20話目 魔法の箒
「オ~盾のお兄さんはまだ寝ているのですカ?」
「はい、ぐっすりと寝ています」
私は、あんなに熟睡をしているベルカを見た事がなかった。
(子供の様に身体を丸くして、私の隣で寝ていた時は心臓に悪かったけれど……
てか、初めて隣で眠った男の人がアイツだなんて、なんか嫌だ!)
「お酒を沢山呑んだそうで。起きた時、彼が動けるのか心配です」
「HAHAHA!盾のお兄さんも羨ましいネ!
こんな可愛い女性に守ってもらえるのだから」
その言葉に、“私”は顔を赤くした。
リックさんは微笑んで「青春だネ」と、
魔力を込めると刻まれた魔法が発動する魔鉱石を差し出した。
「絶対に、お兄さんと別れる時が来マース。
一人になったら、この石に魔力を込めて空へ投げて下サーイ。
村に招待しマース、村長はクリャトナ族に詳しいデース」
「この魔鉱石はその村にテレポートできるんですね」
「イエース!
そ・れ・と。
絶対に、ガイスト町には行かないように」
人差し指を立てて優しく忠告するリックさんに、
“私”が首をかしげると、目線を合わせてこう言った。
「クリャトナ族は二つの派閥に分かれていて、
ガイスト町は、精霊族に復讐を企むガーナ派
私の村は、共存を望むナタ派なんデース。
確かに、1000年に起きた争いに詳しいクリャトナ族はガーナ派にしかいまセーン
でも、ガーナ派、危険、イカレテル」
「そこまで言われると……怖いですね。
今からリックさんとその村に向かっちゃ駄目なんですか?」
「村長が許さないでしょう」
(いろいろあるんだろなぁ)
深く聞くと悪い気がして、“私”は「分かりました」と頭を下げた。
リックさんは安心した顔で立ち上がって、
「じゃあ、またいつか」と背を向けて歩き出すのだった。
「さてと、寝坊助を起こすか」
《起きるのか?アイツ》
ゴーストイーターさんの言う通りだった――
「気持ちわりぃ~動けね~」
《駄目だな》
「も~!ここは高いんだから、もう一泊なんて無理!
おーきーなーさーいー!」
ベルカみたいな背の高い男性を、
小さな“私”が引っ張ったところでビクともせず、
ため息を一つする。
《解毒魔法を使った方が早いぜ、こりゃ》
「でも、素手で解毒魔法を使うのは、私にうつる可能性があるからな~」
ゴーストイーターさんの方を見ると、
彼は《仲間に剣を向けるアホが居るか!人として終わってる!》なんて、
邪神に怒られてしまった。
「はあ、杖を買いに行きましょうか」
せっかく杖を新調するなら、お金もあるし、一番良い頑丈な杖にしようと、
この村で一番、良い素材を使っていると言われる店へ向かった。
「おぉ……お店のオーラが違う……」
《街に建てるべき店だろ、場違いすぎて目立ってるな》
ガラス張りの壁を飾る金の縁からして、どう見てもお金持ち向けの店だ。
年がら年中同じボロボロの服を着ている“私”は、入った途端に追い出されないかと不安になった。
「お金はあるんです!いっ、行きますよ」
ドアを開けると、蝶ネクタイに燕尾服と、
執事を彷彿とさせる店主が姿を現したと思ったら、“私”を二度見して、口元に手を当てた。
「うっわ、貧乏人が来たよ」なんて思われたのかと身構えたが、
執事店主の顔に浮かんでいたのは、憧れの人に会えたような喜びだった。
「昨日、闘技場で戦っていたアイロラ様ですよね?」
「え?あ、はい……」
「見てましたよ~!やはり詠唱は素晴らしい!
詠唱と言うペナルティーがありながらも、ドラゴンと対峙した時笑って居られるなんて。
私は貴女のような魔法使いに憧れていたのです」
グイグイ来るのに耐えられず、
“私”は気後れして苦笑いしか出来なかった。
「おっと失礼、つい興奮してしまいました。
どのような杖をお探しで?」
(オンオフの差が激しいなこの人)
「いや、実は、魔法の杖は一回も買った事がないので、お勧めを」
執事店主は「ふむふむ、そうですか」なんて冷静に話してはいたが、
(あのティア様の魔法の杖を選んでいいのですか?)なんて言葉が、
にやける顔から痛いほど伝わってきて、ある意味で、変な杖は選ばれないだろうと安心できた。
「手を見せてもらっていいですか?」
「?」
言われた通り手の平を差し出すと、
執事店主は「失礼」と軽く触れ、すぐに手を離した。
「カウンター前の椅子で待っていてください」と言い残すなり、店の奥へ引っ込んでしまった。
「どうしたのでしょう」
《ばっかだな~杖を選ぶのに一番いい方法なんだ。
あの店主は相当見る目があるぜ》
「手の平をぷにぷにして分かるんですか?」
《魔法を出す時は何処から出す?》
「そりゃ手ですよ」
《そう、手だ。魔力は全身を流れているものだがな、
手が一番魔力が集まってかつその人の魔力を操る癖が分かるって言われてるんだ》
「ふーん」
《魔王様も、良く手下たちの杖を選んであげる時はそうしていたものだよ》
「本当に魔王様って親みたいですね。優しい」
他愛のない話をしていると、一つの杖を大事そうに抱えて戻って来た。
「お待たせしました、これはどうでしょうか?」
(素人目でも見ただけで分かる。良い物だと)
漆を塗った白い木の杖身の先には、金の輪で飾られた紫水晶の球が付いていた。
その息をのむような美しさに、戦闘で使うのをためらってしまう。
「持ってみてください」
「で、では失礼します」
持った瞬間に、“私”は確信した。これしかないと。
羽のように軽く、それなのに、前使っていた杖よりも頑丈だった。
川が流れるように、抵抗なく魔力が杖に通るのが分かり、
身体の一部なんじゃないかと錯覚するほど馴染んだ。
「これにします!」
「分かりました。布に包みますか?」
「いえ、直ぐ使うのでそのままで構いません」
「分かりました、ではこの書類にサインしてください」
出された紙には、びっしりと、買った後の契約内容が書いてあり、
読みつつ自分の名前を書いている時だった。
執事店主がふと口を開く。
「今年に入ってから、ノルドは魔物が多くなって、
商業を営んでる人が減ってきました」
(そういえば、春に精霊祭へ向かっている道中で、
助けてもらったカルメンさんが言っていたっけ)
「馬車を引く人も少なくなったみたいですね」
「そうなんです」
紙から目を離し、チラリと店主の方を見ると、
実に困ったと、眉が八の字になっていた。
「やっぱり貴方も大打撃を受けていますか?」
「はい、この店には、少し離れたところに専用の工房があり、私が商品を造っているのですが、
素材がもうなかなか運ばれてこなくて」
「そうだったんですか」
執事店主の眉が、更に垂れてしまい、今度は伸びていた背中まで丸くなる。
いたたまれなくなった“私”は、
「力になれることがあれば、言ってください」と、つい声をかけてしまった。
困っている人を見ると放っておけず、あとで自分の首を絞めることになるのは、“私”の悪い癖だ。
「ホントですか!」
そう言うなり、店のドアに閉店の看板を立てかけて、
まだ何も言っていないのに走って色々と資料を持ってくる。
「これは今、仲間達と秘密で開発している、名付けて“魔法の箒”です!」
「魔法の箒?」
広げられた図面に書かれていた物は、
どこの家庭にもある箒だった。
「これが開発されたら、運搬業に大革命を起こせるのです!」
「と、言いますと?」
「この魔法の箒は、魔力を流すと浮遊するものでして、
原理は魔鉱石と同じです」
「なるほど。でもそれだと、一回きりしか使えないのでは?
魔鉱石が使い捨てなのは、魔法が発動したときの負荷で、
彫られた魔法陣が、欠けたり焼き切れたりするのが原因じゃないですか」
執事店主は手を叩き、「流石!流石です!」だなんて、
話の通じる人に会えたと嬉しそうに涙を流す。
「すみません、職人として、どうしても魔法に関係すると、熱くなってしまうのです……」
(二人いるみたいで、見ていて面白いですよ)
「その通り……ですが。ごらんのとおり」
別の紙を差し出された。
「確かに、溶かしたナーブ鉱石で魔法陣をコーティングすれば、破損を防げるんですね……
もしこれが成功したら、魔鉱石を作っているギルドが黙ってないでしょうね」
「だから秘密で開発しているんです、成功すれば魔法の歴史に刻まれるでしょう!」
「それは凄い!」
「アイロラ様、貴女もその歴史に名前を残す一人になりませんか?」
話の流れから、執事店主が“私”に何を頼みたいのかは察しがついた。
正直、魔法の箒は見てみたいけれど、宿に残したあの二日酔いのお馬鹿さんも気がかりだった。
(どうでも良いと思っているのに、何でここまで気にしているのか、自分でも不思議に思うが)
「ん~……」
「もし、助けてくれたら、この杖を半額でお売りしましょう」
「え~」
「それだけじゃございません!無事工房のある基地まで護衛を果たしてくださいましたら、
試作品の魔法の箒をお譲りします!もちろん、私達がアイロラ様仕様に造った新品を!」
「えー!」
即決だった。
(ごめん、ベルカ。
でも……これは見逃せない。
革新的な技術で、世界が変わる瞬間を。
それに――空飛ぶ箒、普通に欲しい!)




