最終回 新たに始まる16年目の春 part3
ヨーンのあとについて歩くこと、およそ一時間半。
ようやく目的地のクルヴェポートへ辿り着いた。
港では、ヨーンと同じ格好をした連中が、
あちこちで樽や木箱を運び、次の出航に備えて忙しそうに働いている。
そんな中、ヨーンの姿を見つけた仲間たちは、
「お疲れさん」「地図は見つかったか?」「バルド船長がワクワクしてたぞ。気をつけろよ~」
なんて、次々に笑顔で手を振ってきた。
どうやら、普段から散々いじられてはいるものの、
仲間には随分と慕われているらしい。
「バルド船長ってどんな人物なんだ?」
「お父さんみたいな人です。
僕以外はパコ島の人達で、皆家族みたいです」
「ヨーンはエストの人間か?何してたんだ」
「良く分かりましたね、もともと物資を大陸から大陸に運ぶ仕事をしていました。
ここの面白いのが、島育ちなのに、みんな船が得意じゃないんです」
何かの冗談か?
向いてなさすぎるだろ!
「それで航海士にスカウトされたとか?」
「ですです」
船は立派なのに、船員が残念すぎる!
こいつら、形から入るタイプなのか?
船内へ入り、狭い廊下を進んだ先で、
ヨーンは一つの扉の前に立ち止まった。
「船長。レイラ様の居場所を知っているという人物を見つけました」
そう言って扉を叩いたあと、
開くのを待つ間に、ちらりと俺を見る。
「船長は嘘を見抜けます。気をつけてくださいね」
先に言えよ、それ。
「失礼します!」
部屋へ入ると、机の上に乗った猫を可愛がっている、
樽みたいな体格の中年男がいた。
派手な格好に、長く編み込まれた髭。
見た目だけなら、これ以上ないほど「海賊」という言葉が似合っている。
だが、少し話せばすぐに分かった。
この男、どう考えても悪人じゃない。
「ガーハッハッハ!
ヨーン、そこの女を担いでる人攫いが、
俺の娘の居場所を知ってるのか?」
「人攫いじゃなくて仲間みたいですよ。気絶をしたみたいで」
「バッ、馬鹿野郎!なら俺様の所に来る前に寝せてやれよ!
女の船員に運ばせろ!男は駄目だからな!」
バルドという男は、
「すまねえな、兄ちゃん。気が利かなくて」
なんて言いながら、のっそのっそとこちらへ歩いてくると、客用らしい椅子を勧めてきた。
フロストカース姉妹はそのまま別の部屋へ運ばれていき、
気づけば俺は、船長と二人きりになっていた。
「それで?
娘は何処に居る」
「その前に教える代わりに俺達も同行させてくれねぇか?
金なら払う」
バルドは手を振り、
「いらねえよ。娘に会えるってんなら、好きにしな」と、あっさり言った。
だが、次の瞬間。
「――会えるのなら、な」
その一言だけ、声が低くなる。
バルドは俺の目をじっと見つめた。
まるで、言葉の奥に隠された嘘を見抜こうとするように。
「嘘じゃねぇ」
「場所は?」
「エスト大陸の海沿いにあるラウフっていう小さな漁村」
バルドは顎をつまんで考え込んだ。
「あそこか。摩訶不思議な力を持ってるって聞いたから、
てっきりノルドにいるもんだと思ってたが……まさか、人族しかいねえ大陸にいたとはな」
細められた目の奥には、疑いよりも好奇心が浮かんでいる。
やがて、口角がゆっくりと上がった。
どうやら、ひとまず話は信じてもらえたらしい。
俺は胸の内でそっと息を吐いた。
「確かに、ノルドは魔法を使える人が多いからな」
「そういう事だ、さて、そうと決まれば出航とするか」
「あまり乗り気じゃなさそうだな、バルド船長」
「船酔いがなぁ、オジサンにはきついぜ」
マジで海賊に向いてねえだろ、それ。
こうして船は帆を広げ、クルヴェポートを離れた。
だが、やはりティアは、俺たちの動きをすべて見ていたらしい。
沖へ出てしばらくした頃、
あいつは再び牙を剥いた。
「なんだよ!この世界の人間といればティアは襲ってこないじゃなかったのか?」
《んな事言われても知らねぇよ、
ノヴァラとルナを呼んで来い、船を飛ばすんだ》
巨人の手みたいな大波が、船を軽々と持ち上げ、
玩具でも放り投げるように、何度も空へと突き上げる。
そのたびに船底が海面へ叩きつけられ、船体からは悲鳴のような軋みが響いた。
荒れ狂う風はマストを折り持って行き、
甲板では船員たちが必死にしがみついている。
誰もが一度くらいは、もう死んだと思っただろう。
さすがにこれだけ派手に揺さぶられれば、
気絶していても目を覚ますらしい。
フロストカース姉妹は文字どおり、船室の奥からすっ飛んできた。
「どうしたの?」
「見ての通りだよ。ティアだ。
バルド海賊団が乗っている船には花弁を撃てない。
代わりに、海や風を乱して船から俺たちを引き離そうと考えてるんだろうよ」
「それなら姉さん、船ごと空へ飛ばせないかしら?」
物分かりが早くて助かるよ。
「承知いたしましたわ。
カイ、その大杖わたくしにお貸しなさいな」
「任せたぞ」
飛んできた大杖を、ノヴァラは片手で華麗に受け取った。
「そのようなこと、言われなくても承知しておりますわ」
涼しい顔で言い放ち、大杖をひと振りする。
次の瞬間、沈みかけていた船が海面からゆっくりと持ち上がった。
「万策尽きたか?ティア」
《危なかったぜ。全く》
「でも何処に向かってるの?」
「ラウフ、バルド海賊団もイレナ様に用があるみたいだから同行することにしたんだ」
「あらそう。けれど、このままでは到着する頃には日が暮れてしまいますわね」
いやな予感がした。
「ちょっとま――」
「皆さま~、死にたくなければ、しっかりしがみついていてくださいませ!」
ノヴァラはそう言ったものの、
こっちが何かにつかまる時間を待つ気など、さらさらないらしい。
船は海面を離れたまま、ぐんぐん速度を上げていく。
「おい、せめて少しくらい待て!」
俺はルナの手をひっつかみ、折れたマストの残骸へ二人でしがみついた。
「おい!譲さん!この船は脆いから、
それ以上速度をあげたら空中分解しちまう」
ノヴァラは、なぜか楽しそうに不敵な笑みを浮かべた。
その顔はどう見ても、
「空中分解ですって? ふふっ、それはそれで面白そうですわ!」
とでも言いたげだ。
頼むから、そこは面白がるところじゃないと気づいてくれ。
「ふふ……どこまで壊れずに耐えられるのか、試してみたくなりますわね」
駄目だこりゃ。
「ルナ、あんたの魔法でこの船が分解しないように守ってくれ」
「私の手を死んでも離さないでね」
俺の手を握ったまま、ルナは舌打ち交じりに吐き捨てた。
「もう!バカ姉さん」
片手で木の床へ素早く魔法陣を刻み、
その中心へ手のひらを押し当てる。
「5分、それ以上は持たないわ」
「俺は5分も持たない!」
そこから先は、もうルナの手を離さないようにするだけで精一杯だった。
船がどうなっていたのか。
周りで何が起きていたのか。
正直、ほとんど覚えていない。
「あらあら……皆さま、もうお休みになってしまいましたの?」
いったい、どんな特訓を積めば、
あんな無茶な操縦に身体がついていくんだ。
最後だけは妙に丁寧で、
ノヴァラは海面をほとんど揺らすことなく船を下ろした。
あそこで少しでも雑に着水させられていたら、
俺たちは間違いなく振り落とされ、そのまま海の底だっただろう。
「体力お化けめ」
「ほんとよ姉さん」
船の揺られた感覚がまだ抜けず、
俺とルナは互いの身体を支えながら、覚束ない足取りでどうにか立っていた。
そんな俺たちを眺め、ノヴァラは愉快そうに笑う。
「ふふっ……ティア師匠は、ただの棒切れに跨って、
先ほどとは比べものにならない速度で飛んでいらっしゃいましたわ」
ティアと比べるのは、さすがに反則だろ。
「てか、んな事したら折れるぞ」
まるで、おとぎ話みたいな話だ。
普通なら、信じるはずがない。
なのに、なぜだろう。
俺も以前、同じ速度で空を飛んだことがあるような気がした。
それどころか、その無茶な飛行のせいで、一度死んだことさえあるような――
全身を叩く強風。
息もできないほどの速さと、身体が宙へ放り出される感覚。
覚えのないはずの記憶が肌を撫でて、全身に粟が立つ。
俺は思わず息を呑んだ。
そんな俺を見て、
「ふふふ……夢だったと思いたいのでしょうけれど、その感覚は正真正銘、現実ですわ」
と、ノヴァラは愉快そうに目を細め、口元を歪める。
「ここに俺の娘が居るのか!」
「ほらほら、バルドさんに続きますわよ。
わたくしたちも参りましょう!」
ラウフ村は、こぢんまりとした漁村だった。
砂浜には魚や海藻が並べて干され、村じゅうに潮の香りがのんびりと漂っている。
桟橋へ大きな帆船を着けると、子供たちが物珍しそうに集まってきた。
大人たちも、よそ者の俺たちを警戒するどころか、笑顔で迎えてくれた。
精霊なんてものを信仰している村だと聞いて、
もっと怪しい雰囲気を想像していたんだが――
少なくとも今のところ、胡散臭い宗教の匂いなんて、どこにも感じられなかった。
「本当にいるのかよ、てかノヴァラは分かるのか?」
「分かりますわよ。精霊の匂いは、死んだくらいで忘れられるものではございませんもの」
ノヴァラは、ときどき妙に怖い顔をする。
今のあいつを例えるなら、
過去への恨みと、再会できた歓喜。
その全部を、笑顔の中へ無理やり押し込めたような表情だった。
「恐ろしいね」
――と、その時だった。
家の陰から、凛とした落ち着いた声が聞こえてくる。
「穏やかではないのぉ。やはり精霊が――いや、何でもないのじゃ」
現れたのは、いくつもの光の玉に囲まれた少女だった。
あのタペストリーに描かれていた光。
それだけで、彼女がレイラなのだとすぐに分かった。
身に着けている服も、周りの村人たちとは明らかに違う。
ひと目で上等だと分かる生地に、丁寧に仕立てられた装い。
村でどんな扱いを受けているのかは、
わざわざ聞くまでもなさそうだった。
レイラは、バルドの姿を目にした瞬間、それまでの大人びた表情は崩れた。
「大きくなったな……お父さんを覚えているか?」
「――バルド」
神の使者と呼ばれていた少女の顔に、年相応のあどけなさが戻る。
特別な力を持つ存在でも、村に崇められる少女でもない。
ただ、父親との再会を喜ぶ一人の娘にしか見えなかった。
「なんだろうな。顔を見た瞬間、リコって名前が頭をよぎった」
「不思議なものじゃのう。そう呼ばれると、胸の内が温こうなる。
この記憶は前世のものか、はたまた――
この者らの申す、別の世界線を生きたわらわの記憶なのか」
「俺も妙に不思議な夢を見る」
「わらわと共に、海賊をしておった記憶か?」
「おう」
レイラは俺たち一人ひとりの顔を確かめるように見渡した。
「これもまた導き――いや、運命というものかのう」
そう言って、何もかも分かっているような静かな笑みを浮かべた。
「見つけたわよ、レイラ・フィンスパーク」
「ああ、手掛かりもほとんどない中、
ようわらわを見つけてくれたのう。
この者らも安堵しておる」
あのタペストリーから受けた印象どおり、
レイラはずっと、この姉妹が自分を見つけてくれることを願っていたのかもしれない。
レイラは姉妹の背負う大杖とゴーストイーターへ目を向けて、
「それが、ティア・アイロラとやらが使うておった品か」
と視線はそのままノヴァラに移る。
「ノヴァラ……お主からは、何やら危うき気配がするのう」
レイラは何かを感じ取ったように、そっと腹へ手を添えた。
「それで?
時空の精霊にして大精霊――スピカ=ルクレール=メモリーに、
お会わせくださるのかしら?」
ノヴァラが問いかけると、光の玉の一つが、レイラの耳元へふわりと寄ってきた。
レイラは静かに瞼を閉じ、その声へ耳を傾けるように黙り込む。
やがて再び目を開くと、「スピカは、カイに会いたがっておるようじゃ」
そう告げながら、今度はまっすぐ俺へ視線を向けた。
「その代わり、わらわとバルド、それに一味の者どもと共に、
ティア・アイロラのもとへ向かえ――とのことじゃ」
「戦力になるとおっしゃいますの?」
「力でお主らに勝てるとは、スピカも思うておらぬらしい。
じゃが、別の世界線では、お主らはティアにとって大切な者たちであった。
ゆえに、ティアのその心へ語りかけよ――そういうことじゃ」
「さすがは、ティア師匠がご友人と認めたお方ですわね」




