33話目 旅の時間だ。私
はじめは私の手を握って離さなかった"私"だったが、ミアたちと話すにつれて手は離れていった。
手の震えも止まり、ゆっくりと溶けていく表情に、私は仲間の良さを感じる一方。
彼女たちの輪を見て、羨ましくて、少し寂しくも感じた。
「皆さんは全員で踊るのですか?」
「違うわよ、踊るのは私とティンクとスピア、
モスとリーフとグランは楽器担当で、ルミナはライトを担当してる」
「そうよ~♪演出は私にお任せ」
「でも、今回はただの踊りじゃないYO!ダンスと劇の融合、
言葉を使わず身体のみで表現する劇だYO!」
「もしかして村長がケロリン町に行きたいのって、
ミアさんのショーが見たかったからとか?」
「まあね。雑貨屋の店主からチケット貰ったからさ」
他愛のない話をしている中、やっと町が見えてくる。
あと数メートルの時だった。“私”は足を止める。
「どうしたのよティア」
「ミアさんとグランさん達はここで待っていてください」
私に「ガーナ派です」そう耳打ちした。
まただ。魔力量が少なくなってるから、魔力探知に遅れてるのか。
目だけで周りを見ているのに、"私"は顎をしゃくった。
「杖は構えといて。まっすぐ進もう」
「私だけで行こうか?」
「あの女は危険。探知が遅い貴女じゃ勝てないでしょ」
確かに。
「それに、相手は私に用があるみたいだし」
ある数歩前に出た時だった、全身が泥で固められたように重たくなり、
巨大な突風が砂埃を舞い上げて大きな竜巻へと変貌し私達を囲む。
魔力に包まれたせいか空気が重く、緊張の汗が流れる。
「ティア、大丈夫」
一気に顔色が変わり、呼吸の乱れる彼女の手を握り落ち着かせていると、
足元に水晶玉が転がって、ガーナ派の紋章が描かれたカードが地面に突き刺さった。
「――ベルカ」
水晶玉に映された。床に転がるボロボロなベルカの姿。
刃物で刺されたのだろう傷が、あの時よりも増えていて、
真っ赤に染まった床が、どれだけ長く拷問を受けていたのかを物語っていた。
それがどんな言葉よりも強烈に刺さり——
指先から力が抜けて、呼吸が止まった。
受け止めきれない現実。感情すら追い付かず、
言葉が出かけた時には、ガーナ派の人物は逃げる様に竜巻を解いて消え去った。
「落ち着いて、ティア。これは幻術だ。きっとベルカは安全だから」
「そう——だよね。
あの人は強いから……
私なんて……いらない」
どう答えたらいいか。分からなかった。
否定も肯定も、今の彼女には壊す引き金になるのだから。
「とりあえず、今は町に行こう。
ゆっくり、歩こう」
私には、どちらも取らないという選択で精いっぱいだった。
「そう……だね」
背に居るミアたちを見て、やってしまったと後悔の色を薄らとみせるが、
左の手は勝手に動き、魔力の結晶がキラッ、キラッと光る刹那、足元の水晶を粉砕する。
「大丈夫?」
「うん——だいじょう。ぶ」
左手を必死に抑える"私"の表情は、また朝と同じ無機質で冷たいものに戻る。
「ティア」
その時、ミアは左手を握り"私"の目をジッと見た。
手を握られた彼女は、「そんなことしたら——」そう手を振りほどこうとしたが、
ミアの力強い表情に。その温もりに。落ち着いたように、強張った表情がほどけてゆく。
彼女の生きている温度が、"私"の意識を引き戻させたのだ。
「ティア。私達のショーを見てなさい!」
ミアは「アンタ達頑張るわよ!」そう拳を突き上げる。
それに合わせて、一家も「おー!」なんて飛び跳ねた。
一時はどうなるかと思ったが、彼女たちの気持ちが、何もかもを拒む彼女の心に触れた瞬間だった。
「仲間——か。そんな簡単なことを見落としていたせいで、
こんな長く時空を彷徨っていたなんてね」
絆というのは氷みたいなもので、いつか消えて無くなってしまうものだと思っていた。
けれど、最後の最後で、その光景を見て私は学んだ。自分は間違っていたのだと。
私は眼帯を触り、フッと笑った。
「イベントの時間は?」
町に入ると、ミアたちは着替えがあるからと私達と別れた。
"私"はこちらを見てそう首をかしげる。
「もうそろそろだよ、ほら、あそこ、人がいっぱいいるでしょ」
「本当だ」
私は彼女の手を引き「ミア・バンスキーは遅れるので有名なんだよ」と人ごみの中に入っていった。
時間は経ち、雲から月が起き始めた頃。
突然花火が打ちあがった。
と、思いきや、私達が囲む円の中央に炎の柱が昇るや否や、
真っ赤なドレスに身を包むミアが姿を現し、彼女の手拍子と共に、一人ずつリーフさん達が登場した。
最後に出てきたスピアさんが肩で息をしている辺り、彼が皆を運んだのが直ぐに分かった。
「大変だな。彼も」
「スピアさん。力持ち、きっとミアさんが無茶を言ったんだろうね」
"私"はそう静かに笑った。
はじめはノルド大陸に伝わる民族舞踊から始まり、
リーフさんの弦楽器とぺブルの太鼓が奏でるメロディーは、
スピードを上げていき、観客もそれに合わせて、頭の上で手を叩き飛び跳ねる。
「踊りってこんなに盛り上がるんだね。ティアは何回も見てるの?」
「いや、ミアさんのは初めて見た。けど他の踊り子のダンスはこんなに激しくないのは確か」
熱を帯びた掛け声に、圧倒される彼女は目をまん丸くして見入っていた。
音楽は止み、会場が静まり返った時、ルミナの月光が私達をパッと照らす。
ミアは手を"私"の方に伸ばし、ゆっくりと口を開く。
「旅人よ、貴女は今、寒くて暗い場所に居るかもしれない。
心細くて倒れそうかもしれない。
そんな時は、出会った人たちを。私達を。思い出して。
きっと貴女の心を——灯すから」
町中の明かりが消えて、暗闇に包まれた。
音楽が、そよ風のように流れる中、踊るミアが現れたと思えば、次はティンクが現れる。
まるで、断片的に記憶された、楽し気な思い出のように。
旅は辛い事ばかり、だから、一人で旅をする者は、
思い出と明日の希望にすがるしかないのだ。
一人で旅をしてきたミアだからこそ、
それを劇として表現できるのかもしれない。
「ティア、旅は辛い?」
彼女は声を震わして「――辛い」そう静かに言う。
「凄く。辛い――楽しくて、綺麗な思い出が。今の私を苦しめるの」
「そう。私も辛いよ――」
―― 旅の終わりにこんないいものを見せつけられて ――
その言葉に、"私"の顔は弾かれる。
私は眼帯を外して目を閉じた。
開いた時、彼女は「何で」と驚いたように目を見開いた。
「時は容赦しない。良い?
楽な旅をしたいなら、切り捨てなさい。
でも、楽しい旅をしたいのなら。向き合いなさい。
私にはできなかったけれど、"私"になら。出来ると信じてる——」
私は腰のポーチから封霊の宝玉を取り出して、彼女の胸に当てた。
「ここからが、ティア・アイロラの本当の旅です」
カッと激しくも美しい、暖かな光が視界を染め上げる。
握る宝玉から伝わる優しい温もりが、
私にもう休んでいいと微笑むように、呼び戻した。
お母さんに手を引かれて歩いた、あの頃を。
視界が滲んで、彼女の輪郭が揺れるのだった。
〇
光の中で、目を細める中、微かに見えるもう一人の私は唇を震わせていた。
—— ママに、会いたかったな ——
そう寂し気に微笑む、彼女の姿に、
私は何も。言えなかった。
周りが見えるようになった時には、
足元には、もう一人の私の着ていた服だけが落ちていた。
「絶対に会わせてあげるから。お母さんに」
宝玉は温かく、それでいて、ズシリと重く感じた。
魂の重さ。
宝玉の中で揺らぐ緑色の炎を見て、そう思った。
足元に落ちている衣類を拾い上げて、
私は宝玉を彼女の付けていたポーチに入れて腰に巻いた。
「旅の時間だ。私」
まだ怖い。けれど、宝玉を持っていると、隣にはもう一人の私が居るようで、寂しくなかった。
背中を押してもらったようで、もう一度、立てるような。そんな気がした。
ミアさんのダンスは終わり、私はナタ村へ戻る。
《向き合うの?切り捨てなよ私。こんな世界さ》
もう一人の私が住んでいた家に戻るや否や、そんな"あの子"の声が聞こえてきた。
私はリビングの家具をどかして、「向き合うよ」そう言い手を"あの子"に差し伸べる。
「――怖いけど」
人型をした黒い影は、「一人じゃ無理」と不気味に笑い手を掴む。
ミアさんの踊りをまねて踊りだす私に会わせて、彼女も回りだした。
「一人じゃない、みんなと」
《私にみんななんていない》
「ベルカが居る。それに心の中に、出会った人たちが」
《ベルカは戻ってこない》
彼女の笑い声に、リズムを刻む足は止まりそうになるが、歯を食いしばる。
「かもしれない。それでもいい。
私が怖いのは、しっかりあの人の気持ちを確かめずに、勝手に諦める事なんだよ」
《なら確かめたら絶望する》
「涙は流すよ、でも。あの人との思い出は胸の中に残ってる」
すると、彼女は私をグッと引き寄せて顔を近づけた。
その時、一瞬だけ、黒い霧の中から私の顔が見えた。
その眼は酷く怯えていて、強い怨念が刃のように私を突き刺す。
《そういう思い出のせいで、私は今も苦しんでいるんでしょ》
「万華鏡はね、少し回すだけで違う景色になるの。
春の時のミアさんの言葉がやっと分かった気がする」
《旅は怖くて悲しい景色しか見せてくれない》
「でも、見方を変えれば明日への活力になる」
《また私は壊れる》
拒むように離れる彼女を今度は引き寄せて、「なら。壊れよ?その時は、一緒に」と顔を近づけた。
それに、彼女は《私は消えない、私の隣で囁き続ける》そうキッと睨みつけた。
「私は貴女を受け入れない。けど、一緒に居よう、旅の終わりまで」
《抗えない》
「かもね、今も怖いからね」
《壊れてる。バカじゃないの?》
「そう、私は馬鹿だよ」
ニコリと笑い「馬鹿だから、貴女の言っていることも直ぐ信じちゃう」と、
それを最後に手を離した。
お互いに回って距離を取る。
《奴らの残した荷物を、私が背負う必要なんてない!》
「背負う?私が?」
《じゃあ誰が背負うっていうの?》
私は胸を張りニッと笑う。
「皆に背負わせる。勇者にも、お母さんにも、ルナにもスピちゃんにも、みーんなに」
黒い影は《そんなこと出来っこない》と、その言葉を最後に消えていった。
「必死にカッコ悪くやってみせるよ」
寝室に行きリュックを背負う、
私に気づいたゴーストイーターさんは、《ケケッもう戻ってこないと思ったよ》なんて笑った。
「お待たせ、またよろしくね」
《大丈夫なのかよ。俺様はもうごめんだぜ?》
「大丈夫じゃないよ」
《駄目じゃねーか》
私は苦笑いしながら左手でゴーストイーターさんを握る。
「ははは、背伸びしすぎず頑張るよ。だから、また助けてね」
ゴーストイーターさんは困ったように笑った。
家を出て、満月に私は深呼吸する。
右手で宝玉を撫でて、温もりを確かめた。
怖いよ――私
ゆっくり視線を上げて、月光に向かって、静かに身体を浮かばせた。
「大楯のイケメンを助けに行きますよ!」




