5話 最後の魔法(喜)
「美味しそうな香りが、そこら中からしますねぇ」
(食べれないけど)
「祭りだからね。お金があれば……」
(誰のせいだと思ってるんですか!)
「でもなかなかの値段ですね」
「まあ、団子より花を見ろって事よ。きっと」
お腹を擦る”私”の肩を軽く叩き、
ミアさんは花の香りをのせた空気を肺いっぱいに吸い込む。
「ほんと、来てよかった」と気持ちよさそうに呟いた。
確かに、二日かけて来たかいはあった。
ワネラ街、精霊祭の時は花の都とも呼ばれているだけあって、
そこは、見渡す限りの花畑だった。
「地面も建物も、お花一色。
良い匂いのする虹の上に居るみたいですね!
けれど飾りとか大変そう……」
「可愛いこと言うじゃない、魔法使いが各地から力を貸してくれるそうよ」
「ほら」とミアさんが指をさす先には、
手伝った魔法使いたちであろう大人達が、
酒を片手に各々が飾り付けた場所を自慢しあっていた。
(でも不思議だ。
華やかなこの街の地面に、何故魔法陣が無数に展開されているのだろうか?
この数だと、きっと街を覆っているだろう)
まるで何か大きなことを起こすための、仕掛けに見えた。
イベントの為のものかと思うと、ワクワクするが、”私”の胸はざわついた。
「楽しそうですね。私もいつか参加してみたいものです」
「ティアぐらいの魔力量なら、来年から参加できるでしょ」
「そうですか?魔力量って自分じゃ分からないので」
(魔力量とかの前に、コミュ力が無いから、
別の意味で足手まといになりそうだ)
のんびり歩きながら、祭りの空気に彩を付ける旅芸人達の、
マジックや音楽を堪能している。
と、後ろから大きな手が私の頭に乗っかった。
「ヒィッ!」
思わず飛び上がり後ろを振り向く。
そこに居たのは、白いマントをたなびかせる、空色の髪の青年だった。
背中には、シルバーの剣と、金色の勇者の剣。
腰には、緑色の火が揺らめいた宝玉が入った、
網の目が大きい袋をぶら下げていた。
初めて会うはずなのに、既視感があった——あった。というよりも、何かで見た感覚だ。
「ヒィとはなんだ、ヒィとは。
このイケメンな僕を忘れたかな?ルイ・アイロラ」
(私の母の名前に、この男が誰なのか分かった——)
—— 勇者だ ——
正体が分かったのと同時に、全身の血の気が引き、顔を青ざめさせる。
音という音が遠のき、脳内さえも、そのマントみたく白く染め上げた。
《地味っこ、アイツは勇者ザハール・バローだぜ。
でも精霊祭で、本人の目の前に出てくるのは、
自分と血の繋がっていた死人のはず……本当に幽霊か?》
「え?幽霊かどうかわからないんですか?」
《おう。とりあえず軽いノリで話を合わせておけ、
幽霊でも、明るい幽霊だしな》
(明るい幽霊なら成仏してください)
「ちっ、チースッ……ザーハル」
助けを求めようと、隣に居るミアの方を見たが、
彼女は白目を向いて、「ゆ、ゆうしゃぁ」だなんて口をパクパクさせながら倒れていた。
(ミアさんも見えているという事は、霊じゃないのか?)
「あははっ、なんだそりゃ。
ルイの友達大丈夫?泡を吹き始めたけど」
「あ~、顔からして駄目そう」
(貴方のせいだよ)
「なら、僕が背負ってあげよう」
ザハール・バロー。
お母さんは、良く"キザなヤツ"と言っていた。
確かに話し方やしぐさが気取ってる感じがして、
己の美貌を理解しているようだった。
勇者だからではなく、人柄なのだろう。
自信あるぞというオーラが、背後からうるさいほど主張していた。
「そういえばザハールは魔王を倒してからどうしていたの?」
「え?魔王は倒してないだろ?」
(は?)
「四人だけの内緒にしようって言ったのはルイだろ?」
(へ?)
「ほら、魔王はクリャトナ族を人族から守るために、魔王になって犠牲になっただろ、
平和に暮らしたいだけっていうのを知った時に、
僕たちじゃ力不足で勝てなかったしって。記念に魔王と料理対決したじゃないか」
(したじゃないか~って。世間や歴史では倒したと……)
「あのキモイ魔王の剣を貰って帰ったじゃないか」
《俺様コイツ嫌い》
背中で唸るゴーストイーターさんに、
「てかルイが持ってるんだ。あははっ!あんなにいらないって言ってたのに、
さすが欲張りさんのルイだ」と気にも留めず剣をジッと見た。
「う。うるさい!話し相手になって、ちょうど良いの」
「僕が居るだろ?」
(サラッとこういうことを言っちゃうもんなぁ)
幼い頃、吟遊詩人の語る勇者の話を聞いて、
カッコイイ王子様を想像をしたが、
真実とはそう綺麗なものではないのか。
「それ、他の女の人にも言ってるよね」
「あれバレた?」
「隠さないんですか」
「大抵はこれで落ちるんだけど。ルイはやっぱり変わってるね」
(私が普通なんですよ)
ザハールは、周りの花を見ながら「そういえば」とまた口を開いた。
「今年は花を展示しに来たのかい?」
依頼の花を、バルドという男に渡してしまったばかりに、すっかり忘れていた。
肩が跳ねる”私”に、目を細めて「何か隠してるな?」なんて鋭い視線を向けた。
「アヴァヴァヴァヴァヴァ……隠しているなんて、そんな事な——」
「嘘つけ」
大きなため息を一つし、「相変わらず嘘を隠すのが下手だね」そう背中を向けた。
後をつけない私に、「行くぞ」と顔を傾ける。
「わ、分かってるの?」
「あのねぇルイちゃん。
僕達にお願いする人物なんて一人しかいないでしょ?
若返りの薬で忘れちゃったのかなぁ?」
「う……うぐぅ」
(まさか、カルメンさんの言っていたお友達って勇者一行の事だったのか)
「あの花。僕大好きなんだよ」
(そういえば、お母さんもこの時期になると、
カルメンさんと同じ、キリアの花を窓際に置いていたっけ。
必ず、茎の部分に細かくメッセージを彫って、
「飾っといてやったわよ――バカ」なんて遠くを眺めていた。
なんだろう、胸にチクリとトゲが刺さったような、そんな心地の悪い感覚に言葉ができなくなる)
「あの、カルメンさんとはどんな関係だったの?」
「はあ?」
「ほ、ほら、若返りの薬で、記憶までほとんど無くなってしまって……ね?」
嘘を見透かすような白い目に、「ほ、ほらほら。若返りの薬って。普通巻き戻る歳って10歳くらいじゃない?でもこの通り10歳以上若返って年齢が16歳になっちゃったわけだし。ね?ね?」そう必死に言い訳すると、しばらく”私”の顔を見てから「似てるな」なんて鼻で笑い歩き出した。
「似てる?誰と?」
その問いには答えず。
「カルメンさんは僕の母の姉さ」と空を仰いだ。
私はハッとした——
"あの子"とはザハールの事なのだ。
そして、心地の悪い感覚を覚えた理由も分かり、後悔をした。
今謝ろうと思った。けれど。そんな勇気もなく、
気おくれしている間に、こちらを振り向く彼に笑われた。
「どうせキミの事だ、お金か魔法関係の物に釣られたんだろ?」
顔に出ている”私”を元気づけようとしてくれたのか、ザハールはおどけて見せた。
春のように温かく爽やかな笑顔に、自分の愚かさを痛感する。
「そこまで知って……いたんだ」
「付き合っていたのだから、彼女の事は全て知っていて当然だろ?」
(付き合っていた?お母さんと勇者が?)
驚きのあまりに謝ろうと喉元まで来ていた言葉が消えてなくなり、口をあんぐりと開ける。
(だってそうじゃない。
お母さんは護衛のお父さんと付き合って結婚して。それでそれで——)
頭が追いつかず、
ただただ「はえ~」と言葉というよりかは音に近いものが漏れ出た。
「しかしあれだね。いつものゴチャゴチャしたワネラ街が花で包まれると、進むのも大変だ」
「みんな壁にぶつかってるもんね」
「だね、トリックアートの世界を探索しているようだ」
(街に入るとき、棒を使うか聞かれたのはこの理由かぁ)
初心者達は、みんな棒を受け取らなかったから鼻の頭を赤くしていた。
「僕についてきな、お姫様。
毎年来てるし案内できるよ」
「あら、ならお願いします勇者様」
ザハールの演技っぽい口調に、私も同じように返す。
「先ずは君のお友達を少し休ませてあげようか」
「重たいだけでしょ、ププ~勇者の癖に力ないのね」
何回かは壁にぶつかることを覚悟していたが、
冗談を言い合いつつも、驚くことに本当に壁にぶつからず、
宿屋に着いた。
「着いたよ」
「ねぇ、ザハールも失敗して怒られたことあるの?」
彼は、私が何を気にしているのか理解できたのだろう、
ニコリと微笑み「勇者だって人間さ」なんて私の肩に手を置いてさらに続けた。
「それに、怒られても謝ればいいだろ?
君よりも怒られたことの多い僕が言うんだ、保証する」
(自慢できることじゃないでしょ、それ……)
開き直ったように笑う彼に、
胸の中に籠る緊張を吐き出す。
何故だろうか、彼が笑うと不思議と胸が軽くなる。
勇者の力なのだろうか……
「勇者でもそんな怒られるんだ」
「ははは!
僕は天然のイケメンボーイだったから、よくミスはしたものさ。
冒険中は常に、誰かに罵倒されたものだよ。仲間にもね」
(ヘラヘラと謝り、最後に言い訳して、相手をイライラさせてそう……
私はちゃんとこの人に謝らなきゃ!)
頬を叩いて、顔を引き締めて店に入る――その刹那。
フッと、店内の灯りが全て消えてカーテンが一斉に閉まった。
食事をしていた客の驚く声に私も場にのまれる。
「早く炎の魔法を出さなきゃ!」
リュックに差してある、ルナさんから貰った大杖に手を掛けた時だった。
人影が私とすれ違いざまに、
「頑張りなさい」と声と共に腹のあたりに優しく何かがあたり。そして落ちる。
人影が誰かは確認できなかったけど、
微かに香る残り香は、ガーンバ村を彷彿させ、気が動転する”私”の心を落ち着かせる。
「心に宿る希望よ、
形となりて周囲を照らせ、
ホープライト!」
詠唱と共に、
店内のあちこちに淡い光の玉がポッ。ポッ。ポッ。とゆっくり現れる。
「ップ。ザハールさん?」
最後に”私”達の前に現れた時、
ザハールさんが頭を抱えて、ガタガタ震えているのに思わず笑いそうになった。
「怖がってなんてないぞ?」
(またまた強がりを)
彼の言っていた勇者も人間だという言葉が、しみじみと理解できた瞬間だった。
「足元に何か落ちてるぞ?」
「ホントだ、お金に……キリアの花ですね」
(さっきの人かな?
花の茎には、細かく文字が書かれていた。メッセージだろうか……)
~~ 大魔法使いの娘よ。実力を見せてみなさい ~~
私の持つキリアの花を、ザハールは後ろから覗き込んだ。
「随分と器用な事をするね」
さっきまで暗闇にビビっていたくせに、もう呑気に笑っている。
「実力?」
すると、一組のカップルが大慌てで入ってくるなり、
「大変だ!花が全部消えた!」「魔法使いたちは泥酔して魔法が使えないんです!ここに素面の魔法使いさんは居ませんか?」なんて大声で叫んだ。
落ち着きを取り戻した客たちは、
再び頭を抱えて一斉に窓の方へ駆け寄った。
私達も、窓から顔を出す。
街を呑み込んでいた花たちは、花弁を残して消えていた。
綺麗さっぱり。
レンガの地面に皆は絶望して言葉を失い、
何故か大杖を持っていた私の方を見ていた。
《これはさっきの人間に試されているな》
「街に居る魔法使いたちは酒に酔って動けないようだし、
どうするんだい?魔法使いさん」
(と、言われても……
魔法使いたちしっかりしなさいよ)
注目されることも、期待されることも、
嫌いだったから逃げようとした。
けれど、ザハールの背中で気を失っているミアを見て、
そんな泣き言は言えなくなった。
(ミアさんはこの精霊祭を楽しみにしてたんだ)
「わっ。私……
その、ただの魔法使いです。
あまり……期待しないでくださいね」
カップルは顔を明るくさせて、「お願いします!」と深々と頭を下げる。
店内から不安の声が聞こえて、”私”に心配な視線を投げかけた。
(私だってやりたくない。もし失敗したら……)
困り眉をさらに下げながら、
ザハールに頼んでミアを空き室に寝かせてもらった。
それから、私は店を出た。
「うわ……」
「思った以上に期待されてるね。さすがに僕でもこれは怖気づく」
(魔導書をちゃんと読んどけばよかったです)
周りの、”私”に向ける視線と沈黙が、実に本を出しづらい空気にさせていた。
ギュッと両手で大杖を握り、目を瞑る私に、
《俺様に続けて言え》とゴーストイーターさんが耳打ちした。
”私”は横目で見て小さく頷いた。
(今は信じるしかない)
《俺様の主人も精霊祭が好きでなあ。よくこの魔法を唱えたものよ》
「どんな魔法なんですか?」
《花畑の魔法》
(さすがは平和を望んで、勇者一行に提案された料理対決に付き合った魔王様だ。可愛い)
《俺の後に続けよ》
一回深呼吸をして震える手を抑え、杖に魔力を送る。
《眠れる大地よ、春の夢を見て》
「眠れる大地よ、春の夢を見て」
《風よ、光の花を呼び覚まして》
「風よ、光の花を呼び覚まして」
地面に散らばる花弁は、舞い上がり。
青空をのんびりと流れていた雲は消えた。
太陽が街全体を祝福するようで、不安そうだった皆の顔には笑顔が戻る。
《「咲け、咲け、私の心の庭に——」》
—— フローレ・リュミエール! ——
杖先を天高く掲げたその刹那。
”私”を中心に花の波が広がり、人を、建物を、街を呑み込み。
一瞬で、消える前よりも壮大な花畑を咲かせてみせた。
街の皆の口からは喜びが咲き、旅芸人達は演奏でその喜びを表現する。
「いやあ。凄いね。こんな壮大な花畑は初めてだ……て、あれ?」
「ザハール。今のうちに逃げましょう」
皆に喜んで貰えるのは嬉しかったが。
やはり注目されるのは慣れていないから居心地が悪く、
花の海に潜り、街の出口に行く。
「いいのかい?君は英雄だ。きっとご飯も寝床もタダになるだろうに」
(それは確かに勿体無いことをしたなぁ。でも――)
「良いの。私は目立つのが苦手だから。それに」
「それに?」
私は「ザハールさんのお花をお金と交換してしまいました。称賛されてはいけませんので」と深く頭を下げた。
ザハールは少し驚きながらも、お腹を抱えて大笑いした。
「あははっ!本当にルイにそっくりだ。正直で、損をするところとか……
良い子に育ったようで良かったよティア」
その言葉に私は目を見開いて顔を上げた。
が、ドッと吹く花吹雪の中に、ザハールさんの姿は消えた。
「良い旅を——」
という言葉を残して。
「何で私の名前を?」
困惑する”私”に《お前の家族も複雑そうだな》なんて、
ゴーストイーターさんは知ったような口ぶりで笑った。
《さて、皆が俺様達を探し始める前にとっとと逃げちまおうぜ!》
「そうでした!行きましょう」
逃げるように走り去る私達——
〇
花吹雪の向こうの小さなその背中を見つめていたルイは、
何処か嬉しそうに口角を上げる。
「これで良かったの?ルイ」
「何がよ?」
「いやさ、このイケメンな僕との関係さ」
「あの子にそれを伝えたら、また立ち止まっちゃうでしょ?いいの。これで」
ティアの走るその先に視線を投げて、祈るように目を細めた。
「……この"春"が、最後になると良いね」




