4話 あの踊り子が、私を旅人にした
久しぶりのお風呂とお布団に胸を躍らせた――
―― はずだった ――
「アンタも馬鹿ね!」
「自分でも、そう思います」
ヒーコ町に着いた。そこまでは良かったのだ。
夕食にする前に、少し観光をしようと思ったのが運の尽きだった。
ゲッソリとした顔色の悪い女性。
青と白の薄布を何層にも重ねたような踊り子の装い、
透けるほどの軽いスカートはきっと彼女が回れば花びらのように広がるのだろう。
お腹を押さえて地面で這いつくばっている彼女からは、想像は難しいが……
胸元から肩にかけては青い紐で編まれて、腰には銀の飾り紐が巻かれている。
”私”の方に、ズリ。ズリ。と近づくごとに、
足首にまかれた鈴付きの羽飾りが、よわよわしく鳴り響き、
彼女の寿命を表しているようで見ていられず、思わず助けてしまったのだ。
一万ギルは既に五千ギルまで減り、彼女の食べっぷりを見て、
”私”は「ホント助けなきゃ良かった」と涙を流した。
「でも感謝するわ!お人好しさん、私の名前はミア・バンスキーよ。よろしく」
(よろしくしなくて結構です)
「有名な踊り子と食事ができるなんて光栄なことなのよ?もっと明るい顔をしなさいよ」
(この女……両サイドの揺れるポニーテールを掴んでグルグルと回してやりたい。
――そんな度胸無いけど)
でもミアの言う通り、
彼女は多少は知られているのか、ちらほらとお客さんは「ミア様だ」と見ていた。
でも、決して有名人を見た時のキラキラとした視線はなく、
顔を見た瞬間に、苦虫を嚙み潰したような顔をしている。
人によっては、私に同情の視線を送っていた。
「私が綺麗すぎて、近寄りがたいのよ!」
(彼女は踊りすぎて、頭のねじを随分と落としてしまったらしい)
今でも私は、この時の出来事は、楽しい出会いだったと思い出している。
彼女のお陰で、少し殻を破れたのだから。
《お前も変わり者に良く出会うよな~
魔女に恩着せがましい婆さんと来て、今度は恩知らずの大食い女か》
(私でも思います。
普通の旅をしようとしていたはずなのに、何故こうなってしまったのかと)
「アンタ名前は?」
「あ……アイロラです」
彼女は「それ苗字じゃない、名前よ。な・ま・え!」と鋭く睨む。
「ひぃっ!ティアですぅ……」
(なんか人語を話す狂犬と話しているようで、
ゴーストイーターさんがまともに感じる)
「ふーん、可愛い名前じゃない。何処へ向かってるの?」
「ワネラ街です」
「あら偶然、私と一緒だわ!」
(勘弁してくれ)
「一緒に——」
「嫌です」
あまりにも苦手なばかりに、反射的に口をついて言葉が出てしまった。
「まだ最後まで言ってないでしょ?」
「なっ。ナイフを向けないでください……」
「ならお姉さんのお話を最後まで聞けるかなあ?聞けるよね~?」
「きょ、脅迫ですよ、それ」
「なら聞け」
木のテーブルに突き刺すナイフに、私は「ヒィ」と情けない声をだす。
周りに助けを!と思ったが、
皆は「助けを求めないでくれ」と言わんばかりにメニュー表で顔を隠していた。
(旅ってこんなハードなのか?)
「私は踊り子をしてて、精霊祭で踊ることになっているの」
そこまで言うと、キッと鋭い視線で「あとは言わなくても分かるわよね?」と言いたげに睨んできた。
「は、はひ。おっ、おおおおおおおおおおおお供をさせていただきます」
「よし、アンタを用心棒として仕えさせてあげるわ!感謝しなさい」
(アナタが感謝しなさいよ!)
食事が終わった時には、パンパンに肥えていた銭袋は、干物のようになり。
”私”は踊り子という名の悪魔と野宿をする事になるのだった。
そして”私”を追い詰める様に、背中に居る邪神が、
《俺様良い事考えちった☆お前、別れるまでこの女と目を合わせて話せ、さっきの命令だ》なんて言い始めたのだ。
「早く火をつけなさいよ!」
「つ、つけたことないんですよ。火」
「魔法は?」
「私は器用じゃないので、
いつも焚火程度の火を出そうとしたつもりでも、巨大な火の玉を出してしまうんです」
その時、彼女は手を叩いて、
「あー、アンタがルナ・フロストカース先生の言っていた魔法使い」と少し驚いた顔をした。
”私”も驚いた。ルナさんは、旅に出て最初に出会い、
ワネラを勧めてくれた人なのだから。
人間を警戒していた魔女の名を、他の人の口から聞けたことに嬉しかった。
「何故その人を?」
「先生は、アンタに勧められたから魔法を教える教室を開いているのよ。
私もその生徒の一人だったってわけ。
あ、魔力がからっきしだったから、すぐにやめた訳じゃないからね!」
「なんも言ってませんが」
(絶対そうなんだろうな)
「ジロジロ見てくるその目が言ってるのよ!」
(私だって見たくて、狂犬の顔を見ている訳ではございませんよ……胃が痛い)
「すみません」
「まあ良いわ、ほら貸しなさいよ」
「へ?」
「貸せって言ってるの、アンタ手が赤くなってるじゃない」
彼女は、”私”から火を起こそうと擦っている木の棒をひったくるなり、火おこしを始めた。
「こう見えても一人で旅をしてきたから、火起こしは得意なのよ」
「ならバンスキーさんがやってくれれば……」
「あ?なんか言った?」
「いえ何にも」
春とは言え、夜は寒いから寝る前は火を起こさなきゃいけないのだ。
彼女は、すぐに火をつけると、その火種を集めた木に移し、
眺めることなく「じゃあ寝るわよ、お休み」と横になってしまった。
”私”は膝を抱えて、大きくなっていく火を眺めた。
家族でキャンプをした事を思い出していたのだ。
「あの頃も、私は火を上手く起こすことができずに、妹にお願いしたんです」
隣に置いていたゴーストイーターさんを持ち上げる。
抱えられたゴーストイーターさんは、《想像つくな》なんてカラカラ笑った。
《そんな妹は、今何をしているんだ?》
「旅に出ています。11歳の時からずっと。しっかり者です——」
—— 私とは違って ——
無意識に漏れ出た言葉。
驚いたことに、その言葉に反応したのは、
ゴーストイーターさんではなくバンスキーさんだった。
「ばっかじゃないの?」
「寝てなかったんですか」
バンスキーさんは「悪い?」と起き上がり、”私”の頭に手を乗せた。
「ティアを見てると、昔の自分を見ているようだわ――」
”私”は背中を丸めると、彼女は「でも、変わろうと努力しているのが分かるわ」なんて、
らしくない微笑みを浮かべた。
「私も初めて旅に出た時は、
焚き火を見ながらよく泣いたものだわ」
「へ?」
「何よその顔」
バンスキーさんは”私”の頬を突っつき、
「私だって不安な時ぐらいあるのよ」と、ため息混じりに「実は、精霊祭だって怖いの」なんて恥ずかしそうに呟く。
「でもね、蹲って泣いていても誰も慰めてなんてくれないのよ、
あなたは旅にまだ出ていないわ」
「出てるじゃないですか」
人差し指を揺らして、「ほんとお馬鹿さんね」と言葉をつづけた。
「心はまだ旅に出てないって言ってるの。
思い出の時間に閉じ込められてる」
(それぐらい分かっていますよ)
思い出が無くなったら、夜も眠れない。
何より自分が空っぽになってしまいそうで怖かった。
「旅は万華鏡のように新しい景色を見せてくれるわ!
えぇ。ティアの思っている通り、怖いことも悲しいこともね。
でも、その景色があるから成長できるのよ。
一歩踏み出してみれば、怖いだけじゃないって分かるわ。
出会う先々で、目まぐるしく起こる出来事に、過去を振り返る暇なんてなくなるのよ」
そう言うと立ち上がり、くるりと回った。
「私は踊り子、旅人たちの思い出の一つになるために踊るの!」
彼女はウインクして、焚き火から離れ、月の光が降る場所へ歩いて行った。
「旅に出るわよ!ティア」
そう言い、しなやかに指先を天へ伸ばし、つま先で大地を軽く突く。
夜の静寂の中に、鈴の音がひとつ広がる。
揺れる紐とスカートが夜気を撫で、光を纏った金の髪が、流れ星のように尾を引いた。
それはまるで——"これが私”と語るように。
力強くも、時おり月光の陰影が映し出すのは、彼女の中にある繊細で悲し気な横顔。
その舞は、これまで歩んできた波乱の旅路を、言葉よりも雄弁に物語った。
「昔の自分を見てるみたい」
そう言った彼女の言葉の意味が、ようやく胸に落ちる。
気が付くと、私は見入って立ち上がっていた。
月光の下で踊るバンスキーさんは、もはや"狂犬"ではなく——湖の上で揺れる妖精のようだった。
「私の名前はミア・バンスキー!あなたの名前は?」
吃りそうになる声を呑み込んで、握る拳を解いた。
(変わらなきゃ。
いや、変わりたい!
今すぐじゃなくて良い。
あの人みたいに、いつか胸を張って自分の事が好きになれる様に)
「私の——」
旅立ちの時を知らせるように、焚き火が弾ける。
私は駆けだし光の中に飛び込んで、差し伸べられている手を掴んだ。
「私の名前は、ティア・アイロラ!宜しくお願いします!」




