6話 勇者の娘(下)
「こうして森全体を上から見た事がないです。緑の絨毯みたい!」
「じゃろ?ワシのお気に入りじゃ。空を見上げて見なさい」
言われた通り上を見ると――
「こんな綺麗な星の海は初めて見ました」
“私”は息を呑んだ。
イーサンさんと見た星空は、木々でところどころ見えていなかった。
だから、大木の上から眺めた。障害物が一切ない空は、“私”を圧倒した。
星空に一番近く、手を伸ばせば届くような気がして、ずっと眺めた。
「さて、本題に入ろうか」
「そっ、そうでした。お父さんの事」
グランさんは、手首から、深い青に透き通るガラスの腕輪を外す。
「ワシの手を握りなさい」
コクリと頷いて、グランさんの手のひらに置かれたガラスの腕輪に手を乗せた。
「文殿の番人よ、会いたがっていた子供が参ったぞ。ドアを開けてくれないかの?」
その瞬間、目の前に白く輝く巨大な扉が現れて、ゆっくりと開き私達を歓迎した。
「さて、行こう。
心配することない、彼女は大精霊と言っても気さくで優しい方じゃよ」
「はっ、はい!」
その通りだった。
「やっほ〜☆ 時空の大精霊スピカ様、降☆臨なんだけど〜?
でもぉ。そゆカタいのウケないし、気軽にスピカちゃんって呼んじゃってよん♪」
(勝手にお堅い方なのかと想像していましたが、実際はキャピキャピした女の子でした。
それも、私の苦手な方の明るいタイプ)
「この方は、スピカ=ルクレール=メモリー。
大精霊だけど、仕事の責任から逃げて魔王様の文殿に引きこもってる」
「はぁ〜? スピカが逃げるとか、マジありえないんだけど?
ちょっと休息とってただけだし〜、大精霊にも休みって必要なんですけど?
てかこのおっさん、空気読めなさすぎて草〜」
頬を膨らませるスピカさんに、グランさんは冷静に説明を続ける。
「外見は17歳くらいじゃが、本当の年齢は千を軽く超えとる」
「はぁい。 スピカちゃん、今ふつーに心えぐられたんだけど?
マジで乙女のリアル年齢とか口にするの、ルール違反にもほどがあるし〜。
そういうとこ、ほんと神性わかってなさすぎて無理〜!」
大精霊と言えば、大人っぽい容姿なのかと思ったけれど、
髪は緩いウェーブが掛かる、薄ピンクのメッシュの入った金髪。
耳には星のピアスを付けていて、
本とは縁がなさそうな、フリフリのスカートが彼女の自由奔放な性格を現わしていた。
(なんというか……全体的にキラキラしています)
「ルクレール、こっちがティア・アイロラ」
「わかるわかる〜
ティーちゃんマジ健気すぎて、
スピカお姉ちゃんの保護本能バチバチ刺激されちゃうんだが?
もう〜、守る以外の選択肢ないっしょコレ☆」
(なんでしょうか、この馴れ馴れしさ、イーサンさんを思い出します)
ベタベタと抱きついてくるスピカさんに、
“私”は抵抗できず、そのまま頭を撫でられるのだった。
「ルクレールは魔王とも友人で、
今後お父さんに会いたいのなら、力を借りるのが一番だろうと思ってね」
「はあ……」
(気持ちは嬉しいですが。キラキラした人と一緒に居ると疲れるのです。
こう、なんというか……パワーが吸われる気がして)
「まず結論から話すと、ティアちゃんの父親はザハール・バローだ」
「あの勇者の?」
「あの勇者の」
(私の顔はきっとポカンとしているだろう。
気持ちが追いつかずに。感情が混沌としていた。
何故、お母さんは隠していたのか。
それと、なら“私”のあのお父さんは何故姿を消したのか)
固まる“私”に、「そうなるのも無理はない」と説明を続ける。
「ザハールは、元々、魔力も無ければ、剣術も冴えない、ただの青年じゃった。
悪魔との契約で、寿命を7割渡すことによって巨大な力を手に入れて、勇者になったわけだ。
魔王城に着いた時には既に、寿命は一年と残っていなくてのお。
魔王が自分の寿命を半分あげようと手を差し伸べたけれど、それを断った」
「精霊祭でザハールさんに会いました。
そうか、あれは、本当に——何故皆黙ってたんだろう。私を騙して……」
(ザハールさんも、何故それを黙っていたのだろうか。
お母さんもザハールさんも、私を騙して何がしたかったのか。
理解できなかった)
だから、心には寂しさが染みわたり、
大きく。それでいてずっしりと。重いモヤに満ちた。
表情に影が落ちた時、スピカさんの抱きしめる腕に、力が入った気がした。
「騙してなんかない、
黙ってた理由はザハールくんの口から聞いてみようよ。
ティーちゃんに会いたくて待ってるからさ。
だから怖がんなくて平気。
それだけは――大精霊スピカが、ちゃんと保証するから。
ね、ティーちゃん」
「でも、ザハールさんの寿命はもう……。
精霊祭で会ったあの人は、幽霊じゃないんですか?」
「ザハールは魔王と別れた後、
ワシの故郷のサジィ村へ行き、自分の魂を封霊の宝玉に封じ込めた」
封霊の宝玉、腰の網袋に入っていた、緑色の火が揺らめいた宝玉の事だろう。
ずっとあの宝玉が気になっていた“私”は、直ぐに分かった。
宝玉に宿った魂と、そこから放たれる魔力で、
肉体ではない別の媒体を使い勇者の姿を保っていたのだろう。
「そうそう、今は魔王クンの所でのんびり暮らしているよ」
「と、言うわけだ、見方を変えればまだ生きている。
死ぬ前に、自分から魂を封じ込めたのは、自分の娘が来てくれるのを期待しての事だ」
(まだ生きてるって。そんな事言われても……)
「ねねね!マブの精霊ズから聞いたけど〜、
ティーちゃん、最終ゴールってヒョウズ村なんでしょ!?
それさ、マジ激アツじゃん?
だって魔王城めっちゃ近いじゃん!?
行こ!行くしかなくない!?魔王城!
てか勇者の娘がさ〜
お父さんに会いに魔王城行くとか、
もうそれ……エモ神展開なんですけど!」
「そう……ですね――」
(現実離れした話に、まだ気持ちを整理できていなかった。
理解すらできていなかった。
けれど、会えるのなら聞きたい。どうして精霊祭の時黙っていたのかを)
元々目的が無く突然始まった旅。
それがいつの間にか、綺麗な景色を見に行く目標に変わり。
「そうですね!行きましょう。魔王城!」
今では魔王城に居る父親に会いに行くと変わる。
そう思った時、踊り子のミアさんの言葉が、耳の奥で鮮明に蘇った——
—— 旅は万華鏡のように新しい景色を見せてくれるわ!
えぇ。ティアの思っている通り怖いことも悲しいこともね。
でも、その景色があるから成長できるのよ。
一歩踏み出してみれば、怖いだけじゃないって分かるわ。
出会う先々で、目まぐるしく起こる出来事に、過去を振り返る暇なんてなくなるわ ——
確かに真実を教えられた時は、ショックを受けたし怒りも沸き上がった。
けれど、それ以上に今は。もっと、勇者の娘だと胸を張れるような人間になりたい!
この時の"私"はそう思った。
「ザハールさんに、直接聞いてみたいです。
お母さんが黙っていた理由も、私がお父さんだと思っていた人のことも」
「そうか……
うん。それが良い。
なんか、昔のザハールを見ているようで……」
グランさんは「歳は取りたくないものじゃ」と、
頬を伝う涙をぬぐいながら、恥ずかしそうにはにかんだ。
「はっ……!やば、いま光が差したって感じなんだけど?
スピカちゃんも一緒に旅しちゃえばよくない?
てかそれ絶対楽しいし、ティーちゃんも心強いし、
なにその完璧ムーブ!天才なのわたし、名案キタ〜!」
「まあそれも悪くないの」
「それって。ブレスレットを私に渡すって事になりますよ」
「いいよ、この文殿の本は全て読んだし。
それに言ったじゃろ?力を借りた方が良いって」
グランさんは、ブレスレットを一瞥もせず。
名残惜しそうな表情を一切見せず。“私”に渡してくれた。
「しくよろなのだよ☆ティーちゃん!
大精霊&村ガール、最強ギルド発足ってワケ〜?」
「宜しくお願いします。スピカさん」
「いや待って!?その返し、石像より硬いんだけど!?
呼吸不可ゾーン突入したから?酸素返して〜!」
「ならあ……スピちゃん?」
彼女は笑顔になり、光が弾けた。
「ティーちゃん今“スピちゃん”って呼んだ!?
え、尊みやばし!それサイッコーすぎて天界光った☆
今、奇跡の鐘とか鳴んなかった!?
っしゃぁぁぁ!! 」
(こうして、邪神の宿る魔剣のゴーストイーターさんに続き、
大精霊という変わった仲間がまたできました。
思い描いていた普通の旅人とは違うけれど、悪い気はしないですね)
むしろ未知の旅だから、この三人?で歩むことにワクワクしていた。
「そうそう!ティーちゃん、
クルヴェポートへ初夏の6月までに向かうんでしょ?
ならさ〜、超イケてるルート知ってるし!
地図貸して?スピカちゃんが、最強ルート引いちゃる☆」
“私”は地図を貸すと、スピちゃんとグランさんは、話し合いながら道を書き加えてくれた。
「スピカね、その剣みたいにブレスレット越しにおしゃべりできないの〜。
だからさ、寂しくなったらちゃんと会いに来な?
……いや、来なさい!
それスピカ命令☆
分かった?」
こうして、私とグランさんはスピちゃんと別れた。
文殿から出た時には夜は明けて、皆は外に出て朝の体操をしていた。
「みんな起きてたんですね。体操をしてます」
「じゃの。
ウッドグレイン一家は、ああ見えて寂しがり屋での。
気に入った客人を引き留める悪い癖がある。
だから、今のうちに隠れて行きなさい」
「あはは。最後に挨拶をしたかったですが……そうします」
グランさんは、にこりと微笑み、手を差し伸べた。
私は握って「薬草の本やブレスレットありがとうございます。グランさんに会えて少し成長できた気がします」と笑う。
「少し?ワシには、ルイやザハールよりも立派に成長したと思うぞ。胸を張って良い」
「えへへ……ありがとうございます!」
木を降りて私が見えなくなるまで、グランさんは手を振ってくれた。
「小鳥は……立派に巣立ったな……
ルイ……
ザハール……Zzz」
こうして、“私”の春はこれで終わり——
「わあ~!」
《潮の匂い!海だ!》
思えば、"私"の楽しい旅が、
ルナ・フロストカースの謎と、精霊族とクリャトナ族の過去が絡み合う、
色濃く、逃げ場のない冒険へ変わったのは、ここからだった。
でも私は思う――
今の"私"なら、
今度こそ、勇者さえも放棄した世界へ、
たどり着く事が出来ると。
「クルヴェポートに到着です!」
—— 夏がやってきた ——




