16話目 ベルカ
「本当に船長に挨拶しなくて良かったの?」
「良いんです。ヨーンさんこそ、船長の告白シーンを見なくて良かったんですか?」
“私”は無事ノルド大陸に上陸した。
流石は北の大陸なのか。
秋にも関わらず、空気は既に冬の存在を感じさせた。
(ルナさんがコートをカバンに入れてくれて良かった)
「リコのやつも、旅に出ちゃうし……」
「そんなに心配なら、始まりの村付近にある山を探すと良いですよ。
きっと、ルナ・フロストカースという女性に魔法を教わりに行っているはずなので」
ヨーンさんは、何処か嬉しそうだった。
「分かったよ。ティア、身体には気を付けなよ」
大きく頷き、背を向けようとすると、彼は「ティア!」と足を止めさせた。
「なんですか?」
「辛い事とかあったら、いつでもパコ島に来いよ。
ティアはもう立派な家族なのだから」
“私”が抱える重荷まで見透かすように、ヨーンさんはじっと見つめた。
それだけで“私”は心が少し軽くなった。
「ありがとうございます。この旅が終わったら、必ず」
そう言って、別れたのだった。
《ティアも不器用だな。少しぐらい愚痴をこぼしてもいいのによ。
船の上じゃずっとヘラヘラしちゃってさ》
「もう昔の私じゃないのです~、本当に強い人はね、泣く前に動くのですよ」
《俺様が言うのもおかしいけど、お前も充分呪われてるな》
その言葉は何故か、胸に引っかかった。
けど、聞いてしまったら、自分が壊れてしまいそうで。
いつもの意地悪なのだと。片づけた。
「でもここの建築物は面白いですね!お家に足が生えてるみたい」
《カッカッカ!高床式って言うんだぜ、ティアって本当に学校行ってたのか?》
「ムッ!しっかり行ってましたよ。皆勤賞までもらう程優等生なんですから!」
(休むとお母さんに叱られて、
風邪をひいたら回復魔法で強制的に治されて、学校に行かされました。
今思えば魔法の残酷なところですね)
風邪の日に味わう事の出来る、
親の愛情と言うやつを与えられなかったから、
ある意味可哀そうな子供だったのかもしれない。
《雪に埋もれないように、床を高くする構造だ、
魔王城は見栄えの為にしていないせいで、
いっつも真冬の日は、魔王様がすっ飛んで行って炎魔法で雪を溶かしてたんだ》
「なんか魔王様って、優しいお父さんみたいですね。想像とだいぶ違う」
そんな何気ない会話をしていた時だった。
稲穂の向こうから、目を帯で隠した男が現れた。
額には、緑色の透き通った石が埋め込まれている。
背中に背負う大楯、腰には鞭。
見ただけで分かる。出来る冒険者だと。
ただ、“私”はその顔を見た瞬間に、情報屋で見た資料を思い出した。
(そうか、既視感があると思ったら……)
そんな“私”にはお構いなしに、男は話し始めた。
「ごきげんよう!魔剣のお嬢さん。
大楯のイケメンはどうだい?」
そのキザな話し方に、思わず「結構です」と返していた。
が、この男も慣れているのだろう。
去ろうとする“私”についてきて、
「ノルドは初めてだろ?案内するよ。なんせノルドの魔物は大きいし凶暴だからね」
なんて一歩も引かない。
「知らない人には近づくなって、お母さんに言われているので」
(正確には「知らない男には拳を食らわせてやれ」ですが……)
「冷たいねぇ~。でもその訛り、エスト大陸から来たんだろ?
ワネラかな?あそこは良い、精霊祭なんて最高にきれいだもんな」
家並みを抜けて、道の両側に金色の稲穂が広がる。
いくら無視しても、この不届きものは話し続ける。
“私”はとうとう痺れを切らした。
「あのですねえ!雇わないって言ってますよね!」
大声を上げた、その時だった――
《ティア、後ろに大きな巨人が!》
ゴーストイーターさんの言葉に、すかさず振り返る。
“私”を呑み込む巨大な影。
普通なら怖がるのだろう。
けれど、ノヴァラと戦ったおかげか、その鈍そうな巨人の姿には何も感じなかった。
「酷い臭いですね。こん棒なんて原始的な……」
(杖さえあればなぁ。
買ってもらって贅沢は言えないけれど。流石安物の杖だった……
魔法を一回使っただけで壊れちゃうなんて初めて見ました)
カバンからゴーストイーターさんを引き抜く。
それに男は「おいおい、アイツはそんな剣じゃ通用しないぞ?」なんて武器を取ろうとする。
「貴方を雇うなんて言ってません。見ていてください」
豚鼻の巨人はこん棒をゆっくりと持ち上げる。
その瞬間を見逃さず、大地を蹴って、こん棒にしがみつく。
「紅焔よ、盟約は満ちた。
天は拒み、世界は恐れる——」
巨人はどんくさく、こん棒を振り上げた時、
“私”が消えているのに気づいて、キョロキョロ探していた。
その隙に、こん棒から巨人の頭へ飛び降りた。
(なんでしょう、この紋章)
巨人の首元には、見慣れない紋章が彫られていた。
《おい、よそ見してんじゃねえ!》
気になって屈みかけた“私”は、その声に我に返り、ゴーストイーターさんを突き刺す。
「——来い、我が破滅。
インフェルノ・オブ・ジェネシス!」
《刃こぼれするから魔法は使うなって言っただろー!》
ゴーストイーターさんの叫びは虚しく、
爆発と共に巨人の顔は吹き飛び、肉片や眼球が、辺りに散らばる。
(ノルドへ向かう途中、魔剣が杖の代わりになることに気づいたのです)
とはいえ、魔剣はそういう用途には作られていないから、本当に魔法の負荷には脆いのだ。
《ふざけるな!魔法を使われるくらいなら、
まだ調理道具に使われた方がマシだわ!
魔王様の魔剣をなんだと思ってんだ!》
「ごめんって。そんな怒らないでくださいよ……」
そのやり取りを見て、男は面白がるように手を叩いてさらに距離を詰めてきた。
「お嬢さんなかなかやるねえ。
魔法剣士かい。いいねいいねぇ!
なおさら一緒に旅をしたくなってきた!」
「良くないです」
季節のせいもあって、夏よりも日が傾くのは早く。
それに合わせて、“私”も適当にテントを張り始めたのだが……
「あのぉ、いつまでついてくるんですか?」
「地獄の底までさ!」
(うえっ)
「もうお家に帰った方が良いですよ、ここで野営するので」
「なら料理してやるよ」
(勘弁してくれ)
“私”が座ると、男は大楯を下ろして、カバンから薪を数本出してご丁寧に炎を起こしてくれた。
「俺はエイル・ベルカ。見ての通り盲目の用心棒さ!」
「それじゃあ何も見えないでしょ」
と、言った時に、彼は食いついたと言わんばかりに口角を上げて、額の石を突っついた。
「ここで見てる。俺はクリャトナ族に近い種族の、ゴロッド族さ」
「なるほど……」
民俗学で学んだことがある。
ゴロッド族は、その額の石があるから、
金に困ったら、躊躇なく眼球を売るのだとか。
(これは好都合かもしれない)
「クリャトナ族にも詳しいですか?」
「まあそれなりに。興味あるのかい?」
(ここで興味あるなんて言ったら、絶対に雇ったら教えるとかいうだろうなぁ。
でもクリャトナ族の手がかりにもなりそうだし~……なによりこの大陸にも詳しい……か。
無視するのが一番かもしれませんね)
めんどくさくなり、「まあそれなりに」とベルカの口調で返して、
これ以上関わりたくないから横になった。
「寝るのか?夜は獣が来るぞ?扉の無いテントじゃ襲われるぞ?」
「この剣が教えてくれるので大丈夫です」
あまりのしつこさに、舌打ちする。
それに、彼はカラカラ笑って、あろう事か、夜空を見上げてくつろぎ始めたのだった。
(正直、獣よりも、アンタの方が怖いんだけど……)
眠れずに、深いため息をついて体を起こした。
「あ、起きた」
「そりゃそうでしょ。ベルカ……さんでしたっけ?
子供のころはさぞお友達が多かったんでしょうね」
その時。今までヘラヘラしていた彼の顔が一瞬、警戒するような表情に変わる。
が、直ぐにいつもの調子で「こんなイケメンがボッチな訳がないだろ?」なんて笑い飛ばした。
「なんだ?お嬢さんもお友達になりたいのかな?」
(な訳……
さっきの間はなんだったんだろう。
あの一瞬の変わりように、触れてはいけない何かを感じた)
「何処に向かってるんだ?」
「サジィ村」
「なら近くで馬車が出てる」
「歩きます」
「何週間かかると思ってるんだ?今の季節じゃ直ぐに夜になるし馬車をお勧めする。
無いなら俺が金出すけど?」
そういって、腰にぶら下げている袋を“私”に見せつけてきた。
自分の財布は常に干物のようにぺったんこが故に、少し羨ましいと思ってしまった。
「やな人!」
「なら今は雇わなくてもいい、勝手についてきた便利な奴とでも思ってくれ。
旅は道連れってね!」
「てねって。何でそこまで私に執着するんです?」
「キミに似たお嬢さんと旅をした記憶が、断片的にあるから」
「は?夢じゃなくて?」
ゴーストイーターさんも《カッカッカ!寝言は寝てからいえよ》なんて笑う。
「ないない、あれは記憶だね」
「っそ。もっと美人さんについて行った方が良いのでは?
私はお金もないし、魅力もないから」
(自分で言っていて悲しくなってきました)
「はっはっは!それも良いけど、俺は自由で居たいんだ。
美人はすぐ深くかかわろうとするから嫌なんだよ」
(案内人をしていた頃、似たような人に会ったっけ。
その人は、ただ人付き合いが苦手だった。
でも、この男は少し違う。何かを隠している気がする)
――けれど、一瞬見せたあの表情を思うと、“私”はそれ以上距離を縮めてはいけない気がした。




