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良い旅を、旅人さん  作者: 江戸前餡子
冬の章

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50話目 観測者には触れられない花

「グラセ姉さんと師匠、今日はありがとう。

 イーサン兄ちゃんは、元気になったら報酬待ってるからな!」


 下山した後、解散することになった私達は、リコをルナさんの家まで送ることにしたのだ。

 ルナさんは「ウチの生徒を送ってくださりありがとうございました」と、

 深く頭を下げて、グラセを見つめたまま、ゆっくりと言葉を続けた。


「そしてティア、よく咲かせたわね。

 約束通り、明日図面の事を教えてあげるから来なさい」

「今日の夜は?」


 ルナさんは、グラセさんを警戒しているようだった。

 でもただ怖がっている訳でもなく、瞳には罪悪感の様な色を残していた。

 それに対し、グラセさんはいつも通り、聖母みたく微笑みを顔に浮かべている。


 リコは、そんなルナさんに首をかしげるが、

 私はそこで、グラセという女の正体を確信した。

 だから、その視線には何も言わず、「そうでしたか」と頷いた。


「ティア、未来は変わる——

 けれど、今あなたは岐路に立っている。

 次の一歩を、慎重に。選択して。

 私はこれで終わると信じたい——だから」


 言葉を慎重に紡ぐ彼女は、

 余裕を感じられなかった。

 既に、後悔をしている声色とも言えて、奇妙だ。


 花は確かに咲かせた。なのにどうして?


「ルナさん」

「何?」

「春の時のこと覚えていますか?」


 ルナさんは「忘れるわけがないでしょ。ティアとの初めての出会いなのだから」と、

 少し口角を上げて頷いてみせる。


「ルナさんは、"あの人"をどうしたかったのですか?」


 横目でグラセさんをみると、彼女はようやく私をまっすぐ見て、

 「その答えを教えるには遅すぎたわ」そう静かに言う。

 向けられた目は、前までのやさしさは無かった。かといって他人行儀でもなく、

 グラセさんを見る時と同じ——いや、それ以上に厳しい目だ。


「そうですか」

「だからこそ、明日。私の家に来てください」

 

 観測者の目だ。

 私を見ていない。

 自分の望む未来へ近づける為の言葉だ。


 ルナさんの指先が微かに震えていた。

 まるで、明日を待つことすら怖がっているみたいに。

 

 私は背を向けて、去り際に「ルナさんも、前までの私達も、そうやって"あの人"を見ようとしなかったから、助けられなかったんだと思います」と言葉を残した。



「ふふふ、ルナって人にあんな言い方していいのかしら?

 数少ないお友達なんでしょ?」

「いーの。観測者気取りの人間なんて私キライ」


 その言葉には数日前までの自分も含んでいた。

 

「人は大地で生きるんじゃない。

 寿命という時間の中で生きる」


 茜色の空を眺めるグラセさんが、そんな言葉をポツリと呟いた。


 もう隠す気はないのか。


 しばらくして、分かれ道に立った時に、

 「ティア、俺も帰る。今日はありがとな!」とイーサンは背負っていた大楯を下ろした。


「これ、お前にやる。必要だろ?」


 そんな同情したような目を向けないでよ、

 私がみじめに見えちゃうじゃんか……


「私をまた悲しくさせたいの?

 イーサンって意外とドSなんだ」


 だから、冗談で返す。

 イーサンは苦笑して「素直じゃないな」と、

 私の頭をワシワシと雑に撫でた。


 彼は私達が見えなくなるまで手を振っていた。

 私も、見送る彼の姿を、目に焼き付ける様にずっと見て精一杯手を振る。

 永遠にもう会えない気がしたから。

 

 やがて見えなくなり、グラセは口を開いた。


「さてティアちゃん。お家はどっち?」

「知ってるでしょ?もう演じなくていいよ」


 その一言に、グラセは「あらあら……ふふっ、ちゃんと別人になれたと思っておりましたのに」なんてノヴァラの姿に戻った。


 背が伸びて、金色の肩まである髪は、水色へ変わりながらくるぶしまで伸びた。


「いつも着てた服って魔法だったんだね」

「そうですわ。わたくしのような体格に合うお洋服は、なかなか見つかりませんの」


 ノヴァラの着ていた服が、突然青い炎にのまれるなり、

 そのまま氷の細い糸が無数に絡まりあい、あっという間にいつものローブが身を包んだのだ。


「その魔法羨ましいよ」


 旅の途中、何度お洒落したいと思ったか……


「王子さまは、そのままで十分ですわ。

 余計な飾りなどなくても、目を離せませんもの」

「ありがと」

「それでどうするのかしら?

 わたくしを殺そうとなさるの?

 それとも、永遠にわたくしのものになってくださるのかしら」


 ノヴァラは舌なめずりをして、私の返答を待った。

 きっと私が逃げるか、諦めて「凍らせて」と言うかの二択を予想していたのだろう。

 だから——


「お腹減ってる?」


 私の予想外の質問に、

 ノヴァラは「え?」と間の抜けた声を漏らした。

 いつもほくそ笑んでいた口を、ぽかんと開けさせた。


「だーかーらー。お腹は減ってますか?お姫様」

「あらあら……

 いったい何を企んでいらっしゃるのかしら? 」

 

 初めて内心で慌てるノヴァラを見て、

 彼女は普通の女性なのだと改めて思った。


 私は疑心暗鬼なお姫様の手を取り、

 「食事、しよ?お腹減っちゃった!」と、そのまま引っ張ってルーブル町へ向かった。


 その時のノヴァラの手は、

 気のせいか温もりを感じた。

 


 私達はルーブル町にある酒場に入る。

 村で案内人をしていた時、よく宣伝していたお店だ。


「なんかこういう明るい場所にノヴァラとくるなんて変な感じ!」

「ふふふ、確かに」


 ノヴァラにとってはこういう空間自体が新鮮だったのか、

 「あぁ……美しい。こんなにも笑顔で満ちているなんて」と、

 呟いては怪しく目を細めた。


「こらこら」


 この店を自分のコレクションにしたいのだろう、落ち着きのない手を軽く叩いた。

 普段は落ち着いてるノヴァラだからこそ、本当に油断ならない。

 けど、そこが今じゃ可愛く感じた。手のかかる姉のようで。


「あちらに座りましょう。人が懸命に働く姿というのは、見ていて飽きませんから」

「カウンターね、おっけー」


 席に座りしばらくして、

 ノヴァラは「……こういう視線には慣れていないのですわ。皆さま、わたくしを見て怯える方が普通でしたもの」と少し照れながら、人差し指でテーブルを叩く。


「ノヴァラは綺麗だからねぇ。男の理想そのものでしょ」

「それでしたら……わたくしの隣にいられる王子さまは、とても幸せ者ですわね。

 どうしてそんなにも、わたくしのものになるのを嫌がるのかしら?」


 そういうところが無ければ、きっと本物の王子様に出会えたでしょうよ。

 ルナさんといい、本当に残念だ。この姉妹は。


「ねぇ、その盾……ずいぶん熱心に眺めていらっしゃるのね。

 そんなに面白いのかしら? わたくしとのお話よりも」

「いや、ただ。思い出せるから、あの時の旅の事を。

 ほーんと私は馬鹿だよ、自分の中にしっかりカイは生きているのに——

 記憶という大切な時間の欠片を、時間を繰り返す度に忘れちゃったのかも」

「ふふ……思い出なんて、ずいぶん曖昧なものですわ。

 都合よく形を変え、都合よく美化されていく。

 ですから――目の前にあるものだけが、本物」


 大楯の裏には、カイが今まで護衛をしてきた客の名前が、ナイフで切り刻まれていた。

 どれも苗字だけで、唯一フルネームで書かれていたのは私だけで、なんか嬉しかった。

 彼の一番になれていたことが目に見えたから。


「――うにゃっ!?」


 大楯を抱きしめて思わず目頭が熱くなった時、

 ノヴァラが指を鳴らし、マントを私に覆いかぶせた。


「師匠がよくしてくださったのですわ。

 頑張りすぎたときには、こうして。

 ……そのお顔は嫌いですの。

 ですから、早く治してくださいな」


 凄くいい香りがして、それでいて温かい。

 

「ノヴァラの香りがする」


 マントに顔を包んで、ちらっと彼女の顔を隙間から覗き見ると、

 ノヴァラは目線を逸らし、ジョッキに口を付ける。


「あら?照れてるの?もしかしてピュア?」


 その言葉に眉が動く。

 お客さんたちの視線の時もそうだったけれど、

 彼女は殺意や敵視には慣れていても、こういう純粋な好意には慣れていないのかもしれない。

 

 そう思った時、自分を見ているようでもっと好きになった。


「このマントが必要なのは、貴女なのかもね」

 

 膝に乗ってマントをかぶせてあげると、

 やはり彼女は、分かりやすく頬を赤らめさせて目をまん丸くさせた。


「あっ……あ゛あ゛……」

「本当にかわいい、私が王子様なら、ノヴァラはお姫様?ふふっ」


 ノヴァラも今まで力を求めていた魔法使いとして、

 小さい私に舐められるのは許せなかったのだろう。

 耳まで赤くして、動揺で震える声を抑えつつ、

 「ふふっ……お姉さんをからかうものではありませんわよ?」なんて、

 いつもの余裕そうな笑みを頑張って作ろうとしていた。


「ふーん、強がっちゃうんだぁ。顔を近づけてみようかにゃ~」


 反応が面白くなり、身を乗り出して顔を近づけると、

 お姫様は案の定言葉を失い、口をパクパクさせた。


「あはは、面白ーい。もしかして前からこうしてたら勝てたり?」

「もう!わたくしの負けですわ。

 ほら、少し喉が渇きましたの。降りてくださらない?

 貴女もお腹が空いておりますのでしょう?」

「ぷぷぷ~、ノヴァラちゃんったら女の子みたい」


 ノヴァラは引きつった笑みで、「凍らすわよ」と私にコップを渡した。

 

「冷たいけど綺麗なコップだね。宝石みたい、こんなのこのお店にあったっけ?」

「こちらのお兄さんが、わたくしを口説くために出してくださったのでしょう?

 なかなかお目が高い——」


 そう言いかけたところで、ノヴァラはの顔色が変わる。


「綺麗なコップ?待ちなさい、子供は飲んじゃ駄目よ」

「なんかこれ……マズイ……いや、でも美味しい?」

「あらあら……知らなくてよ?」

「?」


 私も止められたところで飲むのをやめるべきだった……

 初めてのその味が妙に気に入ってしまい、結局飲み干してしまった。

 ——それが最後の記憶だった。

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