2話 2025年ぶりの初めまして
「一年間旅にでるのか……どっち行こう」
《ここは始まりの村なんだろ?
地味っこは戦いに慣れてなさそうだしなあ。
死なれちゃ困るし~
少し先の方にある大通りに行って、道沿いにそって、グリモアっていう大きな街を目指せ。
そこで杖を買おう》
「なぜ私が杖を?」
《お前は近接に向いてない、
信じられないかもしれないが、保持魔力量がかなりあるんだ。
母譲りだろうな》
「そうですか。でも――」
そう言ったところで、
足裏を針で刺されたような痛みが走り思わず蹲る。
「イタタ……」
《どーしたんだよ》
「靴擦れをしてしまいました」
思えば、こんなに歩いたのは初めてだし、
この靴自体長距離を歩くには適してない。
丁度いい大きさの岩に腰を下ろし、
背負っているゴーストイーターさんも置いた。
深い森の中。
辺りは暗く、人はもう通っていない。
イーサンさんが居た時は、星空に感動する余裕があったが、
今は心細さで胸がいっぱいになっていた。
後悔と嫌気に、深い溜息がでる。
「足は痛いし、お家は無いし、お腹は減ったし。
もう私はどうしたらいいんだろう」
イビキをかいて寝ているゴーストイーターさんを、無言でペシペシ叩く。
《イタタタタ。んだよ地味っこ、俺様は寝てるだろ》
「剣のくせに」
《俺様はただの剣じゃねえ、良いか?地味っこ。呪われた物には大抵、悪霊か邪神が付いてるんだ》
(呪いというぐらいだからそうでしょうね)
《だからな、寝るのは当然なんだよ。
まあ俺様の場合は、悪霊ではなく邪神だけど》
「もしかして、今話してるのも邪神なんですか?」
《おうよ!ビックリしたか?しただろ》
「いやぁ……」
《なんだよ、その目》
「びっくりというよりかは幻滅です。怖くないし。神様なら助けてくださいよ」
《剣だから無理》
(都合のいい神様だな)
そんな彼にまた溜息が出る。
今日は諦めて寝っ転がった時だった。
「……また始まったわね」
体を起こすと、籠にキノコや薬草を山のように積んだ女性が心配そうに立っていた。
肩まであるセミロングの銀髪に、
温かさを感じさせる優しそうな右の瞳。
左目は眼帯が着けられていた。
背は高く、まるで月から来たお姫様のようだった。
”私”の不思議そうな顔を見て、
お姉さんは「――いや、この世界線に住む師匠には、初めましてって言うのが適切ね」と微笑む。
「びっくりさせちゃった?
ごめんなさいね、私はルナ・フロストカース。よろしく」
「あ。はい……よろしくお願いします」
どんな種族も持っていない、虹色の瞳。
"私"はこの瞳に幾度も振り回されることも知らず、
ただただ、綺麗だと思うのだった。
「それで?どうしてこんなところに?
クマが出るから危険よ?あと悪い魔女も」
「いや、私、足を怪我して歩けないんです」
「あらあら、それは大変ね」
こっちに近寄り、「ちょっとごめんなさいね」と靴と靴下を脱がした。
(けがの状態を見て顔をゆがませる辺り、
血を見るのは苦手だったのだろうか……
お母さんだったら、回復魔法は唱えず唾をつけて終わりだったけど、
この人は優しい)
「薬を塗ってあげるわ」
「そっ、そんな悪いですよ」
「ふふふ、気にしないで」
”私”は、その女神のような笑みに「本当に大丈夫ですから」なんて言えず、お願いした。
この時、気になったのは、おしゃべりなゴーストイーターさんが何も話さない所だ。
(イビキもかいていないから起きているはずですが。
どうしたのだろうか)
「あら?あらら……薬切らしちゃってるわぁ」
「気にしないでください。怪我した私が悪いので」
(そんな、力になれなかったと言わんばかりにしょぼんとした顔をしないでください。
罪悪感を凄い感じるから!やめて、そんな目で見ないで!)
「私の家はここから近いから、来ない?
見た感じ、旅にまだ慣れてないでしょ?」
(はい、慣れてないどころか、気持ちも整っていないまま、今日母親に放り出されました)
「では。お言葉に甘えて……すみません」
「良いのよ、私がそうしたいだけだから。
それに、こんな可愛い子を放ってはおけないわ」
ルナさんは”私”をおんぶしてくれた。
その時、懐かしい温もりにルナさんは、
また会えた喜びと、また会ってしまった悲しみにポツリと呟いた。
「こんな小さい子に私は……」
気になったが、”私”は心が落ち着いたせいか、
ろうそくの灯が消えるように眠りに落ちた。
「うにゅ……」
再び目が覚めると、”私”はベッドに寝かされていた。
靴擦れは治っていて。驚いたのは、綺麗な白いワンピースに着替えさせてくれていた事だった。
「パジャマまで着せてくれたんだ。良いお姉さんだなあ」
持ち物がないけれど、きっとルナさんが何処かにおいてくれているんだろう。
「良い匂いがする。何作ってるのかな」
野菜を煮たスープの香りに、お腹の虫も目を覚まして、
”私”は香りに導かれるように部屋を出た。
「あら、起きたの?起こそうと思ったのに~
足はどう?痛くない?」
料理を作っていたルナさんは、着けてるエプロンで濡れた手を拭きながらやってくる。
(ヤバい……理想のお母さんだ、
旅をやめてここに住みたい)
「だっ……大丈夫です」
「そう、良かった」
にこりと笑うその眩しい笑顔に、思わず”私”も表情が緩む。
目の前にルナさんが来た時、改めて思ったけど、
屈んでも分かる、180センチはありそうです。
「そこのテーブルに座ってなさい、今ご飯が出来るから」
彼女は肩越しに振り返り「あまり期待しちゃ駄目よ」と苦笑する。
「あの、何かお手伝いしましょうか?」
「良いの良いの」
「で、でも」
ルナさんは、逃げる様にキッチンに戻り。
これ以上言うのもしつこいかと思った”私”は、椅子に座ることにした。
「初めて会うのに、なんか凄ーく歓迎されてるなあ。
まるで命の恩人が訪問に来たような」
(そういえば、"この世界線"とか言ってましたっけ?
ルナさんは別の私を見たって事なのでしょうか?)
「そういえばまた始まったとか言ってたな……
あの瞳は私の知らない”私”を見ている気がする」
師匠と呼ばれた時、
"旅の兆し"と思い込んでいた、あの見知らぬ風景が、再びフラッシュバックしたのだ。
あの時は、何かが起こると希望を抱いたが。
今は、何かが起こるのかも、
そう見知らぬ未来に恐怖すら覚えた。
「お待たせ~できましたよ――っと!」
ルナさんが、スープとミルクの入ったコップを乗せたお盆を私の前に置いて、向かいの席に座る。
「召し上がれ」
「いただきます」
「大変だったわね」
ルナさんは、”私”がなぜ旅に出たのかを分かっていないだろう。
だけれど、その一言は、途方に暮れていた不安な心にじんわりと広がった。
「美味しいです」
透き通った金色にきらめくスープは、一口飲むと、家で食卓を囲んだあの時を思い出した。
「お母さんの作るスープもこんな味でした」
涙がボロボロと落ちる。
それは家に帰りたいからか。
それとも、まだ変われてない自分に対しての悔し涙か。
涙を拭いて、スープをすくう”私”に「お母さん……か」と、
ルナさんは懐かしむように目を細めて微笑む。
「そのスープは、1000年に教えて貰ったの。
その時、私は子供だったけれど、今でも師匠の横顔を鮮明に思い出せる」
ルナさんは”私”の方をジッと見て、
「いつも凛として、不安にさせないように、綺麗な花の魔法を見せてくれたの」そう寂しそうに呟いた。
「キミ、ルイ・アイロラの子でしょ?」
驚きのあまり、口に含んだスープを吹き出しそうになった。
「ですです。なんで私のお母さんの名前を?」
「ふふっ、やっぱり。目元とか似てるわ」
「私はティアです。あの、さっき言っていた世界線って——」
その時、
微かに動く眉と握る拳に、質問に怯えているように感じた。
踏み入ってはいけない境界線が見えたようで、
”私”は言葉を呑み込んで、スープを飲むことにした。
聞けば、知れたかもしれない。
けれど、それ以上に恩人を傷つける可能性の方が怖かった。
「そうそう。ティアはどうして剣なんて使っているの?しかも呪われた魔剣なんて」
「いや……その、貰い物なんです」
(正しくは"押し付けられた"ですけど)
「そうなの。約束の時が来たって事ね――」
「待ってて。すぐ戻るから」とルナさんは部屋を出て行った。
「どうしたんだろ」
戻ってくると、大杖と埃をかぶった本をテーブルに置いた。
大杖は柄が細く明らかに子供用だった。
握ってみると、ずっと”私”が使ってきたような、しっくりした安心を感じた。
杖自体も本当に長年使ったのだろう。
激しい戦闘を彷彿させる傷がいくつも刻まれていた。
「魔法使えるでしょ?大杖と魔導書をあげる。
これは私が貰った物でね、師匠が言ったの。
"もし、何も持っていない旅人が居て、助けたいと思ったのならあげなさい"って」
「え?良いんですか?」
「良いの、こうなるのは必然だったから」
その瞳は、まるで私の遠い未来を見ているようだった。
これから何が起きるのか。彼女には見えているようで、その違和感に怖くなり、
私は本を見て「そうそう、これです!」と、重い空気を換えようと話を変えた。
「ルナさんもこの本を持っているんですね、なっ。なんかうれしい……です」
「ルイが持っていたのは、私の複製品。その本も杖と一緒に貰ったのよ」
「え?」
ルナさんはちょくちょく不思議な事を言うから、
”私”は彼女が誰と勘違いしているのかが気になった。
「最後のページは白紙なんですね」
「今はね」
首をかしげる私に「旅を続ければ、そのページはいずれ――」と複雑そうな笑みを浮かべた。
「ティアは、旅の目標とかあるの?次行く場所とか」
「いえ、特に。突然だったので……でもきれいな景色を見てみたいです!」
「なら北の果てにあるヒョウズ村を目指すのはどう?そこは夜になるとオーロラが見えてね、
それはそれは綺麗だった。運が良ければ、流星群も見えるんだ」
「ならそこにします!」
「地図を貸して、このルナお姉さんが旅の経路を書いてあげよう。
各地で面白い祭りをやっていたり、おいしい料理が食べれたりするの。
ヒョウズに行くのなら、春が終わるまでにクルヴェポートに向かうべきね……」
地図を渡すと、一つ一つ詳しく教えてくれた。
「優しいんですね。本当に」
彼女は「優しくないわ、自分の為よ」そう呟き、何処か嬉しそうに口角を上げた。
「世間は良い人ばかりじゃないから警戒した方がいいよ」
そのセリフに、ずっと気になっていた、ほぼ殺風景な部屋が少し分かったような気がした。
きっと、人を警戒しているから働けずに、夜に山菜を集めて暮らしているのだろう。
「気を付けます」
ニコリと地図を受け取る。
ルナさんは、私の目を隠す前髪を触り「切ってあげようか?髪」と言う。
(髪を切るのにも、お金がかかるし、ルナさんにお願いした方が良いか)
「お願いします。あ、なら、お母さんと一緒のショートボブにしてください……良いですか?」
「ふふっ、お姉さんに任せなさい」
「本当にありがとうございました」
朝になり、ご飯を食べた”私”は、ルナさんと別れるのが辛くなる前に退散することにした。
玄関に立つ”私”を、ルナさんは、我が子を見送るような心配そうな表情で見る。
黙り込んでいたゴーストイーターさんは、
その時やっと小さい声で《ほんと、これで最後にしたいぜ》と、意味ありげな言葉をこぼした。
「あ、ルナさん」
「なあに?ティア」
「ガーンバ村から近いので、新人の旅人さんに魔法を教えるなんてどうでしょうか」
「どっ、どうしたの?急に」
「お金に困っているんじゃないですか?
昨日一緒に寝た時、何度もお腹を鳴らしているのが聞こえて……
余計なお世話だったらすみません」
ルナさんは「恥ずかしいところ見られちゃったわね」と頬を赤らめる。
「人気者になれますよ!絶対に」
「貴女が言うのなら。そうかもね……うん!少し怖いけどやってみるわ!」
「人を信じるのは勇気がいりますもんね。私も苦労しています」
苦笑して見せると、ルナさんは私の頭を撫でた。
「今の時期だと、ここから先にあるワネラ街で精霊祭があるから行ってみるといいわ。
街中が花畑になってとても綺麗よ」
「ならそこに行ってみます」
ルナさんは、「あっ!」と思い出したように手を叩く。
「そうだ!リュックとお守りを持っていきな。ごめんごめん忘れてたわ~」
急いで部屋に戻り、花形のヘアピンを持ってくると、着けてくれた。
「これは“身近な人を呼ぶ”お守り。血縁や強い絆の人を呼ぶの」
リュックは光沢のあるコーヒー色の革で作られていて、頑丈そうだった。
サイドには、剣や大杖が差し込める構造になっていて、私はそこにゴーストイーターさんと大杖を差した。
「ありがとうございます!
私もルナさんみたいな優しい魔法使いを目指します!」
そういうと、ルナさんは突然”私”を抱きしめた。
まるで我慢していた感情があふれ出したように。
声は震えて、頬に冷たいものを感じた。
「優しい。十分過ぎるほどに、貴女は優しい。
だからこそ。踏み込めなかった。
だから、今度は強くなりなさい。人として。
きっと姉さんが現れるから。今度こそ姉さんを助けてください——お願いします。
これは私からの依頼です」
「姉さん?」
ゆっくりとルナさんは抱きしめていた腕を解いて、
「良き旅を、旅人さん」そう、祈るように頭を下げた。
聞きたいことが山積みだった、依頼の事だってそうだ。
お願いされても、受け止めきれなかった。
でも、深く下がる頭をみて、今はこれ以上尋ねるのをやめた。
「本当にありがとうございます。またいつか」
「……きっとまた会うわ。
でも、それまでは少しのお別れね」
”私”も深くお辞儀をして、駆けだした。
貰ったヘアピンの重みは、安心感を与えて、
少しだけだけれど。確かに。心細さを消すのだった。
肩越しに振り返ると、ルナさんはまだそこで手を振っていて、
何かを伝えたいように口が動いていた。
〇
「――アイロラ師匠の旅は、楽しくて綺麗な思い出だけじゃ終わらないでしょう、
壮絶な苦痛と絶望と恐怖が何度も襲うはず」
ルナさんは胸元で、祈るようにギュッと拳を握る。白くなるほどに。
あの辛そうに涙を流し、壊れかけていた顔が脳裏を過り唇を噛む。
「それでも、抗う灯が消えなければ――」
旅を止めたかった気持ちが、手を伸ばさせる。
何も知らない"私"の背中に向かって。
―― また貴女は蕾へと戻った。同じ花に咲きませんように ――




