44話目 剣が語る姉妹の旅路
「ちょっとアンタ、
そろそろ聞いたほうがいいんじゃない?」
「……確かにな」
「いや、確かになじゃなくて、
目の下のクマ見てそれだけ?」
「お前が聞けばいいだろ」
そういうのを聞くのは、
俺よりお前の方が得意だろ。
けれどルイは、「そんな事……できない」と舌打ちをした。
コイツは普段、直接本人に聞きに行くタチだ。
だから、人づてに聞こうとするのは珍しかった。
「ルミアもだよ、お姉ちゃんから何か聞いてないの?」
自分に振られるとは思っていなかったのだろう、
ソファーの上で横になりながら、天井を眺めていたルミアは、
「ワタシ~?」なんて逃げたそうに俺の方を見た。
「何回か聞いてみたけど、
何言ってるのか分からないんだよ。
支離滅裂っていうか。詩的というか……
あの抑揚のない話し方を聞いてると、ワタシの方が鬱になるし」
「まあ踏み込んじゃいけない時もある」
「そうそう!」
「アンタ達家族でしょ?」
キッと睨むルイに、俺は「家族でもだ」と、
コーヒーに視線を落とす。
茶色い水面に揺れる自分の顔を見ては、
苦い記憶に眉が反応した。
「また占い師みたいに、剣筋で占ってみたら?」
「あ~お父さんのアレね。良いんじゃない?」
「占いじゃない」
でもありだな。
視線を上げると、ルイはニヤニヤしながら「3人分の木剣を用意しとくよ」と、
キッチンから離れてリビングを出た。
「あっ、噂をすれば。
お姉ちゃんおかえり~」
入れ違いで、ティアが帰って来た。
「お帰り、ティア」
ティアは「ただいま」とポツリと呟き、
背負った剣を下ろさずに、テーブルの朝食をモソモソ食べ始めた。
「お姉ちゃん剣を下ろせば?」
「あ……そうか。
そう……だよね」
ティアは辺りを見渡してから、どこか悲しそうな色を瞳に写す。
まるで、もう旅は終わってしまったのだと、現実を受け入れられないような、そんな目をしていた。
「お姉ちゃん、その剣持たせて!
気になってたんだ~」
朝ごはんを、味わうことなくかき込んで食べた彼女は、
剣を見てから「ゴーストイーターさんも良いみたいだから。良いよ」と、
席に座ったまま投げ渡した。
「重い!こんなの使えるの?」
「ティアが剣を使うなんて珍しいな」
「使うしか……ないから」
この大陸で旅をしていたのなら、魔物も出ないし、
大抵の旅人が、身の丈に合わない武器を使うものだ。
けれど、その返答に何処かズレを感じた。
少なくとも、ルミアとは違う旅をしていたのは確かだ。
《妹さん聞いて驚くな、ティアはな、ドラゴンも倒したんだぜ!それも俺様でな》
「ゴーストイーターさん、余計な事言わないで」
《良いじゃねえか~武勇伝を語ろうぜ》
「私の旅に自慢できることなんてないよ。何一つ」
ティアとその剣のやり取りに、ルミアは「剣が喋った……キモッ」なんて反射的にティアに投げ返した。
「驚いた、呪物か」
《俺様はその辺の呪われた武器とは違うぜ?
邪神様だ!それも、魔王様が愛用していたな》
「はあ……」
その時、三本の木剣を持ったルイが、
「モグリに捨てられたくせに」なんてリビングに戻って来た。
ティアはその剣に「皆で何かするの?」と他人事のように聞いた。
「お姉ちゃんとお父さんとワタシで、試合をするの!
ドラゴンを倒したっていうのが嘘かどうか確かめてあげる。
まあ、嘘だろうけど」
「お母さんもみたいな。昔はルミアにコテンパンにやられていたからね」
だがティアは、そんな挑発には乗る気配もなく「やだ」とはねのける。
「ティア、俺もお前がどれだけ成長したか見てみたい」
「お父さん。私は――」
その時、言葉を止めて、
「いや、何でもない。とにかくできない」そう出かけた言葉とすり替えた。
続きの言葉を言ったらマズい気がしたのだろうか。
「ゴーストイーターさん……だったかな?
お姉ちゃん何かあったの?」
《邪神と言えど、さすがにそれは教えられねえな!
でもティア、良いんじゃねーか?家族相手だったら大丈夫だろ?》
ティアの唯一信じられる仲間は、
この剣一本なのだろう。
リビングから出ようとした足を止める。
イヤだと言いながらも、ティアの中には、
ほんのわずかにプライドが残っていたのだろう。
挑発するルミアを、横目で見ていた。
《心配するな!
もし少しでも、ティアが理性を失いかけたら、
俺様がルイやオヤジさんに言ってやる》
その言葉が、悩んでいた彼女の背を押した。
家族の言葉より、
ただの剣の言葉がティアを動かした事実に、
俺は少し複雑な気持ちになる。
「お父さんは、仕事で使ってる騎士の装備で、
お母さんは、ゴーストイーターさんが止めろと言ったら、魔法で私を止めて。
二人とも殺す気で。それができるのなら。やっても良い」
ルミアは「大げさすぎ」と笑っているが、
俺とルイは、ただのはったりではないのが言葉から感じ取れた。
「じゃあお姉ちゃん。またボコボコにしてあげるよ~」
俺とルイは言われた通り装備を整えて、
姉妹の決闘を見守る。
庭で行われたそれに、
暇な村の人達が、「お!アイロラ姉妹が試合をするそうだぞ」なんて集まっていた。
皆久々に見るティアに興味があるそうだ。が、当の本人は、ギャラリーを見向きもせず、
祈るように胸の前に手を組んで、何かブツブツと呟いていた。
「じゃあ二人とも、これはただの遊びだから、寸止めで。
怪我をさせるんじゃないよ」
「分かってるよ、母さん」
「当てたら。ごめんなさい」
「当てないの!」
ルイが片手をあげる。
それに合わせて二人も構えた。
その瞬間で、もう勝敗が素人目でも分かるのだった。
ギャラリーも初めこそは、子供のチャンバラだと成長を見守る親のような雰囲気だったが、
一人のオーラに、息を飲む。
《ルイ、大杖を構えとけ、一応ナイフも》
ルミアは、学校で良く習う、
へその前で剣を構える。
護身のための構え方だったが、
ティアは、半身になり、顔の横で剣を構える。
殺すための構え方だった。
その姿は、誰かの真似事でもなく、板についていた。
それでいて、その落ち着き払った姿は、玄人のそれだった。
目の前にいるのは自分の娘のはずなのに、
剣が、俺とルイに、ザハールの影を見せて、
それが悔しくて、寂しかった。
ティアは俺の剣を選ばなかったのだ。
「血は争えないな」
「ザハールが見たら喜ぶだろうね」
ルイは、上げていた手を振り下げた。
二人とも動かず、ジッと見合う。
「どうしたのお姉ちゃん?まーた怖くなっちゃった?」
違う、攻めれないんじゃない、
攻めない|んだ。
剣の扱い方が分かっているからこその、多彩な戦術を選ぶ贅沢。
ティアの場合、殺す剣しか知らないから、
遊びだとどうしたら良いか戸惑っているのだろう。
故の沈黙。
それに対し、ルミアは、がら空きの脇の辺りに視線がいっていた。
がら空きなのではない、誘っているのだ。
学生同士なら、やじが飛ばされているだろうけど、
皆静かに見守っていた。
静寂の中、どこからか、くしゃみが聞こえてきた刹那――
「ワタシの方が、強いんだから!」
しびれを切らしたルミアが、地面を蹴り上げて間合いを詰めた。
剣の切っ先がティアの腹を目掛けて伸びる。
ティアは前の足をずらして、ひらりと避けるなり切ろうとした。
――が。
あと一ミリも満たないところで、理性が戻ったのか平たい部分に変えてルミアのおでこを叩いた。
「いったーい!」
尻もちをつく彼女に、見ていた俺達は、止めていた息を吐いた。
《まったく。ひやひやさせやがる》
「全くだ」
「ホントね。ティアがあんなに強くなってるなんて。
ってアンタ、挑戦する気?」
「ああ」
ザハールの剣に挑戦したくなった。
年甲斐もなく、アイツに負けてばっかだった俺は、ティアを自分の娘ではなく、
ザハールの娘として見てしまっていた。
「ティア、お父さんともやろう」
「でも……」
「大丈夫だ、普通に仕事で使ってる剣と盾だ」
彼女は戸惑いながらも、
ルイを見て「なら」と定位置に戻った。
「何年ぶりだろうな」
「さあ、私にはもう時間なんて分からない」
ティアの言葉は、全てが冗談じゃなく聞こえた。
真正面から見た構えは、ザハールそのものだったが、
彼の剣よりも、善意も何もかもがそぎ落とされた分、恐ろしかった。
いろんな人物と剣を交えてきたが、
これほどまでに、無駄がそぎ落とされた剣は初めてで、
この歳で、こんな剣の構え方ができるのは、父としてあまり喜べなかった。
それほどまでに、日々追い込まれていた証拠だったから。
「ルイ、合図を」
ルイは、大杖を握りながら「始め!」と手を振った。
城内騎士用の武具は、全てが軽くそれでいて頑丈に作られている。
ドラゴンのブレスを防いでも溶けないぐらい丈夫なのだ。が。
「は?」
瞬きをした瞬間に、その盾と剣が真っ二つに切られていた。
ただの木剣で。
「後ろ、伏せて!」
ルイが大杖を振るが、放たれた魔法は、ティアに着く寸前でかき消される。
一瞬驚き、戸惑いもするが、ルイは、ナイフを投げる。
「なんなのあの子」
ナイフはティアに届くことなく、軽い音をたてて空に舞う。
目の前に現れたティアの表情に、
平和ボケをしていた俺は、忘れかけていた死の感覚を思い出す。
悪魔の様に口端を釣り上げて、頬を染める。
殺すことに快楽を得ているような表情に。
「ッチ」
ザハール以上の動き。見誤った!
振り返る隙すらなく気がついた時には、
剣の切っ先が喉仏に向けられていた。
額から汗がしたたり落ちる俺を見て、
ティアは、またいつも通りの無表情に戻っていて、
「だから言ったの」そう一言言い、ハンカチを渡した。
「ありがとう」
ギャラリーも真っ二つに割れた盾と木剣を見て、ざわついていた。
「木剣に硬質な魔力を纏わせていたから、
斬る事が出来たんだよ。
ザハールも頑張って練習してたっけ。
やっぱり私とあいつの子だね」
「ごめんなさい。そういうつもりはなくて」
「良い、お父さんが悪かった」
ティアとの距離が、更に離れた気がしたのは、
きっと気のせいじゃないだろう。
「ティア、釣りに行かないか?
お父さんもな、お前みたいな時期があるから、分かるんだ」
そう、守る剣を忘れてしまった時期が俺にもあった。
でも釣りは少し突然過ぎたか……
「嫌ならいいんだ」
しかし、俺がどんな人間か知っていたティアは、
「釣りなら……」と、理解した眼差しで頷いた。




