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良い旅を、旅人さん  作者: 江戸前餡子
冬の章

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44/59

43話目 帰ってきちゃった……

「――いってらっしゃい 遠い道

 どうか無事で 帰る道

 いつかまた この村で

 あなたの顔が 見られますように」


 書斎は動く物が無かったから、時が止まっているようで、

 沈黙が休んでいいよと私を肯定してくれているようで、

 スピちゃんがいつまでも籠って居たくなるのも分かった気がした。


 私の口ずさむ、静かでしんみりとした歌は、この場所では聞き心地が良かった。

 昔の楽しい日々を思い出せて。良かった。


《ガーンバ村の旅人を送り出す時の歌だね。それ、

 歌ってた側の私が、まさか帰れなくなっちゃうなんて》


 帰れる。と言いたいけれど。自分でも、もう帰れないことが分かっていた。

 だって。影がもう目の前に居るから。


「そうだね。ははは。勇者の娘は帰らず魔王の城で化け物になる……か」

《さあ、私の手を取りなさい"私"。

 直ぐに終わらせるからさ》

 

 自分の掌をじっと見つめた。

 女と思えない、マメだらけでケアのされていない手で掴めた物は、

 こんなものかと鼻で笑う。


 影が私の理解者とは思わない。

 けれど、その身を明け渡してしまえば、楽になる気がした。

 重たい身体も、不安しか与えない心も、全部この影に預けてしまえば良い。


「山の向こうで 雨に濡れても

 夜の静けさに ひとり震えても——」

 

 影の手を取ろうと、私は、手を伸ばす。

 もう何も考えなくてよくなる気がした。

 これ以上、自分で自分を抱えていなくていい気がした。


 その時も、私は、別れを告げる様に歌を口ずさんだ。

 

「ここに灯る火は 消えずにいるよ

 帰る場所だけは 忘れないでね」

 

 後悔だらけの終わりだった。

 お互いの指先が触れ合う、

 冷たいのに、なぜか落ち着いた。


 帰る場所をなくしたはずなのに、

 そこだけがおかしいくらい安らかだった。


「これで、終わるんだ。私の旅は」


 口端が微かに上がる。

 手と手が重なり合おうと、残り数ミリ——と、その時だった。

 

 静寂を破るように、コツコツとヒールの音が響き渡った。

 近づいてくる音に、私は視線を弾かれ、影は舌打ちをして手を引っ込める。


「良い歌ね」

「スピ……ちゃん」


 本棚の森から姿を現したスピちゃんは、

 「その椅子、座り心地良いっしょ」なんて私の好きだった笑顔を見せてくれた。

 

「最後にスピちゃんに会えてよかった」

「最後?」


 私の纏う黒ずんだオーラに、一瞬その笑顔が消えかけた。

 

「ねえ、私、クリャトナ族を助けたら消えちゃうんだって。

 こんなに頑張ったんだよ?

 大好きなカイを失った。

 眠れない夜もあったし、毎日自分を抑えるのに必死だった」

「ティーちゃん……」


 私の頬を伝う涙に、スピちゃんは無意識に身構えた。

 

「魔族が、絶望で化け物になる時。涙の色が黒くなるのって本当だったんだね」

「まだ希望はあるよ!私が来たんだから、ね?

 時空の大精霊なら転生だってやろうと思えばできるの!

 だから呑み込まれないで!」


 駆け寄って私の両肩を掴んだ。

 「遅いよ」そう呟く私と目が合った時、スピちゃんは言葉を失う。


「ねえ、もし誰とも会わず、ずっと一人で旅をしていたら。

 平和に終えていたのかな?」


 その問いに、スピちゃんは言葉を必死に探した。

 気の利いた言葉、彼女を救える言葉、優しい虚言——けれど、見つからず。

 口から出たのは事実だった。


「また時間が春まで巻き戻されて、ティーちゃんが旅に出るだけ」

「なんで?私しか禁術を使えないんじゃないの?」

「いいえ——ルナ・フロストカースが使えるの。

 別の世界線のティーちゃんはルナに教えて貰って使えるようになった」


 スピちゃんが左目を指さした時、

 似たような仕草をした別世界線の私を思い出す。

 二人に共通していた眼帯の意味、

 たまたまではなく、禁術を使った代償で、

 左目に何らかの異常をきたした結果だという事実に声はおろか、呼吸さえも一瞬止まる。


 全ては春から始まっていた。

 慕っていたルナさんから。


 頭がおかしくなりそうだった。

 今までの優しい言葉の裏には、最初っから別の意味があったんだ。

 杖も、魔導書も、何もかも。

 私のためなんかじゃない。

 全部、ルナさん自身の願いの為に私へ渡されたものだったんだ。


「……信じてたのに。

 私は……自分の姉を助けるための道具でしかなかったんだ」 

「それは違う、ティーちゃんしか助けられないからだよ。

 勇者の娘しか、ノヴァラと対等に戦えないの」

「勇者。ははは、アハハハハッ!勇者!

 私が?人と話せるのもやっとで、協調性が無くて臆病なのに。

 あっ!そーだ、ルナを殺しちゃえば、もうループは終わる!

 そうだ、そうしよう。そうするしかないよね?絶対そうするべきだ」


 椅子から立ち上がろうとすると、

 両肩を抑えるスピちゃんの手に力が入った。

 彼女の表情は、苦しそうだった。


「ははーん、殺されちゃいけない訳があるんだ」

「――ッツ」

「言えないんだ。

 春にスピちゃんが言ってくれた言葉を覚えてる?」


 じっと見る私に、彼女は「ごめんなさい、大精霊でも、未来を教えることは出来ないの」と、

 何度も何度も壊れたように言っては深く頭を垂れた。


「大精霊&村ガール、最強ギルドってさ

 あの時嬉しかった。

 だから、来てくれた時。ヒールの音が響いた時。期待したんだ。

 あぁ、スピちゃんが助けに来てくれたんだって」


 頭を上げず、謝り続ける彼女に「助けに来てくれるって!期待したんだよ!私は!馬鹿な私は!」そう声を張り上げる。

 その刹那、無意識に放った魔力が窓を割り、本棚は一斉に吹き飛ばす。

 

「スピちゃんは……私が死んでから助けようと思ってるんでしょ?

 壊れるまでは自分の都合のいいように動かして。

 もういいや、私にはゴーストイーターさんと影さえいれば」

「違うの、私とここから、過去に戻って——」


 まだ、信じたい自分が残っていた。

 止めろ、と頭のどこかで声がした。

 けれど、身体の方が先に動いた。


 私の膝が腹部にめり込み、スピちゃんは言葉が途切れて蹲る。


 コイツも、結局は私を友達なんて思っていなかったんだ。

 そうならそうと、言ってくれればいいのに。

 どうしてみんな、私に良い人ぶろうとするの?


 咳き込みもがき苦しむ彼女に、

 「知らないんだ。過去に戻る苦しさが」

 そう吐き捨てて、私は脇腹を蹴り上げた。


「痛くないでしょ?

 私はもっと辛い思いしてきたんだから」

《あはは、染まって来たね。

 残念だったな~スピちゃん。私も信じてたのに》

「ほーんと残念だった。嘘つく人は死んじゃいな」


 彼女に向ける人差し指の指先に魔力が溜まり始めた時だった――

 カッと頭に着けていた、春の時ルナがくれたお守りが光りだす。


「何が起きてるの?」

 

 光は人の形へと変わっていき、やがてお母さんが姿を現した。


「無理させたわね。ルクレール」


 私を見て「ティア。お母さんと帰ろ?」と、

 影に伸ばしていた手を、強引に引っ張り引き寄せた。

 

 お母さんの胸の中は温かかった。

 いつも部屋で焚いていたお香の香り。

 背中に回る腕の力も、後頭部を梳(す)くように撫でる手つきも、

 全てが子供の頃と何も変わらない。


 その時だけは、不安も後悔も絶望も溶けいった。

 影とは違う安らぎが、静かに心を満たしていく。


「良いの?貴女の約束通り私は来たの、このチャンスを無駄にするき?」


 お腹を押さえながら立ち上がるスピちゃんに、

 お母さんは「今のこの子じゃあ……」そう私の頭を撫でて「ごめんね、無理な事を言って」とスピちゃんを見た。


「良いのよ、スピカも仲間の精霊から聞いた時は賛成してなかったし」

「なら良いのだけれど」

「でも絶対に決断が迫られる時が来る。

 その事は忘れないでね」


 お母さんの瞳に不安の色が入り混じりながらも、小さく頷いて背を向けた。


「次会う時は、この子の事を宜しくね」

「当たり前、よろしくされなくても全力でサポートするよ!」


 その言葉に、お母さんは安心したように微笑んで「さてと、ザハールに会ってから帰ろうか、ティア」と私を抱き上げる。


 その時、スピちゃんと目が合った。

 彼女は、目を逸らす。

 

 目は多くを語るというが、きっと今の私の目は彼女に復讐の言葉を語っていただろう。

 彼女だけじゃない、私を利用した人間すべてに。



「お家が……戻ってる」


 夜も深まり、静まり返るそんな頃。

 ガーンバ村に私は帰って来た。


 ノルド大陸に居たせいか、冬なのに温かく感じた。


「いつでも帰ってこれるように、ティアが旅だった後、直ぐ家は出現させていたんだ」

「そうだったんだ……」

「だってお父さんが帰れなくなるだろ?あとルミアも」

「ルミア帰って来てるの?」


 ずっと無表情だが、ずっと旅をしていた妹が帰ってきていた事に驚く声色に、

 お母さんはクスクス笑いドアを開けた。


 玄関でずっと待っていたのだろう。

 大あくびをしていた二人は、ドアの開く音に飛び起きた。


「ティア……本物のティアだ。

 良かった、帰ってきた」


 私を見ると、夢じゃないかと目を擦ったり頬をつねり、恐る恐る近づいた。


「お姉ちゃん!そんな大きなリュック持って何処まで行ってたの?」


 喜んでくれた。

 抱きしめてくれた。

 それなのに、胸は少しも動かなかった。


 私は戻りたくなかった。

 綺麗すぎる、この光景に。戻りたくなかった。


「駄目……駄目だよ私……せっかく帰って来たんだから」

 

 綺麗な物ほど、すぐ壊れてしまう気がして、

 この光景を誰かに壊されないように、

 魔法で氷漬けにしようとする手を抑えた。


「あぁ……生きて帰ってきちゃった……

 もう、あの時間には戻れないのに。私だけ」

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