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良い旅を、旅人さん  作者: 江戸前餡子
冬の章

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53話目 最高の旅だった!

「ですが――最後まで見届けさせていただきますわ。

 同じ志を掲げる同志として」

 

 そう言って着いたのは、裏庭だった。


「何でここに?」

「大精霊から、この家の鍵を預かりましたの。

 ですが、この紋様を見てすぐに察しましたわ。

 ……これを必要とするドアには、魔術的な仕掛けが施されている。と」


 壮大な理由があるかと思えば、

 ノヴァラは「勘ですわよ」なんて笑った。が、彼女の勘は合っていた。

 

 窓を割って入ると、ドアには魔法陣の、魔法を発動させるための円だけが大きく刻まれていて、

 その中に、蝋で文字がびっしりと書かれていたのだ。


「鍵でドアを開けたら、呪文が発動される、

 その時に発せられる熱を利用して、文字が消える仕掛けか。

 "私"も考えたな……内容は料理のレシピに見えるけれど」

「懐かしいですわね。

 昔、ティア師匠がよくお使いになっていた手法ですわ」

《何が書かれてるんだよ、ティア》


 驚いたことに、このただの料理のレシピの謎を、

 誰よりも早く解いたのは、カイだった。


「こりゃ封霊の宝玉の創り方だ。あの摩訶不思議道具って人の手で造れる物なんだな」

「よく分かったね」


 カイは「ノルドじゃ、秘密を日常生活の何かに置き換えるのは、よくある手法だ」と、

 指を立てて得意げに語る。


「意外とシンプルだね」

「使用する鉱石は、滅多に手に入るものではございませんわ」

 

 ノヴァラは座り込み、ジッと見始めた。

 まるで、頭に叩き込むように。


 真剣なノヴァラの横顔、こんな顔もするのか。


「わたくしが美しいからといって、

 そんなに熱心に見つめられると困ってしまいますわ」

「はいはい。

 熱心に覚えるのはいいけれど、そのレシピが合ってるか分からないよ?

 この部屋で見つけたのは失敗作ばかりだったし」


 意地悪を言ってみると、カイが「お前良い性格してるな」なんて引いた顔をする。

 

「偽名を平然と使って、仲間のお金を盗むヤツと旅をしたせいかもね」

《いや、母親譲りだろ、ルイも水を差す天才だった》

「はっは!だってよ、ティアちゃん」

  

 確かに母さんも、熱心に取り組んでいる時に、

 よくやる気をそぐような一言を言ってきたっけ。



 そんなこんなで、ノヴァラに付き合っていたら、時間はあっという間に過ぎ——


「ティア師匠。

 いつまで眠っていらっしゃるのです?

 そろそろお目覚めくださいませ」


 西日が割れた窓から射しこんでいた。


「んが……やっと満足した?」

「えぇ、とても勉強になりましたわ」


 カイの膝に頭を乗せていたはずが、気が付けばノヴァラに抱きかかえられていた。


「ティアも悪い女だな。まったく」

「その手で、師匠に触れないでくださいませ。

 見ているだけで、不愉快ですわ」


 鼻を鳴らすノヴァラに、カイは「怖い怖い」と立ち上がった。

 

《ガーンバ村に帰るなら、もう出発した方が良いんじゃないか?

 なあノヴァラ》

「そうね、行きましょう」

「ゴーストイーターさん達、私が寝てる間に仲良くなったんですね」

「ティア師匠のご友人でしたら、わたくしにとっても大切な方ですわ」

  

 ノヴァラの調子のいい言葉に、二人は「よく言うよ」と苦笑いした。

 二人を見て、私も口角が上がる。

 こんなふうに、当たり前に笑える時間が、あと少しで終わる。

 私はこのひとときを噛みしめた。



「こんな一瞬でガーンバ村に戻ってこれるなんて、

 ノヴァちゃん凄いね」


 ノヴァラの力で、ガーンバ村へ私達は戻る。

 ナタ村からこの村まで、きっと飛んでも2時間はかかるだろう……


「なんていう魔法なの?」

「ワープですわ、師匠の飛行魔法を改良して作った技ですの、

 本当は戦闘で使おうと思っていたけれど。こういう形で役に立てて良かったわ」


 心底仲間にして良かったと、

 夜ごはんに誘った過去の自分を褒めるのだった。


「あれ?向こうで誰か手を振ってるぜ?

 ティア、知り合いか?」


 薄暗いオレンジ色の光の中に、二人がこちらに手を振っていた。

 目を凝らしてみたが、目が悪くなったのか、はっきりとは見えず

 二人が近づくにつれ、その姿がはっきりしていき、私は目を見開いた。


「スピちゃんとルナさん」


 もう会えないと思っていたから、

 まさか、この村で再会することになるなんて思わなかったのだ。


「やっほ〜☆

 ティーちゃんなら、ここに来るって信じてたよ」


 スピちゃんの目線が、私の腰にぶら下がる、封霊の宝玉に落ちる。

 

「私は約束をキッチリと果たす人だから」

「ふ~ん」

「でも二人は何でここに?こんな所何にもないでしょ?」


 不思議そうに首をかしげる私に、

 ルナさんは、持っていたモーヴを私に手渡す。

 宝玉の姿に戻っているそれを見て、何を言いたいのか分かった。


「確かに、古代遺跡のあるアラマンス島から、

 ここまでくるのは時間がかかるか」


 ガーンバ村、ここがクリャトナ族と時空の精霊との合戦の場。


 スピちゃんは、落ち着いている私をみて、

 「ふふっ、その顔見れば分かるよ〜。やっと肩の荷がおりたって顔してる」と私の頭に手をやった。


「そっちは、準備万端って顔してるね」

「そりゃね〜☆

 あ、そうだ!ティーちゃん、覚えてる〜?」

「ん?」

「秋んときにスピカが『旅に出たら見てみた〜い!』って言ってた場所☆」


 忘れるはずがない。

 

「精霊祭で、沢山の花を見たいんでしょ」


 「残念だけれど、私はいけないね」と言うと、

 耳元で「ふっふっふ〜新しい旅支度はもう済んでるし、ティーちゃんを逃がさないんだから〜☆」なんて囁き、悪戯に笑い歩き出す。


 振り向く私に背を向けたまま、

 「ルナ!ノヴァラ!ベルカ!ティーちゃん!

 ……もちろんスピカちゃんも〜☆

 最強メンバー集合ってことで!

 今度こそ、みんなで最高の旅にレッツゴーーー!!」と拳を上げた。


「だそうよ、姉さんがあのまんまなのは悲しいけれど、

 大精霊といて、変化するのも悪くないって思えたから。

 アイロラ師匠、お節介させてもらいます」


 ルナは白い歯を見せて笑い、

 カイとすれ違い間際に「救いたいのなら、時空の大精霊スピカの導きに沿いなさい」と伝えて、

 スピちゃんの後を追った。

 それに続き、ノヴァラも一歩踏み出す。


「あれ?ノヴァちゃんも行っちゃうの?」

「最後までお傍にいたいのは山々ですけれど……

 最後のひとときだけは、ベルカさんへお譲りいたしますわ」

「夜ごはん、一緒に食べたかったな」


 その時、スピちゃんとルナさんは振り返り「旅のやりたいリストに書き加えておくー!」と手を振る。

 ノヴァラも「それは、もう少し先のお楽しみにしておきますわ」と去る。

 三人がオレンジ色の光に溶けていくその時まで、

 私は目に焼き付けるように、その背中を見送った。


「さよなら——出会えてよかった」


 大変で、死にたいと思ったことだってあった。

 けれど、あの三人と出会えて、私の人生が彩られたのは確か、

 辛い色で描かれた記憶だからこそ、旅が終わろうとしている今、

 綺麗で特別な記憶に変わった。


「カイ、行こう」



 家のドアを叩くと、食事中だったのか、頬にソースを付けたルミアが出てきた。


「えっ……えーーーーー!?」


 カイと私を何度も見て固まる妹に「ただいま、ルミア」と言うと、

 彼女は飛んで「おおおおおおお、お姉ちゃんが年上の彼氏を連れて帰って来たよー!」なんて母さんと父さんを呼びに行ってしまった。


 それからというものの、荷物を自分の部屋に置くなり、私とカイはテーブルに座らされて、

 食事をとる間も与えられず、ルミアから質問責めにあうのだった。


「で?お姉ちゃんの何処が良かったの?カイさんは」

「勇気があって逞しいけれど、ドジで抜けてる所だな。

 完ぺき過ぎないのが一緒に居て居心地がいい」

「悪かったね、抜けてて」


 カイの脇腹を肘で小突く。

 聞き間違いだろうか、

 お父さんが私とカイを見て「子どもの顔が見られるのか」と声が聞こえたような……

 お母さんは口に手をやり「それは早いわよ~」なんて言ってるし。


「イケメンな彼氏さんだね~

 いーなー私も旅で彼氏を作りたかったよ」


 その言葉に、少し私の胸はモヤモヤしたけれど、

 この生意気で無神経なところが、妹の可愛い所で、

 私は好きだった時間に帰れたという実感が胸に広がる。

 けれど、隣にいるカイを見て、まだ旅は終わっていないことに、心は複雑な色を作り出した。


「バカだねルミアは、

 ティアは厳しい旅をしてきたの、

 杖と魔剣、二つ持って旅をするなんてこの大陸だとありえないんだよ?

 ゴロッド族のベルカさんを見るに、きっとノルド大陸まで行ったに違いないさ

 それに、あの手の平——」


 言葉を詰まらせて下を向く。

 父さんはそんな母さんの背中をさすり、

 そこでルミアは、言ってはいけないことを口走ったのだと気づいたようで、「のっ、ノルド!?

 ま~た、凄い所まで行ったのねエスト大陸を旅してるのだと思ってた」と明るく誤魔化した。


「まったくルミアは、変わってなくて嬉しいよ」

「でもなんでそんなところまで?何かあるの?」

「いろいろと事情があってね」


 苦笑する私にお母さんは「それで?旅は終わったのかい?」と視線を向ける。

 安堵と言うより、終わってくれと願うような、不安な表情をしていた。

 私は立ちあがり、腰にぶら下げた巾着から封霊の宝玉を出して、

 「まだ一年経ってないでしょ?」と渡す。


 母さんは「そうか……」と肩を落とした。

 手に乗っかった宝玉が答えな事を認めたくなかったのか、

 「なら、来年の春には帰ってこれるんだね?」と縋るように聞いた。


「さあね、私を見つけてくれたら——」


 時間を戻すのは私で、クリャトナ族を助けたら消えるのも私。

 ここでうかつな発言をすれば、記憶の残った母さんはどうなるのだろうか。

 もしかしたら、時間を戻す魔法を探して、新たな地獄が始まるかもしれない。


 言葉は途切れて「お家に帰れるか分からないけど、精霊祭の時は、毎年真っ赤な花畑を咲かせるよ、それを見たら帰って来たと思って」そう言葉をすり替えた。


 この地獄を繰り返さない為に、

 希望なんてない方が良いのだ。

 ごめんなさい。お母さん。


「ティアもか、ザハールに似たね」

「お父さん?」

「そうだよ、アイツも死に際に言ったんだ、精霊祭の時は必ず帰るって」


 母さんには、今までの私の記憶がある。

 きっと、私のセリフですべてを悟ったのだろう。

 頬に涙が一筋伝う。


「ごめんなさい」

「何言ってんの、責任から逃げた私達が悪いんだから——」


 「謝るのは私だよ」と、頑固で素直に謝った事のなかった母さんが深く頭を下げた。

 宝玉を握る手は酷く震えていて、

 また時間が巻き戻されて、自分の子供が苦しむ事に、

 恐怖すら感じているように見えた。

 

「ティア……いいえ、勇者の娘のティア・バロー様、お願いします。

 クリャトナ族をお救いください。私達、勇者一行からの依頼です」


 勇者の娘の"ティア・バロー"と呼ばれた時、

 私はようやく、過去に戻る決意を固めることができた。


 お母さんは、私を娘として呼ばなかった。

 そう思い込むことができたから、

 最後まで捨てきれなかった家族への愛に、

 もう縋らずに済むと思えたのだ。


 辛い気持ちはなく、

 不思議なくらい、心は軽くなった。


「承りました!」


 時間とは不思議だ、楽しいと早く進んでいるように感じる。

 夢の様な時間は過ぎ、皆が寝る中、

 一緒に寝ているカイの顔を見ていた私は、ゴーストイーターさんと母さんの杖を背負い、モーヴを持って静かに部屋を後にした。


「ここでの食事、楽しかったな」

《ティア、早く行こう、カイが起きてくるぞ?》

「ふふっ!カイってば、隣で寝てる私が居なくなると、すぐに起きるよね」

《寂しいんだろ?カッカッカ、アイツも子供だな》

「だね」


 それから、家の中を歩き、外に出て村を歩いた。

 

「ゴーストイーターさん、ここが私の元職場」

《ふーん小さい一軒家だなぁ、従業員は何人だったんだ?》

「6人、あの時の小心者の私には多く感じたけれど、

 バルド海賊団の一員として働いた夏を思い返すと、小さい職場だね」

《村を案内する仕事なんだろ?》

「そーだよ、今思えば小さい村を案内するのに、3人以上はいらなかったね」


 職場を後にしても、私はしばらく村を歩いた。

 よくルミアとお菓子を買いに行った雑貨屋、仕事で失敗した日に一人で叫んだ空き地。


 他の人から見れば、ただ古びただけの店や空き地なのかもしれない。

 それでも私には、どこよりも綺麗に見えた。

 大切な思い出が、そこら中に詰まっている。


 私が過去を変えたら、この店たちはどうなるんだろう。

 ルミアと笑ったことも、ここで泣いたことも、最初からなかったことになるのかな。


「ほんと、あの頃の私は、自分が旅に出るなんて想像もしなかったな」

《俺様も、初めてお前に会った時はすぐに別れると思っていたよ》

「普通に一年旅をして、家に帰れると思っていた」

《……そうか》


 村を一周した私は、旅のきっかけになった門に立った。その時——


「おーい、案内人さんよ」

 

 後ろから、カイの声がした。

 振り向くと、彼は旅で着ているいつもの服になっている。

 どれだけ旅をしていても、やはり別れの時の、独特な雰囲気は慣れないな。


「っつたく……ようこそ旅人さん!始まりの村、ガーンバへ!

 ここは武器も薬品も食料もなぁーんでも! 

 どの村や町よりも安く手に入ります。どうぞゆっくり旅支度をしていってくださいね」


 案内人として働いていた頃、何度も口にした台詞だった。

 カイはそれに、「あぁ、新しい旅が始まるみたいだから、支度をすることにするよ」なんて私の方に近づく。


「武器も防具もいらない、ただ、強い記憶が欲しい」


 そう言うと、私を抱きしめて唇を重ねた。

 長く、それでいて記憶に強く残るキスだった。


 いつも月の光は、寂しくて、明日を不安にさせるから、嫌いだったけれど、

 今だけは、特別なものに思えた。


 カイは目に布を巻いてるけれど、

 もしあったら、この時、どんな目をしているのだろう。

 幸せそうかな……それとも、悲しい?

 

「あ、案内人にそういうことするのは犯罪です」

「悪かったな。お陰で旅支度は済んだよ」

「もう……バカ」


 でもそういうところが、カイらしくて、好きだ。

 最後に、彼とキスが出来て良かった。


「時間を巻き戻して別れたとしても、絶対探してやる!」


 真剣なまなざしに、顔が熱くなった私は背を向けて、

 「あーあ、結局50万ギルに値する素敵な言葉を聞けなかったよ」

 と冗談を言って笑う。


 「俺は借りを必ず返す男だ、初めて会った時に言ったろ?

  地獄の底までついて行くって」

 「ほんとやな人」


 カイは「秋にも同じ台詞を言われたな」なんて苦笑した。

 

「じゃあ……」

「おう!」


 カイはいつまでもムカつく程に自信のある表情だった。

 けれど、背の後ろで隠された拳は、白くなっていた。


「過去は死なず、未来は未だ生まれず。

 時の河よ、その流れを逆(さか)しまにせよ――」


 左目に痛みが走る刹那、暗転した。

 モーヴに反射して映る、自分の目は、黄色くなり、

 その中で時計の長針と短針が時を刻んでいた。


 そうか、これが"私"の見ていた景色。


 "私"見てる?私は貴女と違って救われる為に戻らない。

 大好きなみんなが笑顔で生きる未来を創る為に戻る。


「我が代価を受け取り、理(ことわり)を裏切れ——」


 視界が徐々に白い光に覆われてゆき、

 カイの姿さえもぼやけていった。


「クロノス・リバース」


 唱えた刹那、私は「大好きだよ」と口を動かす。

 言葉にしてしまったら、いけない気がしたから。

 でも、カイは伝わったのか、ニッと白い歯を見せて笑った。


 最後に、大好きな人の笑顔が見れて、私は本当に幸せだ。

 辛くて、景色を見ている暇なんてない程、余裕はなかった。

 不安で押しつぶされそうな夜もあった。

 でも、だからこそ。この最後が、私に旅をしてきてよかったと、強く思わせた――


―― 最高の旅だった! ――

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