7話目 バルド
「わっ、私は酒場で働いたことはありません!
けれど、一所懸命頑張るので、お願いします!」
何故、私がクルヴェポートに来たのに、船に乗らず。
酒場の前で頭を下げているのかというと——
「ヒョウズ村がある大陸はノルド大陸だから、2000ギルだよ」
(私は最も重要な事を忘れていた。
何故気づかなかったのか、自分でも不思議なくらいだ)
「はえ~」
(チケットを買うお金が無いのだ)
“私”の、絶望を通り越して、虚無の境地にいった表情を見て、
お店のお姉さんが心配な顔をする。
「もしかしてお金がないのかい」
「……ないです」
「身長は見た感じ140ぐらいだけれど、何歳?何か特技とかある?」
(何故そんなことを聞くのでしょうか……まさか!)
「お金がないからって、ぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞっ、臓器は売りませんよ!」
「な訳あるか―!」
「じゃ、じゃあなんでそんなことを」
お姉さんはため息混じりに、
「年齢によっては、紹介できるお店があるって訳」と笑う。
「おみせ?」
「そこは、お嬢さんみたいな貧乏人の為に、チケット代分働かせてくれるんだよ」
「まっ、まさかエッチなお店……ですか?」
「そろそろお姉さん怒るよ?」
「あうぅ。どんなお店なんですか?」
「ただの酒場だよ」
(なんだ。良かった)
「私は16歳です」
「ふ~ん、なら。バッカスの酒場に行きな。
見た感じ魔法が使えるみたいだし。
変わってるけれど、使ってくれるんじゃないか?」
「でも船はいつ出港なのです?」
「明日だから安心しなさい。2000ギルぐらいなら、今日働けば余裕だって」
――と。そういう事で、今に至るのだ。
「ふ~ん、特技は?」
「物を浮かせたり、水を出したり、炎を出したり、魔法なら何でも」
(大図書館の本を読んどいて本当に良かった。
あそこに置いてある本は、魔法に関係する本が多く、
まだ全部じゃないけれど、ここまで来るまでにかなり魔法を覚えた。
まあ、"覚えただけ"だけど)
「ふ~ん、物を浮かせられる……
そういえばマリアが、キミと一緒で、旅をしていて、
浮遊魔法のスクロールを探しているとか言ってたっけ」
店主のオジサンは手招きをして、“私”を店に入れる。
「そこで待ってな」
そういい残し、「おーい!マリアー!マリアは何処だ―!」なんて叫びながら、
どこかに行ってしまった。
「合格って事でしょうか」
《そうなんじゃねえか?けどよ、地味っこは接客できるのか?》
「馬鹿にしないでください!案内人をしていたんですから!
しかも今の私は成長したのです!」
《いやさ、今までは親切な人が多かったけれど、酒場で相手するのは酔っ払いだぜ?》
(うっ……そうでした)
お酒を飲んでいる大人を見たのは、お母さんかお父さんしかなく。
物語でよくいる、大暴れする酔っ払いというのは見たことがなくて、
“私”の中で、酔っ払いというのはユニコーンと同じ伝説の生き物でしかなかった。
「……逃げようかな」
そう呟いた時だった。
店主がマリアと呼んでいた女性を連れて戻ってくる。
「なんだい、このチンチクリンは」
「あぁ。この子、物を浮遊させることができるんだと」
私の方を見て、「こいつはマリア。定期的にこの店に働きに来る旅人だ」と、
後ろに居るマリアという女性を、親指で指さす。
「本当かあ~?」
背は170ぐらいあるだろう、
活発そうな—— というか、喧嘩っ早そうな ——褐色の肌に、鍛えた筋肉が特徴的な女性。
ダークブラウンのポニテールをしたゴリラに睨まれているようで、“私”は思わず息を呑んだ。
「アヴァヴァヴァヴァヴァ」
「こらこら、新人を怖がらせてどうする。ごめんね~」
店主に続き、「すまんな。私は10年以上も浮遊魔法を探してるから。つい興奮してね」
とマリアさんは手を差し伸べた。
剣を長く握ったのだろう、手の平は硬くゴツゴツとした立派な手だった。
「私の名前はマリア・サーフェル。よろしく!チンチクリン」
「わっ、私はティア・アイロラです。一日だけですがよろしくお願いします」
するとまた、私の顔をジッと見る。
「どうしました?」
「ドクロの剣を持った茶髪のボブヘアーの小さな女の子。
そうか、キリアの花をくれた魔法使いの子ってチンチクリンか!」
キリアの花、バルド、マリア。この三つが結びついた時、
“私”は良くも悪くも色濃い思い出が蘇った。
「あっ!」
全身全霊で土下座したんだから、忘れられるはずがなかった。
生まれて初めての、街まで運んでくれと頼まれた依頼物を、
金と魔導書に交換するという、邪神をも引かせる外道の選択をしたのだから、嫌でも覚えている。
「マリア様ってお姉さんの事ですか?」
「そうさ、あの時はバルドが世話になったね。
そうかいそうかい、ハッハッハ!
確かに青い鳥だ」
(果たして、私は幸せを運ぶ青い鳥なのでしょうか)
「おっと……話しすぎた。
夕方から開店だから、色々教えるよ」
「よっ、宜しくお願いします!」
マリアさんは、口は悪いものの教え方が上手く、
質問を面倒くさがらず答えてくれる、優しいお姉さんだった。
「そういえば、浮遊魔法ってなんでも浮かせられるのかい?」
「まだ本棚くらいしか浮かべさせたことがないです」
(大図書館の中で、いろいろ試したのです……コッソリと。
火の魔法を試した時は、壁を焦がしてしまって流石にスピちゃんに怒られたけど)
「本棚を浮かべさせるのかぁ」
「別の魔法にはなりますが、無重力魔法なら大きさ問わず、なんでも浮かべさせることができます。
でもずっと触らなきゃいけませんが」
「へー!凄いじゃないか!それって大陸もかい?」
「え?大陸!?」
想像の斜め上の返答に、声が裏返った。
“私”のその反応に、「流石に無理だよな」なんて残念そうに笑顔が一瞬で消えた。
「いえ!……いえ。
まだ本棚しか試したことがないだけで、魔力量的には……
小島程度ならもしかしたら……はい
そっ、それに、どの本にも、無重力魔法なら浮かせられないものはないって書かれているのです!
可能だと思います!」
慌てて身振り手振りする私に、「優しいな」とマリアさんの顔から笑顔が少しだけ戻る。
(何か訳があるのでしょうか)
「マリアさんの首からかけてるネックレス。可愛いですね」
魔法には、何か触れちゃいけないものがあるのを感じた“私”は、
話題を変えるために、ネックレスを褒めたのだが、さらに魔法の話題を深掘りする事になったのだった。
「これか?私の故郷の、浜辺の砂が入った小瓶でね」
(私のバカーーーー!
砂の入った瓶のアクセサリーなんて、訳ありに決まってるじゃん!)
魔族と人族が戦っていた時代は、よく魔力の摩擦で地盤が歪み、海面が上がっていた。
故に、そういう物を持った人は、故郷が地震か津波で失った人達が多い。
と、村の案内人をしていた時、良く話を聞いたものだ。
「すみません。変な事言って」
「気にすんじゃないよ!昔の話さ。
それに、私の故郷は戻って来ない訳じゃないんだし」
「もしかして、マリアさんが浮遊魔法を探している理由って――」
あまりにも残酷な現実に、“私”は言いかけた言葉を伏せた。
“私”は言えなかった。マリアさんには魔力が無いことを。
魔力は、互いに共鳴する。
その共鳴は、電気が走ったような感覚に近くて、すぐ分かるのだ。
だが。彼女には、それが感じられない。
表情に影が落ちる“私”に、
マリアさんは「そうだよ」と、思っている事を見透かしたように目を細めて、
ドアの方に視線をやった。
「ティアはなんで旅をしてるんだい?
好き好んでやりそうには見えないけれど」
(その通りです。初めは家から追い出されたのがきっかけです)
「私はノルド大陸にいる、お父さんに会いに行くんです。
あと、この旅で、少しでも自分を好きになる為……です」
「それは良いな」
気の利いた言葉を探していると、一人目のお客さんがやって来た。
と、思えば、次から次へとやって来て。あっという間に店は満員に。
「ティア、ビールを9個持っていける?」
「まっ、任せてください」
マリアさんと店長が料理や飲み物を用意して、私が魔法で運ぶ。
宙に舞う料理に、お客さん達は子供みたいにはしゃいでいた。
「ち……ちかれた……」
(飲食店の労働というのは、時間が過ぎるのが早いですね)
「もう夜の22時か……」
(村の案内人の時は、指名制だったからか、
人気のない私は、時間がスローに感じたものです)
キッチンの椅子にグッタリ座っていると、
マリアさんは笑いながら“私”の頬を突っついた。
「なんだい。もうくたばっちまったのか?
無理はするなって言っただろ?まだ若いんだから助けを求めな!」
(と、言われましても……)
三人だけだからか。
人に迷惑をかけたくないという気持ちからか。
“私”は頼むことが出来なかった。
「魔法を使うのも疲れるんですね……タハハ」
「まーね。物を浮かす魔法は、特に魔力を消費する。
浮かす力と移動させる力、そしてそれを保つ力の三つを駆使しなくちゃいけないから」
「へー!マリアさんはお詳しいんですね!凄いです」
私のキラキラした尊敬の眼差しに、
マリアさんは「知識だけだ。お前の方が凄い」と、
私の頭をグシャグシャと撫でた。
お客さんが全員居なくなり、静まる店内。
すると、ドアの向こうから、いくつもの靴の踵を引きずる音が聞こえた。
「この足音はバルドだな。
マリアはいつもの料理を準備しよう!
ティアちゃんはテーブルを5つ繋げておくれ。
最後の踏ん張りどころだ」
マリアさんは“私”の肩を叩き、「頑張るよ!」と白い歯を見せて笑う。
( 元気ですね……)
“私”がテーブルを並べて、マリアさんがビールを置いた。
「お、ピッタリだね」
ドアが開くと共に、豪快な笑い声が入ってくる。
「ヨッ!マリア。来たぜぃ」
「来なくてもいいよ」
無愛想な言葉だけれど、マリアさんはどこか嬉しそうに見えた。
(言葉って不思議ですね)
バルドさんは、「そんなこと言っちゃって、寂しかったくせに」
なんて怯まずに笑い飛ばし、席についた。
“私”は店長に呼ばれて、キッチンに向かった時だった――
「あれ?土下座の子だ。キリアの花をくれた土下座の子だろ?」
(確かに土下座はしましたけど。まさかそれで覚えられていたなんて……)
「あの時はどうもです……バルドさん」
初めて間近で顔を見たが、その姿に、あの時の“私”は土下座で顔を見ないで良かったと思うのだった。
潮でゴワゴワになった長い髪に、編み込まれた長い髭、絵にかいたような海賊の姿だ。
けれど目は優しくて、大勢の子分に慕われる理由がそこですべて語られていた。
どんな人物なのか想像できた。
「しっかしマリアも青い鳥に出会えたんだな!
ガーハッハッハ!嬢ちゃんも不思議だな」
(ほんとにそう思います。
普通に旅をしていたら、海賊とそもそも関りを持たないはずなのです)
「たはは……」
「嬢ちゃんは旅人だったんだな。何処向かってる?」
悪い人ではないのは分かっていた。
けれど、海賊に旅の先を教えるのは抵抗あった。
“私”がモジモジしていると、
「可愛くてちょっかい出したくなるけど――」と、マリアさんが料理を運んでくる。
「私のお宝さ。バルドにはやらないよ」
「おー怖い怖い」
“私”を強く抱きしめて、頭の上に顎を乗せた。
「マリアがそこまで言うなんて珍しい」
「特別なんだよ」
それにバルドは目を細めた。
彼の顔に、マリアは人差し指を口元に置いてウインクをする。
「アンタらはアマランス島に向けて明日から出航するんだろ?」
「そうさ、そこの古代遺跡に探してた宝玉があるのを聞いた。行くしかないだろ?」
「行くのはいいが剣士ばかりじゃないのかい?」
「そこだよ、問題は。
だから、古代遺跡の地図をアエリロマ島で買うついでに、
そこの闇市で魔法使いを数人雇うつもりだ」
旅人や冒険者は、長い旅を終えた後、
社会になじめず、そうして闇市や一部の酒場で、期限付きで売り物になる者が一定数いる。
(噂で聞いたことはあるけれど、実際にあるのですね。怖い怖い)
「あまり無理するんじゃないよ。私は占い師じゃないけれど、悪い予感がする」
「ガーハッハッハ!海賊ってのは、常に死神と共に航海してるもんさ、
悪い予感なんていつもの事よ」
マリアさんの目は笑っていなかった。
その真剣なまなざしに、バルドは「気を付けるさ」と真面目に答えた。
「ならヨシ!ティアちゃんはもう上がりな、給料は店長から貰えよ」
「はい、一日だけでしたがありがとうございました」
「あいよ」
ペコリと頭を下げて行こうとした時だった。
マリアは振り返り「そういえば船の場所分かってるのか?」と聞いてきた。
「そういえば、お店の人も説明してくれたけれど、
複雑すぎて分からなかったです」
「だろうね」
バルド達も「ありゃ一発で分かった方が凄いよな」なんて大笑いする。
「何処にあるんですか?」
「“リリズの箱庭”っていう、花屋の前に大きな船が止まっているから、それだ」
その時、バルドの眉が一瞬跳ね上がった気がした。
「ありがとうございます」
「いいよ、いつかティアちゃんが島を浮かす姿を見てみたいものだよ」
「あはは……また会った時に」
“私”が頭を下げると、彼女は「言ったな?」なんて意味ありげに笑い、手を振った。
翌朝、稼いだお金でチケットを買い、教えられた花屋へ向かった。
「やっとチケット買えました!」
《真面目に働けば2000ギルなんて余裕だけど、自由は無くなる。
この世は上手くできてるものだな》
(確かに……案内人時代を思い返すと、
安定の生活と自由は、両方手に入れることは不可能なんですよね)
クルヴェポートの花屋は一つしかなく、直ぐに分かった。
「ここがリリズの箱庭、という事は、この前にある大きなお船がノルド大陸行きのお船ですね!」
チケットを取り出そうとした私に、船員が「先に乗って待ってな」と手招きした。
他の乗客は見当たらず、まさに貸し切りだった。
お父さんと釣りで乗った手漕ぎボートしか、人生で乗った事がないから、
こんな何十人も乗れる船は、クジラの背中に乗ったようで、テンションが上がった。
(ここで住めますね)
《ホントにこの船で合ってんのかよ。
地味っこ、一回人に聞いた方が良いぜ?》
「でもマリアさんがこの船で合ってるって言ってましたし……」
と、その時、船から渡し板が引き上げられ、帆が降りる。
「ほら動き出しましたよ!合ってました!」
《動いたからって合ってるわけじゃないだろ》
その通りだった。
降ろされた帆をよく見たら、継ぎ接ぎになっていて、
とてもじゃないけれど、ただのクルーズ船とは違い、物騒なオーラを放っていた。
「アヴァヴァヴァヴァ……逃げましょ、まだ泳げば——」
手すりから見下ろした瞬間、
目のくらむような高さと、白い波を立てる海の深さに「ピエッ」と声が漏れて腰を抜かす。
そんな“私”を大きな影が覆いかぶさった。
「誰?」
「ガーハッハッハ!ホントお嬢ちゃんは運がないな!」
バルドさんだった。
「マリアに利用されたんだよ」
「ふえ……?」
そんな訳は……と思ったが、船の場所を言った時のバルドさんの顔を思い出し、
“私”は言葉を失い、今度こそ旅の終わりだと、死を確信した。
(ねえ神様?
依頼のキリアの花を売ったことが、そんなにも罪でしたか?
罰にしては重すぎやしませんか?
てか、質問には、あんなに優しく教えてくれたのに。
船のことは、どうしてちゃんと教えてくれなかったんですか……)
“私”の絶望した顔に、ゴーストイーターさんは笑い、
バルドさんは同情の眼差しを向けて後頭部を掻いた。
「お嬢ちゃんの行きたい場所は聞いてる。
だからここはビジネスの話をしようじゃないか」
「びじねす?」
「おう、ノルド大陸に連れていく代わりに、
俺らと古代遺跡に行き、紫の宝玉・モーヴを手に入れる手伝いをしてくれ、
手に入れるまでずっととは言わない、期間は――」
「二か月間だ」と指を二本立てて、それに加えて、
「後でちゃんと仕事ぶりに応じて雇い金も出すぜ」と、ニッと笑う。
ビジネスの話。そう彼は言ったが、“私”を取り囲む船員達の圧に、
もともと交渉も何もないような感じがして、“私”は頷く事しかできなかった。
「ッシャー!お前ら、アエリロマ島に行くぞー!」
これからどうなる事やら、魔物を殺したことのない“私”の、ひと夏の大冒険が始まります。
「お家に帰りたーーーーーーい!」




