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良い旅を、旅人さん  作者: 江戸前餡子
秋の章

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26話目 ティア・アイロラは造華を飾る

「ゴーストイーターさん、ゴーストって分かります?お化けとは違うんですか?」

《似ているようで、若干違う。

 幽霊は、怨念が強くなって出る不可視の物体だけど、

 ゴーストは、強い気持ちと、遺体に残った魔力が混じりあった時、魔物として具現化する、

 眼で確認できる魔物だ。例外もあるが、稀だな》

「魔物なら殺すのもよさそうですね」

《イライラしてるお前は、躊躇ないなぁ。

 言っておくけど、ゴーストになるのは相当な魔力量の魔族が多いから、 

 下手に手を出すのはやめた方が良い》


 ゴーストイーターさんの言う通りで、確かに、地図の場所に着いた時、

 目の前の廃墟から感じるオーラに、さっきまでのイライラが吹き飛び、緊張を与えた。


 陽の光が届かないほどの、薄暗く深い森の中にある、

 今にも崩れそうな家だからとかじゃない。

 

 確かに感じるのだ、強い魔力を。


《こりゃゴーストになってから、かなり人を殺してる》

「ゴーストイーターなんだから、貴方は吸収とかできないんですか?」

《馬鹿言うな、俺の名前の由来は、魂を入れるのに適した剣ってだけで、

 そんな野蛮な物じゃないんだよ》

「確かに、魂を吸い取れてたら、とっくに持ち主の私も吸い取られてるか」


 その時だった。


「私を抱いてくれるの?」


 木の扉が、悲鳴にも似た音を立てながらゆっくりと開き、

 細い声が地面を這ってこちらに来た。


「え?」

「あら可愛いわね。お姉さんの事が好きなんでしょ?」


 ゴーストが見えた時には、“私”は身体を、後ろから抱かれていた。

 見えなかった、ゴーストだから、形も定まっていないせいか、魔力を含む身体の一部があたりに飛び散っているせいで、何処にいるのか見つけられなかった。


 目には確かに見えるけれど、身体自体は透き通っていて、不思議な触れ心地だった。


「ピィッ」

「ふふふ、大丈夫、優しくしてあげるから。ね?」


 金縛りだろうか。全身の筋肉が硬直して動かなかった。

 そして、そのまま浮き上がり、家の中へ——


「お姉さん、ベッドを綺麗にしてくるから、チョットだけいい子にしてるのよ」

(抱かれる前に、ベッドを整えるのね、ってそうじゃなくて!

 私の初めてが、ゴーストなんてたまったもんじゃない!)


 でもなんて言えばいいか分からず、必死に頭を捻り、出た言葉は「お話をしましょう!」だった。

 よりによって、話を選ぶ自分に我ながら馬鹿だと思ってしまった。


 ゴーストも、“私”の提案に首をかしげていた。


「ほっ!ほら。こういうのって、お互い知り合うのが大切というか……

 そうした方が気持ちいいとかって言いますし」

(何言ってんだ私―!)


 口走る恥ずかしい言葉に、この頭をテーブルの角に打ち付けたくなる。

 ゴーストイーターさんは《気持ちいいねえ》と、必死に笑いをこらえていた。


 でも、ゴーストは意外にも「確かにそうね、コミュニケーションを取らずにヤルのは美しくないわ」なんて戻ってきて向かいの椅子に腰を下ろした。


「私の名前は、アポレナ=フルム」


 その名前を聞き、ゴーストイーターさんは《サキュバス族か》と呟く。

 “私”はサキュバスと聞いた瞬間に背筋が凍りついた。

 本当に、ベッドに行ったら、何もかも吸い取られるからだ。


《相手が悪かったな》

「なに勝手に諦めてるんですか」

《キスは死んでもするなよ、ゴーストのサキュバスは、キスで相手の口から精液も魂も吸い取るからな》

(勘弁してくれ)

「誰と話してるのかしら?」


 隣に立てかけられているゴーストイーターさんから、

 慌てて視線を離して、アポレナの方を見た。

 

「あ~えっとぉ。私の名前は」

(何か偽名を!何か偽名を言え~)

「私の名前は、ルミア・アイロラです」

(ごめんよ、妹よ。私は即興に弱いのだ)

「ルミア……素敵な名前ね。明るい希望を感じさせるわ」

(はい、妹は根暗な姉と違って、名前通りの明るい子なんです)

「ルミアちゃんは、普段何してるのかしら?」


 旅に出てからと言うものの、必死でその日を生き抜いていたから考えつかず、

 沈黙を避ける為に、アポレナに聞いた。


「私は、いつもこの家で、心の隙間を埋めてくれる人を待っているの。寂しいから」

 

 彼女はそういうと、「そういえば、ルミアちゃんはあの人に似ているわね」なんて静かに笑った。

 流石はサキュバスか。ゴーストになっても美貌は消えることはなく、“私”の肝は冷えた。

 相手が相手だから、美しいとは感じなかったのだ。むしろその美貌が怖かった。


「あ、あの人って誰です?」

「それは、ヒ・ミ・ツ♡

 聞いてばっかじゃなくて、自分の事も言わなきゃ」

(そげな事言われてもぉ)


 もう、村に居た時、何をしていたのかなんて覚えておらず、

 それどころか、家がどんな感じだったのかさえ思い出せなかった。

 アポレナは、笑顔だが。静かに苛立ち始めているのが、気配で感じ取れた。

 

(な、何とか話題を変えなきゃ!)


 だが、ここは廃墟、腐ってところどころ抜けている床や、割れた窓を見て、

 部屋を褒めるのも無理がある。

 完全に詰みかと思いきや、泳ぐ視線に偶然、この部屋に似合わず、

 窓辺に綺麗な花が飾られているのが映る。


(これだー!)

「綺麗なお花ですね!青い花……キリアの花ですか?」


 またしても触れてはならない話題に触れてしまったのか、

 みるみるアポレナの笑顔が崩れていき、「そうね、そうよ。キリアの花」と寂し気な表情に変わる。

 それに、私の顔もスッと青ざめた。


「大好きな人が、好きだった花。

 東の大陸でのみ咲く花なのよ」

「ご、ごめんなひゃぃ……」

「良いのよ?お姉さん怒ってないから」

(絶対怒ってるでしょ!)


 だが、チャンスだった。

 花の隣には、精霊祭の写真があり、そこに私は首の皮を一枚残す。

 写真に写る空色の髪と青い瞳に、“私”は見覚えがあった。


「私も精霊祭に行って、花畑を出したことがあるのです!」

「あらあら、見たいけれど、私は、あの人と見たから価値があったの」

(ザハール……アポレナさんが、一緒に精霊祭を見た相手なんだ)

「なら、なおさら価値があります!」

「うふふ、不思議なことをいうのねぇ。

 私は貴女の事は好きだけれど、あの人には負けるわ」

 

 視線が鋭くなり、背中から、不穏なオーラを出す彼女に、

 怖気づいてしまいそうになりながらも、手を引っ張り、震えそうになる声を大声で正す。


 死にたくない、そう思っていたけれど、

 アポレナの一瞬見せた、孤独を感じさせる横顔が、ベルカに重なる。


(この人はベルカじゃない……でも)


 同じ匂いがした。

 取り残された人の匂いが。


 “私”の心が、思考を越えて言葉になっていた。


「なら!アポレナさんが価値がないと思ったなら、

 私を煮るなり焼くなり好きにしてください!」

「ふーん、お姉さんにそこまで強気で来れるなんて大したものねぇ。 

 言った言葉は取り消せないわよ?」

「わ、分かってますよ。自信あるんです」

「許しを請いても、やめてあげないから」


 その眼は本気だった。

 本気で“私”を食べて殺そうという視線だった。

 舌なめずりする姿に、背筋を凍らせながらも、大きく頷いて外へ連れ出す。


「どっ、何処か広い草原とかないですか?」

「連れて行ってあげるわ」



 アポレナに抱えられて、上空からノルドの大地を見下ろして、

 魔物の恐ろしさを初めて実感した。


「もしかして、人の住む場所は、もう少ないのですか?」

「そう、この荒れ地みたいに、地ならしされたわ。

 勇者が行方不明になってから活発になったの。

 でも、クリャトナ族のガーナ派が戦力を上げる為に魔物を捕まえてくれてるお陰で、

 少しはましになってるのよ?」


 “私”は、アポレナに連れられて、荒れ地へ。

 木は一本も無く、そこら中に魔物達の足跡が刻まれていた。

 所々、土から家具の破片が頭を出しているのに、

 つい最近まで、人々が住んでいたことを感じさせて、

 胸がキュッと締め付けられる感覚を覚えた。


 目を細めて、その大地を眺める“私”に、彼女は「さて、見せてもらおうかしら」と背中を押した。


「はい」


 一歩前へ出て、背負っていたリュックから、杖を抜き取る。

 アポレナの方を向いて、冷たい空気を、肺に貯めて、静かに唱え始めた。


「眠れる大地よ、春の夢を見て。

 風よ、光の花を呼び覚まして——」


 風がやさしく吹くと、地面から、次々と草や、花のつぼみが生える。

 それに彼女は目を見開いて、口に手を当てる。


「咲け、咲け、私の心の庭に——」

 

 気が付けば、彼女もいっしょに口ずさんでいた。

 “私”は、この魔法を唱えている時、あの頃に戻れたらと。強く思った。


 何も知らない、何も悩みがない。

 ただ、次行く所へ心を躍らせて、新しい出会いに希望を持っていたあの春に。

 

「ここにいた人たちへ。

 もう戻れない楽しい日々に——」


 杖の宝玉は、紫色に光る。


—— フローレ・リュミエール ——


 茶色い地肌は、キリアの青い波に飲み込まれて、

 花弁が舞い“私”達を包み込んだ。


「私は花が好き。いや、羨ましいんです。

 言葉を話さなくても、人の心を動かすことができるから」

 

 “私”は魔法で髪を空色に変え、瞳の色を茶色から深い青に変色させる。

 

(きっと、今の私がどんなにザハールに似せたところで、

 あの魅力には程遠いだろう、私は花じゃない。

 見た目だけじゃ、人は価値など変わらないのだ)

「ごめんなさい、本当はザハールみたいに、カッコいい台詞でも言いたかったのですが――」


 だが、そんな心配もいらなかった。

 アポレナの頬に、涙が流れた。

 “私”を見て。


「そうか……似ているわけだ。

 あの人の娘と、この景色を見れるとは思わなかったわ」


 こんな“私”でも、彼女の心を動かすことができた。

 それに嬉しくて。それでいて——


—— 悲しかった ——


「私には、あの人みたいな度胸も、人を惹きつける言葉もありません。

 魔法しか取り柄がない人間です」

「なんでそんな顔をしているの?」

「また、魔法に頼ってしまったから」


 魔法で出した、鮮やかな青のキリアの花は、氷のように冷たく、悲しく感じた。

 まるで“私”の心を映し鏡にしているようで。見てられなかった。


 下を向く“私”に、アポレナは優しく手を握る。


「花は嘘をつかないで、ありのままの姿を、

 精一杯見せるから、人の心を動かすことができるの」


 彼女は“私”を引き寄せて強く抱きしめた。


「だから私は、貴女に心を動かされたの。気持ちを隠しきれない貴女を見て」

「え?」

「人はそんな簡単な生き物じゃないわよ。

 どんなに魅力的な言葉を紡いでも、そこに気持ちがなきゃ意味がないの。

 貴女は花。言葉を纏わなくても、きっと伝えられるわ」


 優しい台詞に、それでも伝えられなかった、ベルカの横顔が脳裏によみがえり、

 「そんなの嘘だ」と言葉が零れ落ちた。


「あらあら。

 人を魅了するのが得意なサキュバスが言うのだから、嘘じゃないと思うけど」

「私は。気持ちを伝えられなかった!全てを伝えたのに。

 思いも、言葉も、全て出した、なのに。なんで——」


 ため込んでいた気持ちが溢れ出そうになった時、“私”は口を閉ざした。

 そのままの気持ちを伝えたら、また拒絶されるのではと、恐怖したから。


 人は造花だ。嘘を纏い綺麗に見せて、生きていくのだ。

 村で案内人をしていた時からそう感じていた。

 本音を言ったら嫌われる。


「沢山の物を抱えているのね、貴女」

 

 アポレナは、膝をついて“私”と目線を合わせる。

 その目は悲し気で、悪い予感を察しているようだった。


「私に似ているわ、肩代わりしてあげたい」


 “私”はあの言葉を言いたかった。

 けれど、染みついたお母さんの言葉が、制御する。


「花は、仲間と助け合えないから、直ぐに枯れる。

 人は仲間と助け合えるから。だから、枯れずに輝き続けられる」


 彼女は、発光する自分の身体を見て、

 「……新しい花になる決心がやっとついたわ」そう苦笑した。


「私もアポレナさんと一緒に行きたい」

「駄目よ、冗談でもそんな事言ったら。

 私みたいにゴーストにならないで」


 アポレナは、“私”の口に人差し指を置いて、その上から口づけをする。


「お姉さんが見守っていてあげるから。だから、安心してね」


 その言葉を“私”の胸に残して、

 彼女は花弁を纏った冷たい風に飲み込まれて消えた。


「いつからだろう。

 別れが、こんなにも孤独を強く感じさせるようになったのは」


 オレンジ色に染まる空へ、飛んでいく花弁を見送りながら、痛む胸を手で押さえた。

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