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良い旅を、旅人さん  作者: 江戸前餡子
秋の章

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25話目 勇者症候群

(追いかけなきゃ)

「べる ——」


 けれど、言葉が出なかった。


 あの顔を思い出した瞬間、恐怖が全身をがんじがらめにして、

 一歩も足を出すことができず、手を伸ばしたまま、膝から崩れ落ちた。


(宿に戻らず、あの時すぐに謝ればよかった……)

《行っちまったな》

「……」


 零れ落ちそうになる涙をグッとこらえて、“私”は唇を噛みしめて立ち上がる。

 

(私にはやらなきゃいけないことがある。好都合じゃないか)

「今まで一人だったんだから、元に戻っただけ」

 

 そう何度も言い聞かせて、宿に戻り、チェックアウトをする。


 淡々と。

 

「ゴーストイーターさん、これからリックさんの言っていた村へ行きましょう」

《追いかけなくて良いんだな?》

「あはは……邪神のくせに、親みたいなことを言うんですね」

《俺はお前を気に入ってるからな。そりゃ言いたくもなる》


 言いたいことを、相手の顔色も窺わずに言えるゴーストイーターさんに、

 “私”は「凄いですね」と言葉を零した。

 その時、自分のコミュニケーションの取れなさを再認識したようで、拳を握りしめた。


《距離を測れるのも才能だ。良くも悪くも》

「一言多いですよ。まったく……」

(でも、そんなゴーストイーターさんに感謝していた。

 みじめな気持ちが、少し楽になるから)

「では、行きましょうか」


 リックさんにもらった魔鉱石をリュックから取り出すと、魔力を込めて空へ投げた。


 その刹那、視界は白い光に覆われて、

 周りが見えるようになった時には、リックさんが目の前に立っていた。


「ミス・ティア~!

 ウェルカム、ナタ村へ~」


 彼が腕を広げた瞬間だった。

 遠くの方から、轟音と共に砂埃が立ち上り、地面が少し揺れる。


 鳥たちが飛び立つのを見て、

 “私”とリックさんは、しばらく眺めていたが、

 嘘のように静まり返る森に、顔を見合わせる。


「き、気を取り直して。お待たせしました。リックさん」


 “私”が一人で来た理由を察したのか、

 リックさんは心配そうに「飴ちゃん舐めますカ?」と飴玉を差し出した。


 口の中でコロコロと転がしつつ、

 導かれるがままに、リックさんの後ろを歩く。


「何処に行くんですか?」

「村長の家デース」


 だが、家に着くなり、彼は「オォ……」なんて言葉にならない、音を漏らす。

 “私”も彼の視線を辿ると、ドアには手紙が貼られていた。


「出かけます――ですか、どうしましょう」

「村を紹介しまショー!小さいけれど、最低限の物は揃っていて、住めば都デース」


 そう、リックさんは歩き始める。

 村の紹介と同時に、クリャトナ族のナタ派の事も教えてくれた。

 

「千年の事件後から、ずっとここに住まわれていたんですね」

「イエース、ここに移って長いデース。

 初めは別の場所に住んでいたんですけどネ!

 クリャトナ族は、長生きが故に、子供をあまり作りまセーン。

 だから、ここまで減少してしまったのデース」

 

 それに加えて、対立関係のガーナ派からの襲撃で、村自体も小さくなっていった。

 

 村人たちの表情からは、争いを好まない気質がうかがえた。

 歩いて十数分で一周できるほどの小さな村に、薬屋がやけに多い。

 その光景から村の辿ってきた歴史を思い、“私”は何と言えばいいか分からず、黙ったまま歩いていた。


「気を使わなくて良いですヨ。

 村長は、精霊族とクリャトナ族の仲を修復する、

 救世主が現れると言っているのデス!」

(それって……)


 まるで自分の事を言われているようで、

 重い期待に、背中が丸くなる。

 それに、リックさんは「私達は弱い。だから、助けを求めるしかないんデス」そう“私”を横目で見た。


 脳裏に染みつく、お母さんの言葉が耳の奥で響く。


「“怖い”を誰かに預けないの、そんなことをしていたら……いつか誰かを殺すわよ」


 "誰か"が、自分に当てはまったその時。

 助けてと言われた人の背負う重みを感じ、“私”は視線を落とした。

 

(でも、私のように、皆も怖い……あぁ——)


 ベルカの笑顔が脳裏に浮かんだ途端、“私”は自分の頬を叩いた。

 もう独りで進まなければいけないのだと、

 まだ一人で立てない自分を叱るように。

 

(寒くても。孤独でも。前へ進まなきゃ。

 いつかまた。綺麗な色が、私にも見えるはずだから)

「今だけは」

 

 背筋を伸ばし、視線を上げる。


「ミス・ティア?」

「……大丈夫です」


 その時だった。ドタバタと慌ただしい足音が聞こえるや否や、手を引かれる。


「にゃにゃっ!?」

「村長!早く来てください」


 “私”の手を引く村人は、顔を青ざめていた。

 声が届くこともなく、ある家に着いた。

 

「凄い声」

「いつもの発作です。もう魔法じゃ治りませんよ。あれ」

「へ?」


 だが、村人も関わりたくないのだろう、

 隣の家に逃げるように帰ってしまった。

 

《どうする?村長さん。

 こりゃあ自殺するぜ?》


 断末魔にも似た叫び声は、確かに自殺を容易に想像させる。

 でも、嫌だった。

 (何で周りばかりが報われるの?私だって報われたいのに!)

 そんな気持ちが、足を止めていた。


「これ以上面倒ごとに関わりたくない。

 どうして私は報われないのに、助けなきゃいけないんですか。

 私はヒーローでも何でもないんですよ」

《確かにな、良い事をすれば報われるなんて迷信でしかない。

 けど、これで見捨てて本当に死んじまったらどうする?》

「やめてください」

《お前、きっと自分を責めて、寝れなくなるぜ?》

「……」

《お前はそれで自分を好きになれるのか?》

「もう!もうもうもう!」

(あの時、心が壊れかけた相手にも声を掛けられなかったのに、

 壊れてる相手に何を言えっていうのさ!もうっ!)


 ゴーストイーターさんの言葉に煽られて、

 “私”は鍵の掛かっていたドアを魔法で壊して中に入る。


「――ッツ」


 入ってすぐ、目に飛び込んでくる光景に、一瞬頭が真っ白になる。


 部屋の中は、嵐でも通ったのか、家具がひっくり返り、荒れていた。

 部屋の隅でクリャトナ族の男が、

「精霊が殺しに来る」「詠唱を唱えてる」「許してくれ。許してくれぇ」なんて、

 支離滅裂な言葉を叫び続けて、両手に握るナイフと包丁を両耳に突き立てようとしていた。


「伸びろ、蔓よ。

 逃げ道を喰らえ」


 男は、私の顔を見て、一瞬救われたような、

 そんな安堵をした表情に戻り「生きてたんだな」とポツリと零す。

「――動きを奪え!グリスプ・ヴァイン!」


 杖を振る。

 木の床を突き破り、男の両脇から、蔓が出た。


「な、なんだこれ、

 精霊だ!精霊が魔法を仕掛けてきた!

 誰か―!誰か助けてくれーーーーー!!」 


 蔓が男の両手首に絡みつき、その腕を床へと引き下ろした。

 男がジタバタともがいても腕は動かず、“私”は続けて足も拘束した。


「何がどうなってるの?」

「ミス・ティア、この方はラザル・バルトン。

 毎日、村長が魔法で、落ち着かせているのデース」


 ひとまず動きを止めたし、これ以上暴れることも無いだろう。

 けれど、村長はいつ帰って来るか分からないし、

 このまま魔法を出し続ける訳にもいかず、“私”は、ため息を吐く。


「その魔法を教えてください」

「ゴメンナサーイ、私は魔法を使えないのデース」

「ならほかに、何かいい方法はないですか?」

「精神を安定させる薬を作っている人を知ってマース」

「その人は何処にいるの?」

(本当に、その人は大丈夫なのだろうか)


 薬があるのに、毎日村長が魔法で落ち着かせている、ってところに、

 その雑貨屋と村長の間に何かあるのではないかと、嫌な予感がした。


 でも、今はその人に頼る事しか選択はないから、

 リックさんに縄で拘束し直してもらい、蔓の魔法を解いた。


「リックさんはラザルさんが変な事をしないように、見張っといてください」

「OKデース!」


 教えてもらった店へ向かった。

 

「なんだい村長じゃないか」

「いや……私は村長じゃないです」

(やっぱり村長と雑貨屋は何かあるでしょ!)


 “私”を見た店主の怪訝そうな表情で、仲が悪いのは明白だった。

 村長じゃないと言っても、店主のおばさんは「そこまで似ていてかい?まったく。嘘を吐くにしてもまともな嘘を言いな」なんて舌打ちをした。


「でも、私は……」

「いつもの魔法で、ラザルを治してやればいいだろ?わざわざ薬なんか買わなくてもさ」


 その時、ベルカの「……“魔法”じゃ、無理なんだ」という言葉が耳の奥で蘇った。

 そう、魔法は万能じゃないから、村長もラザルさんが発作を起こすたびに駆けつけていたのだ。


「魔法は身体の傷は癒せても、心の傷は癒せないんです」


 その言葉に、店主は眉を跳ねさせて、“私”の方に視線を向けた。


「本当に、村長じゃないのかい?」

「だからそう言ってますよね」


 余裕がなく、苛立つ“私”に、店主は面白そうに口角を上げて、

 「ならその証拠を見せておくれ、そしたら薬はタダであげるよ」なんて提案をし始めた。


「ラザルさんが死ぬかもしれないんですよ!」

「変な事をしないように見張ってるから平気だよ、それよりもやるの?」


 舌打ち混じりに頷くと、店主は紙に地図を書いて、

 「ここに居るゴーストを除霊してきてくれ、

 本物の村長は臆病だから、ゴーストの居る周りには絶対足を踏み入れないんだ」と説明した。

 それ以上の事は教えてもくれず、泣く泣く店を後にした。


「めんどくさいな」

 

 また舌打ちが出る。

 心の余裕が本当に無いのだろう、無性にイライラしているのを、自分でも分かっていた。

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