48話目 人
「あ゛~……やっと着いた」
「リコ、体力なくなった?」
太陽が真上に昇った昼過ぎ、ようやくルーブル町に着いた。
リコは膝に手を突き「先生と住んでから、海賊をしてた頃とはかなり生活が変わっちまったからなぁ」なんて息を吐いた。
腹の虫を鳴らしながら、とりあえず町の雑貨屋で、
食べ物を買って広場で食べることにしたのだった。
「師匠はルーブルに来たことあるのか?」
「あるよ。今でも覚えてる。
春の時、ここに来たのが旅のきっかけだった」
旅に出たからこうしてリコにも出会えて、世の中を知れた。
それは嬉しい事だ。
けれど。旅に出たから。計り知れない重荷が私を狂わせた。
私の曇る表情に、リコは「旅は楽しくなかったか?」と聞いた。
その問いに、答えることができず、「分からない」と目を伏せる。
けど、確かに分かることがある。
「でも、旅をしたから。
リコという素敵な人に出会えた。
それだけは確か。ありがとう」
上手く表情は作れない、だからあの時、リコに選んでもらったナイフを見せた。
彼女は照れくさそうに鼻の頭を掻いた。
「恥ずかしいこと言うんじゃねぇよ
ナイフ、ずっと持っていてくれてたんだな」
「リコはどうせ扱いが雑だから、
無くしちゃったんでしょ」
彼女の腰には、別のナイフがぶら下がっていた。
「あはは、旅の途中で落としちまった」
「だと思った」
食事の後、リコの提案で武器屋に向かった。
再会の記念に買いたいとか。もちろんお金は――
「すまねぇ師匠。ワタシお金持ってねぇんだ」
「へ?」
私持ちだった。
ルナさんも、しっかりと生徒の事を見ているらしい。
無駄使いをするから持たせてもらえないのだとか。
その癖だけは海賊が抜け切れていないようで、
なんだかあの時のリコらしくて思わず私は吹き出すのだった。
「あった!あそこが掲示板だ」
「ルナさんの言っていた依頼があれば良いね」
「でも結構な人だかりだ。珍しい」
掲示板の前には、いろんな武器を持った旅人や冒険者で群がり、
陽の光を弾く武具に、リコは「皆凄い武装だ。私達場違いにもほどがないか?」なんて息を呑んだ。
「戦いは装備じゃなくて腕だから」
「師匠は異常なんだよ」
群れをかき分けてやっと出た所で、
目に飛び込んだ、走り書きされた真っ赤な紙の依頼書に、
私は一瞬周りの声が遠のいた。
—— 救助を求む。
ニホア鉱山、山頂。
ドラゴン。
盾がもたない。
イーサン・オーサス ——
その切り刻むような文字に、
その現場がありありと想像できた。
しかし盾なんかイーサンは持っていたっけ?彼は大剣のはず……
「赤い紙、こりゃかなりの報酬金が期待できるぜ師匠」
「そうか、それで……赤紙なんて言ったら3年は遊んで暮らせる」
「だな」
イーサンってそんなお金持っていたっけ?
「とりあえず、これがルナさんの言っていた依頼だから受けようか」
「おう!」
掲示板の依頼書を手にする私達に、
周りは「あんな子供が?」「防具もつけずに?」「ドラゴンってあのドラゴンだよな?無謀すぎる」とざわめく。
「頼むぜ、ドラゴン殺しの師匠」
わざと周りに聞かせる様に、私の肩を叩く。
周りも周りで、私の姿に「魔剣だ、初めて見た」や「あの面構えは相当な腕じゃないか?」なんてジッと見つめる。
「目立つからやめて、リコ」
目立ちたがりなバカ弟子の手を引っ張り、掲示板から離れようとした時だった。
7人の黒いマントをはためかせ、良く磨かれた銀色の鎧に身を包んだ男たちが、道を塞ぎ、囲む。
周りでさっきまで騒いでいた人たちも、その男たちを見た瞬間に、
口をつぐみ関わられないように散った。
「何か?」
「その依頼書をオジサン達に渡してくれないかい?」
「嫌だって言ったら?」
その問いに答えるように、周りから剣を抜く音が聞こえてきた。
穏やかではない。
でも、一番厄介なのは——
「なーに言ってんだ?私達が先に受けたんだ。
ひっこめ!」
父親に似て、短気なリコだ。
「リコ」
「だってよ――」
彼女の言葉は振り下ろされた刃によって途切れる。
剣先はリコの頭上すれすれで止まり。
男はニヤリと笑い「これで懲りたろ?」なんて鼻で笑った。
怖がらせて、依頼書を渡させるつもりだったのだろう、
だが、リコはそんな聞き分けの良い少女ではない。
杖を抜き取り魔法を出そうとした。が。
「おせーよ嬢ちゃん」
相手はかなりの手練れだった。
無詠唱にも関わらず、魔力を感じて動いていた。
サラッと剣で杖を払い、放たれた水の球を避けた。
「んで?そちらの師匠とやらは?どうするんだい
弟子がこんな感じだが?」
「私も、できればこの依頼を受けたい。
邪魔しないでほしい」
「弟子も弟子なら師匠も師匠だな」
ボスの言葉に、周りは馬鹿にしたように笑い始めた。
何故私はこんなにしてまで依頼を受けようとしているのか。
いや、イーサンを救いたいからに決まっている。
けれど、何故だろう。
あの切羽迫る焦りが心には無く。
澄んでいた。
凪一つ立っていない。
「これでも笑ってられる?」
私は左上の数字を一瞬確認してから、指を鳴らした。
その刹那、目の前のボス以外の男たちを宙に浮かせる。
浮いた男たちは、何者かに締められる首に手をやりジタバタともがく。
地面に落ちる剣の軽い鉄の音と、人々の叫び声があたりを支配した。
それでも尚涼しい顔をする私に、
リコは「師匠、このままじゃ人を殺しちまう!落ち着け」なんて、
腕を引っ張った。
「殺して何が悪いの?」
「はあ?駄目だろ!」
背負うゴーストイーターさんを見た、男の仲間の一人が、
声を絞りだしながら「魔剣使いだ。ボス」なんて指をさす。
ボスはすかさず、その黒く禍々しいドクロの剣を見るなり「ッチ。アンタが噂の魔剣使いか」なんて剣をゆっくり地面に置いて両手を上げた。
「殺さないでほしい。魔剣使い様。
貴女がここ一帯の魔物を払ってくれたことは知っております。
無礼を許して下さい」
一瞬何のことか理解できなかった私は首をかしげるが、
《お前が深夜に狩ってた魔物の事を言ってるんだよ》と、
ゴーストイーターさんに教えられてようやく「あぁ。あれか」なんて気が付いて、
浮かせていた仲間を地面に落とし解放させる。
「ありがとうございます」
7人は振り返らず、武器を捨てたまま走り去った。
一件落着なのに、周りは胸をなでおろすことなく、
むしろ更に緊張していた。中には手を組んで神に祈る者までいた。
私が見渡すと、誰もが目を合わせないように下を向いて、
ピクリとも動かないように、息をひそめる。
私は不思議に思いながらも、
「さてと。薬とか揃えようか」と手を引く。
けれど、リコは歩こうとしなかった。
白くなるほど拳を握り、肩を震わせていた。
「どうしたの?怖かった?」
「師匠、今人を殺そうと……したんだぞ?」
「だから?」
「何で平然とそんな事が出来る」
リコが何を怒っているのか。私には理解できなかった。
「剣を向けられたから守っただけだけれど?
リコを守るために」
「相手は殺す気がなかった」
「ん?ごめんなさい、
言ってる意味が分からないよ」
「怒ってもないのに、なんで?」
その時やっと理解できた。
そうか、人殺しは駄目なのだ。
人なのだ。物ではない。
「ごめんなさい。そうだよね。
人だもの……壊すのは駄目に決まってる」
「師匠は変わっちまったな」
その一言に、私は胸がざわついた。
悲しいというより、守ったのに、なんで怒っているのか分からなかったから。
まるで自分が人道から外れてしまったように感じた。
「ねえ。昔の私はどんな感じだったの?」
「昔の師匠だったら。仲間の為に怒っても、
殺しまではしなかった。
殺す気がない相手くらい、すぐに分かったはずだ」
「私はリコの為にやったつもりだけれど?」
リコは私の瞳を見て「そう信じてるよ、師匠」と苦しそうに笑顔を作る。
まるで、私の機嫌を逆立てないように。




