39話目 等しい時間と命の価値
「どうしたんだ?」
「いや。何でもない」
これで終わった感じがしなかった。
指先で撫でた時、宝玉に刻まれた文字が、薄れていた気がしたのだ。
けれど、だからと言って、どうすることも出来ず、シャルム村へ向かうのだった。
「メモリー様は大杖を回収したら、魔王城に向かえって言ってたけど、これからどう移動する?」
魔王城はシャルム村からそう遠くはない。
だからと言って、徒歩で数時間でつく距離でもない。
そもそも、時間よりも、魔力が問題だ。
上級魔法の召喚でだいたい300は消費する。
それを維持するのに、1秒10ぐらいだ。
リヴァイテーションは下級魔法で、召喚に50ぐらいで済む。
が、それは物体を浮き上がらせる力のみ、
それを移動させる魔力はまた10は消費する。
それを魔王城まで……
「魔法で移動は現実的じゃないな……」
「じゃあ歩いて移動するか?
誰かさんのお陰で、この頃ガーナ派の魔物が見えなくなって、
馬車が行き交うようになったしな」
こちらを見て「ホント凄い魔法使いだよな」なんて笑った。
「馬車ねえ」
ありかも、なんて思った矢先、
カイは「あ、でも道が凸凹で、遠い距離は走ってないんだっけ」なんて言う。
「でも、頑張れば魔王城まで馬車で行けるんだよね?」
「頑張れたらな。それが出来なかったから、勇者も苦労したんだよ」
「どういうこと?」
「昔な、魔王城から半径数千キロまでは特殊な結界が貼られていて、
そこには誰も村を作らなかった。理由は結界内に入ると、精神が狂うんだと。
その言い伝えのせいで、結界が無くなった今でも、縁起が悪いから民家は一つもないんだ」
だからと歩きは現実的じゃない。
だいたいノヴァラが完全に封じられた訳でもない。
使った封霊の宝玉は試作品なのだ。
「そういえば、ラザルさん達が運んでた部品……」
「おいおい、何処に行くんだよ」
「ついてくれば分かるよ」
あの部品だけじゃ、全く分からなかったけれど、
“魔法の歴史に刻まれる世紀の大発明品”というフレーズとシャルム村の杖専門店で、
秋の記憶が蘇ったのだ。
「小さな村には不釣り合いなほどの、随分とお洒落な店だな」
「まあね」
私は店に入ると、相も変わらず、執事服のテュリーさんが丁寧にお辞儀をして、出迎えてくれた。
彼は私だと気づくなり、目をまん丸くして「おぉ!アイロラ様!」とすっ飛んできた。
「こっ、こんにちは……お久しぶりです」
「聞いてくださいよ!遂にあれの量産が成功しました!」
やっぱり私の感は外れてなかったか。良かった。
状況が読めないカイは、「あれってなんだ?」と頭上にクエスチョンマークを浮かばせていた。
「これはすみませんでした。
あれとは、少量の魔力で空を飛ぶことのできる箒。
ズバリ!魔法の箒のことです!」
カイは信じていないのか、「はあ」とこちらを見てきた。
「ホントだよ、カイ。
まあ、耐久性が問題だけれど」
「それはもう解決できました」
「そうだったのですね、実は、その箒が今すぐ必要でして。
いくらで買えるのですか?」
どうしたのか、テュリーさんは申し訳なさそうな表情になる。
「実は今日運ばれてくる部品が来れば、
販売を始めるつもりだったんですよ。
ただ、まだその部品が来なくて」
私とカイはお互いに顔を見合わせて「あれだ」と呟く。
「何か知っているのですか?」
「ラザルさんですよね?実は道中魔物に襲われてしまい、
馬車を壊されたので、そこから手ですべて運んでくるとか」
売るのを楽しみにしていたのだろう、「それは大変でしたね」なんて肩を落とした。
「部品が届くのなら、ここで待ちますか?」
「いや、試作品でも良いので売ってください!」
まるで何かに追われているような、私の切羽詰まった様子に、
テュリーさんはあえて聞かず、しばらく考えてから「少し待ってください」とお店を出て行った。
二人だけになり、静寂がおりかけた時だった。
我慢の出来なくなったカイが、私と目線を合わせてゆっくり話した。
優しく、それでいて静かに。
「これから何が起きる」
「え?」
「ティア、お前の動きは結末を知っているように感じるんだよ。
もちろん間違ってたなら、そう言ってくれ。
でも、合っているんなら教えてくれ」
その問いに対して、反射的に生まれた気持ちに、
私はもう彼の事を当てにしていないと察したとき、
初めて自分の中で、人間にはなくてはならないものが、壊れている事に気が付いた。
《説明しても無駄、そう思ったんでしょ?
あはは!そうだよね~
どうせカイはノヴァラを倒すことができない、
魔力量的にも、剣術的にも——
それだったら時間を優先して、彼をパニックにさせないように誤魔化すよね》
知らず知らずのうちに、私は影に似てきていた。
いや、私の感情は、もしかしたら、影とは似て非なるものかもしれない。
どうしてだろうか、影の方が、まだ人になくてはならない温もりがあった。
私は「今は説明できない」そう静かに言葉を紡いだ。
「次、貴方が覚えていたのなら、聞いて」
「どう聞けばいいんだ?」
「"何人目だ"って。そうしたら頼ると思う。まだ……立てていたのなら……」
でも、次があるとは限らない。これは賭けだ。
《人の心を失ったね》
そう、私はこの時、ループを受け入れていた。
冷静とは違う、諦めに近しい落ち着きがあった——
—— 命の重さが分からなくなっていた ——
人は一秒たりとも手に入れてはならない。
掛け替えのない物だから。瞬間も尊く感じる。
生きてる実感に、喜ぶことができる。
時間を手に入れた人間は、死んだも同然なのだろう。
「ティア……どうしちまったんだよ」
「ほんと、どうしちゃったんだろうね」
でもそんな事を思った所で。だ。
私はテュリーさんが戻って来る足音に、
「カイ、好きだよ。どんなに多くの物を失っても、この気持ちは消えない」そう彼の大きな手を撫でた。
この気持ちだけは、時の狭間に落としちゃ駄目だ。
「お待たせしました」
「始めの試作品とは形が違いますね」
両手に抱えられたその箒は、
左右に木製の盾が着いていたのだ。
「この左右の木製の盾が、
ブレや箒本体の強度を保つ役目をしています。
なので、左右の盾を壊されたら、
初めの試作品以下の最悪な性能にまで落ちます」
躊躇いもなく箒を受け取ると、
テュリーさんは「アイロラ様!」と去ろうとする私を呼び止めた。
「貴女は一人だけです。アイロラ様。
私には何を背負っているのか分かりません。でも、これだけは言えます――」
—— どうか、命を粗末に使わないでください ——
私はその言葉もまた聞くことになるのだろうと、
そう軽視して「分かってる」と背中を向けた。
何度も繰り返される劇だ。
この舞台にはもう、一秒はおろか、刹那にも価値はない。
〇
何故だろうか、この流れに既視感を感じた。
言葉では言い表せず、何故そう感じたのか自分でもわからない。でも――
「ティア、俺はお前が好きだ」
もう俺たちの旅が終わるのも、まもなくなのだと、血肉が囁いた気がした。
だから、一秒も惜しい状況だから、俺はそんな場違いな台詞を、前で箒を操る彼女に伝えた。
一瞬肩が跳ねた彼女は、振り向くことなく、
ただ「私も。好き」と、温もりのない空っぽの言葉を呟く。
きっと言葉は届いていない、けれど、俺はそれでもよかった。
伝えられないままは嫌だったから。
「ははは……何だよその反応。
あんなに好きだって言ってくれたくせにさ。
もしかして恥ずかしがってるのか?」
あの秋の時みたいに、最後くらい話したい。
刹那的な瞬間も、俺は彼女の姿を脳に焼き付けたい。
西日が俺たちに、終わりを告げる様にオレンジ色に染め上げた。
その陰影のコントラストは、
ティアの背中を、いつもより小さく、頼りなく、映し出す。
「もう夕方か。帰る時間だな」
微かにティアの身体が震えた。
それでもう俺は察した——終わりなのだと。
彼女は箒に魔力を込めてスピードを上げた。
森林の海を抜けて茶色い地肌を出した地平線に出る。
「なんであんな所にガーナさんが」
予想外の人物に、ティアの視線がそちらを向く――その時だった。
「ッチ!」
二本の氷柱が箒の左右についている盾を壊し、
制御が不能になった箒は俺たちを振り落とした。
身体を躍らせて落ちてゆく彼女を包み込むように抱きしめて、そっと耳元で囁いた。
「どんなに繰り返しても、絶対に俺はお前を助けるからな」
物語だと、こういう死ぬ寸前の場面はロマンチックな展開だろう。
地面に叩きつけられてもなお、
何故か死なない男は、最後に一言カッコイイ台詞を言い残し、彼女の胸に抱かれながら息絶える。
こういうのが定番だ。
だが、神というのは万人受けなんて知ったこっちゃない。
息が吸えなくなり、視界が白く覆われて手足の感覚が無くなる。
「カイ!」
俺は大地に叩きつけられる前に、気を失った。
血管迷走神経反射なんて、人間らしいものが俺にあるなんてな。
地面に叩きつけられ、ティアは俺から放り投げられて、リュックと共に地面に転がる。
「カイ。今度は上手くやるから」
骨はほとんど折れて、内臓は破裂。
見るに堪えない関節の曲がり方をして倒れている俺に、
ティアは、顔を歪めることも無かった。
ただ。カイという登場人物が死んでしまった。
次が嫌でもあると、彼女は知っていたから、その場面に気持ちが動くことがなかった。
「それでこそ、わたくしの王子さまですわ。
えぇ……弱い方など、ふさわしくはございませんもの。
王子さまにふさわしいのは――このわたくしだけ。
そうでしょう……?」
ティアは空を仰ぎ静かに答える。
「私にふさわしい生き物なんていないよ。
時と干渉してしまった生き物は、
それはもう、魔物よりも愚かで醜いナニカなのだから」
その横顔に、ノヴァラは両手で頬を押さえてとろけた表情をする。
「その呪い……まさか、時空の妖精を生贄にして生まれたものですの?
あぁ……なんて眩いのでしょう。
典麗、艶麗、秀麗――
どれほど言葉を重ねても、王子さまを言い表すには足りませんわ。
……欲しい。
凍らせて、わたくしのお部屋に飾ってしまいたいほどに。
朝から夜まで――ずっと、ご一緒していたいのですもの」
逃げないティアの前に、ノヴァラは両手を広げて優しく包み込んだ。
肺の内側まで冷えて、息が細くなる。
全身の冷気が、ティアをゆっくりと凍らせていくのだった。
「大丈夫かよ」
あれ?
「足元には注意しろよ?」
このセリフに、この部屋。
初めてのはずなのに既視感がある。
でも。既視感があるだけで、それ以上その域を出ることができず。
昨晩の夢を思い出すかの如く、思い出せそうで、思い出せず、
大切なことを忘れていたような感覚だけが、胸の中で気持ち悪く居座った。
「ヴッ……ごめん」
ティアは、身体を支える俺の手を振り払い、
走って部屋を出て洗面所へ向かうのだった。
身体が勝手に動いた。
その夢を辿るように——
「やっぱり。けれどどうなってる。
何でこんな記憶が?
いや、誰がこんな記憶を?」
膝をつき拾い上げた、宝玉に目を細めた。
脳は覚えてないのに、血肉が知っているようだった。




