3話 土下座から始まった縁
「悪いわねぇ、部屋の片づけだけじゃなくてカビも綺麗にしてくれて。魔法って凄いわね~」
「い、いえ。こちらこそ助けてくださりありがとうございます」
”私”はルナさんと別れた後、
ワネラ街に向かっている途中、行く先で食事をとろうとしたが、お金が足りず。
2日間我慢して歩いていた時に倒れてしまい、今に至るのだった。
背中に居るゴーストイーターさんは、
《お前は良く倒れるな》なんて、”私”に呆れたご様子。
「良いわよぉ、そういえば北に向かっているんでしょ?」
「はい」
「噂話だけどね、北の大陸らへんで魔物が活発になっているみたいよ」
”私”を助けてくれたおばあちゃんは、その時だけ、
編み物をしている手を止めてこちらを見た。
”私”は「こ、怖いですね」そう答えると、
おばあちゃんは座っているロッキングチェアを揺らして、再び視線を手元に落とした。
気のせいか、少しつまらなそうな顔をしていた。
ルナさんと出会った時は、自分が人と話せると錯覚していたが。
やはりコミュ障は治っていないらしい。おかげで狭い一間を沈黙が満たした。
「日常生活に使える魔法を覚えるのって難しいんでしょ?
ティアちゃんって実は旅人じゃなくて、プロの冒険者だったりしない?
剣も新人って感じがしないし」
(いえ、素人です。剣は魔王が使っていた物なのです)
「いや……そんなこと。ないです」
「あらそう?」
コクリと小さく頷くと、
おばあちゃんはしばらく部屋を綺麗にする”私”を見ていて、再び口を開く。
「やっぱりプロね」
今まで何を聞いてきたんだと、問いただしたくなるほどの返答が来て、
一瞬動かしていた大杖が止まる。
「へ?」
「ふふふ。
おばあちゃんは分かるのよ?だって昔は闘技場のコンパニオンをしていたのだから。
一目で分かっちゃうの」
得意げな顔をされて、否定するのは相手に気の毒だと思い、
”私”は、次におばあちゃんが何を言うのかが手に取るようにわかりつつも、
いやいや頷いた。
案の定、「それは良かったわ~なら――」なんて、思った通り依頼しようとする口調に変わる。
「ワネラ街が近々精霊祭だから、お花をその街まで届けてほしいの。
毎年、あの子を慕っているお友達の誰かが、私の花を運んでくれるんだけどね。
やっぱり皆歳を取ったのかねぇ」
「あの花がなきゃ、帰ってきたあの子が寂しがる」と、
悲しそうな横顔を見せるお婆ちゃんは、窓の外を指さす。
そこには荷車があり、荷台に透き通るような水色の花が大量に置いてあった。
そこだけで花畑のようだった。
(これを運ばなければならないのかと思うと、
綺麗なんて感情は微塵も湧き出ないですね……)
「私でもあれは流石にぃ……」
「そう言われると思った。ほら持って行きなさい。
手に触れた物を軽くする無重力魔法のスクロール」
スクロールは高くて、”私”もお店のガラス越しでしか見た事がなかった。
手に取った瞬間、感動のあまり目をまん丸くして過呼吸になる。
「はっはっは!そんな嬉しいんだね。
それは親戚から貰ったものなのよ。
私は魔法なんて使えないからさ。あげるよ小さな魔法使いさん」
「ありがとう……ございます」
スクロールの価値は、魔法の内容というより、出来の良さで決まる。これは高価だ。
きっと、このおばあちゃんはこのスクロールの価値を分かっていたのだろう。
「何故そこまで?」
「精霊祭はね、私に取って大切な祭りなの。
だから自分の家で育てた花を出しているのさ」
精霊祭は、クリャトナ族から人族を救ってくれた、あらゆる精霊達に感謝する祭だが、
同時に、一日だけ帰ってくる、亡き人を迎える祭りでもある。
「ならお婆ちゃんも」
「いや、私は遠慮しとく。この歳じゃあ、こっからワネラまでは堪えるからね。
遠いから若いティアちゃんにお願いするよ」
苦笑するおばあちゃんに、”私”はコクリと頷いた。
「では、今から向かいます」
「ワネラ街の中に入ったら"踊る子馬亭"の、フゴウっていうながーいコック帽を被った男に、
『カルメン・タリーニからと』と伝えて渡しておくれ」
「分かりました」
荷車を押して、再びワネラへ向かう旅が始まった。
「両手でもびくともしなかったのに、片手でも押せます!
無重力の魔法って凄いですね」
《お前、少しは人の目を見て話したらどうだ?》
「なにさ……邪神のくせに、まともなことを」
《あのなぁ。それじゃあこの旅で、なーんも成長しないぜ?》
「私だって、春が終わるまでには、人と話せるようにするって目標はあるのです」
(そう、目標だけは)
《そーだ、俺様悪魔的な、良い事考えちまった》
「なんですか?」
《ワネラの精霊祭の時に、一人と共に祭りを回り、話す時は目を見て話せ。さもなければ——》
「さもなければ?」
《お前の魂をいただく》
(人の目を見れないぐらいで死んだら、笑い者だ)
普通の人は、きっとこの剣は至極真っ当なこと言っていると思うのだろうが。
”私”にとっては本当に悪魔的な命令だった。
「まったく」
小さく舌打ちをして、歩みを進める。
森を抜け、広い草原に出て、目の前に広がる緑の海に、思わず声が漏れた。
「草原なんて初めて見た」
ところどころに、白い花が咲いていて、本当に今が春なのだと実感する。
荷車を馬車道の端において、駆ける”私”に、
ゴーストイーターさんは《お前なあ》なんて呆れていたが、声は何処か楽しそうだった。
(今、私は旅をしている!)
森の中で暮らしていたから、生まれて初めての草原に、旅に出て良かったと思った。
「気持ちいい」
優しく頬を撫でる風に、私の口角は上がる。
腰を下ろし、しばらく眺めていた、その時だった。
《おい地味っこ!俺たちの荷車に男どもが集まってるぞ!》
驚いて振り向くと、確かに小汚い男たちが囲んでいた。
男たちは全員背が高く、腰には何かぶら下がっている、このご時世だ、剣か銃と考えた方がいいだろう。
依頼の品だから、ワネラまで届けなくちゃいけないけれど。足が恐怖で動かなかった。
杖を構えてジッとその様子を見ていると、その中の一人がこちらを向くなり手を振った。
「こっちに来いって言っているんですかね」
《それしかねーだろ。呑気に手を振るバカがいるか》
(そう……ですよね)
でも渋る私に、今度は周りとは服装が違う、
どう見てもリーダー格の樽みたいな体格の中年男が現れた。
派手な格好に、長く編み込まれた髭。
見た目だけなら、これ以上ないほど「海賊」という言葉が似合っている。
私に向かって「これはお嬢ちゃんのかーい!」なんて大声で聞いてきた瞬間、
恐怖のあまり、思わず気を失いそうになった。
しかし、この出会いが、後に大きな成長につながるなんて、
この時の"私"は想像もできなかった。
《行くしかねえって、楽しくなってきたな!》
「アヴァヴァヴァヴァヴァ……」
ガタガタ震える”私”に対して、ゴーストイーターさんは悪魔みたく大声で笑う。
「は、はひっ……なっ、ななななんでしょう……か。お金はありません」
「なんで土下座をしてるんだよ」
(殺されたくないからです)
「そ、それは精霊祭で必要な……
そ、その……はっ、花でして。見逃してくれないでしょうか」
地面に額をこすり付けていたせいで、
どんな表情をしているのかは、分からなかったが、
周囲から舌打ちが聞こえてきて、穏やかではないのは確かだと悟った。
今にもちびりそうな私に、リーダーっぽい男は顔を近づける。
「おじさんはな、子供をいたぶる趣味はねえ。
しかもデート前にな。だから安心しろ」
(嘘だ!
絶対、安心して顔を上げた瞬間に、
「なーんてな」とか言って、眉間に銃口を突き付けるつもりでしょ!
田舎者だからって騙されませんよ!)
「弱ったなぁ」
(それは私のセリフです)
「お嬢ちゃん、おじさんはこのキリアの花が欲しい。だから等価交換しようじゃねえか」
ガタガタ震える私の返事を待たずに、「一万ギルでどうだ?」と提案する。
「いっ。一万ギル!?」
(ほしい!メッチャほしい!
見知らぬキノコや木の実をかじる生活から脱却できると考えると、今すぐほしい!)
でも、”私”の中にまだ残っている、一つまみ程度の善の心が、
「これは依頼物です。しかも、空腹で倒れたあなたを助けてくれた方からの。絶対に売っては駄目です」と優しく諭した。
「あ、あの……これは精霊祭の物でして……依頼された物なのです」
さらに額を地面に擦り付ける。
勇者一行の魔法使いと、王様に仕える護衛の間に産まれた娘が、
立ち向かいもせず土下座をしているのを、両親が見たらなんて言うだろうか。
(……お母さんお父さんごめんなさい)
「そうかあ、精霊祭か~そりゃ大切だわな」
目の前でしゃがむ男は、他の子分達に、何かをこそこそと話し始める。
《最後に草原を見れてよかったな》
「ど、どっちの味方ですか。アナタは」
《ケケケ!俺様は楽しい方の味方~
今度のティアは面白い》
「この鬼」
小声で言い合う中、再び男の足音がやってきて、一冊の本を頭の先に置かれる。
「緑に関する魔法が書かれた書物だ。
これも付け加えてやる。大杖を持ってるし魔法使えるんだろ?」
(はい、使えます!凄くすごーくそれも欲しいです)
「花畑の魔法も載ってるから、花は無くても平気だろ?」
(その通りでございます!)
この時、”私”は既に善の声が聞こえなくなっていた。
何故なら、魔導書が手に入るのだから。
魔導書は、高価すぎて貴族じゃなければ買う事なんてできない。
見つけ出すにも未開拓のダンジョンを潜るしかないのだ。
(おばあちゃんごめんなさい!私は、臆病でクズな女です)
「わ、分かりました」
その言葉に、男と子分達は、
お宝を手に入れた時のような歓喜の雄たけびを上げた。
「船長!これを持って早くマリア様の元へ向かいましょう!」
「ガーハッハッハッハ―!急ぐぞ野郎ども!」
私に「おじさんの名前はバルドだ、ありがとな!小さな命の恩人さん」なんて言いながら、
硬貨の入った袋を本の隣に置いて荷車を子分達と担いで走り去ってしまった。
足音が消えたのを確認してから、恐る恐る頭を上げる。
ほっとした途端、おばあちゃんの寂しそうな横顔が脳裏をよぎった。
(……あの人が大切に育てた花を、売ってしまった)
「だっ、大丈夫です!
魔法で出したとしても、気持ちさえあればきっと本物の花と同価値なはずです!」
《うわぁ……言い訳してやがる》
「こ、これから頑張りますよ。命大事!」
《目の前の金に涎を垂らすなよ……》
陽も真上に上り、もうこんな時間なのかと思いつつ立ち上がった。
お金に魔導書にスクロールと、充実していくリュックのその重みに私は満足し、
次は何が手に入るのかワクワクしながら、ワネラ街を目指して、歩き始めた。
「ワネラまでの道中、ヒーコ町があったはずなので、今回はそこに泊りましょう
ふへへ……おいしいものが食べれる~」
《地味っこにしてはいい提案だな》
(私にはお金があるのだ!)
久しぶりのお風呂とお布団に胸を躍らせた――
―― はずだった ――




