37話目 2000
「変わらないな」
いろいろなことが立て続けで起きる毎日だからか、
ナタ村に来たのが一か月くらい前の話に感じていた。
騒がしい日々を送っていたから、
村ののどかな空気は、少々奇妙に感じる程だった。
「ここがナタ村ってところか?」
「そう、クリャトナ族のナタ派が住む村、良い所だよ」
村長の家へ目指している時だった。
「あ、ラザルさん」
懐かしい姿を見て思わず呼んだ私に、
ラザルさんは振り向いてくれた。
その顔は、見違えるように生き生きとしていて、
今の私の方が、昔のラザルさんの様だった。
彼は、雑貨屋のおばちゃんと居たらしく、二人して駆け寄って来た。
「なんだい、村長と居なくなったと思ったら。元気そうで安心したよ」
「アイロラさん、また会えてうれしいです」
「私も、二人に会えて良かったです。元気そうで……
ラザルさんは今何をされているのですか?」
ラザルさんは馬車の方を指さして、
「この店主様にこき使われて、魔道具の運び屋をしてるんです」と、
大げさに悲しそうな表情をする。
そんな店主様は「どれだけアンタを見てやったと思ってるんだい、っつたく」と、
ラザルさんの背中を叩いた。
「二人共仲が良いんですね。
魔道具って、何処まで行かれているのですか?」
「シャルム村ですよ、ここらへんだと、そこしかないですからね」
ナタ村の周辺はあまり探索をしていなかったから、知らなかったけれど、
ラザルさん曰く、シャルムまで、馬車でなら3時間で行けるのだとか。
他愛のない話をしていると、今が良い夢を見ているような感覚を覚えた。
けれど、私の背中には重たい現実がのしかかっているのだ、
それを思い出した瞬間に、この再会に芽生える感情が、表情に落ちる陰にのまれて、
二人の笑い声が、ひどく遠くに聞こえた。
「ここがその村長の家か?」
「そう、村長であり、別の世界線の私の家」
部屋の中はあの時から時間が止まったように、そのままだった。
誰も家に入らなかったのかと思うと、
村の人達の性格の良さがうかがえて、ずっと居たくなった。
鍵の掛かった部屋は、周りの部屋とは別で、
隠すように、ドアを一枚挟んだ先にあるのだ。
「は~、このドアだけ雰囲気が違うな」
「確かに……ただのドアじゃない感じがする」
嫌な予感。
鍵を差し込み、ドアノブを握った時に、微かに魔力を感じたのだ。
目を細めて、深呼吸をしてから思いっきりドアを開く ——その刹那
窓はガタガタと軋み、
部屋中に垂れ下がった帯状の紙が乾いた音をたてながら舞い上がる
「――ッツ」
風の様な生温かな何かが私を襲う。
私を呑み込む瞬間、
耳元で「バトンはつなぎました」という私の声が聞こえて、視界は大きく歪んだ。
思わず倒れかけたところで、カイに抱きかかえられる。
「ありがとうカイ」
「大丈夫かよ、足元には注意しろよ?」
いや、違う。
足に力が抜けたんだ。
部屋から魔力を感じなくなったことを察するに、これはきっと呪術の類。
「身体に異常は無い」
と思っていたが、視界の右上に、
最初からそこにあったみたいに数字が浮かんでいて、背筋が凍りついた。
何を現しているのか。
私はこれが、別の世界線の私が仕組んだモノだと思い、
荒れた部屋の中をやみくもに漁った。
ヒントになりそうなものはないかと。
「ガラスの球が結構落ちてるな。
割れてるけどなんなんだこれ?」
「文字が刻まれてる……」
窓から射す陽にかざす破片に目を細めた。
薄く見えるルーン文字に私はハッとした。
「――封霊の宝玉の破片」
腰にぶら下がる同じ宝玉に、視線を落とす。
私は自分で作っていたのか。
「ここにあるのはその試作品だろうね」
「へ~宝玉って実在したんだな」
「そんなに珍しいの?」
「まあな、魔王が死んだ後だったかな、
封霊の宝玉で使われている術式は禁術として扱われて、
国内で作成をすることが禁止されたんだ。
それから、もう作り方を知っている者は居なくなった」
カイから放り投げられた、唯一綺麗に残っていた宝玉をキャッチして、
私はそれを見つめながら「ふーん」と言う。
「それにしても、このジャングルのツタみてえな紙には、びっしりと文字が書いてあるな」
「そうだね、時刻とその時何が起きたかの記録。まるでこの一本の紙が世界線のよう」
「だな、でも全て、11月で記録が途絶えてる。ちょうど今ぐらいだな」
この数字と関係あるのかと思ったけれど、
それらしき情報は無く、私は一息ついた。
相当長く居たのか、太陽は既に真上にあった。
カイも「お腹が減ったな」なんて呟く。
「あ、大杖、スピちゃんが言っていたのはこれかあ」
無造作に床に転がっている大杖を拾い上げた。
カイは近寄り、覗き込んだ。
「対ノヴァラ用の大杖だっけ?違いはあるのか?」
私はリュックに刺している自分の大杖と見比べるが、
素人目から見ても全然違った。
握った瞬間に力がみなぎる感覚がする。
まるで体の一部のように、抵抗なく魔力が送れて、それでいて軽い。
杖の存在感を感じさせないのだ。
凄い。けれど、これを手にした時、私は自分が怖くなった。
"この杖さえあればノヴァラを殺せる"
きっと造作もないだろう。
それを今分かってしまったからこそ、困難に当たった時、
クリャトナ族をノヴァラを、ノヴァラを、助ける気持ちが簡単に崩れるのではないかと——思ってしまった。
「最強な武器ってのは恐ろしいね」
「なんだそれ」
カイは「まるで悪役のような台詞だな」なんて茶化すが、
私の影の落ちる横顔に、「お前は力に任せるほど幼くないのを俺は知ってる」そう、優しく私の頭を撫でる。
「だと……いいけれど」
この杖を持つ前から揺らいでいた。揺らぎっぱなしだった。
辛くてこんなに苦しいのなら、いっそのこと全てを無くしてしまおうと、
無属性魔法を習得した秋からずっと思っていた。
「一応これで大杖は回収できたね」
カイの方を振り向いた時だった。
窓越しから伝わる覚えのある感覚に、身体が勝手に動く。
「カイ伏せて!」
彼を押し倒し、魔法陣を展開させる強い魔力に、私も魔法陣を展開させた。
「スティールドミニオン!」
半球状の壁を展開させるや否や、光線が壁を破り家を崩壊させる。
耳を狂わす轟音に、私は生きた心地がしなくなる。
いやだ、もうカイを失いたくない。
薄暗い中で、キュッと彼の服を握り丸くなる私に、
カイだって何が起こっているのか分からず怖いはずなのに、
「ティア、大丈夫」そう落ち着かせようと抱きしめて
「もう、いやだ」
なんで?ヒョウズ村で再会する約束のはずなのに。
なんでこうなるの?
カイの顔をみると、彼も口ではそう言っていたが、私以上に恐怖を感じていたのだろう、
手は酷く震えていた。
私がしっかりしなければならない。
その現実が、さらに精神を蝕んだ。
「良い?カイ、きっと相手はノヴァラだから、
私にしか見向きしないはず、
だから、魔法を解いたらすぐに逃げて」
「ティア、俺は――」
「お願い!貴方だけは生きて」
懇願にも似た必死な言葉、強く抱きしめる私に、
彼は何も言えず「死ぬなよ」そう無力な自分に歯を食いしばった。
「行くよ」
壁を解いた。すると再び光線がこちらに襲い掛かる。
詠唱などしてる猶予はない。
「私は気にせず早く逃げて」
カイは、その言葉に少し迷いながらも「ごめん」そう走り出す。
「せっかく一緒に旅をできると思ったのに」
片手で、封霊の宝玉を割れないように抱いて、左手を前に着きのばす。
この瞬間、死ぬかもしれないというのに、怖いはずなのに——笑っていた。
気持ちよかった。
《殺しちゃいなよ?私とカイの仲を邪魔する奴なんてさ》
影の言葉が耳元でする。
「失せろ」
奥歯を食いしばり、着きのばした手から、
魔力を凝縮させて作り出す強固の壁を出した。
どうしてだろうか、その時の数秒間だけゆっくりに感じた。
目の前で舞う図形と術式の様な文字がびっしりと書かれた紙が、目に焼き付いた。
まるで。何か意味があるかのように。
だが、そんな事は一瞬にすぎない、
凄い勢いで、右上の数字が減っているのに気が付く。
白文字が、徐々に赤くなっていった。
「さっきまで2000ぐらいあったのに」
今じゃ700まで減っている、魔力に反応するのか?
その赤は、まるで予期せぬことが起きるような警告色に感じて、息を呑む。
魔法を解いて、ゴーストイーターさんを握り、
舞う砂埃は、ベールのごとく私の視界を覆うが、魔力を頼りに突っ走った。
彼女に近づくにつれ、持っていた封霊の宝玉は強く発光し始める。
「ノヴァラアァァァァァア!」
「あはは……
わたくしの王子さま、待つなんてできませんでしたの。
ですから――わたくしから、会いに参りましたわ♡」
足元から魔法陣が広がり、
急いで身体を翻し地面から付きあがる氷柱を回避した——
「ッツ——」
回避した時、
視界の端に映った光景に、私は心臓が止まりそうになり、
思考が真っ白になる。
カイが、倒れていた。
声が出なかった。
――もう動かない、と本能が確信する。
カイが、死んだ。
それだけが、脳に浮かんだ。
それだけしか、私の中にはもう残らなかった。
理性も、何もかもを置き去りにして、
私は知らない間に、影に全てを委ねていた。
《それで良かったんだよ、私》
ゴーストイーターさんが何かを叫んでいたけれど、
私の耳には既に届いていなかった。
「あぁ……これが王子さまの本当のお姿ですのね。
ふふ……素敵。
さすがですわ、わたくしの王子さま……
とても格好よろしゅうございますこと」
「キモイんだよ」
キッと睨む、どんな剣よりも鋭い視線に、
ノヴァラはさらに頬を赤く染めて息を荒くする。
「早く!わたくしを——」
ノヴァラがセルフを言い切る前に、音もなく声を奪った。
首が高く跳ね飛ぶ。
それと同時に、周りの家や山も消し飛んで、辺り一帯が平地と化した。
全てが無に帰ったその刹那、右の数字が-168になり、視界は暗転したのだった。
「――っは!」
目を覚ます。と、私は死んだはずの——
「カイ?何で生きてるの?」
カイに支えられていた。
顔色を真っ青にする私に、
カイは不思議そうな顔をして、
「本当に大丈夫か?」なんて目の前でひらひらと手を振った。
死んだ人が蘇る……いや、人だけじゃない、崩壊したはずの家も。
窓を開けて唖然とする私に、カイは「なんかこの部屋……」そう言いかけて呟くのをやめた。
小さい声のはずだったのに、その時だけは、意味ありげに大きく聞こえた。
胸の鼓動が早くなる。
確信したくないけれど——
右上の数字が2000に戻っていた。
「時間が、巻き戻ってる」
逃げ道は最初から塞がれていた。




