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良い旅を、旅人さん  作者: 江戸前餡子
冬の章

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42/59

41話目 私は"生"に苦しめられている

—— 同時刻。俺は森林の海面を横断していた。


「ッチ、こんな暴れ馬みたいのをティアは平然と——おわわ!」


 テュリーという男から箒を貰い、

 あやふやな記憶を頼りに、ティアの軌跡を辿った。


「見えてきた。あそこらへんでティアはガーナと呟いたんだよな」


 居てくれと願うように、箒に魔力を込めてスピードを上げる。

 きっと今、ティアは気づかずにノヴァラと行動しているはず。


 ノヴァラは快楽主義だから、一番の絶望を味合わせる為に、

 俺を目の前で殺して、ティアの表情を楽しんでいたぶるに違いない。


 緑の海は途切れて、赤土の地平線が広がる。


「こっちか?」


 微かに感じる魔力は、腹の傷を疼かせる。

 

 本当はもう会いたくなかった。

 正直言って、ティアの見間違いであってほしいと思う自分もいた。

 でも、悔しいが、俺だけだとティアを助けることはできない。


「そこに居るのは……

 ベルカ……なのか?」


 片腕を失ったガーナ・ユラークが、横たわっていた。


 その姿を見た瞬間に、再び足が止まる。

 恐怖だ。

 腹を押さえて、俺は立ち尽くした。

 

「クソッ!クソクソクソ!

 ティアはもっと苦しい思いをして来たんだぞ、

 俺が、俺たちが助けなくてどうする」


 ガクガク震える足を叩いて、ゆっくりと、一歩一歩進む。

 ガーナの隣に居たドラゴンは、怒りと緊張が混ざり、

 険しい顔をしていた俺に牙をむいて警戒をする。


「彼は敵じゃない、ヒッポ。

 アイロラ様の仲間だ。そんな声を出しちゃ駄目だよ」

「おいクソ野郎。回復させてやるから力を貸しやがれ」


 横たわるガーナの胸倉をつかみ上げて、上半身を上げると、持っていた薬を全て飲ませる。

 ゆっくりとだが、彼の全身の傷は癒えていき。

 瞳に光が戻った。

 

「逃がさねえからな」

「逃げる場所なんてない、ノヴァラが……今も私を追っているのだから。

 ほんと、馬鹿だった。

 家族も仲間も村も捨てて——アイロラ様の言葉を信じるべきだった!」


 ガーナは俺の方を向いて「神だと信じていたんだ。クリャトナ族を救ってくれるって」と、

 目じりに涙を貯めた。

 その顔に怒りが沸き上がる。


 なんでそんなに被害者面が出来るんだ。


 今にも背負った大剣を握ろうとする手を握りしめて堪え、静かに言った。


「なら。

 ティアの為にその命を掛けろ。

 今な、そのノヴァラに捕まってるんだ」

「助けたい。けれど、今のノヴァラは魔王を越えている。

 勇者さえもきっと倒せないと思う。そんな相手に何をしろと?」

「安心しな——」


 その時だった。

 背に確かに感じた。


 俺はガーナを立ち上がらせて、腰にぶら下げた袋を押し付けた。


「良いか?投げろって言ったら、その中の物を俺に投げろ。

 それと引き換えに、ティアをお前の方に投げる。乗せて魔王城へ向かえ」


 大剣を下ろし、重たいコートを脱ぎ捨てて鞭を構えた。

 悠々と闊歩するノヴァラを睨みつけた。


「言ったでしょ?必ず会いに来るって」

「イケメンになった気分はどうだ?化け物」

「私の王子様が……どうして貴方のような方に惹かれるのか、理解できないわ。

 ……ふふ、不愉快ですわ」


 本当の姿に戻り、顔に垂れる長い髪を後ろにやり、ほくそ笑んだ。

 腕の中のティアはピクリとも動かない。きっと気絶したのだろう。


「おいおい、王子様を眠らせてアンタらしくないな。

 てっきり、俺を目の前で殺して、絶望する表情を楽しむのかと思ったぜ」

「あらあら、それは良いお考えですわ。

 けれど——いけません。

 また時間を巻き戻されては、困ってしまいますもの。

 ふふっ!」


 抱いているティアの額に唇を付けて、そのままこちらを見ながら、長い舌でゆっくり舐めた。


「ご覧になって?とても幸せそうなお顔でしょ?

 このまま氷に閉じ込めて—— ご一緒に、終わりを迎えましょう。

 今度は、わたくしが王子様をお救いいたしますの。

 痛みを感じない死ほど……幸福なものは、ございませんわ」

「狂ってやがる。

 けどアンタがおしゃべりで良かった」


 お陰で苦手な詠唱が終わった。


 鞭を地面に打ち付けて、俺は足の裏に魔力を集中させた。

 後ろで身構えるガーナに、「ティアに伝言を頼む、旅を終わらせろって」と伝えて鞭を握り直した。


「もう夕方か、帰る時間だな」


 夕陽が俺の横顔を、オレンジ色に染め上げる。

 辺りの音は消えて、鼓動だけが、耳の中で響いた。

 緊張は不思議とこそばゆくて、思わず口角が上がった。


「どうなさいましたの?ずいぶん楽しそうでいらっしゃる。

 もうすぐお亡くなりになるというのに」

「あぁ、最高に楽しい。そして嬉しいんだ。

 大好きな人を守れるのが――」


―― 解放!リヴァイテーション ――


 身体はふわりと浮き上がった刹那、全身にしびれるような痛みが走った。


「投げろ!」


 ガーナの投げられたのは封霊の宝玉。


 鞭でそれを取り、一瞬で間合いを詰めた。

 予想外だったノヴァラは、少し驚いた顔を見せる。

 その時、ティアは意識を取り戻し、目の前の光景に目を見開いた。


「戻るんじゃねえぞ。絶対に」


 何かを言おうとしたティアを、俺は胸ぐらを掴んでガーナの方に放り投げる。

 

「ふふふ、愚かですわね。

 封印の魔法は、同じ相手に何度もお使いになるほど、

 効き目が薄れていくのですのよ?」

「そうかい」


 ティアの見様見真似で模倣したが故に、

 身体は負荷に耐えられなかった。


 やっぱりアイツはすげえや。


「さて……死してまで成し遂げたこの行いが、

 王子様をどのように壊していくのか—— とても楽しみですわ」


 言い残して光と共に消える彼女を見て、

 鼻や耳や口から血を流した俺は、安堵して地面に崩れ落ちた。

 最後に見えたのは、ドラゴンに乗るのを拒んだティアの姿だった。


 俺に手を伸ばしていた。


「そのままだ。そのまま、まっすぐ……」


 夕焼けに溶けていくドラゴンの影を見て、白い歯を見せた。


〇


「カイーーーーー!」


 オレンジ色に染まる大地に倒れる人影。

 自分がしっかりしていなかったばかりに、

 上手くいっていたはずの計画も全て台無しになった!


 喉が裂けそうな程叫んでも、返事はない。

 手を伸ばしても、もう届かない。


 巻き戻せ。


「―― クソックソクソクソ!何でだよ!」


 身体が拒否反応を出していた。

 拒むように手には魔力が出ず、震えるばかりだった。


 巻き戻したところで、カイが生存して魔王城へ行ける保証は無い。

 それどころか、カイが過去の記憶を持っていたように、

 ノヴァラもまた巻き戻された時の記憶を持っている。


 最悪の事ばかりが脳を駆け巡った。

 

「今度はもっと最悪な事態になるかもしれない」


 雪がちらつき、後ろを見ると、魔王城のシルエットが見えてきた。

 戻らなきゃ、と歯を食いしばる私に、ガーナさんは静かに口を開いた。


「ベルカからの伝言です。旅を終わらせろ——と」

「カイ……」


 口から零れたのは、夏の時、私を叱ってくれたマリアさんの言葉だった。

 

「大切な人を無くして得た宝なんて。そんなの綺麗に見えないよ」


 その言葉に「アイロラ様は私みたいになってはいけません」と、ガーナは肩越しに振り向いた。


「何?急に」

「貴女を見ていると、あの頃の自分を思い出します。

 誰か一人に、生きる意味を預けすぎているように見える」

「一緒にしないで!私の好きは、貴方の妄信とは違う!

 愛してた。大切な人だった。思想ではなく、心から!」


 声を張り上げる私に、ガーナさんは「一緒ですよ。お母さんやお父さんはどうですか?」と優しい声でありながら、悲しそうなまなざしを向けた。

 

 横殴りの吹雪よりも冷たく、それでいて重い一言に、

 私はただ吠えることしか出来なかった。


 理屈じゃない。そんな綺麗事で済ましてほしくなかった。


「あなたに諭された時の私の気持ちはその気持ちと一緒です。

 だから私はこれ以上強くは言えない」

「私があの時のガーナさんと一緒だというの?」


 ガーナさんは姿を現した魔王城を見ながら、「そうです」と、感じ取った殺気に目を瞑った。 

 再び振り返った彼の横顔は、死を覚悟した爽やかな表情だった。


 下には、勇者ザハールと角の生えた大男が、

 私の魔力を感じたのか、駆け足で外に出ていた。


 まるで、また大きな存在が迫ってきているようだった。


「何?また何か起こるの?もう戦いたくない!」

「アイロラ様がそうしてくれたように、

 私は貴女を助けたい。だから——」


 その時だった。

 翼が、一筋の光線に貫かれる。

 ドラゴンはバランスを崩し、大きく左右に揺れた。


 ガーナさんは身体にしがみつきながらも、

 「生きてください」と私の手を引っ張って、そのまま城の方へ放り投げた。


 何かと身体を翻し空を見ると、そこには、ノヴァラの姿があった。

 氷の大剣で、ガーナの首と、ドラゴンの首をはねて、私にほくそ笑む。


「唱えろ、魔力を使え、私!」


 肺いっぱいに凍てつく空気を貯めて、杖を構えた。

 が、目の前にノヴァラが間合いを詰める。


 瞬きさえも許さない。一秒が長く感じる。

 その刹那的な時の中、私の腰に蔓が巻き付く。


 幸か不幸か、命を拾った。


「ティアー!お父さんが守ってやるぞー!」


 ザハールは、蔓をそのまま自分の所に引き寄せて、

 間一髪ノヴァラの魔法から回避させた。


「怪我はないかい?」

「え?……うん」


 なんでみんな私を助けるの?

 やめて、苦しい思いをするのは私だけで良いの。


「やめて……行かないで」

「お父さんの後ろに居な、よく頑張ったね」


 ザハールはそう私の頭を撫でて、彼は大男と前に出た。


「モグリ、行くぞ!」

「いや、ザハール君は無茶するんじゃないよ。

 魔王の僕に任せなさい」

 

 そう言われたザハールは、こちらを振り向いて

 「彼はお父さんに過保護なところがある」なんて肩をすくませた。


 「やだ……だめ……」


 ―― こんな救いのない世界で。まだ私に、生きろと言うの?

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