22話目 優しさ
荷車はイーサンさんが引き、急ぎ足で進み、一時間経たないうちについた。
「秘密裏に開発する場所にしては、人も入れなさそう……」
「地下にあるんです」
「あ、なるほど」
魔法陣が彫られた石の扉のみが着けられた、窓もないレンガの箱。
ツタに包まれているのを見て、「長く箒の研究をされていたのですね」と目を細めると、
テゥリーさんは「そうなんです。苦労しました」そう苦笑した。
「キノコみたく小さな煙突が、あるという事は、火も使うのですね」
「小さい換気口なものですから、いつも咽てますけどね」
「おいおい、倒れるなよ~?」
テゥリーさんは苦笑して、石のドアに手をかける。
やっと資材を工房に運ぶことができて、研究が進むことが嬉しいのだろう。
口角の上がるその横顔に、“私”も手伝って良かったと笑顔になった。
石の扉が重々しい音を立ててゆっくりと横に開くと、
テゥリーさんが「こちらです」と“私”達を中へ案内してくれた。
「荷車が入れるように、坂にするなんて、頑張ったんだな、テゥリーさん」
「いえいえ、私達はお金を出しただけで、頑張ってくれたのは建築ギルドの方々ですよ」
下に進むにつれ、鉱石かなにかを、金槌で割る音が聞こえてきて、
「仲間も今来たみたいですね」と、安堵の息を吐いた。
「やあ、オリバー君とチッポ君。
何事もなく来れたようで良かったよ」
ランタンの中には、衝撃を与えると眩しく発光する鉱石がいくつも入っていて、
部屋を照らしていた。さっき聞こえたのは、この鉱石を割る音だったらしい。
オリバーさんとチッポさんは、“私”の方を見るなり、
テゥリーさんに「なんでアイロラ様が?」なんて聞きよる。
「私の店に来てくれてね、助けてもらったんだよ」
「は~、凄腕の魔法使い様が……」
二人は“私”の手を取り、深々と頭を下げた。
「オリバー君とチッポ君も、若い頃は魔法で旅をしていたんだ」
「あの闘技場で、独りで詠唱式の魔法のみで勝利したのは、歴史上初めてでした、
ルイという魔法使いが数十年前に勝ちましたが、その方は勇者一行と挑んだので」
「勝てて当然ですな!
ティア・アイロラ様は、今や我ら詠唱式魔法使いにとっての憧れでございます」
ちやほやされるのは慣れておらず、返す言葉に困っている“私”を見て、
イーサンさんは、まるで我が子を見るような温かいまなざしで、
「ホント、旅に誘って良かったよ」なんて嬉しそうに“私”の頭を撫でた。
「お時間はありますか?
もし良かったらオーサス様とアイロラ様、
魔法の箒が完成する、歴史的な瞬間を見守っていてください」
「是非!」
「ありがとう、面白そうだし見学させてもらうよ」
実に繊細な作業だった――
「魔法の箒に必要なのは、このアルハークの木から採れる琥珀、
名付けてアルハーク琥珀ですぞ!」
「ふむふむ」
(アルハーク琥珀は、安いアクセサリーによく使われている。
琥珀にとっては、女性に嫌味を言われるよりかは、
自分を最大限まで生かしてもらえるから、こっちの方が嬉しいのかもしれませんね)
「この琥珀は、魔力の流れの抵抗にはなりますが。それは些細な事。
どんなに微弱な魔力にも反応して、倍増してくれる役割があるのです!
し・か・も!
あらゆる木に相性が良く、混ぜるとか複雑な工程もいらず、リングに加工するだけで使えるんです」
「はめ込むだけで使えるのなら、杖の強化にも役立ちそうですね」
チッポさんが金色に透き通った琥珀を窯で溶かし、型に流して固めると、
今度はオリバーさんがその表面に、彫刻刀で浮遊の魔法陣を器用に彫り込んでいく。
この作業は一番苦労するだろう。少しでも文字や円が欠けると、
魔法が発動しなくなったり、最悪の場合だと、別の魔法となり、暴発する可能性があるのだ。
「最後に、箒に彫った文字をナーブ鉱石でコーティングするのです。
これで、永久的に使える魔法の箒の出来上がり!」
「武器を造る所は見たことがないから面白いな、ティア」
「ですね!こんな苦労があるなんて、
旅人からしたら感謝しかないです」
そんなこんなで、一本の魔法の箒が完成した。
「これが飛ぶんですねぇ。想像できない」
《ちょっとお洒落な箒って感じだな》
「では、負荷テストをしてみましょう。
アイロラ様、跨って、徐々に魔力を注いでください」
テゥリーさんに渡された箒を受け取る。
背負っている物を下ろして、
はやる気持ちを抑えて慎重に跨る。
「行きます!」
試しにショットグラス程度の魔力を注いでみる。
と、足元が地面から離れて浮き上がる——が。
「ニ゛ャッ!」
バランスが取れず、横に全身を打ち付けた。
それを見て、ゴーストイーターさんは大笑いする。
「ありゃりゃ!アイロラ様大丈夫ですかな?」
「大丈夫です、へへへ……なかなか制御が難しいですね。ボールの上に乗ってる感じです」
「なるほど、一般向けに売り出すにはまだ難しそうですね」
「もう一度!」
魔法で浮かせた物を制御するには、動きを抑えるための魔力も必要になる。
巨人とウィッチとの戦いで自分の身体を撃ち出した時も、像の掃除でバケツを吹っ飛ばした時も、
その魔力はほとんど使っていなかった。
「おぉ!流石ですぞ!アイロラ様!」
「意外とティアって運動神経良いんだな」
「やったー!出来まし——ニ゛ャッ!」
大人二人分まで浮いたところで、制御の負荷に耐えられず、今度は箒が粉々に砕ける。
「あっぶな!」
「ナイスキャッチです、イーサンお兄ちゃん。えへへ……」
間一髪で“私”を受け止めたイーサンさんは、
「お兄ちゃんが居て良かったな」なんて言いながら、ゆっくりと地面に降ろしてくれた。
「今、砕ける瞬間は、どれくらいの魔力量でした?」
「む~。ビールジョッキぐらいです」
「なるほど。因みにどれぐらいの魔力量で浮けました?」
「ショットグラスぐらい?」
夏の時に、海賊のバルドさん達と一緒に居たせいか、
量を例える時が、お酒のグラスになっていて、
自分でも、あの時がかなり色濃かったんだなと再確認するのだった。
そんな“私”を、イーサンさんは「酒のグラスでいちいち例える妹とか嫌すぎる」なんて苦笑した。
「移動と制御の魔力量は制限されるものの、
そんな少量で浮けるなんて革命的ですぞ!チッポさん、テゥリーさん!」
「ですな!」
「岩や氷など、別の固体魔法で破壊を保護するとさらに可能性は広がるでしょうね」
「多重魔法を出せる魔法使いは少ないでしょうけど、いい案ですぞ!」
「おかげさまで良い記録が取れました。ありがとうございます、
約束通り、一本魔法の箒をおつくりして渡しましょう」
そうして、魔法の箒を貰い、最後にテゥリーさんは例の話をし始めた。
「最後に、さっきの巨人の紋章ですが」
(あ、忘れてた)
「クリャトナ族のガーナ派が組織している暗殺ギルドの紋章です。
あそこは、魔物を操り、目標の人物を襲ったり誘拐したりしているのですよ。
もし、別なところで、紋章の刻まれた魔物に襲われたのなら、気を付けてください」
「はい……気を付けます」
箒を貰ってご機嫌だった顔は、一瞬で青ざめるのだった。
三人と別れて、私とイーサンさんはシャルム村に戻った。
「イーサンさん来て良かったんですか?」
「構わんよ、こっち通る予定だったから」
「へ~何処へ行くんです?」
「知識の都、リブロ・ディ・マージア都市!
俺はよ、ドラゴンライダーになったから、ドラゴンの情報が欲しいんだ」
「魔物の情報なら何処にでもありそうですけど」
「それが、ドラゴンとなると、誰でも狩れないように、国が規制を掛けてるんだ。
きっと騎士の重要性を落としたくないんだろうな」
「それでそこに行けばあると?」
イーサンさんは誰にも聞こえないように、
「灰燼書庫を知ってるか?」と耳元で囁く。
「なんですか?」
「焚書にされた禁書の複製品が置かれた書庫さ。
そこには世界の真実ものぞけると言われてるんだ。ワクワクするだろ?」
その説明で、クリャトナ族と精霊族の本当の歴史も知れるのではないかと、
“私”は希望を掴んだようで目を輝かせた。
「私もついて行っていいですか?」
「もちろん!良いよ。
仲間が居なくて困ってたところだったしな」
「なら、広場のベンチでちょっと待っていてください、二日酔いの仲間を連れてくるので」
「仲間居たのかよ」
「勝手についてきてるだけです」
「ベルカ!次の目的地へ行くよ」
《まだうなされてるな》
「まったく~。服を脱ぎ散らかしてるし、だらしがないなぁ」
解毒魔法で、二日酔いを治そうと、掛け布団を引っぺがした時だった。
彼の腹にある、無数の刺し傷に、一気に血の気が引き、背筋が凍り付く。
「……ママ…………やめて……………………ガーナ派なんて……………………やだ」
ベルカの過去には触れないようにしてきた。
けれど、寝言に、腹部の刺し傷。
随分泣いていたのだろう、目じりが赤く腫れていて、いよいよ目をそらせなくなっていた。
(こんなの。無視できるわけがないじゃん)
でも、まだ"私"には、人のプライバシーに触れるのが怖かった。
そして、なによりも、触れ方が分からなかった。
「ホント、一人の人間にここまで悩まされるのは産まれて初めてです」
《それだけほっとけないって事じゃねーか?》
「……うるさいです」
ベルカに魔法をかけて解毒をすると、ゆっくりと瞼を開けた。
「んだぁ?アイロラ。見捨ててなかったんだな」
「馬鹿言ってないで、治ったんなら服着なさい」
床に散らばっていた服を投げつけると、
彼は、自分の裸体に気づき、腹部の刺し傷を触る。
「見たか?」
まただった。
警戒するような眼に、何処か怯える様な声色。
それだけで、ベルカが、踏み込んで欲しくないことが分かり、
“私”は何も言えなくなった。
「見たけど?でも、そんなの興味ないし!
ベルカが元気になったのならそれでいーの!」
誤魔化すように、苦し紛れに捲くし立てた。
彼は、そんな“私”の言葉に、ホッとしたように目を伏せる。
そのしぐさに、嘘を選んだ“私”を、正解だと言っている気がして。
胸の奥が少しだけ痛んだ。
知りたい、けれど、それは傷つける可能性がある。
でも、知らないふりをして、上辺だけのコミュニケーションが、優しさと言えるのか。
一緒に居たい。だからこそ、今の関係に疑問を持ったのだった。
「これはな、手術で縫ったんだよ、大した話じゃねえ」
「そっ。それよりも、次の目的地が決まったから行くよ」
「へいへい」
(これで良かったのか)
そんな事を思った時。
何故か、モーヴを手にした時の、バルドさんの、“覚悟を決めきれない目”が浮かんだ。
まるで、無意識のうちに、自分がバルドさんの状況と、照らし合わしているように。
(バルドさんも、何かを伝えれば今の関係が変わってしまうのを、怖がっていたのでしょうか……)




