35話目 言葉という魔法
華々しい栄光の落とす影は、果てしない闇だった。
知らぬが仏とはよく言ったものだ。
《やっぱり拷問部屋は、自分の家より離れた所か、
ケケッ、なかなか良く作られたところだな》
ベルカの魔力を辿り、着いたところは町の端。
小さな倉庫の絨毯をめくると、扉があり、
開けてみると、何処までも続く階段が伸びていた。
「魔物達と作ったのでしょうね、石畳に変わった足跡が付いていますよ」
あらゆる足跡の刻まれた石畳を見ているだけで、
本当に、ガーナ派と魔物が力を合わせて共存していた事が分かり、胸が締め付ける思いになった。
全人類が、ガーナ派の様になれば、もっと平和になったはず。
「彼らの思想を肯定をするわけではないですが……
ガーナさんは、人類の成し遂げられなかった偉大の事をされていたんですね」
《ケケッ、生きる時代が悪かったな》
やるせない気持ちにため息が出た、その時だった。
「――ッツ」
視界が大きく眩んで、膝から崩れ落ちた。
床に頭を打ち付けて倒れる私に、
リュックから放り出されたゴーストイーターさんは、《おい!ティア大丈夫か!》と必死に声を掛ける。
大丈夫、そう言いたかったけれど、
口はおろか、全身が動くことができず、その状態に私は死を覚悟するのだった。
しばらくしてようやく全身に感覚が戻り、
「もう大丈夫です」とゴーストイーターさんと杖を拾い上げた。
「やっぱり魔力量の回復が遅くなっている気がします、夏からなんですよ」
夏というワードに、ゴーストイーターさんは《なるほどな》と何か分かったようで、話し始めた。
《夏の時に使った、禁術が原因だな》
「禁術が?何故」
《ティア、お前の使った、セリオス・エクスターミネイトっていう禁術は、
精霊そのものを武器に変えて敵だと認知する物を殺す術だ
大精霊を助けたから、今は魔力の供給を絶たれなかったものの、
普通なら、精霊族全員を敵に回すから、
殺されても当然の魔法なんだぜ?》
それを、早く言ってくださいよ……
「困りましたね」
《そうだな、ノヴァラを倒せる力は持っている、けれど、
倒せばきっと時空を動かす禁術を使う程の魔力量は残ってないだろうな》
「回復薬も高いし……考えるのは後にしましょう」
さっきから聞こえる、
「アイロラなのか?」なんて弱々しいベルカの声に、私はとりあえず意識をやった。
ゴーストイーターさんも《はやくお姫様を助けに行こうぜ》なんて呑気に笑う。
「アイロラ……」
私が柵の前に立つと、ゆっくり身体を起こして、
目で確かめた瞬間、「本物だ」と信じられないというように口を開いた。
顔はげっそりしていたものの、
床に散らばる料理や割れた食器を見るに、彼が食べなかったのが一目でわかる。
「食べれなくて当然ですよね」
牢の鍵をゴーストイーターさんで壊して中に入り、リュックからパンを渡す。
「これなら、食べれるでしょ」
「アイロラ……なんで」
目頭に溜まる涙は、パンを受け取った瞬間、私の指を触れた瞬間――ゆっくりと流れ落ちた。
生き延びた、救われた。その実感を、彼に与えたのだ。
「良かった、助かった。俺は、生きてるんだ」
何度も呟いては、生きてる喜びをパンと一緒に噛み締めた。
この姿を見て、私は“正義は暴力でしかない”事を実感した。
「水晶で血だらけの床を見た時は、ヒヤッとしたけど、
まさかこんな安っぽい演技だったなんてね」
実際は、血の様に見せかけた赤い塗料が、床にまき散らしてあり、
ベルカの腹の傷も、浅かった。
けれど、ガーナがトラウマだった彼にとっては、そんな浅い傷でも、こんなになる程の深い傷を魂に負わせたのは事実。
「アイロラ……」
ベルカの震えた指先が、私の頬の傷を撫でた。
ピリッと痛むけれど、それよりも、心配をしてくれたことが嬉しくて、笑みがこぼれた。
「大した傷じゃないです、自分でつけたので」
頬にある彼の手を握り、真剣な顔になる。
高鳴る鼓動を抑えながら、私はゆっくりと、慎重に言葉を出した。
「私は貴方が好きです。一緒に居てほしい」
でも怖かった、これからするのは、歴史を変える冒険になるのだ。
敵はノヴァラで、私は既にまともに魔力の回復ができない。
だから、大好きなこの人を、危険な場所に巻き沿いにしたくない気持ちもあった。
「ここからは、旅なんて優しいものではありません、
死ぬのを覚悟しなきゃいけない、
明日の朝九時にリブロ・ディ・マージア都市の噴水で待っていますから、
ゆっくり考えてください」
「アイロラ……俺は――」
うまく言葉がつづれない彼を、私は抱き締めて「今は答えを出さなくていいです。これ以上お別れはしたくないから」そう耳元で囁いて立ち上がった。
「アイロラ!」
大好きな声が聞けなくなるかもしれない。一人が怖い。
けれど。言葉は呪いになる。ここで「来てほしい」と言えば彼は来てくれるだろう。
でも、この人だけは、巻き込みたくないという気持ちが、「生きて」そう言葉をこぼさせた。
肩越しに振り向いてから彼の顔を最後に見て、私はその場を走って立ち去った。
私を助けて、ベルカ。
朝8時40分――
「来ないと良いですね」
《来てほしいくせに、臆病な所、治ってないな》
「大切な人を死なせたくないのは誰だって思うでしょ」
噴水を眺めながら、ベンチの上で膝を抱える私は、
昨日の出来事を思い出して、少し赤面する。
あ~なんであの時、抱き締めてしまったんだ!バカ!私のバカ!
「これで来なかったら、本当に黒歴史だ。
もう恋なんてできないかも」
《ガキが何言ってんだか》
「うっさいな」
こんなやり取りをしたのはいつぶりだろうか、
そう思ったとき、この秋が、どれだけ自分に余裕がなかったのかを再確認できた。
少しは――強くなれたのかな。
「アイロラ様」
フッと覆う影とその声に、私は驚いて「ガーナさん!?」なんて声の方を見た。
「来たという事は、一緒に時空の精霊族の所へ?」
「いえ、我々は向かいます、ノヴァラ様の所へ」
「では……」
先頭のガーナは、後ろに居る20人の仲間の顔を見渡してから、
「ヒョウズ村へ」と私に手を差し伸べた。
「最後に、我々の言葉に耳を傾けてくれてのが嬉しかった、ありがとう」
「そうですか」
「はい」
そう握手を交わし、彼らは「良き旅を」と私に会釈をして去って行った。
その背中を見ながら、ゴーストイーターさんは《こっからヒョウズは直ぐだ、アイツらは分かってるんだろうな、もう戻れない事が》そう静かに言った。
「鳥の目を借りたんですね」
《だな、まあでも、自分たちの崇める神に殺されるんだ。
盲目の信者にとっては、この上ない御褒美だろうよ》
私は、彼らの背中を見て、「この悪魔」と目を細める。
その迷いの無い背中には、光が差していた。
《邪神な》
「うるさい」
その時だった――
「ごきげんよう!魔剣のお嬢さん。
大剣のイケメンはどうだい?」
前を見ると、彼が居た。
初めてそのセリフを聞いた時は、嫌悪感しかなかったけれど、
今の私には、これ程心が救われた言葉はなかった。
「あれ~?貴方は誰でしたっけ~?
大楯のイケメンなら知っていますけど」
「俺の名前はカイ・ベルカ」
ベルカは「俺の本名だ。ティア」と膝をついて真剣な眼差しで向き合う。
覚悟を決めた顔つきに、私は頬を赤らめて、視線をそらしたくなった。
「ティアの隣で胸を張って歩けるように、頑張る。だから……」
脳裏で横切る恐怖に、言葉を詰まらせながらも、
彼は「だから、隣に居させてくれ、用心棒ではなく、仲間として」そう不器用に笑った。
その言葉は嬉しくて、でも、こそばゆかった。
「え~?仲間なんですか?」
「今はこれが精一杯だ、ゴメン」
私は「まあそれで良いです、でも――」とベンチから降りてベルカの手を引っ張る。
彼も私に引っ張られるがまま歩きはじめた。
「いつか、貸した50万ギルに値する素敵な言葉を、期待してますよカイ!」
振り返り、白い歯を見せて笑う私に、
彼は「絶対に」と負けないぐらいの笑みを作って、私を抱えて走り出したのだった。
彼の手はもう震えはなく横顔には、大人の力強さが宿っていた。
言葉は、簡単に人の心を動かすことができる。
曖昧で、扱いずらい、美しくも残酷な魔法だ。
それが怖くて、私は勝手に禁術として封印していた。
けれど、ノルド大陸は、そんな私に、冷たくしながらも、
言葉の素晴らしさを教えてくれた気がした。
冬が来る――私の最後の旅が始まる。




