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良い旅を、旅人さん  作者: 江戸前餡子
冬の章

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51話目 観測者は蕾の中で夢をみる

「ふふっ、お寝坊さんですわね♡

 ほら、早く起きてくださいな」


 起きると、私のお腹の上で、ノヴァラが猫みたくくっついていた。

 ゾッとして、何かしてないかと思ったけれど、

 しっかり服を着ていることを確認して、ひとまずホッと頭を枕に静めた。


「何が起こってるのやら?」


 記憶を漁っても、出てくるのは、締め付けられるような頭痛のみで、

 私に何も教えてくれなかった。


「ほらティア師匠、起きましょ」

「え?あぁ……うん」


 ティア師匠?あのノヴァラが?

 

 ふらつく視界のせいか、まだ悪い夢を見ているようで、何度も頬を抓った。

 そのしぐさにノヴァラは口に手をやり静かに笑った。

 なんかすごーく女性らしいというか。狂気が抜け落ちていた。

 

 本当にルナさんの姉なんだなあ。


「早く支度をしていきましょ?帰る時間が遅くなるわ」

「何処に行くの?」


 何気なく聞いた一言は、言葉の代わりにナイフを飛び出させた。

 私の頬を掠めて、壁に突き刺さるそれに、

 一気に目が覚めて、目の前の彼女もノヴァラだとしっかりと認識した。


「なぁに? 何か言いました?」

「ピエッ……」

「あらあら、何を立ち止まっておりますの?

 ふふ……ほら、早くお支度なさいな」

「はっ、はい」


 運が良く、ベッドルームに荷物があり、

 そこにはゴーストイーターさんも居たから、私は泣きついた。

 が剣は呆れてため息を吐くばかりだった。


《ティア、お前スゲーよ。悪い意味で》

「何があったんですか!」

《とりあえず夏の時に行った、古代遺跡に行け。

 お前はノヴァラの酒を間違って飲んだせいで酔っぱらって記憶がないんだよ》


 何を飲まされたんだいったい……


 ゴーストイーターさんから、昨日の出来事を聞き出そうとしていたが、

 玄関から聞こえる、ナイフを何度も木の床に突き刺す音と、

 それとは裏腹に明るい声で始まるカウントダウンに、

 背筋は凍り付きすっ飛んで行った。


 ゴーストイーターさんは、

 《とにかく頑張りな、師匠として》なんて楽し気に声を弾ませる。


 師匠って……リコみたいな可愛い弟子の方が良いよ。


「お待たせノヴァラ」

「ノヴァラ?」


 今のセリフにそんな怒らすポイントあった!?

 

 完全に、ダンジョンでナイフで手さぐりに隠された罠を確かめながら進む気分だった。

 一言でも間違えれば、死が私を待ち受けている。

 

「ふふ……。

 聞き間違いかしら。

 ねぇ、師匠。

 今、何とお呼びになりまして?」

「あ~——っと」


 まだ剣を向けあっていた時の方が楽だと思った。


《馬鹿!ノヴァちゃんだよ》

「は?」


 知らない内に主従関係が結ばれてる。

 今こそ、時間を巻き戻す魔法を使いたいと本気で思った。


「ノヴァちゃん!ほら、早く行こ」

「ノヴァちゃんだなんてもう……

 師匠ったら、わたくしのことが好きすぎますわ。

 ふふっ♡」

 彼女は頬を染めて「キヒヒッ……やっぱりティア師匠だけは、わたくしを理解してくださるのですね」なんて気持ち悪い笑いをし始めた。


「魔力量は?」

「え?」

「呪いで、“数字”が見えてしまうのでしょう?」


 そこまで話していたのか。昨日の私絶対に許さないぞ!


 心で叫びつつ「2000だよ」というと、

 私をお姫様抱っこし始めた。


「キャッ!何するの?」

「飛びますわよ。

 この魔法、結構魔力を使いますの。

 ティア師匠は軽いですし、気になさらないでくださいな」

「アヴァヴァヴァヴァ」


 こうして、最恐であり最強のノヴァラと、古代遺跡へ向かうのだった。

 

 昨日の私は本当に何を言ったのやら、

 腕に抱かれながら見上げる彼女の顔は終始ニコニコしていた。

 いつもの悪寒のする笑顔ではなく、純粋な笑みだ。


「その鼻歌、何か聞いたことがあるような」

「昔、別の世界線のティア師匠が、

 わたくしとルナを寝かしつけるときによく歌ってくださったものですわ」

「そうなんだ。ノヴァちゃんにとっての王子様と師匠の違いって何なの?」

  

 その時、鼻歌が止まり彼女の笑顔が一瞬で消えた。

 まずい、殺される。

 反射的に誤魔化そうと言葉を出そうとしたが、

 人差し指を唇に添えられて、言葉が消える。


「難しいご質問ですわね。

 王子さまは、わたくしが魔法使いとして焦がれ続けた理想。

 師匠は――わたくしをひとりの人間として理解してくださった方。

 ……ですから、隣にいてほしいのは師匠なのだと思いますわ」


 ノヴァラは空の方へ目を細める。


「師匠に再会できましたの。

 だから……味わってみたくなったのですわ。

 ――人並みの幸せ、というものを」


 思えば、昨日まで見えていたガラスの膜は消えていて、

 雲がはっきりと見えていた。

 気温も少し高い。

 彼女が何をやめたのか。手に取るように分かった。

   

「世界は私の言動にかかってるという事か」

「ふふふ、気を付ける事ね」

 

 そんなこんなで夏以来の古代遺跡に着いた。

 遺跡を呑み込んでいた氷は消えて、

 その代わりツタがあちらこちらに張り巡らされていた。

 

「中も魔物は少ないね」

《強い魔力の籠った物が置かれている証拠だな。

 ノヴァラの言っていた、本物のモーヴか——》


 ゴーストイーターさんの読みはどうやらあっているみたいだ。

 ノヴァラは静かに笑い「安全に保管する為よ」なんて言う。


「ノヴァちゃんはモーヴの在りかをどこで知ったの?」

「ん?簡単なお話ですわ。

 昔、わたくしがお仕えしていた貴族のお屋敷がありましてね。

 その書斎で知ったのです。

 莫大な魔力へと変換できる宝玉が存在する、と。

 あぁ、それと。

 わたくしが化けていた『グラセ・グラソン』という姿。

 あれは、その頃お仕えしていた貴族のお名前ですのよ」


 悪趣味な……

 でも莫大な魔力に変換か。


「お母さんの作った大杖も、少しの魔力を膨大な量に変換できた」

「ルイが大杖に使っていた宝玉は、モーヴの模造品ですわ。

 他の魔石を混ぜ合わせて作られたもの。

 よく出来てはおりますけれど、本物ではございませんのよ」


 そうだったんだ。


「千年前まで遡るのは難しいでしょうけれど……

 まぁ、一か月程度でしたら戻れるでしょうね」

「お母さんって凄い魔法使いだったんだなぁ。

 ただ口うるさい人としか思っていなかった」


 もっと早く気づいていたら、お母さんの言葉も、違う視点で見れたのだろうか。


「勇者一行に名を連ねる時点で、並の方ではございませんわ」


 幻術の解かれた遺跡は、入ってすぐ、5つの部屋が扇状に広がっている。

 モーヴが隠されているのは地下であり、それに続くのは真ん中の少し大きな部屋だ。

 が、その部屋の中から奇妙な光が漏れ出しているのに、ノヴァラの眉間に不穏な色が浮かぶ。

 

「確か、魔力を込めなきゃ階段が出てこない隠し扉だったはず。

 ノヴァちゃん、誰か入ったんじゃない?」

「モーヴを知る人は――」


 そう言いかけた時、彼女は「厄介ですわ」と呟いた。

 私もそれとなく、誰か予感していた。

 何度もこの時間を繰り返し、あらゆる結末を見て来た者——


「ルナさん」


 昨日の夕方、彼女が言っていた言葉、

 何気ない約束だと思っていた言葉が耳元で蘇る。


 "明日。私の家に来てください"


 ループを断つために、明日図面の意味を教えるので、

 私の家に来てくださいって意味じゃなかったって事?


「遅すぎるってどういうことなの?」

「ティア師匠。

 そこで立ち止まっていても何も変わりませんわ。

 さぁ、参りましょう」


 ノヴァラは、私の手を引いて進んだ。

 これで何も起きず、過去に戻れると思っていた。

 なのに、まさか最後になってルナさんが壁になるなんて。


「信じていたのに……」


 最下階に近づくたびに、ルナさんの魔力の香りが濃くなっていく。

 穏やかで、普段彼女は魔力を放出することなんてなかった。

 だから、この異常な量の圧に、私は息を呑み、またナタ村から始まるのを覚悟するのだった。


「……やはり。

 ルーちゃんでしたのね」


 降りた先には、モーヴを持ったルナさんが居た。

 振り向きざまに「ルーちゃん。何千年ぶりかしら、そう呼んでくれるの。いやこの世界線じゃあ呼んでくれてないか——」と右手を振る。


「ノヴァラ!」


 私は握っていた彼女の手を引き、間一髪、魔力で盾を作って防いだ。


「無属性魔法。ルナさん、貴女は何を望んでいるの?」

「アイロラ師匠は分かってくれると思った。

 アイロラ師匠なら!

 私は姉さんの理解者になってほしかったんじゃない!

 変えてほしかった!

 子供の時の、強くてしっかり者だった姉さんに戻してほしかっただけなの!」


 そうか、だからあの時、遅すぎたって言ったのか。


 モーヴを両手で持つと紫に透き通る宝玉は、鋭い光を放つ。

 ノヴァラは、私を後ろに押し飛ばして、氷の分厚い壁を何枚も隔てた。


「師匠。

 モーヴは、1000年へ遡るために必要不可欠な宝玉なのですわ」

「逃げて!私の事なんか気にしないで逃げなさいノヴァラ!」


 彼女は振り向かなかった。

 

「そのお言葉を聞けただけで、わたくしはもう十分ですわ。

 ありがとうございます。

 ――どうか、お願いいたしますわ」


 その刹那、細い光線が一瞬背中を貫通する。

 

〇


 倒れた姉さんを見て、アイロラ師匠はまだ現実を受け止めきれていないのだろう。

 私に向ける視線は、定まらず泳いでいた。


「時間が進めば人は嫌でも変わる。

 何度もループをしていて何でそれを理解できないの?」

「理解してるわよ!

 だから私が望んでいたのは進むことじゃない。

 停滞を望んでいたの。

 後退も前進も良くも悪くも進化だと知った。

 だから、停滞を望んでいた」

 

 どうして?どうしてアイロラ師匠は、狂った姉の思想に惹かれてしまったの?

 

 私が泣けば、姉さんはいつも前に立ってくれた。

 怖いものなんて何もないみたいに笑って、私の手を引いてくれた。

 私が取り戻したかったのは、世界なんかじゃない。

 あの背中だった。


 綺麗な花を咲かせることができれば、分かってくれると思った。


 たとえ、魔王になったとしても。


「同じ時間を繰り返していたのは、その為だったと?」


 違う、理解してくれたのなら——このループで終わると思っていたの。


 大楯と杖を構えるアイロラ師匠の目には、

 まだ私を信じたいという気持ちが残っていた。


 未来は変わったのに、結局私は独りなのか。


「結局、人は進む生き物なのね」


 そんなに過去の楽しい時間に生きるのがいけない事なの?

 

 そう思った刹那、両の手に包んでいたモーヴが光を放ち、肩を射抜いた。


「うあぁぁぁぁぁあ!」


 師匠の悲痛の叫びがこだまして、私の心を締め付けさせる。

 

 こんな声を聞くぐらいなら、幾人もの師匠たちのように、

 抜け殻の顔をして、私に泣きついてきてほしかった。


「こんなの。望んでいない」


 モーヴの光線は、人を腐敗させる力を持っている。

 師匠の肩から指先にかけて、感覚が失われて、力すら満足にいれることができないだろう。

 左手はだらりと重力に流れて、持っていた杖を地面に落とす。


「今からでも遅くない、私と一緒にまた春から始めてください」

「嫌だ」

「1000年まで巻き戻っても、私と姉さんは小さくなるだけだから、

 今の記憶を持ったままなんです!」


 お願い。もう何も言わずに頷いて——

 だが、あろうことか、師匠は微笑んだ。


「しょうがないじゃん。私は今のルナさんもノヴァラも好きになっちゃったんだから」

「なぜ?」

「さあ。どうしてだろうね」


 そういうとアイロラ師匠は、構えていた大楯をゆっくり地面に置いて、座る。

 

「ノヴァラもこの歌が好きだった」


 そういって1000年の時、寝る時毎日歌ってくれたあの歌を、静かに口ずさむ。

 過去最悪の世界線だ。

 まるで悪夢を見ているようだった。


「これね。私のお母さんが、私を寝かしつける為によく歌ってくれたんだ」


 優しい目だった。

 辛くても、温かくて楽しかった三人のあの時間が、

 フラッシュバックした刹那、

 いま私は自分の手で、数少ない大好きな記憶を壊そうとしているのだと気づいて、

 頭が真っ白になった。


「まるで私が一番否定しているようじゃない」

「いいの、それでも。それがルナさんの成長」


 ループを繰り返せば繰り返すほど、あの優しい時間から遠くなっていく。

 何故?何が悪いっていうの?


「こんなことやめよう。

 駄目な師匠でごめんね。でも、もう終わるから」

「終わらない。私は――」


 再びモーヴに魔力を込めた――その刹那。

 モーヴが宝玉になる前の原石へと、

 時間が巻き戻ったように姿を変えた。


「何?何が起きてるの?」


 怪しい静寂が私達を包み込む。

 普通じゃない出来事に、アイロラ師匠さえもが口を開けたまま動きが止まった。


 考えるのを放棄して、

 魔法を放つために手の平を振り上げようとした。その時だった。


「どうどう〜? マジ神ってない?」


 場違いなほどの明るい声が静寂を破り、その姿に私の動きを止める。


「大精霊」


 髪は緩いウェーブが掛かる、薄ピンクのメッシュの入った金髪。

 耳には星のピアスを付けていて、肩書には似合わない、フリフリのスカートのあの女が、

 師匠の隣に立っていた。


「スピちゃん」

「お待たせティーちゃん☆

 大精霊スピカちゃん、降☆臨なんだけど〜?」

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