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良い旅を、旅人さん  作者: 江戸前餡子
夏の章

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8話目 海賊たちと過ごす夜

「――っていうことがあって……」


 古い本の香りに満たされた文殿(ふみどの)。

 海賊船に乗って半月が過ぎても私は馴染めず、夜になると、良くスピちゃんに会っていた。


 慣れない団体生活に、慣れない大勢での食事、

 何もかもが新しく。そして、ストレスだった。


「それはしんどいよね〜。

 スピカ、めっちゃ共感〜!

 無理せんでええんよ〜♡」


 初めて会った時は、絶対に会う頻度は少ないだろうと思っていたけれど、

 長生きしてきたスピちゃんの包容力が安心させるのだろう。

 毎日のように訪れては、彼女の膝の上で話していた。


(あ、私が好んで膝の上に乗っているわけじゃないですよ?

 決してです!スピちゃんが乗せるのです)

「分かるの?」

「スピカもさ〜、大勢で動くの苦手なんよね〜

 自由が一番って感じ? マジで群れムリ系☆」

「そういう時どうするの?」

「ん〜?そゆ時は流れに乗っかっときゃOK〜☆

 なんか言わなきゃ!って焦るより、黙っとく方が楽な時あるっしょ?

 スピカもよくやるし〜!」

(なるほど……)

「まぁ人によっちゃ“人任せ〜”とか“責任ない〜”とか言われるかもだけど?

 正直さ、無理して口出して責任かぶる方がマジだるいじゃん?

 スピカはそっちの方が無理ゲー☆」


 “私”は、スピちゃんが自分のペースを守っているところを尊敬していた。

 

「そうかぁ……」

「そーそー!でもさ〜、たった半月でそんなに痩せるってマジ!?

 スピカお姉ちゃん、逆に心配で夜しか寝れないんだけど〜!?」


 頬擦りしてくる顔を、“私”は「夜寝れれば十分じゃん~」なんて眉間に皺を寄せる。


(スピちゃんのスキンシップは嫌いではなかったり。

 いい匂いがして良いのです、グヘヘ……)

「でも、せっかくこうして海賊さんと話せる機会だから、仲良くしたい……な」

「それならさ〜、みんなと仲良くしよ〜とかじゃなくて、

 まずは一人とか二人と距離縮めてみたら?

 あっ、今のスピカの発言、わりと神じゃない!?

 自分で言っといて好感度爆上がり〜☆」

(そうか、それなら私にも出来そうです)


 スピちゃんは大精霊なだけあって、多彩な経験があるから、“私”はいろんな相談をしていた。

 人じゃないからか、話しやすくて、自分でもこんなに相談するのは驚きだった。


「ありがとうスピちゃん、そうしてみるよ」


 彼女はうんうんと頷き、「それなら、お主に良いのを授けよう」なんて、

 “私”を下ろして本棚の森に消えて行ってしまった。

 

「おまた〜んっ!」

「何?そのネックレス」


 派手好きのスピちゃんが好んで持たなそうな、地味なデザインに、首をかしげる。

 木製の玉がいくつも連なったネックレスは、仰々しいオーラを感じた。


「じゃんじゃかじゃーん☆

 精霊の加護つきネックレス〜!

 スピカが昔、“人間にも精霊のぬくもり感じてほし〜!”とか言って、

 めっちゃ量産したやつなんだけど〜……

 結果、爆死でした〜☆

 うける〜!」

「因みにいくらで売ったの?」

「10万ギル」

「流石に高すぎない?」

「精霊の声が聞こえる首飾りとか、超レアもんなんだけどね〜

 なのに人間ってす〜ぐ“もっと安く〜”とか言うじゃん!欲深すぎて草!

 ほら、後ろ向きな? スピカお姉ちゃんがつけたげる♡」


 首飾りを付けてもらう。

 声がするのかと思いきや、そんなこともなく、

 スピちゃんのキャピキャピした声以外は一切聞こえなかった。


「声はね、じきにちゃんと聞こえるようになるから〜!

 外で、なんかガサッて聞こえても、幽霊とかマジないし☆

 スピカ保証つきなんで安心しとき〜」

「そ、そんなの怖がらないよ。もうっ!」

「きゃーー!強がり出た〜!?

 そーゆーのマジ無理〜!ティーちゃん可愛すぎてスピカ心臓止まるっ!!」


 “私”は頬を膨らませて、「また来るね」と帰ることにした。

 彼女は止めることなく、だけれどどこか寂しそうに笑った。


「おうおう!来い来い〜っ☆

 スピカ、いつでもナデナデ待機してるから〜!」

「それは……恥ずかしいかな」


 “私”はドアから顔だけ出して「ばいばい」と小さく手を振って部屋を出た。



「やっぱり戻ると、船の揺れが胃に来ますね……」

《まーた船酔いか?だらしねえなあ》


 この船の掟で、海賊船が故に、何が起きるかわからないと言う理由で、

 武器(えもの)は肌身離さないのが決められていて、

 “私”もゴーストイーターさんと大杖を常に背負っていたのだった。


(お陰で、常にゴーストイーターさんに馬鹿にされています)

「うう……揺れてない大図書館でも、フラフラですよぉ」

《ケケケッ!地味っ子は大変だな》


 手すりに身体を預けて、夜風に当たる。


 バルドさんの船は、交代制で五人ずつ辺りを監視するのだ。

 だから、真夜中にフラフラと現れる“私”は、

 数日で"船酔いの子"というイメージがついてしまった。


「アイロラさんまた船酔いかい?」


 声は舵輪(だりん)の方からして、“私”は振り向いた。


「あー……っと」

「ヨーン・タッセルだよ、こっちに来てみな。景色が良いから」

(こっから見ても、空はおろか、周囲も真っ暗で、何にも見えないのにですか?)


 正直今は、初対面の緊張と気分の悪さのダブルパンチで、話す気分にはなれなかった。

 無視したかったけれど。

 それは申し訳ないから、重い足取りでタッセルさんの方へ。


「何も見えないと思うだろ?

 右の方を、目を凝らして見て見な、鯨がいるの見えるかい?」


 目を細めると、確かにそこには鯨の群れが海面をゆったり泳いでいた。

 暗くてもその存在感には「凄い」と声が溢れる。


「ヨーンさんは、ずっとここで航海士をされているのですか?」

「いーや、僕は元々大陸から大陸へ、物資を船で運ぶ仕事をしてたんだ」

「じゃあなんで?」

「船長達を助けたら、スカウトされたのさ。

 その頃は船をまともに操縦できる人が居なかったみたいで、

 僕は、同じ毎日に嫌気がさしていたから、ここに来たってわけ」


 「へ〜」と頷く“私”を、チラリと見て「君は?」と聞いてきた。


「私もスカウトされました。

 古代遺跡の探索で、魔法が使える人物を探していたみたいで……

 ヨーンさんと同じですね」

(私の場合は、断れる雰囲気じゃなかったんですけどね……)

「船長は子供が好きだからな〜」


 “私”の驚く顔に、「変な意味じゃないよ?」と、彼は苦笑して念の為に付け加える。


「あの顔だし、そう思うのは無理もないけど。

 実はここだけの話、古代遺跡の探索で最後の出航にするつもりらしい」

「え?また何でですか?」

「血の繋がっていない自分の娘の為にも、落ち着いて暮らしたいんだろ。

 それに、船長も良い歳だしね。

 モーヴを探してるのは、マリア様の故郷で祀られていたのが、その紫色の宝玉で、

 告白するならそれがいいんじゃないか、なんて船長が言い出した訳」

「はぁ、告白する為……ですか」


 この時の"私"は、まだ人を好きになるというのが、

 どう言う感情なのかが分からなかった。

 だから、正直、バルドさんのその気持ちも理解ができず、ただただ感心していた。


(命を懸けて実らせたくなるほどの恋というものは、

 どんな感じなのでしょうか……いつかしたいものです)

「今まで私以外に、どんな方が仲間になられたんですか?」


 ヨーンさんは、虚空を眺めながら少し考える。


「いろんな人が仲間になっては居なくなるからね~」

「まあ海賊になるのも、なかなか決断が必要ですもんね」

(山育ちの私は、天地がひっくり返っても海賊なんかにはならないでしょう)


 沈黙に包まれる中、

 波の音に耳を澄ませて星を眺めていると、

 ヨーンさんは「そう言えば――」と口を開く。


「そう言えば、七年前に12歳の男の子が3年間居たな。

 子供なのに大楯を使ってたんだけど、今にも身投げをしちゃいそうで、みんな心配したものだ」

「へ〜、ほんといろんな方が居るんですね」

「名前は確か……」


 忘れたのだろう、

 アだのウだの言ってみては「違うな」なんて迷っているヨーンさんに代わり、

 「カイ•ベルカ」と後ろから声がした。


「バルド船長」

「なーんだ?二人して。

 ティアは子供だから手を出すんじゃないぞ」

「しませんよ」


 バルドさんは私の方を見て、

 「子供は夜更かししちゃ駄目だぞ」と、

 私の頭を雑に撫でた。


「そのベルカさんは、どんな人だったんですか?」

「ん〜?」


 バルドさんの瞳が一瞬迷った。


(言いたくないのだろう)


 確かに、12歳で旅に出るというのは、訳ありじゃなきゃやらなかった。

 

(私の妹は別として……)

「あ、あの。言いづらかったら別に構いませんよ。答えなくても」

「ガーハッハッハ!子供がそう大人に気を使うな!

 ティアはあれだな、自分から意見を言えないタイプだろ」

(はい、その通りです)

「まあ、冗談はさておき……」


 バルドさんは遠くを見つめて、「大変な人生を送ってたよ」そう静かに言った。


「初めて会った時、ずーーーーと。

 自分を責めるように"僕のせいだ"って呟いててよぉ。

 両目は親に売られて見えなくてさ、

 俺はいつも一緒に寝てたものさ」

(両目を売るって、ベルカさんはゴロッド族なのかな……)


 種族によっては、その長所から、身体の一部を売られるケースは少なくない。

 ゴロッド族もまた、目を失っても額にある緋色の石で見れるのだ。

 でも、それは本でしか知らなかったため、実際に人の口から聞くと衝撃は計り知れず。

 ”私”は言葉を失い、「優しいんですね。バルドさんって」そう静かに言うことしか出来なかった。


「船長ってのは、船員の親父みたいなもんだから当然!

 だから。ティアも何かあるのなら、相談しろ」


 彼は顔を近づけて指を指す。

 “私”は「わっ、分かりました」とコクリと頷いた。


 この船内はいろんな種族が居るのにも関わらず、

 喧嘩や派閥が生まれないのは、バルドさんのお陰なのかもしれない。

 みんながお互いに家族だと思い、大切にしているのが、仕事ぶりで分かるのだ。


「てかもう半月か……

 ティアには本格的に仕事をしてもらわなきゃな」

「アイロラさんは何でもそつなくこなせちゃうから、

 一つに縛るのは勿体無いですよ」

 

 二人はハハハなんて、呑気に笑う。

 今までの仕事が本格的じゃないというのに、“私”は不安になるのだった。


(私が寝ずに、どれだけ仕事を暗記して、

 イメージトレーニングをしていたか分からないでしょう)

「魔法を使えるなら、

 次の上陸まで俺の娘に、家庭教師でもしてもらおうかな」

「家庭教師……ですか?」

「おう!お淑やかで可愛くて、頭が良い子さ」


 ――との事でしたが。親バカというのは怖いものだ。


「もう勉強なんてやだー!分からない!つまらない!」

(バルドさん、何処がお淑やかなのですか?

 可愛いのは分かりますが……)

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