30話目 魔女の存在証明
「YOYOYO!
今日はリハ!まだ序破!
本番は後日?
倒す日未定!カレンダーは空白ロジック!
背を向けるが敗走じゃねぇ
順番が違うだけ、ノートラジック!イェア!」
そう吐き捨てて、スピアまで“私”の背中に隠れた。
「また巨人に……はあ。
いっぱい居るんですね」
唯一、グランさんだけが、“私”の隣で大杖を構えていた。
「そうじゃ、巨人族は、馬鹿だから、
何も考えずに交配をするから種族の中で、一番人口が多い。
扱いやすく戦力にもなるから、昔は兵器として、他種族に捕まえられていたもんじゃ」
「今もですよ」
「え?」
「ガーナ派です」
“私”は「五匹に囲まれちゃ、詠唱をする余裕はありませんね」と大杖を顔の横で構える。
学生時代、勉強した魔法の事を思い出したのだ。それを、今試そうとしていた。
「おい、剣じゃないぞ?」
「知ってます。
でも、魔力の密度を上げれば可視化されて固体になるのを、勉強したことがあるんです」
「粒子の集合体である、人間の身体と同じ原理じゃろ?
そんなのルイにも出来なかった。今やるべきじゃない」
そう、やるべきじゃない。
けれど——止められなかった。
この全身を痺れさせるような、死の感覚が生きている実感を与えて、“私”は高揚していた。
新しい玩具を与えられた子供のように、心が踊っていた。
「キヒヒ……た゛の゛じぃ。ねぇ」
さっきまで死んでいた瞳が、
ギラギラと輝き始める。
それに、平常ではないことを察した、グランは“私”の前に出た。
「ティアちゃん、そこに居るんじゃ。
ワシに任せろ——」
でも、立った時には、既に“私”はいなかった。
あまりの速さに、スピアさんは何が起きたのか分からず、目を見開いて口を開く。
誰もがあたりを見渡した。
その刹那。
「父ちゃんたちあそこ!あそこに姫さんが!」
“私”が少し先の所に現れた時だった。
「キャアァァァァァア!」
同時に、
巨人は全身から血が噴き出し、ブロックみたく肉片となり崩れていった。
血の雨に包まれたウッドグレイン一家とラザルさんの前にゆらりと現れる“私”、
グランさんが“私”が握る大杖の先、魔力で形を取った剣のような刃を見て目を見開いた。
「やりおった……
大魔法使いのルイや勇者のザハールも……
成し遂げられなかった事を。
どんな旅をしたら、そんな域に行けるんじゃ……」
精霊に怯えてガタガタ震えていたラザルさんも、その光景にはさすがに目を覚ます。
「アイロラさん、だいじょう——」
その瞬間。また姿が消えて、横に現れる。
「動かないで」
グランが間近に見たティアの顔は、
些細な事で戸惑っていた、幼さを感じさせた春の時とは変わっていた。
杖を振り上げて黒い影を切り裂いたティアは、目を細め、口元を吊り上げた。
その顔には、命を奪うことへの喜びが浮かんでいた。
“私”は持っていた杖を捨てる。
手のひらで、奪う命の温かさを感じたかったのか。
「生きてる。生きている!
今!
私は!」
悪魔の様な笑い声が響く森の中で、グランはノヴァラを思い出して、身体を震えさせた。
「魅せられたか、ティア」
再び現れた時、
“私”の顔からは、さっきまでの熱も、狂気も、
何もかもが抜け落ちていた。
そこに残っていたのは、
生きているのか死んでいるのかすら分からない、
人の形をした器だけだった。
みんなで近づこうとしたが、“私”が腕を横に広げているのに足を止めた。
“私”の視線の先には。
「やっぱりあなたでしたか、ナンヌさんを返してもらいます」
彼は無言で指を鳴らす。と、空から降りてきたワシは、足で掴んでいるナンヌさんを優しく地面におろす。
解放されてナンヌさんは、すぐに一家の所へ駆け寄った。
「ナンヌ婆ちゃん怪我とかなくて良かったZE!」
「ワッチに危害を加える気はないようだよ、
本命はティアさ」
その言葉に、リックさんは「そういう事デス」と腰にぶら下げた剣を抜く。
「ミス・ティア、貴女がノルドに上陸した時に、殺されてくれれば。
シャルム村の森でウィッチと巨人に殺されてくれれば!
あの方は諦めて幸せに暮らせていたのに……」
「もしかして——魔物を操っていたのはリックさんだったん……ですか」
握る剣を、ゆっくり顔の横で構える。
氷のように冷たく、虚ろな瞳が“私”をとらえた。
「蝶は別の世界線へ羽ばたいた……」
はじめっから“私”が狙いだったのだ。
「リックの愛したミス・ティアはお前じゃない。
心がそう命じている」
「なら、どうするの?」
森が静寂に包まれる。
剣を構え腰を低くするリックさんに、
だらりと腕を下ろす無防備な“私”。
殺気の混じる視線と、無色の生を感じない視線がぶつかり合う中、
一枚の葉が、ひらりと“私”の視界を横切り、リックさんの姿を隠した――刹那。
「殺す」
喉元に、冷たい刃が触れた。
“私”は、その刃に映る疲れ切った顔を見て、逃げることも、反撃をすることも無く。
言葉すらも口から出すことをしなかった。
「何故逃げない」
「殺してほしいから。
もう、何もかも奪ってくれるなら。そうして欲しい。
荷物を下ろしたいんだよ……私は」
震える刃を“私”は、喉元から外れないように握りしめた。
痛みを感じた瞬間に、まだ快楽を得ようとアイツが“私”の意思を引きはがそうとする。
「早く殺して。アイツが暴れる前に」
「ッツ――何でそんなに顔が似ているんデスカ……」
「駄目だ……切れない」と力が抜けたリックは剣から手を放して、後ろに座り込んでしまった。
「リックは空っぽ。
村長、貴女の言う自由って何なのでしょうか」
彼はナイフを腰から抜き取る。
“私”は、次に彼が何をやるか、分かっていた。
けれど、心が動かなかった。
だけれど、意志とは別に、本能が反射的に身体を動かした。
「ウアァァァァァァア!」
自分の胸に刺そうとしたその瞬間に、
握っていた剣を持ち替えて、ナイフの刃を折り、自殺を防いだ。
「何故だ!何故助けるんデス!
もう、リックは、どう生きればいいのか分からないのに!
何で!」
「……何故でしょう。分かりません」
「貴女は壊れてる。
そんなんで、助けられるのデスカ?」
「さあ。でも、そうしなきゃ」
胸ポケットから、肌身離さず持っていた地図を取り出すと、彼の前に投げ捨てた。
「私には必要ない」
リックさんは地図を拾い上げて、広げる。
そこには、沢山のルートを示す矢印が書かれていたり、
書き込んだ人たちの、楽しそうなメッセージが書き加えられていて、
どんな気持ちで旅をしていたかを突き付けられた。
本当の空っぽを見ているようで、言葉を失い。
その背中から、目を逸らすことができず、
ただただ、自分の愚かさに大粒の涙があふれ出した。
ウッドグレイン一家の後ろを歩く、
小さくて今にも消えそうな背中を見て「アリガトウ」そうリックさんは呟いた。
「良かったのかい?あの地図は大切な物じゃなかったの?」
モスさんが、“私”の手を握る。
そう、地図は生きた時間を刻み、これからも、生きる為に刻む——人生そのものだ。
新品を渡すのだったら、意味は違うが。
使い古したものを、人に渡すなんてことは、旅人はやらないのだ。
「――だった」
“私”は、肩越しにリックさんを横目で見て、
「何が綺麗なのか分からなくなったから、いらない」そう、目を細めた。
彼の涙が羨ましく感じて。眩しくて。
「ナンヌさん」
「なんだい?」
「村に戻ったら、そこにいるラザルさんの事でお願いがあります」
ナンヌさんは“私”の顔を見て、「休みなさい。急いでも良い事はない」と厳しい声で引き留めようとするが、今の“私”には届かなかった。
「休む?何故?」
「疲れて居るだろ?体力の問題じゃない、心の問題だ」
呑気な台詞が、“私”の癇に障った。が、それだけの事だった。
カッと火が付こうとしたが、直ぐに消える。
言葉で人を助けようと思っていたのに、言葉の無力さを、自分で痛感して、
今まで必死になっていた自分の姿が滑稽で仕方がなかった。
「いいからやって」
ナンヌさんも諦めて、無言でうなずいた。
“私”を救える者は自分じゃないのを悟ったようだった。
サジィ村へ戻ると、ナンヌさんはラザルさんを儀式の部屋へ案内した。
「私は外で待ってる」
「大丈夫ですか?アイロラさん」
「大丈夫」
心配そうな顔をする彼は、何かを言いたそうだったけれど、
どんな言葉をかければ良いのか分からず、
口を閉じて、ナンヌさんの居る場所へと行くのだった。
“私”は村長に、ラザルさんを正常な状態に戻すと約束していた。
だから、その結果を確かめるため、外に出て儀式の部屋の窓のそばで待つことにした。
(もう大丈夫だろう。けれど、確信を得るまでが村長との約束だ)
やがて儀式は始まり、鈴の音が壁越しに聞こえてきた。
その時、
でたらめに黒に塗りつぶされた退屈な夜空から、一筋の月光が伸びて、窓に差し込んでいった。
その光は、まるで、召喚された霊が降りてきたようだった。
中の様子を覗いてみると——
「……ずっと、僕を助けてくれていたんですね」
壁越しに聞こえたラザルさんの声は、もう震えていなかった。
「良かったね」
信じられないと目を見開いたラザルさんの横顔があった。
彼は、言葉を聞き逃さないように、必死に頷いていた。
それを見て、背負っていた荷物が一つ減ったようで、気持ちが少し楽になったのを感じた。
でも、その時確信した。
人を助けるのは、助けたいからではなく、
誰かの役に立っている自分で居たかっただけなのだと。
「私は最低だ」
静かに“私”は飛んで、その場を去った。




