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良い旅を、旅人さん  作者: 江戸前餡子
冬の章

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40話目 白い息を吐く"本物"

 私は大丈夫。

 これぐらいの痛みで時間が手に入るのなら。安いものだ。

 大丈夫。そう思わなきゃ――立っていられない。


「オ゛エ゛ェ゛……」


 脳みそが鉄の輪で締め付けられるような、芯まで響く激痛と、

 何度もループを繰り返したせいか、

 カイの死んだ姿が、幾度となくフラッシュバックして、

 耐えきれず——吐き出した。

 

 洗面所で、胃の中の物も、恐怖も希望も。何もかも。


《カッコイイ~。その死に物狂いな表情すごくいいね。

 お母さんが見たらどう思うかな?褒めてくれるかな?かなぁ?》


 影の声に、舌打ち混じりに、私は鏡に映る自分の顔に奥歯を噛みしめる。

 髪は乱れて、目元は窶(やつ)れ、濁った瞳。

 別人のように見えた。


 季節を越えるごとに、表情が逞しくなっていっていた。

 自分にとっては、それが成長をした証だと思っていたが。


 今の私は、まるで生きる屍だ。


「そんな目で私を見ないでよ」


 鏡の奥の私が、私を恨んで睨んでいるように見えて、

 《お前のせい》と幻聴が聞こえた。


 鏡に映っているのは自分だ。

 楽しい旅をしたかった。自分だ。


 徐々に呼吸が乱れて足元の感覚が無くなる。


「私は悪くない!しょうがないじゃん、

 こんなこと私だってしたくなかった!

 私は悪くないんだよ、見るな見るな見るな——」


 過呼吸で眩暈を起こし、バランスを崩して床に倒れる。

 鏡に映った自分の顔を思い出した時、また吐き気に襲われて這いつくばった。


 胃を絞り、出すものをすべて出した最後は、胃酸混じりの唾液しか出ず。

 私は自分のみじめさに、これが勇者の娘かと鼻で笑った。

 

「このループでもう最後になるんだ。

 私は報われる。

 そうだよ、もうじき大好きなカイとまた楽しく旅ができるんだ」

《計画は?》

「馬車に乗ったら、まずは分かれ道の所で右を選ぶ、

 そして、おばさんと私でドラゴンから馬車を守る。

 ノヴァラが来ると思うからその時に封霊の宝玉を使い、

 シャルム村に着いたらすぐに箒を手に入れてガーナさんの所へ。

 ガーナさんのドラゴンに乗せてもらえば魔王城まで行ける。

 ……カイが死なない世界線に行ける」


 その計画に、影の私は《ふーん、上手くいくと良いけどね》なんてつまらなそうに言った。

 

「いく、行かせてみせる。行かせて……みせなきゃ」


 行かなくても時間はいくらでも戻せる。落ち着け。


 立ち上がった直後、鏡に映る自分に、

 「もう少しの辛抱だ」と慰める様に呟いて、手のひらを付けた。

 

 だが、運命は私を更に追い詰める。


 ガシャン!


 突然の耳を突く音に、何かと思い手に魔力を込めて走った。

 音のした場所はカイの居る部屋で、嫌な予感がした。


「カイ!」

 

 走って来る私に、カイは「突然窓ガラスが割れたんだ。外を見たけれど人影も見えないし……なんなんだ?」とガラスの割れた窓から辺りを見る。

 辺りを見渡す彼に、私も一緒になって身を乗り出した。


 確かに魔力も感じない。部屋を見ると、小石が一つ転がっていて、

 今までにない展開に息を呑む。


 それに、言動は驚いているが、

 やけに落ち着いているように見えて、酷く気味悪く感じた。


「カイ」

「ん?」

「寒いの?白い息が出てるけど」


 窓からは冷たい風が流れてきているが、

 人間から出る息の白さじゃない。


 氷から出る冷気のような不自然に白さだった。


「白い息?別に寒くないけど」


 そういうと、息から色が無くなった。


 寒さじゃない。

 "息"の温度が、最初から違っていた。


 目を細める私に、「なんだよ、それよりもこれ。部屋で見つけたぜ」なんて宝玉と、大杖を手渡される。


「必要なんだろ?」


 必要だ。確かに必要だ。けれど、なんで彼がそれを知っているんだ?

 いや、何故彼が覚えているんだ?


 連続で今までにない事が起きていて、恐怖すら感じていた。が、

 その反面、自分以外にも記憶を持つ者が現れた事実が、

 渇いた喉に、しずくが落ちるように、安心が胸に染みた。

 もう一度だけ、私に立つ力を与えた。


「聞きたいことがあるんじゃない?」


 本当に覚えているのなら、

 きっとカイは答えてくれるだろう。


 やっと手にした微かな希望を失いたくなかった。

 だから、願っていた。あの言葉を言ってくれることを。


 カイは何かを感じたのだろう、

 驚いたように目を大きく見開いて、

 「やっぱり夢の出来事じゃないのか」と、ゆっくり言葉を続けた。


「お前は何人目だ?」

 


「ティア、着いてる。安心しろ」


 そういう声は落ち着き過ぎていた。

 いつも、その言葉で安心してきたのに、

 胸の奥が妙に靄が掛かった。


「……ありがとう」


 カイにすべてを話した。


 この時間が、過去の世界線の私の掛けた、私の知らない呪術で繰り返されている事。

 このループで既に三回目だという事。

 必ず来る敵と、その打開策。

 それを踏まえて、これから辿る魔王城までのルート。

 余すことなく全て話した。

 彼はパニックを起こすことなく、冷静に話を聞いてくれた。

 時間を無駄にせず済むから嬉しいけど、

 その冷静な瞳は、まるで全てを知っているような、

 奇妙な落ち着きがあり、カイが別人に見えた。


 今もそうだ、その優しさに、声の温度に、瞳の温もりに。虚しさを感じさせた。

 氷で造られたダイヤモンドのようだ。


「すみませんラザルさん、馬車に乗せてもらえませんか?」


 馬車から二人が降りてきた。

 前はラザルさんしか乗っていなかったはずなのに。


「ほら、ティアが来るって言ったろ?」

「本当だ、不思議なことも起きるものだ」


 首をかしげると、おばさんは「不思議な夢を見たんだよ」と、

 まんま二回目のループの内容を話した。


 そこで、一つはっきりした。

 

 私だけじゃなく、

 私に関わった人にも、個人差はあるけど記憶は残る。

 いろんな事が微妙に変わっているが、無事馬車は私を乗せて走り出す。


「ラザルさん、この先の道が二手に分かれているので、迷わず右の道を行ってください」


 今度は、ラザルさんの隣に座り、誘導をしつつ空に警戒した。

 馬車のテントを取り、二人にも、いつでも戦闘が出来る様に武器は構えてもらっていたのだった。


「ここを右ですね」


 馬車が右の道に進みだした時だった――


「来た!おばさん、詠唱を始めて」


 尻尾の付いた大きな影が、私達に覆いかぶさる。


 前は直ぐに洞窟へ入ったから、炎を吐かれなかったけれど、

 開けたこの道なら、きっと直ぐにブレスを吐いてくる。


 だが、この時間は、微妙に変わっていた。

 まるで別の世界線へ来てしまったように。


「ドラゴンは去って行っちゃいましたね」

「どういうこと?確かに前は……」


 おばさんに詠唱を止めさせて、私は顎に手をやった。

 何かが変わった。そうとしか思えない。


 でも何が?何を見落としてる?


 私の頬から脂汗が垂れる。

 ポタッ。ポタッ。

 容赦なく進む馬車の、回る車輪の音が、耳の奥で蘇るカイの断末魔と混じり合い、

 耳を塞ぐ私は、再び呼吸が乱れ始めた。


「大丈夫か?ティア

 ゆっくり呼吸をしろ。大丈夫。大丈夫だからな。

 俺が付いてるから」


 カイが、青ざめる私の背中をさすり優しく抱きしめてくれた。

 呼吸はゆっくりと落ち着いていき、彼の胸にしがみついていた手を解く。


 落ち着いて気づいたが、カイは氷のように冷たかった。


「そういえばノヴァラが現れないな」


 その瞬間に周りの音が遠ざかり、言葉だけが頭の中で繰り返しループした。

 

「ありえない。そんな事ありえない!」


 もしかしてノヴァラは誰かに化けている?

 だとしたら封霊の宝玉が反応するはず。


 割れた窓、白い息、冷たい身体。


 ここで疑うのならカイだ。


 馬車の方に飛び移り、距離を取ると、カイに対ノヴァラ用の大杖を向ける。

 私の殺気混じりの魔力が空気を支配し、馬車は止まる。

 おばさんもラザルさんも、思わず息を呑んで私を見た。


 カイは両手を上げて声を震わせながらも、落ち着かせようとゆっくり近づいた。


「ティア、落ち着け」

「来ないで!」

「杖を下ろせ。な?パニックを起こしてみんなが敵に見えてるだけなんだ」

「うるさい、この宝玉を持って!持たなきゃ貴方を——殺す」


 カイは、「分かったから」と躊躇することなく、

 私の手のひらに乗せられた宝玉を持って見せた。


「これで満足か?」


 光らなかった。


 誤魔化すことができるのか?

 目を見開いて立ち尽くしていると、影が囁く。


《本当にそのガラス玉は万能なのかな?

 魂の共鳴で動くのなら、心からそのキャラクターになりきったら

 魂もまたその人になるんじゃないの?》

「なら、どうしろと?」

《怪しい人は殺しなよ――》


—— 楽になれるよ? ——


 何が本物で、何が偽物なのかさえも、分からず。

 ただただ、もうカイを見ることしか出来なかった。


 どんなにあがいても、運命は私の上を行く。

 私をねじ伏せようとしてくる。


「みんな……ほんもの?」


 考えるのを放棄した脳は、私にゴーストイーターさんを握らせる。


 殺せ、壊せ。そして守れ。

 運命からカイを。


「ティア!」

《ティア!駄目だ》

「黙れっ……みんな黙れえぇぇぇぇぇぇえ!」


 錯乱し剣を振り回す――その刹那。

 私の頬に血が飛び散った。


「——ック。

 ほら……本物だろ?」


 刃はカイの手の甲を貫いた。

 

「嘘だっ!嘘だ嘘だ嘘だ!

 本物なんてありはしないんだ!

 返してよ!私の宝物を!」


 刃を引き抜いて再び振り上げる。


 魔力のあまり籠っていない魔剣は、鉄の塊のように重く、

 まるでハンマーでも扱っているように動作が鈍くなる。


「この分からず屋!」


 振り下げた刃を腕で弾き、顎にもう片方の拳を打ち込む。


「――ッツ」


 身体が少し浮き上がるほどの力は、私の脳を揺らす。

 糸が切れたように地面に崩れる私から、おばさんはゴーストイーターさんを回収して、

 カイは「こんな事でしか止められなくて、ごめんなティア」と、馬車にあった縄で手足を縛り、

 呆然と見る私の首元を、トンッと叩き手刀で気絶させた。


「僕らはここで降ります」

「でも何処へ?」

「そうさ、シャルム以外は、ここら辺に民家はないよ?」

 

 カイはティアを抱き上げて馬車から降り、二人を振り返った。

 二人はその表情に恐怖して言葉を失った。


 何故、あんなことがあったのに、そんな笑顔を作れるのか。


「ありますよ。ね、ティア」


 動けなくなる二人に軽く頭を下げて去った。


「イテテ……全く、無茶しやがって……

 今頃何をしてるのかねえ」


—— "俺"は ——

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