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良い旅を、旅人さん  作者: 江戸前餡子
冬の章

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36話目 真実の温度

―― 少し未来


 魔王城の中庭、星降る空を見上げる私の頭に、ザハールは手を乗っける。

 優しく微笑む顔に、私はお父さんに会え実感が湧き、

 少し気恥ずかしかなってしまい、目を逸らした。


「ごめんね、僕は最低な父親だったよ。娘に何もかも背負わせてしまうなんてさ。

 ヒューズの方がよっぽど父親らしかっただろうな。無口な奴だけど」


 でも、真実からは目を逸らせない。

 小さく頷くと、ザハールは真剣な表情になり、

 「初めに言っとくけれど、ティアは勇者でも何でもない、ガーンバ村のどこにでもいる普通の少女だ。

だから、強制じゃない」と頭にのせていた手を降ろして空を仰ぐ。


 重い空気と耳障りな無音が、緊張を煽り私は息を呑んだ。


「精霊族とクリャトナ族が仲良くなったら、ティアは――」


 そこからの言葉は、ショックのあまり耳に届かなかった。

 胸の底から冷たい感触が広がり、頭が真っ白になる。


「私の存在が……消える」


 どれだけ頑張っても、結局この世界は私を幸せにしてくれない。

 胸の奥が、冷たくひび割れた。


 ——壊したい。この”筋書き”ごと


「あぁ……もう駄目だ」


 私をあざ笑うように見下ろす満天の星空が、残酷なほどきれいで、私は運命を恨んだ。



—— 時は戻して現在


 スピちゃんたち、時空の精霊の住む場所は、

 大陸のどこかにあるというわけでもなく、全く別の異世界だった。


「時空の精霊さん達はこのお城に住んでいるのですか?ほかに大陸とかは」

「ありません、他の精霊とは違い、

 私達は時空の観測者に近いので、本来あまり下界の生き物とは接触をしないのです」


 どこまでも真白な空間、そこには、帯状のいろんな色をした線があった。

 切れて無くなるものもあれば、分岐して新たに伸びるのも。


「蔓が伸びたジャングルみたいだな」

「あのリボンが、世界線です。ほとんどはアイロラ様が生んだものですが」


 私は言葉が出ず、音にもならない息が漏れ出た。

 瞼裏に浮かんだのは、別の世界線の”私”の横顔だった。

 凄い——でもそれ以上に、怖い。

 

 別れ際の言葉が、耳の奥でよみがえったからだ。


「時は、容赦しない……か」


 その一言が、胸の奥に沈み、私は目を細めた。


「もうそろそろで着きます」


 リボンに囲まれる中に、純白な城があり、

 私達を乗せたクジラはゆっくりとそこへ着陸した。

 

「あれ?」

「ティア、何かしたのか?」


 え~?いきなり歓迎されてないの?


 私の顔を見るなり、周りに居た精霊達は持っている書類を投げ捨てて逃げて行ってしまった。

 「もしかして、禁術ですか?」と聞くと、案内をしてくれた精霊さんは頷いた。


「ティアさんは、時空を歪ませるだけでなく、数えきれない程の精霊を殺しましたから」

「確かに、そんな殺人鬼が平然と現れたら、みんな逃げますよね」


 私も逃げます。


 そんな中、奥から煌びやかなドレスに身を包んだスピちゃんが、

 どうしたと言いたげに様子を見に来た。


「あっ!ティーちゃん!」


 スピちゃんは駆け寄ろうとしたが、隣に居た精霊が咳ばらいをすると、

 直ぐに落ち着いた様子で「よくぞお越しくださいましたわ、ルイ・アイロラの御子――ティア・アイロラ」なんて、

 実に慣れてない様子で、丁寧に話し始めた。


 吹き出しそうになる私に、

 「こうしなきゃ怒るのよ」とスピちゃんは耳打ちをした。


「そちらのお方は、たしかカイ・ベルカ様でいらっしゃいますわね。

わたくし、大精霊スピカ=ルクレール=メモリーと申します。

ようこそお越しくださいましたわ、時空の精霊たちが住まうこの世界へ」


 ぎこちなく、ロングスカートのすそを持ち上げて、深く頭を下げる彼女に対して、

 流石はいろんな人の用心棒をしてきた経験があって、

 カイは慣れたように、右足を一歩後ろへ下げて、

 左手を上げ、弘を描くように右におろし深くお辞儀をする。


「生きてるうちにスピカ=ルクレール=メモリー様にお目にかかれるなんて、感激でございます」

 

 貴族のような話し方に、私はカイが知らない人物に見えて、

 驚きのあまり口を開けて見てしまった。

 彼は彼で、そんな私に舌打ちをした。


「んだよ」

「別に、一瞬知らない人に見えた」

「用心棒をしてれば身につけなきゃいけないのよ」


 馬鹿にするように頭を撫でてくる、

 馴れ馴れしい手を払いのけて鼻を鳴らす。

 その様子にスピちゃんは、

 「ティーちゃんが、他の男に取られた」なんてショックを受けた顔をしていた。


「誤解のある言い方!」

「おいティア」

「あ……」


 私もカイを見習わなきゃ。


 周りからの、この無礼者と言うような視線に口を押えて、

 「おほほ、面白い事をいうこと」なんて滅茶苦茶な言葉使いをした。


 それに、スピちゃんは、「ティア、無理をなさらなくてもよろしくてよ」なんて、

 静かに微笑んだ。

 

 口がぴくぴくしてる辺り、今すぐにでも大笑いしたいんだろうな。


「ここへおいでになったということは、

 別の世界線のティア様を、恙なくお見送り申し上げた後――ということですわね」

「うん、それとガーナ派にも会ったの」


 玉座の間に導かれて、彼女は「そうですか」とそのまま玉座に腰を下ろす。

 その姿に、初めて、彼女が偉い人なのだと認識する。

 書庫に引きこもっていた彼女を思い出すと、

 雰囲気が違うように感じて、変に緊張をしてしまう。


「どうすれば良いの?いろんな世界線を見てきたスピちゃんなら知っているのでしょ?」

「ええ、存じておりますわ。けれど、すべてをお話しする前に――

 一度ナタ村へお戻りなさいませ。

 そして、別の世界線のティア様のお部屋より、

 ルイ・アイロラ様がお創りになった“対ノヴァラ用の大杖”をお回収なさって。

 その後、北の果てにございます魔王城へ、お向かいなさい」


 嫌な予感がした、まだ私の知らない真実があるのではないかと。

 それを知ってしまったら、きっとこのノヴァラを、

 クリャトナ族を救うという気持ちが――揺らいでしまうから。


「なんで」


 その言葉が、先に出た。

 もう知りたくなかった。

 これ以上。

 何も。


「知らねばなりませんわ」

「でも……」


 瞳に不安な色を揺らした時、

 彼女は優しく「本来、それは貴女が背負うべきものではございませんわ。

 どうか、ご自身を大切になさってくださいまし」と言った。


 優しかった。けれど、何処か冷たく感じた。

 突き放されたようで、言葉を失う。


 お友達だと思っていたのに。


 夏の時、お互いに支えあったから、

 そんな気持ちを、スピちゃんが気づかないはずもなく、

 彼女は拳を握り、必死に伝えようとした。


「大事だから言ってるの。お願い、信じて。

 スピカね、ティーちゃんが苦しむ姿、もう見たくないんだ。

 今さらって思うよね、きっと。

 分かってなんて言わない。でも……信じて。

 ナタ村に戻って、大杖を回収して、

 それから魔王城へ行って、お父さんと向き合って」

「なら、スピちゃんが教えてよ」

「駄目。ティーちゃんの旅の目的は、お父さんとちゃんと話すことでしょ?

 その旅を終わらせるために、まずは行きなさい。

 それで……お父さんから全部聞いたあと、

 それでもスピカを助けたいって思うなら、来て。

 その時はさ——

 この玉座なんて捨てて、全力でティーちゃんの味方するから」


 そのまなざしは、まっすぐで、嘘がなく。

 私はそれ以上何も言えなかった。

 

「分かった」

「……ありがと。

 それなら、これを」


 スピちゃんは、隣に立つ精霊に鍵を持たせて、私に渡す。

 手に乗っかる鍵の、冷たい金属が、心をざわつかせた。


 真実に温度があるのなら、きっとこのぐらい冷たいんだろうな。

 掌(てのひら)が、逃げ道を塞いだ。


 私は悟った。

 ——これは、別の世界線の私が敷いた道だ。

 逃げ道は、最初から塞がれていた。


「その部屋には、あらゆる世界線を巡ったティア・アイロラの歩み――

 その全てが、余すところなく収められておりますの」

「また、知らなきゃいけないんだね」


 震える手をグッと握り、深呼吸をした。

 不安を吐き出すように。


「行ってきます」

「行ってらっしゃいませ。

 最後の旅路が、どうか幸いに満ちたものとなりますよう、

 お祈りしておりますわ」


 スピちゃんに続き精霊の皆が、私に両の手を組んで祈った。


 私も背を向けた瞬間に、目を瞑る。

 これ以上、何も起きないことを、目を瞑って祈ってから、再び歩き出すのだった。

 

 その小さすぎる背中を見て、スピちゃんは、一歩前に出る。

 今にも飛び出そうな言葉が喉元まで来ていた。

 が、隣に居た精霊に、肩を優しく触られて踏みとどまる。


「私は、大切な人を見殺しにしてしまった――」


 頭に乗せた王冠が恥ずかしくて、

 それを乗せている自分が嫌いになっていた。

 でも、今の気持ちを言語化も出来なかった。

 

 だからスピちゃんは、まだ旅に少しばかりの希望を抱いている私の後姿に、

 一言、呟くのが精一杯だった。


―― ごめんなさい ――

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