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良い旅を、旅人さん  作者: 江戸前餡子
秋の章

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29/59

28話目 不完全だから——

 家に戻り、村長が静かに本を読んでいる間も、

 “私”はラザルさんのことが気になって、窓から彼の家を眺め続けていた。


「そんなに気になるなら、行ってみたらどうですか?」

「でも、行ったところで……

 どうしたらいいか分かりませんし」


 俯く“私”に、村長さんは本から視線を外さず、

 「貴女には分かるはず。なんでしょ?」と雑貨屋の店主さんみたいな事を言った。


「あのおばさんも同じこと言ってましたけど、私なんかに何が分かるんですか」


 彼女は本を閉じ、椅子から立ち上がるなり“私”の前にきた。

 人形のような魂を感じない無機質な表情だ。


「どうしましたか?」

「私は花が好き。いや、羨ましいんです。

 言葉を話さなくても、人の心を動かすことができるから」


 昨日、ゴーストさんに話した言葉と一語一句同じ台詞。

 なぜ彼女が?そう驚きを隠しきれない“私”の顔を見て、

 村長さんは、「ノヴァラは、魔法で花を咲かせるのが得意だった。けれど、言葉を咲かせるのは苦手だった。私もね。けれど、貴女は違うでしょ?」そう言い残して家を出て行ってしまった。

 

「私もノヴァラと同じ……って言いたいのかな」


「貴女は違うでしょ」という言葉よりも、ノヴァラと並べられたことばかりが胸に残った。

 手首に着けている深い青色のブレスレットを握る。

 スピちゃんに助けを求めるように。

 

 陽が傾き、徐々に部屋が暗くなっていく。

 暗くなっていくたびに、大きくなっていく。


 不安と恐怖の声。

 

「私は違う」

《いいや、貴女は同じ、不安も恐怖も、血で塗りつぶしちゃいなさいよ》


 ノヴァラに似た声が、“私”を誘惑してくる。

 あの笑い声が、理性を狂わせる。

 

 胸の奥で、あの戦いの後から、

 消えずに育っていった——怪物みたいな、名の無い何か。


「私は言うべき台詞を分かってるんです。ノヴァラとは違う」

《でも、怖い。人は平気であなたを裏切る。

 もう言葉なんて捨てちゃいなよ。力は裏切らないわ》

「それじゃあ化け物と一緒」

《でも殺すのは好きなのでしょ?誰でも心の何処かに化け物を飼っているものよ》

「怖い、でも。逃げたら成長できない」

《力を選ぶのも、また成長よ》


 “私”は深呼吸をして、震える手でリコに選んでもらった、お揃いのナイフを握った。


(私は私だ)

「大丈夫、今度も、いつもみたいに結果的に上手くいくさ。

 ティアなら上手くいく――上手くいく」


 胃から這い上がる物をグッと堪えて、何も持たずに外へ出た。

 

(証明しろ。私は違うという事を)



「あ、村長のお弟子さん」

「私はティア・アイロラです」


 ラザルさんは、自分の家の裏にある、

 木に、手を合わせていた。

 クリャトナ族やホビット族などの、自然や精霊と共に生きる種族は、

 木をお墓にする風習がある。

 

「目を閉じてるのに、よくわかりましたね」


 彼は、「鳥の目を借りました」と決してこちらを見る事はなく、木に止まる鳥を指さした。


「僕に会いに来るなんて、危険ですよ」

「何故です?」

「なっ、何故!?え、いや……見ていなかったんですか?」


 その時。やっと、彼は“私”の方を向いて、

 信じられないと言いたげに口をあんぐり開ける。

 

 ラザルさんのその表情に、少しおかしくてクスリと笑う。

 そんな“私”を見て、彼は眉をひそめた。


「言いたい事は分かります。

 貴方の気持ちが分かります――とは、言えませんが、

 私も怪物を飼っているので。似ていて、放って置けないんですよ」

「怪物?」

「はい、死と生きている実感を欲する怪物。

 強いストレスを感じれば感じる程、その声は強くなるのです」


 “私”は鳥を見て「今も、村長さんも貴方も皆殺したくて、胸がざわついてる」そう静かに言った。


「警戒しますよね」


 ラザルさんを見て、苦笑する。

 当然ながら彼は身構えて、「何で、僕の所に来たんですか?」そうゆっくりと。

 それでいて慎重に聞いた。“私”が癇癪を起さないように。


「力でしか語れない怪物を否定する為。です、

 私は人だから、言葉で解決しなきゃいけない」

「正直なんですね」

「私は口下手なので。気の利いた言葉は言えないんです」

「そう。ですか」


 

 ラザルさんの視線が、“私”の震える手に落ちた時、

 身構えていた肩の力が、少しだけ抜ける。


「自分を良く見せようと嘘をついて、夏に大切な仲間を失ったので……えへへ。

 でも人は、優しい嘘で塗られた無責任な美しさを求めるから。私は苦しい」

「分かります。本当の事を話したら、人は離れていくんですよね」


 彼は「似た者同士……ですね、僕ら」と優しい声になり、

 「外は冷えます。僕の家に来てください」そう微笑んだ。

 

「ありがとうございます」

「本当は、人を入れたくないですが、アイロラさんなら。信じれます」


 その時の言葉に、“私”は少し救われた気がした。

 素の自分を受け入れて貰えて。

 嬉しかった。



「適当に座っていてください、今お茶を入れてきますから」


 彼はそう言って、台所のある部屋へ消えていった。


「適当に……ですか」


 ラザルさんは、もう慣れているのか。

 それとも気づいていないだけなのか。

 

「もう決まっているのでは?」


 椅子が勝手に座れと言わんばかりに後ろに引かれたのだ。

 もちろん、彼が魔法で動かしたわけでもなく、知らない間にだ。

 幽霊が人付き合いの次に苦手な私は、見えない何かに怯えながら、その椅子に座ろうとした——


「キャッ!」


 が、椅子はまた動き、しりもちをつく。

 

(ま、まさか。歓迎されてないの?)


 授業で、怖い話をいくつか読んだことがあるからか、

 これから起きる事が、容易に想像できて、顔を青ざめさせた。


(いっ、いや。ほら、クリャトナ族のナタ派は精霊族と交流があるみたいですし、

 これは精霊の悪戯なのですよ。だから、怯えなくても……)


 直ぐに、村長さんに薬屋の店主さんが言い放った、

 「精霊王が変わってから精霊達はもうこの村に訪れていない」という言葉が、

 嫌味のように耳の奥で蘇り、「アヴァヴァヴァッ」と奥歯がなり始める。


(こういうのは、家を飛び出したら、さらにお化けは追いかけてくるものです)


 高床式だから、梯子を下りている時なんかに、ポルターガイストが起きたらたまったものじゃない。

 そう思い、とりあえず向かいの椅子に座った。

 すると、椅子はゆっくりと元の場所へと戻る。

 

(お化けにとって、大切な椅子だったのだろうか)


 大人しく座っていると、耳元に冷たい空気がまとわりつき、「ヒャッ!」なんて変な声が出た。

 隙間風とは違い、不自然に耳を覆ったのだ。


(まさか、お化けが何かを伝えたかった?霊感が無くて良かった……)

「うぐぅ……

 かえりたい……」


 涙目で待つ30分は、恐怖のせいでひどく長く感じられた。

 ラザルさんがお盆にティーカップを三つ乗せて戻ってくると、“私”はようやくほっと息を吐いた。


「お待たせしました」


 当たり前のように、三つのティーカップをテーブルに並べる。


「あのぉ」

「どうしました?」

「なんで三つなんですか?」


 ラザルさんは周りを見渡してから、

 「こうしなきゃ、精霊が怒って。また命を狙われるんです」なんて耳打ちをした。


(いやいやいや!精霊はこの村に来ないんでしょ?絶対にお化けだから!)


 でも、それを精霊だと思い込んでいる人間に、どう説明すればいいか分からず。

 ここでも、語彙力が無い自分を恨んだ。


「あ……砂糖を忘れた」

「お砂糖なら、そこにありますよ?」


 ラザルさんはテーブルの中央に鎮座するそれに、

 「ありがとうございます、精霊様」なんて、必死にあらゆる方向に頭を下げた。


 ラザルさんには、もともと精霊が見えないらしい。

 それなら、この場にいるのは精霊ではないと説明するのも難しそうで、“私”はますます頭を悩ませた。


「あ、タオルも忘れた」


 ラザルさんは、少し抜けているところがあるらしい。

 その度に、お化けが忘れた物を持ってきた。

 “私”には、お化けがラザルさんの忘れ物を届けて、手助けしているように見えた。


「あぁ。また精霊様に助けられてしまった。

 ごめんなさい。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい——」


 ガチガチ震える彼は、首から下げている、手垢で黒ずんだ、

 木彫りのお守りを両手で握り蹲ってしまった。

 発作が起きる前兆だった。


 その時、また私の耳に、冷たい感覚がする。

 けれど。手にも氷のように冷たい感触を覚えた時、お化けが彼を助けてやってくれと言っているようで、恐怖を感じなかった。


「ラザルさん。落ち着いてください。

 貴方が忘れた物を運んできてくれるなんて、私には好意があって助けてくれていると思います」

「なんでそんな事が分かるんですか」


 その問いに、“私”は言葉に迷う。

 確証がない事が言えないから。


「私はコミュニケーションをとるのが苦手です」

「それ、今関係ありますか?」

「大ありです!苦手だから、機嫌を取るために、相手の感情には敏感なんです。

 だから人の動作や表情で、何を伝えたいのか分かります、

 例え目に見えない精霊だとしても、私には、ラザルさんを支えているように見えるんです」


 自信満々に自分で言っていて虚しくなったが、

 彼の震えは消えて、「なんだろうな、君のいう事なら安心できる自分がいる」と“私”を見て苦笑を見せた。


「恥ずかしい所を見せました。40歳の男が……」

「良いと思います。社会に出たのに、16歳の今でも私は口下手ですし。えへへ……

 自分を正当化するわけではないですけど、欠けてるぐらいが、人間には丁度いいと思います。

 助け合うために優しくなれるんです」


 彼は「そうですね。なんか分かる気がします」と、

 “私”に椅子を引いて座らせてくれた。


「そのお守りはどうしたのですか?」

「この家で暮らしていた人からのもらい物です」


 彼はコップを持ち上げて、「僕をガーナ派から守って。それっきり」と懐かしむように目を細めて、

 湯気の立つお茶を啜った。


「まさかさっきのお墓はその方のですか?」

「そうです。僕は、エスト大陸で行われてる精霊祭の季節に、

 毎年帰ってこれるように、この家を代わりに住んで守っているんですよ」

「そうだったのですか……」


 “私”はその瞬間、彼を助けられるかもしれない、一つの突破口を見つけた。


「もし。もしですよ、目に見えない精霊さんに会えるとしたら。会ってみたくないですか?」

「なんでそこまでするんですか?」

「ラザルさんを助けるためじゃないです。

 私は利己的な人間なので!自分の存在を証明する為」


 彼は口に手を当てて、「初めてです。アイロラさんみたいな人は」と笑った。

 その笑顔につられて、“私”にも笑みが零れた。


 心の中から、怪物が消えていくのを感じて、安堵からきた笑顔か、

 はたまた。自分を証明できた事への喜びか。


「決まりですね。では、行きましょう!」

「でも何処へ?」

「ホビット族が住むサジィ村です、そこにシャーマンが居るのですよ」

「遠いですよ?」


 口角を上げて「大丈夫です、ご安心を!」そう言って胸を叩いた。

 

(そう、私は魔法の箒という、時代を覆す魔法具を持っているのだ。壊れるかもしれないけど)


 こうして、“私”は再びサジィ村を目指すのだった。

 ――重い足を引きずりながら、

 震える手を、見ないふりをして。

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