24話目 一緒に居たいから
イーサンさんと合流して灰燼書庫を出た時には、既に空は暗く、都は街灯の光に輝いていた。
酒飲みたちの笑い声や、客引きの呼び声が溢れ、
静寂に慣れた耳には、ひどく眩しく感じられた。
「いろんなお店を見てみますか?お腹も減りましたし」
「行きたいのはやまやまだけど、これから旅の計画を立てようと思うから、
適当に食べて宿に行こうと思う」
「俺も、本を読み過ぎて疲れたぜ」
そう言われると、“私”も、体内に染みこんだ疲労を重く感じて、
あの賑わいに入るのは億劫になって来た。
結局、売店で適当に買って、ベンチで食べて直ぐに解散した。
「はあ……」
宿で寝ているベルカを置いて、“私”は広場にあるベンチに座り、遠い目で噴水を眺めた。
「なんか、空を見上げたのが久しぶりな気がします」
(きっと、春の時の私なら、都を無邪気に探索していただろう)
疲れ切った“私”を見て、ゴーストイーターさんは《人に振り回され過ぎだ》と、ため息混じりに言う。
「でも、知らないふりなんてできませんよ。大事な仲間ですもの」
《なんでだよ、知らないふりをしたからって、お前が困る事なんてないだろ?》
「そうですけど……寂しいんです」
旅をして忘れかけていた人とのコミュニケーションの難しさを、今改めて感じていた。
人には入ってきてほしくない、世界がある。
リコは、バルドさんは、マリアさんは、その世界に入っていくのが上手かった。
人と話せるようになったと思っていたけれど、“私”は気づく。
周りは大人だから、自分に合わせてくれていたのだと。
《一人で抱え込み過ぎだ》
ナンヌさんの顔を思い出して「仲間を作れ。ですか」と呟き、背もたれに頭を乗せる。
「真っ暗」
見上げた夜空に、寂しさを覚えた時だった。
正面から影が伸びて。体を起こす気力もなく、視線だけをそこへ向ける。
「ごきげんよう!魔剣のお嬢さん。
大楯のイケメンはどうだい?」
“私”の口角が、少し上がると、彼は「なーんてね」と隣に座った。
「懐かしいね、そのセリフ」
身体を起こし、彼を見た。
ベルカの笑顔を見た時だけ、胸が軽くなる。
「もう11月も中旬だもんな。なんだかんだ長く旅をしたものだ」
「用心棒してたんでしょ?一番長くてどれくらいなの?」
「お前が一番長いよ」
「あら意外」
クスリと笑う“私”に、彼は「大抵、寝ている間に金だけおいて消えちまう」なんて苦笑した。
続けて彼は自分の手を見つめ、何かを言いかけたが、
結局「旅って楽しいな」という言葉でごまかした。
その一瞬のためらいから、彼がまた警戒したのを察して——“私”はその台詞に苛立ちを覚えた。
「ホントに?」
だから、思わず聞いてしまった——
「なんだよ」
「ベルカの見る景色に、私は映ってるの?」
「は?」
だから、思わず踏み込んでしまった。
彼と“私”を阻む、一線を。
「一緒に旅をしてる?貴方の"一緒"って何なの?
弱さも過去も、何もかも隠して……そんなの違うよ」
「なんだよ急に、俺は完ぺきだからそんなものないのだよ、お嬢ちゃん」
「ごまかさないで!」
私の大声に、大好きな彼の笑顔が一瞬崩れかける。
ベルカの全身から、警戒と怒りを感じた。
「何が言いたい」
「なんだよ完璧って!」
(私はただ、貴方と、一緒の景色の中に居たい ——)
「ベルカ……その顔、見てられないよ」
(何で貴方は、分かってくれないの?
何で貴方は、そこまで見ないふりができるの?
私は信じられないの? ——)
「私は。ただ、一緒に歩きたいの」
立ち上がり、腹の底から、たまりに溜まった気持ちを吐き出してしまった。
だから、その後味は、悪かった。
伝わらない事が、悔しくて。悲しくて。頬を涙が伝う ——
「私は"ベルカ"と——」
—— 旅がしたい ——
〇
——俺は、幼い時から"人間"に使われていた。
だから人間を恨み、自分と同じ生き物とは思えず、
生活を豊かにするための金づるとしか見てなかった。
だけど。
このティア・アイロラという女の子は、俺の気持ちが分かっているのか、
距離を縮めず、けれど、寄り添ってくれて。
孤独の寒さを和らげて、景色に彩りを付けてくれた。
だから——
「俺は完ぺきだよ」
一緒に居て——
「そんな表情はしたことない、いつもクールな顔を崩したことないだろ?」
初めて旅が楽しく感じた——
「俺はいつもアイロラと旅をしているだろ」
この気持ちは嘘じゃないんだ、
なんで君も信じてくれないんだい?
本当の気持ちを話そうとした。
けれど、そうしようとする度に、腹の傷がうずく。
まるで、そんな俺をあざ笑うように、言っても無駄だというように。
いや——信じるなと警告しているんだ。
"コイツ"も周りと同じ、期待したら、また傷つけられる。
どうせ、旅を楽しくするための道具にしか思っていない。
どうせ、明日には俺の前から消えているだろう。と。
胸に広がる恐怖が、俺を疑心暗鬼にさせる。
いつもならそのまま感情をぶつけていたはずなのに、
アイロラへの気持ちが、口から出かかった言葉を押しとどめようとしていた。
「なら……俺の過去を言えばいいのか?」
駄目だ。ずっと寄り添ってくれた彼女に言う言葉は、そうじゃない。
「俺は完ぺきじゃない……怖いんだよ」
違う、俺のアイロラにかける言葉は。
「俺は、貧乏な家庭に産まれた、だから物心ついて、ある程度戦えるようになった頃に、
ガーナ派のギルドに売られた。両目も取られてな」
俺が言葉にできない気持ちまで、彼女はずっと見ようとしてくれていた。
それなら、彼女を支える言葉だろ!
アイロラがいっぱいいっぱいなのを一番近い所で理解しているのは俺だけだろ?
これ以上は駄目だ!
駄目だ、駄目だ駄目だ駄目だ ——
「俺の腹の傷は。親に刺された」
アイロラが何かを言おうと口を開いた。
けれど、その声を聞くのが怖くて——俺は立ち上がった。
あんなに強い魔法を使える彼女にも、俺のこの染みついた恐怖心まではどうにもできない。
リックの言う通り、俺はまだガキのままだ。
彼女の方がずっと大人だった。
言葉じゃなく、本心を見ていたのだ。
だから、俺は思った ——
「臆病なガキが、何をしてやれるってんだ!
……"魔法"じゃ、無理なんだ」
—— 一緒に居てはいけないと ——
これで良いんだ。
翌朝、まだ都市が目を覚ましたばかりの、そんな頃。
ティアの居る宿には戻らず、夜を明かした俺は待ち伏せをしていた。
噴水を横切るオーサスの背中を見つけて、「やっと起きたか」とため息をつきつつ駆け寄った。
「あれ?ティアと一緒じゃなくていいのか?」
「良いんだよ。俺もドラゴンに興味がある。ついて行っていいか?オーサス」
オーサスは、「そうか」なんて気にも留めず、あっさりと了承してくれた。
これが良いんだ。
「へへっ!よろしくな!」
「おうよ」
俺にはこの距離感が一番心地が良いのだ。
通りの向こうで辺りを見回していたティアが、俺に気づいて手を伸ばした。
その姿が視界の端に映ったが、俺は振り返らず、去った。
全ては好きな君の為に。




