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良い旅を、旅人さん  作者: 江戸前餡子
秋の章

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19話目 カイ・ベルカは隠れている

《ありゃあ、どうやって捕獲してきたんだ?

 魔王様だって一日かけても無理だったのに》


 姿を現したソレに、ゴーストイーターさんは唖然とした。


 巨大。それでいて残酷なほど美しい。


 向き合う金色の鱗を纏ったドラゴンが、

 吠えるよりも先に炎のブレスを吐く。


「天を裂き、地を穿て——吼えろ」


 炎はすでに避けきれない距離まで迫り、

 動こうとしない“私”を見て、観客たちが諦めたように目を覆う。


 “私”は見合った時から確信していた――


「ノヴァラ程ではないですね」


 口角の上がる口元に、ゴーストイーターさんは、《正気を失ったか?》なんてドン引きする。


 熱の波が全身を包む。


 視界が炎に覆われた刹那、

 “私”は注ぐ魔力を一気に加速させて叫んだ。


「テンペスト・ファング」


 ゴーストイーターさんを突き出して、竜巻を出す。


 荒れ狂う風が炎を蹴散らすと、

 辺りは再び砂煙に飲み込まれた。


《ドラゴンは目が悪いけど、

 魔力と臭いにはかなり敏感だぜ?》

「上等」


 大地を蹴り、前へ飛び込む。

 ドラゴンは火球を吐いて飛び上がった。

 

《上だ!》


 迫りくる火球を身体を捻り避けて地面に着地する。が――


「――ッツ」


 足元に確かに感じる魔力。

 防御魔法の詠唱は、どう考えても間に合わない。

 

(だからといって避けるか?)

「感じる魔力的に最低でも壁までは逃げなきゃいけないか」


 感じる魔力の範囲は広い。

 “私”のとろい足なんかじゃ着く前に消し炭にされるだろう。

 さてどうする、と思った所で、頑丈そうな大楯を持って倒れているお兄さんが視界に入った。


「あれだ!」


 即座に走って地面に転がる盾を拾い上げる。

 カッと地面がひび割れる刹那、“私”は盾の上に乗って、再び上空に居るドラゴンに剣を構えた。


「凍てよ、我が息。

 触れる全てを沈黙させろ」


 ドラゴンの翼に狙いを定めた。

 炎の柱が地面から噴き上がり、盾ごと天へ押し上げる。


 ドラゴンの目に、舞い上がった“私”が映る。

 “私”の目に。ドラゴンのため込む炎の球が映る。


 その距離は数メートル。


 広範囲のブレス魔法で、この距離から翼を狙えば、あの巨体ではかわしきれない。


「――吐き出せ。

 フロスト・ブレス」


 切っ先から放たれた凍てつく風に、

 ドラゴンは避け切ることができなかった。


「グオォォォォォォオ!」


 氷の魔の手に左翼と足を凍りつかされ、

 重さにバランスを崩して地面に引きずり降ろされる。


 だが、“私”もそれは同じ。


「大地の息吹よ、

 一瞬で千を成せ伸びろ、裂けろ、掴み砕け

 私を受け止めて、ヤツを呑み込めスプリング・バーストヴァイン!」


 一本の蔓が“私”を受け止め、

 無数の蔓がドラゴンに絡みついて、その巨体を締め上げた。

 ドラゴンは抵抗したものの、絞られた果実のように血を噴き出し、あっけなく息絶えた。


 剣を持っていながら、その戦い方は、魔法使いのソレ。

 ただ一人、リックさんを除いて、ベルカも観客たちも、信じられないと言葉を失う。

 不気味すぎる沈黙が続き、

 審判は戸惑った末、慌てて旗を上げて終了の花火を打ち上げた。


「なかなか楽しかったです。ねっ!ゴーストイーターさん」

《お前って絶対戦闘狂だろ。常識人なら死人の盾なんて使わねえぞ》


 静まり返る闘技場に、“私”は拍手が沸き上がらなくて良かったと胸をなでおろす。


「さて、今日からは野営とはおさらばですね!」


 満足げに上がる柵へと歩き出した。

 その姿を見ていたリックさんは「本物だ」と呟くのだった。



「流石デース!ブラボーブラボー!」

「いやいや……でへへ~」


 拍手で迎えてくれたリックさんに、“私”は頭を掻いて赤面する。

 周りからの視線もあり早くこの場を去りたかったが、

 未だに信じられないと言いたげなベルカに、口角を上げる。


「どうだったかな?お兄さん」

「あ……うん。正直——」

「正直?正直何よ~、尊敬した?」

「ドン引きした」

「はあ?」

「いや、だってそうだろ!

 みんなドラゴンを見て顔を青ざめさせてたのに、

 お前は終始悪魔みたいに笑ってたんだぜ?

 頭のネジ吹っ飛んでるんじゃないか?」

「ムッ!もういい」


 賞金は、リックさんに約束の半分を渡し、

 ベルカへの返済分と当面の旅費を除いた残りは、国が管理する倉庫へ送った。


「あ、そうそう、ベルカにも借りてたお金を返しとく」

「はいまいど」


 昔みたいに、ベルカを邪魔だと思わなくなったから、

 雇いはしないけれど、追い出しもしなかった。

 彼も、そんな“私”に、後ろをついてくるのだった。当たり前のように。


 リックさんは、変わった“私”達の関係に「ほんと面白いコンビデース」なんてクスクス笑った。


 ドラゴンと戦えたうえに大金まで手に入って、“私”はすっかり満足していた。

 ガリア神殿へ向かおうとしたところで、ゴーストイーターさんに《杖はいいのかよ》と耳打ちされ、

 ようやく肝心の買い物を思い出した。


「そういえばリックさん、杖を買ってもらってませんよ!」

「HAHAHA!そうでしたっけ?まあそんなこと気にせず、次はガリア神殿へ~ゴーゴー!」

「あっ!ちょっと!」

「はっはっは!アイロラも変なヤツに絡まれるよな~」


 不機嫌そうに、鞘と刀身を擦って音を出しているゴーストイーターさんを宥(なだ)めながら、

 “私”は二人とガリア神殿へ――向かうはずだった。



「えぇ〜」


 人生とは、上手くいくことなんて連続で起きず……


「この瓦礫って……そんなわけないですよね?」

「オーノーーーー!」

「マジかよ」


 舟で海底神殿へ向かっていると、目指す先の海面がカッと光り、白い水柱が噴き上がった。

 その中に人影らしきものが見えたが、一度瞬きをしただけで、その姿は消えていた。

 共鳴し合う魔力は、まるで自分を鏡写しにしているようで、胸の奥がひどく気持ち悪かった。


 “私”は信じられず、ただただ「まさかね」と言葉をこぼすのだった――


〇


 そんなわけで、とんだ骨折り損を食らった俺たちは、シャルム村へ戻ることになった。


 屋台で晩飯を済ませたあと、

 アイロラは旅に出て初めて宿屋へ泊まれると知るなり、ぱっと目を輝かせた。


「私、ベッドとお風呂を満喫したいから!おやすみ!」


 それだけ言い残すと、さっきまでの疲れはどこへやら。

 颯爽と宿の奥へ消えていった。

 まったく、こういう時だけは動きが速い。


「アイツって風呂には入ってなかったのか?道理でなんか磯臭いわけだわ」


 取り残された俺は、ひとりで村に一軒しかない酒場へ向かった。


「アイロラが居たら来れないからな~、ラッキー!」


 アイツは、どうも騒がしい店が苦手らしい。

 前に酒場へ連れていった時も、酔っ払いたちの笑い声が上がるたびに、びくりと肩を跳ねさせていた。

 あんな様子を知っている以上、気軽に誘うわけにもいかない。


「果実酒なんて珍しいね」

「ウチの自慢のメニューだよ、どうだい兄ちゃん?」

「ならそれを一つと、店長のおすすめを。俺この村に来るの初めてでね」

「ほ~そうなのかい」

「あぁ。いい村だね!空気が美味い」


 店主は機嫌よく笑うと、

 「兄ちゃん、なかなか上手いじゃねえか。気分がいいから、少しサービスしてやるよ」

 と上機嫌のまま厨房へ戻っていった。


「へへっ!まぁ口が上手くなきゃ用心棒なんて出来ねえしな」


 カウンター席に腰を下ろした、その時だった。


「この村に初めてくるねぇ。盾のお兄さんは実に上手いデース」


 リックが後ろから声を低くして現れたのだった。


「ウワッ!ビックリしたなぁ。んだよオマエ!」

「はっはっは!やっぱりこの酒場に来たのですね」


 リックは俺と同じ酒を注文すると、許可を取ることもなく、当然のように隣の席へ腰を下ろした。

 しばらく、どちらも口を開かなかった。

 やがてリックは横目で俺を見ながら、静かに問いかけてくる。


「今は、楽しいデスカ?」

「普通に話せよ、アイロラは居ないんだから」


 その言葉にリックは笑顔を消し、「確かに」と出された酒を一口飲む。


「んで?どうだ?」

「まあまあ。悪くないね」

「悪くないねぇ」

「んだよ」


 リックはわずかに目を細めて俺を見たが、直ぐに視線を前にやった。


「んだよ、お前」

「ミス・ティアを気に入ってるのだろ?」


 その一言に、飲んでいた酒を吹き出した。


「もう酔ってんのか?」

「そう見えるか?」


 その目は、冗談を言っているようには見えなかった。

 だからだろう。俺の口からは、考えるよりも先に言葉が零れていた。


「馬鹿かお前、あんなお子様なんか気に入るはずがないだろ!

 あまり適当な事言ってんと、そのケツに蹴り入れるぞ?」

「ッハ!変わってないね」


 リックとは、昨日今日知り合ったような浅い付き合いじゃない。

 だからコイツには、俺が何を隠しているのか、とうに分かっていたのだろう。

 すべてを見透かすような視線を向けられるたび、腹の底から冷たいものがじわりと広がり、

 俺はまともに目を合わせていられなくなった。


「俺帰る」


 席を立とうとした、その時だった。

 リックが軽く指を鳴らす。

 すると、どこからともなく数羽の鳥が飛び込んできて、

 脇に立てかけてあった俺の盾を器用に持ち上げ――



「はい、ご苦労様」


 そのまま、盾をリックのもとへ運んでいった。

 奪われた。

 そう認識した瞬間、丸腰のまま大海原へ放り出されたような心細さと恐怖が、全身を駆け巡る。

 取り返さなければならない。

 頭では分かっているのに、身体はそれを拒むように強張り、指一本動かせなかった。

 そんな俺の様子を眺めながら、リックは満足げに口元を歪めた。


「まだお前は6歳のままだ」

「クソが!なんなんだよ!え?何が言いてんだ!

 あ?今頃になってギルドから助けてもらったお礼でもしろってのかよ」

「確かに、それもありだな。

 自由になったおかげで、バルドにも会ってお前は命を落とさずに済んだ」

「おうよ、んで?どうしたら良い?金か?800万ギル払えってのか?」


 頭に血が上りかけた俺とは対照的に、リックは冷静なままだった。

 「まあ、落ち着けよ。兄弟」そう言うと、奴は顎で椅子を示す。


「チッ」

「ガーナ派がそろそろ動き出す。来年の春には精霊界に向かうだろうよ」

「だから何だよ、俺はもうギルドと関係ない」

「ミス・ティアは、クリャトナ族の口づけをされてる。

 しかもあの、ノヴァラ・フロストカースだ」


 たったそれだけのことで、俺を焦らせるには十分すぎた。

 どうして、こんなにも不安になるのか。

 自分でも分からない――いや、違う。

 分からないんじゃない。

 答えを認めるのが、怖かったんだ。

 気づけば俺は、無意識に脇腹を押さえていた。


「昔の古傷が疼くか?」

「んなっ!ちげぇよ」


 リックは、小鳥たちに支えられた俺の盾へ、

 確かめるように指を這わせた。


「お前は、守るのが上手い。だからこそ――いつか、この盾がお前の邪魔になる」


 そう言い切ると、奴は笑みを消し、

 俺の奥底まで見抜くような目を向けてきた。


「ミス・ティアは必ず暗殺ギルドから追われることになる、

 その時、ティアの居場所を聞くために、お前は捕まるだろう」

「闘技場に行かせたのは、ガーナ派の戦力としてアイロラを入れる為か?

 ノヴァラを仲間にできなかったから」

「実力を試したかったのは事実だ」

「ナタ派だったお前が……ガーナ派に寝返ったか?

 ハッ!落ちたもんだな」


 次の瞬間、リックは顔を赤く染め、俺の胸倉を乱暴に掴んだ。

 そのまま引き寄せられ、互いの息が触れそうなほど顔を近づけられる。


「お前!二度とそんな事言うんじゃねーぞ!

 精霊族に復讐するような野蛮な奴らに、あの方は決して手を貸さない!

 アイロラの成長の為に、クリャトナ族と精霊族の仲を戻すために。

 村長は頑張っておられるのだ!」

「酒クセ~、そう熱くなるなよ」

「逃げてばっかの野郎には分からないだろうな」

「分かってたまるかよ」


 吐き捨てる俺の言葉に、

 リックは、これ以上話しても無駄だと思ったのだろう。


「大切なら、本当の自分を見せてみろ。

 あの子は皆とは違う。後悔はもうしたくないだろ?カ(・)イ(・)」

 

 金を置いて店を出て行ってしまった。


「ッチ。酒が不味くなるぜ」


 床に転がっていた盾と銭袋を拾い上げ、隣の席へ置いた。

 湾曲した盾の表面には、歪んだ俺の横顔が映り込んでいる。

 ひどく怯えた、子供みたいな顔だった。


(アイロラが今の俺を見たら、なんて声を掛けるんだろうな)


 そんな馬鹿な想像を続ける前に、俺は黙って盾を背負い直した。


「何を期待してるんだ……俺は」

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