18話目 リック・アリヨは見ている
「魔法の杖も剣みたいにいろんな形があるんだね」
「まーな。
剣とは違って、杖は使い手の癖で形が変わるから、
種類が必然と多くなってくのよ」
(ほ~)
シャルム村に着いた“私”達は、魔法の杖を買いに来た。
「買いに来たのは良いけど、アイロラは金を持ってんのか?」
あっと口から漏らした“私”に、ニタァと白い歯を覗かせてベルカは笑う。
言葉を発しなくても何が言いたいのかわかり、プイッと背を向けて歩いた。
「なんだよ~」
《ティアも弱みを握られたな》
「ふんっ!うるさいです!」
安い魔法の杖があるはずと、店を片っ端から巡ったが、
“私”の魔力に耐えられるものを頼むと、
どこでも高価な杖を勧められた。
ベルカにお金を貸してもらえば余裕で買えるのだが、
それは同時に、一緒に居る時間を増やすことにもなり、できればそれは避けたかった。
「あれ?あの杖ってさっきのお店より安い」
「確かに。それでも結構値段するな。俺は余裕で買えるけど」
「うるさいなぁ」
ガラスケースに飾られていた杖を眺めていたら、
店の中から店主のお爺ちゃんが出てきて、「戻って来たんだね」なんて笑顔で話しかけてきた。
「杖は見つけられたかい?」
首をかしげる“私”に、
お爺ちゃんは「ありゃ、こりゃ失礼。お嬢さんに似ていたから間違えたよ。剣とかも似てたんだ」なんて苦笑した。
「その人は、どんな杖を探していたんですか?」
「ノヴァラ・フロストカースを倒すために造られた大杖だよ。でも、作った主であるルイ・アイロラは、結局使わずに、ある場所に隠したのさ」
お爺ちゃんは勿体ぶって場所は言わずに、“私”から聞かれるのを待った。
しょうがなくそれに乗り「何処にあるんですか?」と聞く。
お爺ちゃんは大げさに周りを見渡してから、視線を合わせて小声で言った。
「ガリア海域に沈んだガリア神殿さ」
「ガリア神殿って、生身で行けるようなもんじゃないだろ」
「その通りだ盾の兄ちゃん、相当なバリア魔法の使い手じゃなきゃ、海底に着く前に水圧で潰されちまう。大魔法使いのルイは難なく一人で行けたみたいだけれど」
「ルイは私のお母さんです」
「おやおや。なんだか不思議なこともあるものだねえ。
さっき君に似た子もそんな事を言っていたんだよ」
「ドッペルゲンガーですか」と“私”が顔を青ざめさせると、
ベルカとゴーストイーターさんは大笑いした。
けれど、店主が考え込んでいるのを見て、笑っていたベルカまで顔を青ざめさせた。
「まあなんだ?何かの縁だし詳しい情報を教えてあげるよ。向かってみるといいさ」
なんて、一旦店に戻り、手書きの地図を書いて持ってきてくれた。
「まだあると良いね」
そう言ってお爺ちゃんは去っていった。
「行くにしても、杖は必要だぜ?」
「む~」
ゴーストイーターさんをチラリと見ると、《ふざけるな!お前の魔法の負荷でもう全身痛いんだよ》だなんて怒られてしまった。
「む~」
「あの杖なんてやすくて良いんじゃないか?」
ベルカの指さす方を、期待せず見てみる。が――
「前使っていた杖に似てる」
驚きのあまり目を見開いた。
「初心者にお勧めだって、どうするかね?新米魔法使い君」
「新米じゃないし。でも、あんなしっかりした杖が初心者用だったんだ」
「頑丈なのか?」
「凄く」
(そう、凄く丈夫だ。禁術を放っても壊れないのだから)
もうあれでいいやと思って屋台に近づいたものの、昔と同じ杖を選ぶことには、どうも抵抗があった。
“私”の影が落ちると、シートの上で舟を漕いでいた店主が目を覚まし、
「ゆっくり見て行きな」と大きなあくびをした。
「むむむ~」
「分かるぜ、昔使っていた物を使うのって、安心感はあるけど、楽しくないんだよな」
「そうそう。それに、成長していないようで、どうも……抵抗がある」
「確かに」
二人で見ていると、「ワーオ!村長の言う通りデース」なんてパッチリお目眼の大男が私の手を取り「リックはリック・アリヨ、デース!」とブンブン振った。
(虹色の目、クリャトナ族か)
なんとなく、となりのベルカを見ると、
思った通り、彼は笑顔だが、少し警戒したような雰囲気が伝わってきた。
「はわわ!よっ。よろしくお願いします。
私はティア・アイロラです」
「知ってマース。う~ん村長によく似てマース」
リックは不思議な男性だった。初めて会うのにそんな感じがしない。
それでいて、安全な人間とも感じられなかった。
人見知りだからとか、そういうの関係なしに。心の何処かで、警戒する自分が居たのだ。
(まあ、ベルカに会った時も、同じ感覚がしたから、気のせいなのだろうけれど)
でも、ベルカの時は、こんなにも手は震えなかった。
「ティアさんはあの白い杖がお似合いでしょう」
「なんで分かるのですか?」
「長生きの勘。シックスセンスってヤツデース」
「ふーん」
(めっちゃ怪しい!)
リックさんは杖を手に取りながら
「バリア魔法を使える魔法使いを探しているのでしょ?」と横目で私を見た。
「リックが言う条件をクリアして同行させてく・れ・た・ら!
この杖をリックが買ってあげマース」
「それってリックさんにメリットがあるのですか?」
眼を細めて疑う“私”に、彼は「大ありデース」なんて肩をすくめた。
「リックも魔法使いデース!村長に指導してもらって、一人前になりました。
でも、まだ足りない。だから、ティアさんの実力をこの目で見たいのデース。勉強のために」
「見て分かるものですか?」
「それはリックの決めることデース」
私がベルカの方を見る。と、言うのも彼が一番嫌な顔をしているからだ。
私の視線に気づいたベルカは「それで?条件は?」と、空の方を見ながら言う。
「近くの闘技場に出てもらいまーす。そこで勝って、賞金の半分を私にくだサーイ。
そしたら、海底神殿で杖を手に入れるまで同行しましょう」
いつまでも空を見ているベルカに、「ちょっと!何してんの?」と小声で言って肘打ちすると、
彼はようやくリックに視線を戻した。
ところが、そのまま「いい案だな」と“私”に聞きもせず、勝手に話を決めてしまった。
「ッチ、勝手に決めるんじゃないよ」
「お前も金に困ってんだろ?」
「ぐぬぬ……それはぁ」
「それに、悪いクリャトナ族ではなさそうだ」
眉間に皺を寄せて首を傾げる“私”を見て、
ベルカはさっきまで見ていた空の方を指差す。
リックも顔を上げて、ベルカの指の先を見る。
と、頭上を旋回していた鳥が一羽、低く舞い降りてきた。
「鳥がどうかしたの?」
「良いクリャトナ族っていうのは、動物を手懐ける。
悪いクリャトナ族は、魔物を手懐けるって言われてるんだ」
「言い伝えでしょ?それ」
彼は「俺はノルドで色んな人を用心棒してきた。この眼に狂いはないさ」なんて、額の石を指さして、
リックと歩き出してしまった。
《行くなら、あの杖を買ってから行けよ》
「はぁ……我慢してください、ゴーストイーターさん」
《勘弁してくれーーーー!》
と、いう事で――
「ここが闘技場デース!」
(来てしまった)
《魔法は絶対に使うなよ?》
「あい。心得ます」
闘技場の入り口にはあらゆる武器を持った猛者達が、
我先にと走って受付に集まっていた。
花火の音がしているが、漢達の怒声でかき消されていて、
あそこでチケットを買うのかと思うと、“私”は気が滅入るのだった。
「リックが買ってきマース!
二人は待っていてくだサーイ」
去り際に、「特に盾のお兄さんはミス・ティアを守っていてくだサーイ。ここめちゃデンジャラスデース」なんて言葉を残す。
「ハハッ!こんなお子様なんて、誰も襲わないだろ」
「私、これでも16なんだけど?」
「お子様だろ」
「ベルカは何歳なの?」
「19だ、明日で20」
(うわっ、見えね〜)
ベルカは“私”を見下ろして「分かったかな?アイロラちゃん」なんて頭を雑に撫でた。
「うにゃ〜やめろし!」
「シシシッ!尊敬しろよ〜?」
「分かったからその手どけろ!」
そんな“私”達を見て、戻ってきたリックさんは、
「ハハハッ!ほんと良いコンビですネ!兄妹みたいだ」なんて、
のほほんとしていた。
「チケットは一枚だけですか?」
「そうデース。ミス・ティアが出るのですヨ。
ガリア神殿の番人はめちゃデンジャラス、
ここのドラゴンを倒せないようじゃ死にに行くようなものデース」
「はぁ……」
そんなこんなで、
出場者達は闘技場の準備室へと、案内人に連れて行かれるのだった。
受付の時は、血の気の多い荒々しい漢というイメージだった。が――
「何かあったのかい?」
「こんな小さな子が……酷い親だ!」
「金が必要なのか?それならおじさんがあげるから、ここはやめときなさい」
(実家が貧乏な訳ありの子供と思われてますね)
凄く優しかった。
「お菓子いる?」
「あ!俺ジュース持ってるぜ!飲みな!」
「えへへ……ありがとうございます」
笑顔を見せると、皆もデレデレと表情を緩めるのだった。
けれど、どんな人であれ、心には騎士を宿している者たち。
呼ばれると、そんな優しさは鎧の中に引っ込み、オーラが変わる。
ノルド大陸に来て、早々に会った巨人よりも恐ろしいオーラに、
“私”は少し背筋を伸ばしてしまった。
《闘技場って変わった空気があるよな》
「分かります……なんかこう。
村の運動会に近いけど、違う。独特な雰囲気ですよね。
あの人達で終わってくれればいいんですが……」
《闘技場は、誰かが倒した時点で終わりになるけどよ、
賞金の金額を見るとケツのティアまで回ってくるんじゃねえか?》
「一千万ギルかぁ」
(確かに、選手の入れ替わりが早いから、皆すぐやられてるんだろうな~
みんなに見られながら戦うとか。考えただけで胃が痛くなる)
遂に準備室は“私”一人になり、数分も経たずにドアが叩かれた。
ため息を一つしてゴーストイーターさんを握るのだった。
《いいか?魔法は死んでもぶっ放すんじゃねえぞ?》
「はいはい、善処しますよ」
柵が上がり、“私”が砂埃の舞う闘技場へ足を踏み入れた瞬間、
それまで空気を震わせていた歓声が途切れ、観客席からどよめきが広がった。
「おいおい、子供だぜ?」
「きっと死にに来たんだわ」
「可哀そうに、家庭で何かあるのよ」
「やめさせろー!気が狂ってんのか!」
気が狂ってるのは、きっと“私”の方だろう。
ドラゴンと戦うというのに、観客席に集まる鳥達に視線が向いているのだから。
(鳥たちの眼を借りて誰かが私を見ている)
「優しいクリャトナ族……か」
臆病が故の、勝手な妄想。
そう思いたかったが、リックさんの試すような顔に、“私”は眼を細める。
「考えるだけ無駄だ。ティア」
深呼吸を一つして、頬を叩いた。
《何ぶつくさ言ってんだよ》
「なんでもないです」
(今はドラゴンに集中しなきゃ!)
さっきまで優しくしてくれていたお兄さんたちが、地面に転がっていた。
その中でも、意識がほんの少しある人が、「逃げろ……嬢ちゃん」と言葉を残して逝った。
(目の前で、人が死んだ。
ここはそういう場所だと知っていても、
この人はさっきまで優しくしてくれた人だ)
慣れない人の死に、息が一瞬止まり額から脂汗が噴き出る。
(闘技場と言う、殺し合いをエンタメにした人もだけれど、
それを好む人も気が狂っていると思っていたけれど、一応人の心はあるんですね)
「逃げたいですよ。私だって……全てから」
悲鳴にも似た鉄と鉄が擦れる音と共に相手の柵が上がる。
それと同時に、“私”は詠唱を始めた。
砂埃のカーテンで姿は隠れて見えないが、
巨大な影が放つ威圧だけで、強さが手に取るように分かった。
《ありゃあ、どうやって捕獲してきたんだ?
魔王様だって一日かけても無理だったのに》
姿を現したソレに、ゴーストイーターさんは唖然とした。
巨大。それでいて残酷なほど美しい。
向き合う金色の鱗を纏ったドラゴンが、
吠えるよりも先に炎のブレスを吐く。




