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良い旅を、旅人さん  作者: 江戸前餡子
秋の章

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27話目 私と”私”

 私もそんな風に、救える術を知っていたら。

 その日の朝。この世界線の“私”がナタ村にやって来た頃——


「ノヴァラ。お願い」

「あらあらあら……ふふっ。

 わたくし、王子さまに救われに参りましたのよ?」

「近づかないで……」

「同じお言葉に、同じ仕草……。

 いったい、何千回目なのかしらね。ねぇ?

 ——お願い、とま    て」

「まだ。生きているんですね」


 ノヴァラは人差し指を前頭前野あたりに当てた――刹那。

 当てた指の先から血が伝う。


「残念。ゲームオーバーですわ。

 いま、きちんとお亡くなりになりましてよ」


 口を吊り上げて手を叩く。私の頭上に氷の巨大な塊が落ちてきたのだ。

 振り向くことなく、身体が自然と動く、まるで正解を知っているように。


 轟音と共に砂埃が立ち上り、地面が大きく揺れる。

 けれど、それにも慣れていた。


「まぁ……ママのお作りになった杖、お気に召しているのね。

 それで――わたくしを殺せると、本気でお思いかしら?」


 ノヴァラは、苦虫を噛み潰したような表情で「失敗作の癖に」と吐き捨てた。


「できない」

「壊れていくのは……わたくしだけではありませんの。

 わたくしの王子さまも――そして、貴女も。

 ふふ……例外は、ございませんわ」

「知ってる」


 私は杖を振り転移した。

 吹雪が吹き荒れる、北の最果て。


「ご存じないからまたヒョウズ村で、わたくしを封じようとなさるのでしょう?

 あははっ!本当に、愉快ですわ。

 そこまで滑稽だと――哀れでさえ、ありませんこと?」

「……」

「貴女も……わたくしの王子さまも。

 わたくしと同じだけの、強い絶望を――きちんと溜め込んでいらっしゃる。

 もう限界ですわね。

 次は――孵(かえ)りますわ」

「この世界線ですべてを終わらせる」


 でも。彼女の言う通り、

 身体は震えるばかりで動かなくなってきていた。

 恐怖と、何をしても無駄だという気持ちから。


「愚かですわね。

 もっと早く、わたくしを切り捨てて終わらせていれば――それで済みましたのに。

 救おうなどと……そんな無駄な情を抱くから、こうなるのですわ」

「貴女しか"私"を殺すことができない」

「ふふ……。それは前までの話。

 王子様は、もう勇者でも殺せませんの。

 本物の魔の王になりますわ。

 冬が訪れる、そのときに」


 知っていた。

 もう誰も"私"を殺すことができないのは。

 目を逸らしていた現実を。言葉として。再確認させられた時——


「……」


 心の添え木は音をたてて折れた。


 彼女は「それでも、そんな貴女をわたくしは好いておりますの。ですから――優しく、凍らせて差し上げますわ」と腕を広げて私に歩み寄る。


 抱いていた杖が地面に、カランッと軽い音を立てて落ちた。

 私は、もう背負っていた絶望に耐えきれていなかった。


「ママに会いたかったな。

 聞かせてあげたかった。旅の事を」

「そうですわね……けれど、ご心配なく。

 貴女が寂しくならないように――この世界の全員をきちんとお送りいたしますわ。

 ひとりには、いたしません」


 微かに届いていた光が、瞳から消えた。

 甘い誘惑に私の心が揺れる。

 彼女の近くに来た時、初めて気づいた。

 私と同じ底の抜けたような虚空があった。


「――師匠失格だね」


 足から力が抜けて、ノヴァラに身を委ねた。


 ――刹那。


「ティーちゃん!」


 包み込もうとしていたノヴァラの腕が止まる。

 彼女の心臓の音が聞こえなくなったのだ。


 私は何が起こったのか分からず、声のする方を向くと、

 そこには、手を振り上げるスピカさんが居た。


「このお馬鹿!」

 

 頰を叩かれた私は、簡単に地面に崩れ落ちた。

 彼女は私の胸ぐらを掴んで無理矢理立たせる。


 見たことのない展開に私は戸惑った。


「貴女が負けてどうするの!」


 魔王城の書斎に籠っていた精霊王が、そこを出て、自分の足で歩いている。

 その意味を理解した途端、私は心の底からホッとした。

 

 救われたのだ。


「そうか——分岐されたのか」

「貴女の計画通りにね。けれど、これで終わりじゃない。そうよね」

「"私"に。この鍵を渡してください。

 部屋に私の全てがあります」

「その封霊(ふうれい)の宝玉は?」

「――貴女が使ってあげてください」

「それって……」


 この旅の結末は、英雄譚のように、綺麗には終わらない。

 それを私は、何度も繰り返すうちに分かっていた。

 だから、守りたかった——世界を。


「"私"はきっと壊しちゃうから」


 封印されて固まるノヴァラを見て、

 「ごめんねノヴァラ。辛い役目を貴女に押し付けちゃって」そう目を細めた。

 光の届かない濁った瞳は、憎悪と疲労に満ち溢れていた。


 そんな私だったが、大精霊様は優しかった。

 彼女はギュッと拳を握り目頭を熱くする。


 私は言葉が見つからず、

 「このループで終わらせよう」と大精霊様に告げた。


「私は。こんなの受け入れられない」


 私が微笑んでゆっくり頷くと、大精霊様は大粒の涙を流し、掠れた声で言った。


「頑張っていた姿……見てたよ。救われないなんて……そんなの悲しいよ」

「すべての始まりは私です、救われなくて当然」


 地面に転がる、対ノヴァラ用にお母さんが作った大杖を、「この杖も。渡してください」と大精霊様に託した。


「これからは、"私"の絆が試される。大精霊様。

 馬鹿で弱い"私"ですが、よろしくお願いします」

「ティーちゃんは馬鹿でも弱くもないよ。

 言われなくたって、スピカお姉ちゃんはあの子を絶対に見捨てない。

 どんな姿になっても見つけ出して救ってあげるんだから!」


 大精霊様の笑顔は眩しかった。

 こんな人と一緒にいられた"私"は本当に羨ましい。


 そう思った時、私は自分の旅が空っぽのように感じた。


「託しました」


 背を向けて歩き出す。すると——


「ありがとう、ティーちゃんを導いてくれて」


 後ろから抱かれた時に感じる、温もりと優しい香り。

 私はそれに少し心が救われた気がした。

 

「私も……もっと。頑張ればよかった」


 彼女の腕を解いて、歩き出した。

 吹雪の中で、魔法によって変わっていく私の姿に、

 彼女はなんて思っただろうか。

 あぁ……もっと、抱きしめられていたかった。


〇


「オー!村長!」


 空から降りてくる私に、リックさんは走って来た。


「ごめんなさい。突然居なくなったりして。来ましたか?」

「来ましタ!凄いんですよ、迷惑していたあのゴーストを除霊して、

 ラザルさんを薬で落ち着かせたんデス!」


 リックさんが興奮気味に話すのを見て、

 私は、未来は本当に変わったんだと実感した。


「リックさん——」

「分かってマース!先にサジィ村へ行きます」

「ごめんなさい」


 リックさんは、背を向けて歩き出すが、直ぐに振り返る。

 別れを拒むような、孤独を受け入れ切れていない不安な表情で。


「本当に会えないのデスカ?」


 静かに頷き、口を開く。


「貴方は自由です。

 だから、もう私の時間に、付き合わなくていい。

 過去の私じゃなく、今を生きるリックさんの心に従ってください」

「それであなたの守っていた物を壊したとしても?」


 肩が怒りで震えていた。

 彼の目には、"私"は私を苦しませている厄介者として映っているのだろう。

 白くなる拳に目を細めて、ゆっくりとリックさんを見た。


「それで気が済むのなら」


 リックさんは背を向けて、「リックの家にミス・ティアは居マース」と言い残し、

 大鷲の背に飛び乗り、漆黒の空へ舞い上がった。


「ありがとう。そして――ごめんなさい」


 きっとこんな言葉では許されないだろう。

 "私"が救ってくれることを祈り、私はリックさんの家へ向かった。


 彼女は確かにそこにいた。けれど、その瞳を見た瞬間、私の胸がざわついた。


「貴女が、村長さんですか?

 アハハ……確かに似てますね」


 私と同じ、光の届かない瞳だ。

 既に壊れかけていた。

 そんな彼女が、ポツリと名乗った。


「私はティア・アイロラです——また別れの記憶が増えると思うと……悲しい」


 こうして、私と"私"は、最悪な出会いをした。

 それでも、これ以上に、マシな出会い方など、もうないだろう。


◯


 翌朝、“私”は村長と向かい合って、朝食のスープを飲んでいた。


「あの祈り方。南側ですよね?」

「はい、床に額を付けて、背中の後ろで腕を組むんです」

「ティアさんは東側出身ですよね?」

「え?昨日の夜会ったばかりで、名前以外は言っていないのに。

 何故生まれ故郷を知っているんですか?」


 そういうと、村長は自分の虹色に輝く瞳を指さして、

 「見てました」だなんて言い、野菜のスープを食べる。

 表情筋が死んだ彼女の言葉が、冗談なのか、本気なのか分からず、私は愛想笑いをした。


 彼女は不思議だった。昨日、お風呂を入れてくれた時も——


「オウボリンの果実の湯。入れました」


 なんて。エスト大陸の、しかもガーンバ村でしか取れない果実のお湯を張ってくれた。

 それも、たまたまとかではなく、口ぶりからして、“私”が好きな事を知っているようだった。


「なんでも知っているのですね」

「なんでもは知らないです、貴女の祈り方とかね。

 何故手を組むだけでいいはずなのに、ナイフを握っているのですか?」

「ナイフは、大切なお友達とのお揃いなんです。

 握っていると、その頃を思い出すことができて……

 恥ずかしいですが、落ち着くのですよ」


 村長のスープをすくう匙が止まり、「素敵ですね」と一言。

 その声は、少しだけ遠く。

 何かを懐かしむように、目を細めた。


 瞳の色も、緑色の髪の毛も、私とは違う。


 けれど、村長を見ていると、自分を見ているようで。

 スピちゃんやバルドさん達に会わなかったら、

 “私”も口数が少なくなったままだったのかも。なんて思うのだった。


「そうでしょうか」

「もちろん。私には、お友達が居ませんから」

「村長さんには村の人達が居ると思いますが……」


 彼女はそれに「それが、お友達と言うのですか?」と、首を傾げた。

 村長の瞳には、不思議な魅力があった。

 リックさんの瞳とは違って光を通さず、一見、心をなくしたようにも見える。

 けれど、何かに抗う必死さも感じられて、嫌いにはなれないのだ。


 でも。これ以上、孤独を感じたくないと思ってしまう弱い心が、

 彼女との距離を、自然と作った。


「なら。ノヴァラともお友達だったのかな……」


 窓の向こうを眺めて、目を細める彼女に、

 “私”は口に運びかけていたスプーンをテーブルに落としてしまった。


「ノヴァラを知っているのですか?」

「知ってますよ」

「村長さんは、子供のころから知っていたりするのですか?」

「もちろん」

(ノヴァラも村長と同じクリャトナ族だ)


 “私”は彼女を助けたいというよりも、

 何がきっかけで、あんな狂人に変貌してしまったのか知りたかった。

 剣を握った時の自分が。その一歩手前の様な気がして、怖かった。


 いつか“私”も、あぁなってしまう。

 そう思うと、聞かずには居られなかった。


「ノヴァラってナタ派ですか?それともガーナ派ですか?」

「なんでそれを気にするんですか?」

「私、ノヴァラに会ったのです。アマランス島で」


 すると彼女は、「思ったよりも早くから世界線は変わっていたのか」と呟いた。

 “私”は何を言っているのか分からなかったが、また知ってしまったら、

 面倒なことになりそうだと思い、聞こえていないふりをした。


「ノヴァラは、ナタ派です。

 けれど、生きる為に、妹を置いてガーナ派に移り、

 ある貴族の専属魔法使いとして、子供の頃から護衛をしていました。」

(妹ってルナさんのこと?)

「だからあんなお嬢様みたいな話し方を……」

「繰り返す度に、憎しみと苦痛が積もって、いつの日か彼女は変わってしまった。

 勇者一行があの時投げ出していなければ——いや、私も一緒か」

「繰り返す?」


 村長は、左に着けている、白い眼帯を指先で触り「いずれ分かります」と窓の外を見た。


「はあ……」


 村長はティーカップを持ち上げ、紅茶に視線を落とした。


「ノヴァラは悪い子じゃないんですよ」


 ため息とともにこぼれた言葉には、深い後悔がにじんでいた。

 “私”は、遠い目をする彼女に何も言えず、黙ってスープをすくった。


「子供の頃のノヴァラは可愛かった。

 しっかり者のお姉ちゃんだけれど、少し抜けている所があってね。

 いつもルナっていう妹にフォローされてたんです」


 村長はまた眼帯を指で触り、またポツリと言う。


「時の傍観者になってしまった者は、神に断罪される」


 ゆっくりティーカップをテーブルに置いて、

 「朝は元気で居なくちゃ」と家を出て行ってしまった。


「不思議な人ですね」


 でも、同族の匂いがする彼女を、“私”は嫌いではなかった。


 朝ご飯を食べ終えて、村長の分の食器を片づけている時だった。

 彼女が走って杖を取りに来るのが台所から見えて、

 “私”は「どうしたのですか?」と駆け足で聞く。


「ラザルさんがまた発作を起こしたんですよ。いつもの事です」


 そういう彼女は、“私”を見て「来る?」と一言。


 (自分も彼と関わった一人だ)


 「そうですか」と聞き流せるほど大人じゃなかった“私”は、頷いてついて行くことにした。



 村中の人達が、心配そうな表情で、ラザルさんの住む、家の方を見ていた。

 そこへ向かう“私”達を見て、安心して家へ戻る者もいれば、

 「また無駄なことを」と訝し気な表情をする者もいた。


「また魔法かい?」


 そんな時、村長さんの前に、雑貨屋の店主がやって来た。

 穏やかではない表情に、“私”は嫌な予感がして、自然と体が縮こまる。


「解消はできる」

「いつまでそうするつもりなの?村長

 精霊王が変わってから精霊達はもうこの村に訪れていないのに、あんな騒いで。

 いい加減別の手を考えな!」

「なら。どうすればいいの」


 おばさんは、なるべく目立たないように、縮こまっていた私を横目で見て、

 「分かっているはず」と、そう言い残して去っていった。


 まるで、そのセリフは“私”に向けていたようで、思わず苦虫を噛み潰したような表情になってしまった。


「いつもの事だから」


 彼女は、そう言い、胸ポケットから杖を抜き取る。

 ドア越しからでも聞こえる、昨日と同じ叫び声。

 身構える“私”とは違い、もう慣れてしまった村長は、躊躇なく、魔法で鍵を開けて中へ。


「おはようございます。ラザルさん」

「来るな!精霊の使いだろ!俺は何もしてないんだ!

 信じてくれよ。殺さないでくれ」

「知ってる」


 飛んでくる物をヒラヒラ避ける村長は、

 流れ弾に当たる“私”を気にかけることなく、まっすぐラザルさんの元に歩いた。


「ごめんなさい。こんな事しかできなくて……」


 膝をつき、彼のこめかみに杖先を付けて「ルーセント・ソウル」と唱える。

 その瞬間。ラザルの叫び声がぴたりとやみ、まるで別人のように落ち着きを取り戻す。

 

「すみません。村長、また僕は」

「良いんです。これぐらいで良ければ、毎日しますから」


 彼女は、それ以上の事はせず。

 安堵する表情も見せずに、ただ涼しい顔で家を後にした。


「しばらく様子を見てあげなくて良いのですか?」

「何故?」

「え?なぜ?」


 本気で不思議そうな目で“私”を見ていた。

 村長には、まるで心配という感情が欠落しているようで、少し心配になった。


「また何かあるかもしれませんし」

「何かあったら、また魔法で対処すればいい」


 彼女の口ぶりは、まるで、機械でも直す感覚だった。

 この時、彼女の異常さを初めて感じて、ノヴァラの幻影を感じた。


 この村長も、魔法の力に憑りつかれた一人なのかもしれない。


「魔法はそんな万能じゃないです」

「ティアさんもですか」

「解消はできるかもしれませんが、解決しなきゃ村長さんに——」

「なら貴女がやればいいじゃん」


 村長さんの呟きに混じる怒りを感じた途端、腹の底に冷たいものが広がった。


 またやってしまったと。

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