1話 再び始まる16年目の春
「ようこそ旅人さん!始まりの村、ガーンバへ!
ここは武器も薬品も食料もなぁーんでも!
どの村や町よりも安く手に入ります。
どうぞゆっくり旅支度をしていってくださいね」
時間は巻き戻り、季節は16回目の春。
期待と新たな出会いに胸を膨らませ、
腰に銅の剣を携え、
泥一つ付いていない服を纏う新人の旅人さんたちが、近くの村や王都から、集う時期。
(私達案内人は、
それをパレードとひそかに呼んでいたり……)
「君は旅に出ないのかい?」
(そのセリフ、今日で何回目だろうか。
でも、今朝、知らない景色を見たのです!
断片的で、夢みたいで——
これはもう、
何かが大きく変わる前兆だと思います!)
「……臆病なので」
そう、この頃の私は臆病だった。
毎年「旅に出たい!」と思っていても、
結局諦めてしまっていた。
「へ~そうは見えないけど」
「決められた台詞なら……
スラスラ言えるんです――へへっ……」
(最初のセリフとか)
目元まである前髪に、
活発という言葉とは程遠い膝まである茶髪。
不安そうな目じりに、
『美』少女というよりかは『微』少女な丸顔が、
”私”を一目で表していた。
「俺も昔は村の案内をしていたんだよ、19歳まで」
「はあ」
「でもずっと村から出てこないまま、
何も刺激がない人生で終えるのはやだと思って、
今年頭を空っぽにして飛び出したわけよ!
君はどうなんだい?」
「それは……」
(今年も、もちろん旅に出たいと思っています)
村を一周して宿屋に着くと、
旅人さんはジッと”私”を見た。
「俺には分かるぜ、その瞳は俺と同じで、
今の自分を変えたがってる色だ」
そう言って地図をカバンから出して”私”に渡した。
「俺の名前はイーサン、イーサン・オーサス。
君は?」
「私は――」
(実は、名前を言うのも抵抗があるのです。
もし、誰でもできるその自己紹介ができれば、
何かが変われるのかなあ)
拳をぎゅっと握り、猫背の背筋を伸ばし、
イーサンの顔を勇気を出して見上げた。
(格好だけでもいい。
これさえできれば、
昔の自分と一歩だけ差が出る……はず)
「わ、私の……名前は。
その、ティア・アイロラでしゅ!」
(盛大に嚙んじゃったー!
恥ずかしい!恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい!!!!)
今にも火を噴きだしそうな顔を、両手で押さえる。
そんな”私”を見て、イーサンはお腹を抱えて笑う。
「そーかいそーかい!ハッハッハ!
猫背ちゃんはティアっていうのか。
名前を言うのもやっとなぐらい人見知りなんだな。
昔と比べて、一歩踏み出せたじゃないか?」
「おめでとう!」と、
イーサンの大きな手が”私”の頭をワシワシと雑に撫でる。
他人に触られるのは、怖くて嫌だった。
けれど、この時はうれしくて、
それでいて恥ずかしくて。
小さい頃、お父さんに褒められた頃の、
懐かしい感覚を今でも覚えている。
(一歩踏み出せた……えへへ)
でも、こんな道のりが、
どれだけ遠くまで続くかなんて、
”私”は気づいているはずもないだろう。
「えっと……
ありがとうございます……えへへ」
「おう!旅に出たらどこかで会おうな!」
「ぐへへ……旅に出たら。か」
昨日のイーサンの言葉を思い出すと、
思わず口元がゆるむ。
(地図を見ながらこんなにニヤケている人間は、
世界で私以外いないでしょうね)
「あんた休みだからってまた引きこもって~、
村の案内の仕事もシフト制っての駄目ね!
生ぬるいわ。もう少し外に出なさい!」
「私は本気を出せば人と話せるし……
あ!昨日初めて旅人さんに自己紹介したんだよ!」
自信満々に胸を張って言ってみましたが、
親というのはいつも冷たく厳しいもので——
「やっと?」
「あ、鼻で笑った。いま鼻で笑ったな!」
「だってそーじゃない。
伝説の勇者一行の魔法使いである私と、
王の護衛をしていた父の間に産まれた娘が……ねぇ?」
「ねぇって」
「16歳にもなって、
旅人と話しただけなのにドヤ顔するんだもの~」
(そんな言わんでも……)
優秀な親を持つのは辛いものです。
”私”はすっかり意気消沈して肩を落とした。
すると、その姿を見かねた母さんは、
「でもまあ」と言葉を無理矢理つづける。
「それなら試しに、お魚を買って来てちょうだい」
(私の部屋に来たのは、
それが狙いだったんじゃないんですか?
……と、言いたかったけれど。
口答えしたら、
おやつを抜きにされるに違いありません)
出かけた言葉を呑み込み、
部屋の入り口で立っている母の手から、
しぶしぶ籠を受け取った。
「で……魚は何処で買うの?」
「地図を持っているのなら、
隣町のルーブルまで行ってちょうだいな。
お願いしますね!旅人さん」
馬鹿にしたようにニタリと白い歯を見せ、
あろう事か、
魔法で家の外へ追い出されてしまった。
”私”は、その現実に口をあんぐりと開ける。
ルーブルは、山よりのこの辺りで、
唯一海魚を売りに出してる町です。
距離的には引きこもりだった当時の”私”には、
少し勇気がいる距離だったり。
「ルーブル町までは、魔物は出ないと思うけど。
いざ村の出口に来ると……」
何処までも続く森に、ゴクリと息を呑んだ。
(村から出たのはいつぶりでしょうか?
覚えている限りじゃ小さい頃だったような……)
「今思うけど、そんなにも村の中に居続けられるのも才能だよね。私」
両手で頬をパシッと叩く。
「よ……よぉし」と、お化け屋敷に入るように、
恐る恐るつま先を出した——時だった。
「よっ!猫背ちゃん」
イーサンの声に背中を叩かれて、
”私”は飛び上がり変な声を出した。
「ハッハッハ!
そんなんじゃ魔物に食べられちゃうぞ~」
「ばっ……馬鹿にしないでくだしゃい」
「あ、噛んだ」
(むぅ~!)
頬を膨らませて歩く”私”、
その後を、イーサンは歩きながら
「そんな怒んなよ~」なんてカラカラ笑う。
(この男はあれか?
直ぐ友達ができる人種なんですか?
地図をくれた時は良い人だと思いましたが、
今分かりました。すごーく苦手なタイプです!)
「今から何処に行くんだね?
俺の地図をさっそく使ってくれてうれしいね~」
「ルっ、ルーブルです」
(そういうお兄さんは、何処に行くんですか?)
新人の旅人は、始まりの村に寄ると大抵、
腕試しにルーブルとは真逆に位置する、
初心者用の人工の洞窟に向かうものでした。
けれど、この”仲間を見つけた”と言わんばかりの
明るい表情に、
”私”は嫌な予感が胸をざわめかせた。
「奇遇だな~、俺もルーブルに用がある!」
(はい的中!)
「何の用で?」
「そんな嫌な顔するなって。剣を買いに行くのよ」
(あれ?昨日は背中に差していたような……)
”私”の視線で、
言いたいことを大体察したのだろう——
「あれは気味悪いから売った。
親切な女の子が、丸腰の俺に、
「危ないから」ってくれたんだけどな~
呪われているみたいで。
そうそう、猫背ちゃんに似てたな。
というか、瓜二つだ……」
「なんですかそれ?怖い」
「さあさあ、旅の始まりだ!行こう行こう!」
(まだ一緒に行くと言ってないんですが……)
イーサンは先を歩き出してしまい、
結局私はその勢いに負けてついていくことにした。
「オヤジが武器をくれたらな~」
「お父さんは……何をされていたのですか?
あ。言いたくなければ良いですが」
「ん~?俺のオヤジは勇者一行のバトルマスターをしてたな」
「へぇ」
(私のお母さんは魔法使いをしていました。
こんな偶然もあるものなんだなぁ。
無くていいですけど)
そんな私なんてお構いなしに、
イーサンは顎を摘まむ。
何かをしばらく考えてから、やがて手を叩いた。
「あー!ティア・アイロラってルイ・アイロラの娘だったのか!
いやな?親父が良く話してたから名前はよく聞いてたんだ」
「因みにどんなお話を?」
(あの口よりも、拳と魔法が出るお母さんの事だ。
喧嘩が多いかも)
「悪い話は聞いてないよ。
ただ、迷宮探索の時に、
宝箱の中身を絶対に取ってたから、
移動に苦労したとか言ってたっけ」
「喧嘩とかじゃなくて良かったです」
「ハッハッハ!
勇者が良く整理整頓してたらしいぜ!」
ルーブルまでは意外と距離はあり、
歩きだと、片道2時間は余裕でかかるのだ。
はじめは不安だった。けれど——
春の色づいた景色と、
鼻先を撫でる心地の良い新緑の香りに、
そんな感情もいつの間にか消えて、
イーサンの他愛のない話を聞きながらの、
ちょっとした旅は、”私”に悪くないと思わせた。
「ルーブルに行ったら、次は何処へ?」
木陰で一休みするイーサンに聞く。
彼はしばらく空を眺めてから、
おどけた顔で肩をすくめた。
「まさか……ノープランですか?」
「旅なんてそんなもんだろ?
たいそうな目標もないんだから。
あ、でも美人な嫁さんを見つけるって目標はあるか!」
(本当にたいそうな目標じゃないですね)
当時の”私”は分からなかったが、
何もない旅ほど最高なものはないと、
過酷な旅をして私は知った。
「なんだよその顔。でも、ルーブルで剣を買ったら、またガーンバ村に戻るつもりさ」
(へ~意外と慎重なんだなあ)
「さて、そろそろ行こう!
この太陽の感じだと午後になってるだろうし」
「分かりました」
(私も早く魚を買って帰らなきゃ!)
ルーブルは、
ありとあらゆる国から物資を取り寄せる。
毎日、物珍しい商品はないかと物色に来たお客さんでお祭り騒ぎなのです。
嘘か本当か分からないけれど。
城から抜け出して、庶民の格好をしてまで、
王子も来る時があるみたいですよ。
「あっちには料理、こっちにはアクセサリー、
と思えば次は薬草。
一日あっても、
一軒一軒見ていくのには時間が足りないですね」
「面白いだろ?」
イーサンと”私”は、
二人してあっちへこっちへと周る。
目的のものを買った時にはすっかり陽は沈みかけていた。
「随分と見ちまったな」
「で、でも楽しかったですね!」
「だな!」
ニッと白い歯を見せて笑う彼に、
”私”も笑顔をこぼす。
ガーンバ村への帰り道も、イーサンの話をたくさん聞いた。
知らない人の話を聞くのは、新しい世界を見ている様で、
時間を忘れてしまう程だった。
月が目を覚まし、ついに話も尽きたころ、イーサンは静かに口を開いた。
「やっぱり猫背ちゃんは旅に出るべきだ。
村で案内している時よりも、良い顔をしてる」
「でも。私——」
悪い癖だ。
否定の言葉が口をついて出ようとした。が――
「うわ~!」
なんとなく空に投げた視線が、
”私”のそんなつまらない言葉を消した。
「満天の星空!凄いです!」
イーサンは、そんな興奮して息を弾ませる”私”の背中を叩いた。
殻にこもっている”私”を外に出すように。
さらに、一歩。踏み出させるように。
「綺麗な風景ってものは、
自分が思っている以上に沢山ある」
朝は、村から出るだけでもあんなに怖かった。
でも今は、地図の先にどんな景色があるのか知りたい。そう思えた。
怖いのは変わらないけれど、それでも、もう少し遠くへ、行ってみたいと思えた。
「わ、私でも出来るでしょうか」
キュッと拳を握る不安げな”私”に、
イーサンは一言「おう!」と親指を立てる。
その一声が、
”私”の背中を力強く押したのでした――
—— 旅に出よう ——
とは言ったものの、世の中そんな甘くはなく――
「銅の剣?200ギルだよ」
「え?200?」
始まりの村に唯一ある、
強風が吹けば今にも崩れそうな店。
看板が無くて、
ただ錆びた剣が地面に刺してあるだけ。
そんな場所でも、そんなにするのかと思い知りました。
(私の全財産は100ギルなのです)
「ガーンバ村って安いんじゃないんですか?
50ギルで買えるものかと思っていました」
「これでもどの村や町より安い方だよ。今は物価高で200ギルなんだ」
(実を言うと——この100ギルも、
イーサンに別れ際に貰ったものなのです。
彼曰く「一緒に同行してくれた、猫背ちゃんの雇い料」だそうです。
え?働いてるんじゃないのかよって?
給料は全てお母さんに生活費やらでとられているのです。……あと私の趣味で)
「そうでしたか」
(世の中甘くないですね)
溜息を一つして、
猫背の背中をさらに丸めて背を向けた時だった。
見かねたオジサンが、「あまりお勧めしないが――」と頭を掻きながら”私”を引き留めた。
「100ギルで売れる剣が一本ある」
振り返る”私”に、「あまりお勧めしないがな」と
念を押して店の奥へ消えていった。
しばらくして戻ってきた店主の、
持ってきた一本の剣に、
思わず私の視線が店主と剣を行き来する。
「こっ、これは?」
その剣は、実に変わった形をしていた。
黒の鞘には、禍々しくも豪華な彫刻があしらわれてあり、柄頭には髑髏が付いていると思えば、
十字の鍔には、
磔にされた人が飾られている。
なんというか。
もう呪われていそうな雰囲気だった。
実戦用というよりかは、
悪趣味なインテリアだろう。
だけれど、この剣があったから、
今の私があると強く言える。
「今朝、喋って気持ち悪いからって売りに来た兄ちゃんが居てな」
(あ、それイーサンだ)
「本当にペラペラしゃべるから気持ち悪いんだよ」
「はえ~」
(正直、そんな不気味な剣は私も御免だ……)
「そーだ!タダでやるよ」
「いや、遠慮しときます!
お勧めはしないって言っていたじゃないですか!」
「ほら!けどよティアちゃん、
思い立ったが吉日っていうし!」
「ごめんなさい、心の迷いでした」
「今すぐ旅に出たいのならこれを持っていきなさい!
同じ村のよしみとして遠慮するな!」
「え~」
「あーあ、他の村じゃ銅の剣は500ギルだけどなぁ。
どうする?
こいつはタダだし、強度は保証する!
な?この通り!」
「いや、押し付けられても……困ります」
「俺も困る!」
と、そんなこんなで——
「貰っちゃった……」
呪われた剣を持たされて外に出されてしまった。
溜息をしたその時だった。
”私”の声に答えるように、何処からともなく《またか》という声が聞こえてきて、
丸まった背筋が伸びる。
「ヒッ!」
夜も深まり、通りには松明が点々と灯っていた。
店じまいした酒場の前では、吞み足りない人たちが、酒瓶を片手に笑い合っている。
けれど、今の濁声は、明らかに手元から聞こえてきた。
「まさか……剣から?」
汗が頬を走り体が震える。
恐る恐る下に目をやると、柄頭の髑髏の口が動いていた。
「本当に話すんだ……」
《はあ、このやり取りも何回目なんだか……
話すぐらい珍しくないだろ》
(いや、珍しいでしょ)
《すぐ死にそうなヤツには名乗らないようにしているが、
お前とは数えきれないほど会っている仲だし教えてやろう》
(彼は何を言っているのですか?
初めましてですが?)
《俺様の名前は、ゴーストイーター!
喜べ凡人、俺様は魔王様に使われた剣だったんだぜ!
初めからチート武器を手にするなんて運がいいな》
「はあ」
(魔族の武器は大抵呪いの武器が多いと聞きますが……
どうしよ、強いのは分かるけど素直に喜べない)
《さあ!旅へ!今すぐ旅へ行くぞ!
血——じゃなくて。旨い物を浴びさせろ》
「浴びれません。戦うの嫌いなので」
(でも悪い気持ちにはならなかった。最初はビックリしたけど……)
イーサンは気持ち悪いと言っていたが、
このゴーストイーターさんは、人ではないからか話しやすく、
”私”は、武器ではなく、
旅の仲間ができたようで嬉しかった。
「いけないいけない、急いで帰らなきゃ!」
どうであれ、念願の剣を手に入れた、ご機嫌な”私”は、それを背負いスキップで家に戻る——
「あれ?お家がない」
—— はずだった——
あったはずの家が、跡形もなく消えていた。
狼狽えて、持っていた籠を落とす。
そんな”私”に、
背中に居るゴーストイーターさんは、
《こりゃ魔法だな》と笑った。
《地味っこも運がないな~日頃の行いか?》
「魔法……もしかしてお母さんの仕業か」
すると、隣の家に住むおばさんに、
「ティアちゃ~ん」と手招きされる。
「こっ……こんばんは。
夜遅くに、なんで――しょうか」
「こんな子に無理やり旅をさせるなんて、
無茶をさせるわねえ」
「え?」
「一年後に家は出現させるから。
それまでは、お互いに旅に出ようだってさ。
可哀そうだけれど、気を強く持って頑張りなさい。
案内人のお仕事は、
おばさんからうまく話しとくわよ。
その魚、良かったら買い取ろうか?
お母さんから聞いているから」
さっきまでの意気込みは何処へやら、
あまりにも急な展開に気持ちが追い付かず、
「はぁ……」なんて声というより音に近い空気しか出ず、
ただただ唖然と口を開けたまま、
籠ごと渡し立ち尽くした。
背のゴーストイーターは抜け殻のようになった”私”に大声で笑い、
カシャンカシャンと鞘と刀身をこすり、
音を立てていた。
家が物理的に無くなった”私”。
幸か不幸か地図と呪われた剣と少量のお金で、
一年の旅が強制的に始まるのでした。




