だもの・・・降りれなかったら、大変だったわよ・・・。』
『お母さん。』
『なに?』
『ドクター仮面は?』
『えっ?あぁ、えっと・・・・・・あれ?あら?』
母親は、鞄やコートのポケットを探る。
その表情は、風邪でもひいたかのように、青ざめていった。
『・・・ない・・・。』
『えっ?何でっ!?』
『に、荷物を抱えた時・・・落としたのかも・・・。』
和義は、振り返った。
しかし、乗っていた新幹線は風にように遠ざかっていった。
「ど、どうなったの・・・?」
「遺失物センターに行ったけど、出てくることは無かった・・・ショックで、その後はずっと泣いてた・・・手には、ドクター仮面の感触が残ってたから余計な。」
話しながら、和義はあの時より大きくなった両手を見る。
「・・・お父さん、お祖母ちゃんのこと怒ってる?」
瞳を震わせ、袖を引っ張りながら、和義に尋ねる。
「今は、母さんのことを怒ってないよ。そりゃぁ最初は、悲しかったから、『どうして、ちゃんと持っててくれなかったの?』『何で、忘れちゃったの?』って、母さんに詰め寄ったし、いっぱい嫌なことも言った・・・。でも、母さんは、ちゃんと謝ってくれた・・・だから、母さんを責めるのを止めたんだ。
だが、それと同時に・・・悔しくてな・・・。」
「くや、しい?」
芳樹は、言っている意味が分からず首を傾げる。
「何で、自分で持ってなかったんだろう、何で、預けちゃったんだろうって・・・自分で持っていたら、ドクター仮面を無くさなくてもすんだかもって・・・何度も何度も思った・・・。」
「・・・でも、それなら、新しい物を買ってもらったんじゃないの?」
「あぁ。母さんが悪いと思って買ってきてくれたよ。でも、違ったんだ・・・。」
「違う?」
「確かに、それは『ドクター仮面のフィギュア』だけど、父さんが誕生日に買ってくれた『ドクター仮面のフィギュア』じゃない。冷たい感触で、擦れた痕も無い新品。あぁ・・・別の物なんだと思い知らされた・・・。」
「同じおもちゃなのに?」
「あぁ。同じ型から出来たのは分かるけど、一緒に過ごした時間が無い。姿形は同じでも、それは全く違う物なんだ。」
「お父さん・・・。」
「もちろん、母さんが買ってくれたから、大事にしたよ。二代目としてね。新しいフィギュアとは、新しい時間を過ごせばいい。でも、決して前のフィギュアのことを忘れてはいけないんだ。」
「・・・・・・。」
遠くを見つめる和義の顔を芳樹は黙って見つめる。
「だからな、芳樹。」
和義が、芳樹の方を向き、肩に手を置いた。
「自分の大事な物は、手放したら二度と手には入らない。同じものなんてないんだ。大事に出来るなら、大事にしなさい。」
「・・・うん。」
芳樹は、大きく首を縦に振った。
「よし、じゃぁ、本屋に行くか。」
芳樹の頭を撫でて、和義はベンチから立ち上がった。
「お父さん、僕、オフタイムキャッスルに行きたいっ!」
「あぁ、この間オープンした古本屋か。」
「うん、お姉ちゃんがね、この間、お友達と行って、本とマスコット買って来たんだ。」
「へぇ~雑貨も売ってるのか。じゃぁ、今日はそっちに行くか。」
「行こう行こう。」
芳樹は、和義のズボンを掴み駆け出す。
「おい、芳樹、引っ張るなよ。」
公園を出た二人。
駅前にあるオフタイムキャッスルは、交差点を渡った先にある。
青緑色の人型が点滅している。
「芳樹、次で渡ろう。」
「は~い。」
人型は、紅赤色に姿を変えた。
「ねぇ、お父さん。」
「ん?何だ?」
「今でも、新幹線で失くしたドクター仮面に会いたい?」
「そりゃぁ、会えるものなら会いたいな・・・。」
「サンタさんにお願いすれば?」
「う~ん、サンタさんでも難しいかもな。父さんも、失くした年のクリスマスにお願いしたけど、ダメだったからな。」
「そっかぁ・・・。」
芳樹なりに気を使って言ったのだろうが、それは既に子供だった頃、和義が試したことだった。
「難しいことだが、もし、何かの縁が繋がったら、また会えるよ・・・俺は、そう信じているんだ。」
「うん・・・。」
「ありがとな、芳樹。」
和義は、芳樹の頭を撫でた。
向かいの青緑色の円が消え、菜の花色の円が灯った。
読んでいただきありがとうございます。




