52話目 味方のあり方
「お待たせティーちゃん☆
時空の大精霊スピカちゃん、降☆臨なんだけど〜?」
「とうとう大精霊を玉座から動かせたのね」
彼女は両手で持っていた、原石のモーヴを地面に落として「詰みね」と息を吐く。
だが、私もスピカも気づいていた。
「詰み〜? マジで詰んでるのって、スピカたちの方じゃん?
演技うますぎなんだけど」
「ルナさんは時間を巻き戻す魔法の穴を知っているはず」
それにルナさんの眉が動き、動かしかけた手を止める。
「記憶があるから詰みじゃないとは限らないわ。
大精霊も1000年まで巻き戻しても記憶はある。
ここから待っているのは泥沼の戦い。私がアイロラ師匠と大精霊を殺し、
死ぬ間際で大精霊が時間を巻き戻す。
終わりのないループ」
「……それが、ルナちゃんの望んでた"止まる"ってことなの?」
「な訳ないじゃない。姉さんと師匠が居なきゃ、意味ない」
キュッと拳を握るルナさんのその言葉に、スピちゃんの口角が上がる。
「そうだよ。ティーちゃんも、ノヴァラも……みんながいなきゃ意味ないんだから」
そういうなり、今度は私に視線を向ける。
「作戦あるっしょ〜?
ティーちゃんって超慎重派じゃん?
ノープランで千年に戻るとか、絶対やらんタイプだし」
その目に、私の胸がざわめく。
邪魔をする人の目だ。
目を細める私に、スピちゃんは「クリャトナ族を救ったら。
新しい世界線ではティーちゃんは産まれなくなる。
そして魔物になった今のティーちゃんは誰にも止められなくなる」と、
ポケットから封霊の宝玉を出した。
まるで、私の味方ではいられないと、知らせるように。
「そうか、"私"はスピちゃんに止めさせるつもりだったんだね」
「でも、別の世界線のティーちゃんはこの宝玉の発動条件を理解していない」
ルナさんに「ルナちゃんなら分かるはず」と宝玉を投げる。
「条件?生き物の肌に触れれば、魂を封じる事ができるんじゃないの?」
ルナさんはハッと目を見開き、
「違う、魂が拒めば、封じる前に壊れる——
そうか大精霊はそのカギをずっと探してた」そうスピちゃんに視線をやる。
彼女は「灯台下暗しだったよ。ホント」と肩をすくめた。
「その様子だと、もう魂を封じた後のことも考えているのね」
「もちろん、
別の世界線のティーちゃんとも約束したし。
絶対に救うって」
私を守るように背を向けていた彼女は、もうそこにはおらず、
私から太陽を奪うように、向かい立っていた。
何故だろうか。計画が邪魔されたはずなのに、
心の何処かで安堵の息を吐く自分が居た。
まだ、誰かに止めてほしいと思っていた事に、
自分に苛立ちを覚える。
「魔物になった私は誰にも止められない。
だから、私は1000年へ戻ったら、
幼いルナさんとノヴァラにお母さんの杖とゴーストイーターさんを渡す。
二人以外、私の抑止力になれる存在は居ないから」
「ねぇ、ティーちゃん。
勘違いしないでほしいの。
スピカは、ティーちゃんの邪魔をしたいわけじゃないよ」
「なら、私の創った世界で幸せに、ただ生きて欲しい!
私は――」
言葉を遮るように、
「……それ、カイさんにもちゃんと言える?ティーちゃんの本当の気持ち、スピカに聞かせて?」
というスピちゃんの言葉に、私は奥歯を噛んだ。
「そうやって過去の私達は、救われたいと思ったから自滅していった。
別の世界線の私もそうだ、救われる幻想を抱いてるから封霊の宝玉を渡したんだ。
私には分かる。だから、気持ちは変わらないよ」
その断言に彼女は「ならさ〜、スピカと賭けてみる?」と白い歯を見せて笑った。
「賭け?」
「そうそう!
もし魔物になったティーちゃんの魂をさ、
この宝玉に収められたら——」
「収められたら?」
「スピカちゃんとわがまま旅行をしまーす!
今度は救済クエじゃなくて、映え風景巡りだからね〜♪
ラストはもちろんヒョウズ村!
あのオーロラ、まだ見てないとか人生損してるし〜!」
ポカンと口を開ける私に、
「そのガッチガチに固まった考え方、スピカが引っ張り出してあげるから☆」と手を差し伸べた。
「んじゃ、ティーちゃんがスピカのお城に来る前まで時間を巻き戻すね〜☆
スピカはもう口出ししないし、
あとはティーちゃんの好きに動いちゃって。
スピカもスピカで動くから!」
「本当にいいの?勝っちゃうよ?」
「はいはい、好きに言っとけ〜☆
スピカ、ずーっとティーちゃんに助けられてきたんだから!
ここから恩返しフェーズてわけ!
止めてもムダだからね〜♪」
差し伸べられた微かに震える手を握り立ち上がると、
彼女は私を胸に引き寄せた。
「忘れないでよ?
スピカ、いつでもティーちゃん側なんだから」
彼女の顔を見上げる。逆光で、微かにしか見えなかったけれど、
その顔に私は苦笑する。初めて会った、春のあの時を思い出して。
「まったく、根拠のない事は言えなくなったんじゃないの?」
「根拠とかそんなの後付けで全然オッケーっしょ☆」
そう言って、スピちゃんが指を鳴らした刹那——
「ここは……」
一瞬で時間が巻き戻り、私はカイに向き合っていた。
「ティアの隣で胸を張って歩けるように、頑張る。だから……」
そうか、私が時間を巻き戻したわけじゃないから、
スピちゃんと縁が無いに等しいカイは、記憶は残ってないのか。
それが良かったのか、悪かったのか。今の私には分からない。
けれど、自分だけが覚えている事に、胸に虚しさを覚えたのは確かだ。
でも、カイとこうしてまた会えたのだ。
この時間を楽しみたかった私は、この先、何を言われるか知っていたが、
何も言わずに、黙ってうなずいた。
「だから、隣に居させてくれ、用心棒ではなく、仲間として」
「仲間として、ですか?」
「今はこれが精いっぱいなんだ、ごめん」
何もかも変わらない彼に、私はルナさんの”停滞”の良さも分かる気がした。
知っている時間が、知っている通りに流れる安心感も、悪くない。
「まあそれでもいいです。でも、いつか、
貸した50万ギルに値する素敵な言葉を期待してますよ、カイ」
おどけて見せると、彼は「まだ覚えてるのかよ」なんて苦笑する。
「信じてた仲間に財布を盗まれたんだから、そりゃ覚えてるでしょ」
呑気に笑うカイの脇を小突いて、馬車の停留所に向かう。
ナタ村は、リブロ・ディ・マージア都市からはそれ程遠くなかった。
「さっきから何を書いてんだよ」
馬車に揺られる中、カイは隣に座る私のメモに目をやる。
彼の肩に乗せていた頭を持ち上げて、「部屋に仕掛けられた呪文の謎」と彼を見る。
「今のカイにはこれだけじゃ分からないか」
「今の……って、まるで何人も俺を見たような言い方だな」
私は何も言わずにただ彼を見つめた。
生きている。動いている。カイの顔を。
「ねぇカイ。
もし思い通りに時間が巻き戻せるとしたら、何したい?」
「記憶はあるのか?」
「自分だけね」
カイは鼻で笑い、さも当然の様に「何もしねえな」と答えた。
「何で?」
「お前は何度もやり直せるボードゲームをしたいと思うか?」
その一言で、私はこの人を好きになってよかったと思った。
彼らしい答えに、静かに笑う。
「おかしな答え。あはは、人生をゲームに例えるなんておかしすぎるよ」
「そんなもんだろ?イーサンに聞いても、きっとアイツもそういう」
「因みにカイのゲームは、今はどう?勝ってる?それとも負けてる?」
私の頭に手をやり「俺は勝ちしか知らない」なんて笑った。
その笑顔に、何故か胸がキュッとした。
私が居なくなっても、彼は変わらずに言えるのだろうか。
そう思ったからだ。
「ほんとお気楽だね」
そんな他愛のない雑談をしている中、馬車は緩やかに止まる。
クリャトナ族のナタ派が好んで焚く香が、私達を出迎えた。
降りた私達は、まっすぐ"私"が住んでいた家へ向かう。
「あの家にあるのか?必要なものってのは」
「そうだよ――」
ドアに寄っかかっているノヴァラを見て、
彼女の到着の早さに、言葉が途切れた。
私達に気づくと手を振ってこちらに歩いてくる。
「ティア師匠、待っていましたわ」
「前よりもお早い到着で」
「ティア、この人は?」
首を傾げるカイに、ノヴァラは「記憶がないのね」と一歩踏み出して、
右手を高く掲げ、それを弧を描くように左へ下ろした。
「改めまして。
わたくしはティア・アイロラの愛弟子――ノヴァラ・フロストカース。
こうしてきちんと言葉を交わすのは、これが初めてですわね。
カイ・ベルカ」
「丁寧に…ティアのお弟子さんでしたか、
お会い出来て嬉しいです」
ノヴァラは笑顔だった。
確かに、笑顔だったけれど、
隠しきれない嫉妬のような圧を感じて、私は息を呑む。
言わなくても分かる「よくも私の宝を奪ったわね」という圧だ。
「わたくしは、お会いしたくなかったですわ」
やっぱり!
「それよりもティア師匠?」
「なっ、何?ノヴァちゃん」
ノヴァラなりの気遣いか、
彼女はこちらに来るなり耳元で、
「ルーちゃんがスピカと共にサジィ村へ向かわれましたわ」とカイには聞こえないように知らせる。
「悪あがきを……」
「どうしますか?」
「サジィ村といえば、魂を操るシャーマンのナンヌさんが居たけれど——」
今更どう足掻いても未来は変わらないでしょう。
そう思わなければ、まだあるかもしれない可能性に縋ってしまう。
「無視して良いんじゃない?」
顔の前で手を横に振った。
自分を、振り払うように。
私はこの世界に居てはいけない異物なんだ。
「師匠……もしかして、あのお二人に期待していらっしゃるのではなくて?」
期待。
その言葉に一瞬私の心が跳ねて、
「は?」と反射的に口をついて出る。
そんなものは、もう捨てたつもりだったからだ。
けれど、私に執着してきた彼女だ。
心の奥に押し殺した気持ちを、見逃すはずもない。
「伺いましたわ」
ノヴァラの指先から伸びる氷柱の先が私の腹に当たる。
その瞬間空気は一転し、緊張が走る。
カイは背負っている大剣に手を掛けるが、
私の表情を見て引き抜くことはしなかった。
「期待ねぇノヴァちゃんも分かっているでしょ?
もう、これ以上、未来を変える手段なんてない事を」
ノヴァラの瞳は怒っていた。
誰かの幸せのために、救いを捨てている私に。
正直、それが嬉しかった。
彼女が、誰かのために感情を動かせるようになったのが。
「ありがとう、でも、もうこれで良いの」
「もしあるとしたら?例えば——」
—— 貴女のお父さんが、人で居られている理由 。とか ——
私の眉が動く。
ノヴァラは、「上ばかり見ていないで、時には足元は確認しなきゃ、転ぶわよ?」と静かに笑い、
腹に当てていた氷柱を溶かした。
「まあ、わたくしはティア師匠の味方ですわ」
「ルナさんもスピちゃんもそう言って、その道を選んだけどね」
「ふふっ……
なら、わたくしもその一人ということになりますわね」
そう背を向けて家には入らず、予想外の所を歩き始めた。
「ですが――最後まで見届けさせていただきますわ。
同じ志を掲げる同志として」
そう言って着いたのは、裏庭だった。




