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良い旅を、旅人さん  作者: 江戸前餡子
冬の章

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49話目 最後の魔法(怒)

「師匠、そんなにポーションを買うのか?飲み過ぎると副作用で動けなくなるぞ?」

「大丈夫、慣れてるから」


 少しやりすぎてしまった。もう700かぁ。


 私達は雑貨屋で一通り準備をしていた。

 こういう時、リコはあれが欲しいとかいうと思ったけれど。

 やっぱりさっきの出来事があったせいか大人しい。


 少し居心地が悪く、ため息混じりに空を見上げた時だった。

 違和感に眉が動く。


「リコ、空を見て。どう思う」


 リコは「空?」なんて不思議そうに見上げる。


「鳥や雲が……歪んでる?いや、目の錯覚か?」

「私もそう見える」


 目を細めると、それが良く分かる。

 陽が射す場所に、うっすらと膜の様なものが出来ていて、

 それがどこまでもどこまでも続いている。


 まるでこの大陸一帯が囲まれているように。

 ここ最近の異常気温と何か関係がありそうだった。

 

「……まさか。ね」

「どうしたんだ師匠」

「いや、封印されてる人物の仕業かなと思ったけれど。まさかと思ってね」


 リコは「考えすぎだよ」なんて背中を叩いた。

 私は微笑んで彼女の手を掴もうとした時——


「こんにちは」


 と、一人の魔法使いが現れる。

 何故だろうか。

 女性の水色の髪が連想させるのか。私は身構えた。


「さっきの無属性魔法。お見事だったわ」

「貴女は?」

「私も赤紙を受けた人」

 

 そうあの依頼書を見せて「グラセ・グラソン」と膝を曲げてお辞儀をした。

 衣装といい、身振りといい、貴族の影を感じさせる。


 私はこの大陸に戻って来てからと言うものの、

 自分に親しくしてくる他人が全員、

 ノヴァラが化けているんじゃないかなんて思うようになっていた。

 だから、今回も気のせいだろうとは思うけれど。


 頭では分かっていても、心では警戒が取れなかった。

 彼女の氷のような冷たい瞳が、私をそうさせた。


「一緒に行きましょ?」

「……」


 答えに迷い、リコを見る。

 彼女は「良いんじゃねーか?」なんて疑うことなく賛成する。


 掌を握る私に、グラセは目を細めて、耳元で囁く。


「どれくらい殺したの?」


 何が言いたいのか分からず、グッと奥歯を噛む。


「どういう意味ですか?」

「無属性魔法なんて高度な魔法を扱えるのは、きっと貴女ぐらいよ?」

「グラセさん、無属性魔法ってなんだ?」

「普通の魔法は、魔力の調整であらゆる系統に変えて出す。

 けれど、無属性魔法は、己の魔力を振り絞り凝縮させて形を変える。

 まあ、泥玉を作る感じね」


 リコは「簡単じゃん」なんていうがグラセさんは「相当な魔力が必要、でもそれ以上に、無駄な感情があると、それは出来ないの」と怪しく白い歯をのぞかせた。


「必中の魔法だから、魔法使いは使わない」

「着いてきていいけれど、それ以上変な事をリコの前で言ったら許さない。

 私はティア・アイロラです。この子はレイラ・フィンスパーク」


 グラセさんは口元に手をやり、

 「あらあら歓迎されてないわね」なんてクスクスと笑った。


「リコって呼んでくれ!ややこしいし」

「ありがと、リコちゃんはお師匠さんとは違って可愛いわね」


 抱きかかえられるリコを見て、私は何故かその瞬間カイの事を思い出す。

 また思い出してしまった、悲しくも美しい記憶を。

 こんなのを沢山思い出して泣いた日も多々あったから、

 私は頭を振って、記憶から逃げる様にすぐに歩いた。


「ティアちゃんは複雑そうね。

 旅の途中大事な人を殺されたかしら?」


 この女はデリカシーがないのか?

 

 ニホア鉱山を目指している途中、各々の旅の話をした。

 私は少し旅の内容は歪めたけど……


 グラセの話を聞いている限りじゃ、

 随分と良い暮らしをしているらしい。

 が、趣味や習慣は一昔前流行ったそれで、時代錯誤を感じた。


「古い習慣を尊重しているのよ。

 良く知ってるわねティアちゃん」

「ノルド大陸で似た習慣を聞いたから」

「ノルドまで行ったのか?すげーな」


 リコはまだヨーンさんに会っていなかったのか。

 

「ヨーンさんがノルド大陸まで送ってくれたの」

「あ~、そうだったんだ。元気にしてるかな」


 そんなこんなで、次の休憩所に着く。

 ニホア鉱山が良く見える街、ニホアだ。

 

 ルーブルとは違い珍しい品物は売られていないけれど、

 ここは旅芸人の都と言われるほど、毎日お祭り騒ぎらしい。


「演奏に芸に劇!すげーな、こんな街があるなんて」

「ふふふ、ホント賑やかでいいわね~

 みんな幸せそう」

「依頼がある、少しベンチで休憩したらまた行こう」


 イーサンが危ない。

 呑気にしている暇なんてないのだ。


 ベンチで座り、休憩している時、

 リコは浮かれた空気にそわそわしつつ、遠くにいるピエロを必死に眺めていた。

 それとは正反対に眉間を寄せて空ばかり眺める私に、グラセは、私の手を握り微笑む。


「ティアちゃん、オーサスさんとは知り合いなの?」

「私を旅に連れ出してくれた人。とても大切な人なの」

「ふーん、けれど。落ち着いてるわね、

 手汗をかいていない」

「適当ですね」


 彼女は「そうかしら?」なんて静かに笑い、ピエロに目をやった。


「ねえ、あなたは誰に踊らせているの?」

「は?何が言いたいんですか?」

「貴女には芯を感じない。強い気持ちすら。

 ただ、何かにしがみついているような気がするのよね~」

「お貴族様には分かりませんよ」

「転んで滑って、あんな大きな玉から落ちても、人はピエロを心配なんてせずに、

 大笑いをしている」


 「何故かしらねぇ」なんて、彼女の意味のないであろう言葉に、

 私はその時視線を始めて、ピエロの方へ向けた。


「何故かしらね?」


 もう一度グラセは私に問う。


 不気味だった。

 ピエロのあの仮面がじゃない。

 感情が読めないところが。


 視線を逸らす私に「同族嫌悪?」なんてまた不敵な笑みを見せる。

 この女は、初めて会ったはずなのに、言葉一つ一つが私を知っているような口ぶりで、

 気持ち悪さが残る。


「な訳」

「ならどうしてこの依頼を受けたの?」

「言ったでしょ?恩師を助けるためだって」


 グラセは「話しても無駄そうね。行きましょ、急いでるんでしょ?」と、

 リコを抱き上げて席を立った。


《あまり気にすんなティア》

「知ってる」


 立ち上がり、席から離れようとした時、何故か目は、もう一度ピエロを見た。

 

「同族嫌悪……か」


 そう呟いた時、影の顔を思い出して胸がキュッと締まる。



 ニホア鉱山は険しかった。

 だが、ノルド大陸ではないから、めったに魔物は出ず、ただただ体力勝負で、

 私は中腹辺りでグラセに背負われた。


「ごめんなグラセ姉さん」

「リコちゃんは偉いわね~。それに比べて、ティアちゃんは何も言わずに座り込んじゃうから困るわ」

「……」

「そこはありがとうじゃないのかしら?」

「はい。ありがとうございます」


 うるさいな。

 

「グラセはずっと杖一本で旅をしてるんですか?」

「グラセお姉さんって言いなさい。年上なんだから」

「はいはい、お姉さん」


 グラセは肩越しに振り向いて「旅はしてないわ、飛ぶことはできるから、自分の家から毎日遠出しているだけ」という。

 

「家はノルド大陸のヒョウズ村近辺?」


 その一言に、グラセの眉が動く。


「何でそう思うのかしら?」

「背中にノルド大陸の極寒の地域でしか実らない、くっつき虫が背中についているのと、

 ノルドじゃないとはいえ寒いのに、コートも羽織らない。

 この二つですかね」


 「あぁ。あと、お姉さんの持っている杖の木の素材」そう杖を撫でた。

 この素材は、魔法の箒を造った時、テュリーさんが使用していた素材だ。


「探偵さんね。お見事」

「すげーな師匠、カッコいい」


 ノルドは、悪い意味で忘れられない大陸になっている。

 だからこそ、無駄な事柄も全て記憶していた。


「嫌な事程、色濃く残るから……ね」


 その刹那。山頂からドラゴンの咆哮が空気を割る。

 それと同時に、炎の柱が何本も天に昇った。


 ドラゴンの声に、私は脳裏にノルドのあのドラゴンがフラッシュバックして、

 一瞬息が止まる。


 そんなわけがないとは思いたい。けれど。このループではあのドラゴンを倒していない。

 しかも、私の魔力のせいでノルドから魔物達が大移動をした。

 知性のあるドラゴンなら、真っ先に移動する可能性は高い。


 まただ——また駄目なんだ。

 あのドラゴンがいつも邪魔をする。


「ティアちゃん杖を」


 渡すなり、グラセは「しっかり掴まっててね。お姉さん無茶するから」と、

 詠唱をするなり空高く飛ぶ。


 それも山頂が小さくなるほど高く——と。その時。私の背中に魔力を感じた。

 反射的に振り向くと。そこに地上から見た膜があった。


 魔力で出来ていたのだ。

 それもその膜は、この大陸一帯を丸ごと覆っているのか何処までも続いていた。

 スノードームの中に居るようだった。


「まさか——ね」


 だが追い詰めるように、魔王モグリさんの声が耳の奥で蘇った。


—— す(・)ぐ(・)に(・)は(・)封印は解かれないよ ——


 運命が私を殺そうとする。

 どうして?もう必要ないというの?


 呼吸が乱れる。

 急降下して山頂に向かうグラセ。


 二人も死んでしまうの?


 私の魔力量も、無理やり1500まで回復できた。

 けれど。心が戦意喪失しているのは自分が良く知っていた。


 勝てる相手なのに。怖い。

 二人が死ぬリスクが、大切なリコが死ぬのが怖かった。


 この魔力量じゃ守れない。


「よく、あんな大楯だけで耐えられたわねぇ」


 私はイーサンさんの方を向いて、背筋が凍りついた。

 大楯。

 それはカイの物だった。


 何度もブレスを受けたのだろう。

 炎に強い鋼鉄の表面は黒く焦げ、ところどころ溶けて歪んでいる。


 その姿が、最悪の想像を連れてくる。


「――駄目」


 思わず零した私の言葉に、グラセは眉間に不穏な色を宿す。

 初めて彼女から笑顔が消えた。


「何?ティアちゃん」

「あのドラゴンはいけない」


 キュッと背中を掴む手に、彼女は「なら後ろで見てなさい。お姉さんが片付けるから」と、

 着地して私を下ろすなり、リコに指示を出す。


「いけない。みんな死んじゃうだけだよ」

「黙ってみてなさい」

「駄目――」


 そう言いかけた時、「綺麗な花は、枯れてしまったのね」と、

 グラセは肩越しに振り向いて私を見つめる。

 その瞳には、愛していた人を亡くした寂しさが混じっていた。


 二人が行ってしまう。

 私が行かなきゃ。


 断片的に、でも鮮明に、あの惨劇が脳裏を巡る。


 やだやだやだ――


《さて、道化師はまだ笑う?まだ笑えるかな?》


 影が私の前に立っていた。


 笑えるはずがない。

 情けない自分に、拳を地面にぶつけた。

 前は違った。怖くても立ち向かえた。

 なんでこんなことになったんだ。


 前線を走るリコの後ろ姿が、

 夏のノヴァラと戦っていた自分に重なって、

 私は秋の時から既に前進をしていなかったのだと実感した。


「春の時も夏の時も、私は怒っていた。

 情けない自分に腹を立たせて、負けないと」

《私には目標があった》


 影の言葉に、「ミア・バンスキー」と彼女の横顔を思い出して、土を握りしめた。

 忘れてた。大切なことを。


《ここからが本当の旅だよ》


 伸ばされた手を、私は迷いなく握る。


「歩こう。私の足で」


 彼女は力強く頷くと、淡い光の球となり、

 私の身体に溶けていった時、空気が変わる。

 グラセは背後に感じる、凶暴な魔力に口角を上げた。


「リコちゃんこっちに!」


 「もう守らなくても大丈夫」と横目で私を見た、

 リコもその視線の先を見て、「師匠」と安堵の息を吐いた。


 ドラゴンは、ノルドで感じた魔力に、翼を羽ばたかせて舞い上がる。


「貴方のお陰で私は戻ってこれた。ありがとう」


 大杖を掴んで、静かに唱えた。

 成長の糧になってくれた命に感謝して。


「大地の息吹よ、

 一瞬で千を成せ、

 伸びろ、裂けろ、掴み砕け、

 ヤツを呑み込め——スプリング・バーストヴァイン」


 大地が大きく膨らみ、無数の蔓が繭のようにドラゴンを呑み込む。

 グラセは二人を守るように、岩の壁を作る。

 

 リコは壁が閉じるその刹那まで、私の横顔を見ていた。

 光を取り戻しながらも、まだ何かに抗っているその横顔を。


「これが正義……か。

 貴方はきっと悪い事をしていないのでしょう……ごめんなさい」


 絞られた蔓の繭に圧迫されて、断末魔と共に流れる真っ赤な命に、

 私は膝をついて手を組んだ。


「無駄にはしません。

 これを糧として、私は変えるよ――たとえ悪魔と呼ばれても」


 この劇の幕を閉じよう。 

 

「眠れる大地よ、春の夢を見て

 風よ、光の花を呼び覚まして——」


 透明ではなかった。

 そこには、確かに色があった。

 

 咲き誇る花畑を見て、

 グラセは口角を上げた。

 イーサンはただ綺麗だと眺めていた。

 けれど、ただ一人。リコだけは、表情を曇らせて、静かな私の姿に胸をざわつかせた。


「師匠……戻って来たのか?それとも遠くまで行っちまったのか?」


 真っ赤な花は、希望か、それとも絶望か。

 それを知る者は、きっといないだろう。

 観測者たちでさえも。


 時空の精霊達は、皆息を呑み、

 スピちゃんは玉座を降りた。

 鳥の目を借りて見ていたルナさんは、涙を流しながら呟いた。


「未来は大きく分岐した。そして産まれた——」


—— 魔王が ——

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