29話目 ティア・アイロラは造華を枯らす
ティアとラザルが、サジィ村を目指し箒に跨った頃。
「無事ゴロッド村に着いたという事で。馬車での移動お疲れさん!」
俺とオーサスは、捕獲するドラゴンが住む岩山の前にある、
ゴロッド村に居た。
リブロ・ディ・マージア都市から一日半。
とはいえ、ずっと馬車の硬い床の上だったから、
腰が痛く、溜まった疲労を酒で流した。
「でも、ベルカのお陰で、かなり近道できたよ。あんがとな」
「ハッハッハ!優秀な用心棒について貰って良かったな」
「ずっと用心棒をしてるのか?」
ソーセージを摘まみながら「おう、だからノルド大陸なら知らない道はない」と頷く。
オーサスは「用心棒って、雇い主によって武器を変えるとかって聞くけど、お前はそうじゃないんだな」と盾を見た。
「俺のメインは魔装具の鞭なんだよ。魔法の技術さえあれば、あらゆる武器に変えられる」
「変幻自在さ」と自慢げに腰に付けた鞭を、オーサスに渡す。
「へ~、案外軽いんだな。こりゃすげぇや」
「オーサスは、嫁さん探し——ップ……駄目だ、面白すぎ」
「笑うなよ。俺はロマンチストなのさ!」
「そうかい、良い人はこれまで見つかったのか?」
オーサスは肩をすくめて首を振った。
「なんでい。そんな理想が高いと一生できないぜ?」
「それ、皆に言われる」
「だろ?」
呆れたように鼻から息を吐いて酒を飲むと、
オーサスは俺を見て、「けどな、人を信じるってそう簡単な事じゃないだろ?」と真剣な声で言った。
まるで俺のことまで見透かされたようで、胸がざわつき、思わず表情が強張った。
「俺は昔彼女が居てね、それで大きな失敗をした」
「そう……か」
彼は笑って「おいおい、くだらない話なんだから、そんな真面目な顔すんなよ」と、俺の肩を叩く。
「驚いたぜ、家の中はすっからかん。
おまけに村では、俺の悪評が広まってたんだ。
"イーサンっていう案内人が、旅人を襲おうとした"ってさ」
「マジか」
「大マジ、それでその頃ずっと同じ繰り返しの日々に嫌気がさしてたから、
ちょうどいいタイミングだと思って旅に出た」
そんな過去さえ、ただの失敗談みたいに笑って話すオーサスを、俺は少しカッコいいと思った。
俺には、自分の過去を話せる度胸がないから。
「でも、なんでそれでも彼女を作ろうとするんだ?
また騙されるかもしれねえだろ?」
「だな」
彼は苦笑いをして「本当は、旅をして、遠くの方でまた適当に職について、安定した暮らしをしようと思ってたんだ」と骨付き肉を持った。
「でも、そんなところに、ティアと出会った。
必死に案内をして、へたくそな笑顔で働く彼女を見て、逃げるのが馬鹿らしくなったのさ!」
その光景は、容易に想像できた。
人付き合いが上手くない癖に、おせっかいで、誰よりも人の痛みが分かる。
アイロラの姿が、脳裏に浮かんだ時、自分を覆う影がより濃く感じた。
「俺はティアを見た時、一目惚れしたね。
彼女にしたいって」
「ならどうして、再会した時に告らなかったんだよ」
「俺はすぐ枯らしちゃうよ。
案外お前みたいなのが、あの花を摘むのに相応しいのかもな!」
オーサスが冗談で言った一言は、俺の胸を跳ねさせた。
夜の出来事を見られていたのかと思い、実に心臓に悪い。
「なわけ」
「あれ~?顔真っ赤じゃねえか。
まさかお前も好きだったり?」
「おっ、俺は。年上が好きなんだ」
オーサスは「ハッハッハ!そうかいそうかい」だなんて悪戯に笑う。
「ホントの所、好きとかそういうの、分かんないんだよ。俺は」
すると彼は少し驚いた顔をする。
「あっ、いま意外だなとか思っただろ」
「あら、顔に出てた?」
「出てたよ。思いっきりな」
「でも好きってのは、実際言葉で言い表せるものじゃねえだろ?
良く、真剣に考えて——とかいう奴が居るけど、
そんな、言葉で形に出来る愛なんて嘘だね」
「嘘?」
「あぁ。
そういう奴らは、自分を納得させるために、その愛を言語化する。
本当に好きなら、言葉じゃなくて、感覚が先に来るんだ。
こう、ビビッと来てさ、ふとした時に、その子の横顔を思い出したりしてさ」
「は~見た目に似合わず、乙女なこと言うんだな」
オーサスは「うっせ!」なんて白い歯を見せて笑う。
けれど、彼の言っている事は本当なのかもしれない。
「因みに、昔の彼女にもビビッと来たのか?」
「もちろん!俺は妥協なんてしない」
嘘じゃなかった。
だから、人付き合いの複雑さを肌身で感じ、
彼の言っていた「人を信じるってそう簡単な事じゃないだろ?」という言葉が重たく感じる。
こんな俺を信じてくれた、アイロラの偉大さが理解できた。
だからこそ——
踏み込まれた時、逃げた自分が、
ひどく小さく、情けなく思えた。
「俺は臆病だからよ。感覚でなんて選べないな」
「そりゃそうだ——」
オーサスは、「タラ~ン!」と俺に自分の使っている大剣を見せた。
「オーサスが使ってる愛剣だな」
「お前も大剣を使え!
ドラゴンを捕獲出来たらやるよ!」
「え?何故?」
その問いに、ニッと笑い椅子から立つと、鞘から抜いて大剣を構える。
「俺は盾も持たずに、この一本で戦ってる。
だから、相手をよく見て、ここだと思ったら踏み込むしかない。
自分の選択を信じるってことさ。人付き合いも、俺にはそれと似てるんだ」
「はあ」
「魔物との闘いだったら、一発のヘマで死ぬけど、
相手が女なら、騙されても泣いて忘れてしまえば良い!
心の傷も、いずれ治るもんさ」
実に下で物事を考えてそうな、馬鹿馬鹿しい論理だけど。
何故か俺は、脳にその言葉を刻んでいた。
周りで聞いていた剣を使う客たちや店主も、拍手を送っていた。
「それぐらい単純な方が生き易いだろ?
上より下で考えろってね!」
「それが無ければ、名言だったんだけど」
「ハッハッハ!」
俺は心底、オーサスが同い年だとは、とても思えなかった。
もっと早く会っていれば、きっと今頃。俺の隣には——
「ホント、イーサンに会えて良かった」
「お!初めて名前で呼んだな」
俺たちはジョッキを改めてぶつけて酒を飲んだ。
〇
「アツアツアツ!」
「ア゛ッ゛ツ゛!アイロラさん、この箒大丈夫ですか?」
動かす魔法と、制御する魔法が摩擦を起こして、箒が熱を帯び始めた。
魔法で氷をコーティングしようとしたが、
異なる魔法の三重展開をしたことがなかったが故に——
ビキッ!
「あっ」
「……嘘」
制御の魔法が消えた途端、箒は急加速し、全体に亀裂が走った。
慌てて氷で元の形を保とうとしたが、刻まれた魔法陣まで壊れてしまい、箒は急降下し始めた。
「アイロラさーん!」
腰に回す腕が力み、40歳の本気の悲鳴に、“私”は頭が真っ白になる。
壊れるのは知っていたけれど、熱を出すのは予想外で、
もっと使ってからにしとけばよかったと後悔した。
「えっとえっと……」
森の海面にダイブするまで、残り数メートル。
視界が緑になった時、“私”は何を思い立ったのか暴挙に出た。
「ラザルさん。私の腰に足を絡ませてしっかりしがみついていてください」
「は?」
「早く!」
彼は考えるのをやめて、言われた通り、小さい背中にしがみついた——
残り0メートル、大木の先に影が落ち、森の香りが鼻の頭を撫でた。
「地は我を拒み空は我を選んだ鎖は断たれ墜落は許されぬ――」
早口で詠唱をするなり、横に跳んで身体を広げた。
ラザルさんは「もう駄目だぁ」なんて背中に顔を隠した。
「解放!リヴァイテーション」
木の鋭い先端が腹を軽く突いた時、身体はゆっくりと上昇し始めた。
「成功です……オッモ」
プカリプカリと揺蕩う感覚に、
ラザルさんは「すごい、飛んでる!飛んでますよ!」なんて、
星が煌めく夜空に目を輝かせて興奮した。
「落ちないでくださいね」
「あぁ。ごめんなさい。でも浮遊魔法って初めて見ました、
満天の星空を飛べるなんて、夢みたいです」
「ふっふっふー!そうでしょそうでしょ~私の自慢の特技です」
胸を張るが、ラザルさんの全体重を背中で受けているから、顔がどんどん青くなっていった。
運よく、サジィ村はすぐ見つかり、すぐさま降りるのだった。
「てゅ……てゅいたぁ~」
「すみません、おじさん重たかったですよね」
「ホント……筋肉がある分本当に……重いです」
「あはは——ってアイロラさん、何か見られていますよ」
顔を上げると、夜にも関わらず、サジィ村に住む二頭身のホビット達が私達を囲んでいた。
みんなが口々に「勇者様が召喚してくださったんだ」「勇者様だ」なんて呟いているのに気づいて、嫌な予感がした。
周りの圧に、後ずさると、勇者の像に背中があたり、“私”は息を呑む。
「あっ、あの……」
弁解しようとした時だった。
「勇者さま!お願いです」
なんて、杖を突きながら、緑がかった灰色の髪を、後ろで結んだお爺ちゃんが出てくるなり、私の手を握る。が、その顔に“私”は目を見開いた——
「あれ?」
「あ!春に会った、小さな花のお姫様」
その声に、他の6人も前に出てきた。
「皆さんお元気そうで」
隣に居たラザルさんは「この人たちは知り合いですか?」なんて“私”に聞いた。
それに、また一人のスイッチが入るのだった。
「リッスン」
お爺さんは杖で地面を突き、リズムを刻む。
6人は、それに合わせて舌を鳴らし、口笛を吹き始めた。
「リッスン」
杖が地面を叩き、トン、トン、と拍を刻む。
「ワシがリーフ・ウッドグレイン!
木霊と語る森の親父!
森の声はぜんぶ聞こえる!
家族守って今日もナイスガイ!」
続いて、エプロンの女性が胸を張る。
「モス・ウッドグレイン!
胃袋担当よ!
スープも愛も煮込むのが流儀!
さぁ飲みなさい——って!今はその場合じゃなーい!」
ノリノリのリーフさんをモスさんは叩いて、
ラザルさんに「私達はウッドグレイン一家です」と雑に紹介してから、“私”の方を見た。
「どうしたのですか?」
「ナンヌさんが、南側の言葉を話すクリャトナ族の男と村を出たっきり帰ってこないんだよ!
外の魔物は私達だけじゃ対処できないし、
ティアちゃんお願いだから助けてくれないかい?」
力を貸すのは良い。けれど——
「ラザルさん。この人たちについている精霊は大丈夫ですよ」
問題は彼だ。
ウッドグレイン一家は、皆精霊と契約していた。
だから、精霊を恐れている彼にとって相性が悪すぎるのだ。
すぐに戻るから気にしていなかったが、
こうなっては、この村には置けない。
精霊と縁のあるホビット達が暮らしているのだから。
「私達二人で行ってきます」
そういうと、次は、グランさんが「それはやめた方が良いよ。ティア」と止めた。
「精霊の力を借りなきゃ無理だ。
ホビットは、外に出る時は、自然に擬態して移動するから、なかなか見つからないんだよ」
“私”がラザルさんの方を横目で見て、
その視線を追ったグランさんは「なるほど」と目を細めた。
「モス、心を静めるお茶を持ってきなさい。
ティンク・ルミナ・スピア・ペブルは、ティアに人間用の魔法の杖を持ってきなさい。
ルイ・アイロラが使っていた物があったはずじゃ」
4人は頷いて走って行ってしまった。
“私”は怒涛のように流れる話に、口をパクパクさせながら身振り手振りで、グランさんに伝えるが――
「今のティアは、ワシらが居た方が良い。じゃろ?」
そうウインクした。彼のそのしぐさに、“私”の、冷え切った孤独な心に暖かな風が吹く。
グランさんが見たのは、“私”の瞳の奥に潜む聞こえない叫び声かもしれない。
でも、何故だろう、口角がピクリとも動かない。
いや、この時の“私”は表情を出すのも疲れていた。
「ごめんなさい。嬉しいのに、上手く表情が作れないんです」
「無理するな。バルド海賊団っていう海賊に、ノルドまで連れて行ってもらったんじゃよ」
「え?バルドさんに?」
「そうよ、凄いじゃない、ティアちゃん」
嬉しいのに、"凄い"という言葉が重荷のように感じ、喜べなかった。
モスさんは、ニコリと微笑み、ハーブと生姜の匂いが優しく香るティーカップを渡してくれた。
「YO!花の姫さん持って来たYO!」
「持ってきましたわ~♪」
スピアとルミナさんが駆けてくる。
その後ろから、ティンクとペブルが二人で杖を肩に担ぎ、息を切らしながらついてきた。
「お……重いぜ、ペブル、もっと速く走れないのかよ」
「……姉貴が……速いだけ」
モスさんもグランさんも、皆小さいけれど。“私”には大きな存在に思えた。
それでいて、また家族に会えた気がして——嬉しくて。
「ありがとうございます」
杖を受け取った瞬間に温もりを感じ、頬に一筋の涙が流れ落ちた。
みんなが心配する。それに“私”の心は焦る。
(私は頼りにされているんだ。魔物が出るから、危ないから……)
《……ほら。
頼られてるよ?
いつもみたいに、マヌケ面してみろよ》
笑いたかった。
《役に立てよ》
(誰もが安心できる、勇者みたいな笑顔で、居なきゃ)
そう思うたびに、涙が溢れ出て、黒い感情の声が大きくなっていく。
「ごめんなさい、行きましょう!」
《もう限界の癖に。馬鹿だな》
“私”は、深呼吸をして、全ての感情を息と共に流しだす。
一家と再会した喜びも。全て。
進むことしか許されない。
失いたくないから。失望されたくないから。
「さあ、行きましょう」
涙をぬぐった瞬間、“私”は仮面を外したように無表情になった。
その変化に、みんなが顔を見合わせた。
「ラザルさん」
動けない彼を魔法で浮かせて、歩き出した。
もし、この世界線の“私”が、私と同じ旅路を歩んでいたら——
この時が、“私”が私になった瞬間だっただろう。
「なんで、私は……」
さっきまで温かかったみんなの笑顔が、今は、早く役に立てと迫ってくるものに思えた。
(ヘラヘラしてるみんながムカつく)
この瞬間、“私”の中で育っていた、名の無いナニカの姿が初めて見えた。
口元には不気味な微笑みが浮かび、瞳には怒りが満ちていた。
それは幻覚じゃない。旅の最後、辿り着く“私”の姿だ。




