↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
良い旅を、旅人さん  作者: 江戸前餡子
夏の章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
16/59

15話目 幸せを運ぶ青い鳥

「スピちゃん、終わったよ」


 祝杯の準備の間、“私”はマリアさんから待っているように言われた。

 リコも寝てタイミングが良かったから、スピちゃんの所へ行ったのだが――


「ティーちゃあぁぁぁぁあん」


 部屋に入るなりスピちゃんが飛んできた。


「ちょっと。クルジィ……」

「も〜!マジで死んだかと思ったんだから〜!?

 ほんと良かった……生きてて良かったよ、ティーちゃん。

 スピカお姉ちゃんをあんなに心配させるとかさ〜、

 もう、悪い子すぎなんですけど!」


 抱きしめる強さに、どれほど心配させたのかを実感して

 身勝手な行動はいろんな人に迷惑を掛けるんだなと、改めて反省した。

 スピちゃんは「でも――」と真剣な顔に変わる。


「カッコよかった。ほんと、めちゃくちゃカッコよかったよ。

 勇気づけてるつもりだったのにさ……

 気づいたら、スピカのほうが勇気もらってた」 

「私は必死に、泥船の様なプライドにしがみついてただけで、カッコ悪いよ。

 スピちゃんやいろんな人に支えられたから、立ってられたんです」


 照れ笑いを見せる“私”に、スピちゃんは「私はそれでも逃げちゃったから」と呟く。

 

「カッコ悪いって言えるの、もう十分カッコいいから。スピカはそう思う」

「ありがと。えへへ」

「ノヴァラにさ、精霊が千人以上もさらわれたことがあったの。

 大精霊だったのに、その責任が重すぎて……スピカ、逃げちゃった。

 ずっと遠くから見てるだけだったけど——」


 グッとこぶしを握る。


「決めた、2000年以上続いてるこの種族同士のゴタゴタに、ちゃんと向き合うって」


 “私”を力強く見つめた。


(やっぱり、あの精霊はスピちゃんの仲間だったんですか)

「ノヴァラって何者なの?

 顔立ちといいルナさんと似ているけど……」


 スピちゃんの瞳が一瞬泳ぐ、答えるべきか。どうかで。

 少しの沈黙の後、彼女はゆっくりと口を開いた。


「本名はノヴァラ・フロストカース」

「それって……」

「ルナ・フロストカースの姉だよ」


 その瞬間、ルナさんの、

 「そのスープは、千年に教えて貰ったの。

 その時、私は子供だったけれど、今でも師匠の横顔を鮮明に思い出せる」

 や「きっとあの人が現れるから。今度こそ失敗しないように」

 の発言が耳の奥で蘇る。


 ノヴァラの、

 「その姿、精霊族が襲いに来た1000年と変わらない姿」

 という発言やルナさんの発言は、“私”に向けられたものだった。


 ずっと胸に引っかかっていた言葉、点と点がつながった時。

 それに首を突っ込んでしまったら——

 スピちゃんとの関係に。精霊族との関係に。亀裂が入るのを悟る。


「一瞬、答えるのを躊躇(ためら)ったのは、

 私がルナさんたちと精霊族に深い関係があるから?」


 スピちゃんは、“私”の両肩に手を置いて静かに言った。


「お願いだからさ……このことは深掘りしないでほしい。

 ティーちゃんは大切なの。

 だから、精霊族と敵対する立場にだけは、したくない」


 その言葉は、“私”を守るようだった。

 友人として。大精霊として。


(これからも楽しい旅をしたい。

 綺麗な景色を見たい——けど。

 ルナさんと出会ったあの時、私の旅は、きっと決まってしまったのだ。

 綺麗で楽しい旅なんて、できないのだと)


 中途半端に背負わされたこの荷物を、今更降ろすわけにはいかない。

 “私”は、彼女の神経を逆撫でしないように、静かに話した。


「ノヴァラは1000年に、精霊に襲われたって言ってたの」


 唇を噛むスピちゃんに、

 背筋に冷たいものを感じた。


 信じたくなかった。


「学校の授業で教わった歴史は、

 人族と精霊族の都合のいいように作られたおとぎ話なんだ」

「お願いだから、そこは踏み込まないで。

 解決したら、逃げずに全部話す。

 だから今は……スピカのわがまま、聞いて」


 必死だった。


 目を見開き、懇願するように“私”の身体にしがみつく姿、

 それが、すべてを語っていて。

 本当に。興味本位で踏み込んではいけない域なのだと、全細胞が理解した。


「分かった。ごめんね変な事聞いちゃって」


 頭を撫でられたスピちゃんは、

 落ち着いたように脱力をして立ち上がった。


(複雑な気持ちだ。

 勇者やお母さんも、このことを知っていたのだろうか。

 もしそうなら、ノヴァラを殺さなかったのには、別の理由があったのかもしれない)

「ううん、スピカが悪かった。ごめん。

 それでさ……ティーちゃんに依頼をしたいことあるんだけど。

 いいかな?」


 "お願い"ではなく、わざと"依頼"という言葉を使ったのは、

 彼女の決意の表れなのか。

 はたまた、

 この瞬間、関係が変わってしまったのか。


 “私”の胸がざわついた。


「なに?」

「ノルド大陸に着いたら、まずサジィ村に向かって。

 ホビット族の村で、呪物を除霊できるシャーマンがいるの。

 その人にお願いして。

 スピカを、この場所から解放してほしいって」

(そういえば、私の本当の父親である、勇者のザハール・バローもそこで、

 自分の魂を宝玉に封じ込めたとか、グランさん言っていましたっけ?)

「私もお父さんの事を知りたいし、その依頼、受けましょう!」


 深く頭を下げるスピちゃんに、

 「その代わり聞きたいことがあるの」と続けた。


「私が小さい頃から、無詠唱で魔術を使えないのって、その1000年の出来事と関係ある?」

「うん、まぁ…あるっちゃあるけどさ。

 でも、敵として見てるわけじゃないよ。

 ただ、あの子たちは少し警戒しているだけ」

「警戒されちゃうのも少しショックだね」

(って、私も精霊さんを警戒してたか)


 苦笑いをする私に、スピちゃんは肩をすくめる。

 誰かと二人になるのは苦手、沈黙の場なんてもってのほかだ。

 だけれど、“私”は彼女との無音を楽しんでいた。


 “私”とスピちゃんは似ているのだ。違うのは、地位だけ。


 スピちゃんは、整列する本棚を眺めてから、深呼吸して口を開いた。


「ティーちゃん、もしさ……

 千年に何があったのかとか、

 クリャトナ族と精霊族の間で何が起きたのか知りたいならね。

 ノルド大陸にいる、クリャトナ族の生き残りに会いなさい。

 それが、一番ちゃんとした答えへの近道だから」

「生き残りが居るんだ」

「いるよ。数はもう、だいぶ少ないと思うけど……

 ただね、全部知ったとしてもさ、

 それを今の精霊族と一緒くたにしないでほしいの」

「分かってるよ。

 そうじゃなきゃ、スピちゃんは悩んでこんな所に居ないだろうし」


 スピちゃんは、“私”の頭をぐしゃぐしゃにして、

 「なんかさ〜、自信ついたせいか前より可愛げ減ったんだけど!?ウケる〜!」なんて笑った。

  私もそれにつられて笑う。


「私は何があってもスピちゃんを嫌いにならない」

「……ありがと。

 ティーちゃんに出会えて、スピカは救われたよ」

「私もだよ」


 お互いに、自分が言った言葉に恥ずかしくなってそっぽを向く。


 言葉が途切れたまま、

 “私”たちはしばらく何も言えずに立っていた。


「これからの道中、ノヴァラに気を付けてね」


 “私”は一瞬どういう意味か分からなかったが、

 セピア色の学生時代をふと思い出し、目を見開いた。


(学校の民俗学の授業で教わった事がある。

 クリャトナ族のキスは確か、

 好きな人が何処にいるか分かる為のマーキング……)

 「あのノヴァラがしっかり約束を守る訳が無さそうだもんね」


 スピちゃんは「そういう事」と頷いた。


「次は宴だっけ?」

「そうだよ。吞み過ぎないようにしないとね!」

「どうせ飲めないでしょ。

 ほら、そろそろ行きなさいって〜」


 何故か知らないけれど。

 この時、スピちゃんがもう“私”と会わないんじゃないのかと思ってしまった。

 

 彼女の寂しそうな、遠くへ行ってしまう人を見送るような、

 そんな瞳が、“私”をそう思わせたのだ。


 ドアの前に立ち、もう一度肩越しに振り返る。


「ん?どしたの、ティーちゃん?」

「旅は楽しいものだと思ってた。けれど、辛くて苦しいね。これからが怖いよ私」

「……怖いの、普通だと思う」


 ルナさんの言葉、スピちゃんの言葉。

 両方の言葉と人となりを知ってしまったからこそ。

 ノヴァラを前にして、本当にもう一度剣を抜けるのか自信が無くなっていた。


 スピちゃんは悔しそうに視線を落とした。


「……ごめん。今までならさ、

 もっとテキトーなこと言えてたんだけど……

 今は、ちゃんとした言葉、出てこなくてさ」

「あはは、ごめんね。そうだよね。

 じゃあティア船長は行ってくるのです!バイバイ!」


 手を振る“私”に、彼女は「バイバイ」と苦笑いで見送った。



――カンパーイ!


 遂に宴が始まった。


「お肉!お肉ですよ!うわ~凄い!こんなにいっぱい」

《ティア、お前は肉をあまり食べない方が良いぜ?

 きっと油に胃がびっくりする》


 ゴーストイーターさんは忠告するが、

 脳の中はお肉で埋まっていた“私”が、聞くはずもなく――


「うぅ。気持ち悪い……」


 始まって30分で部屋の隅でグッタリするのだった。


《言わんこっちゃない》

「今まで野菜しか食べてなかったとはいえ、まさかスペアリブ3個だけで……」

《ティアもまだまだガキだなぁ》

「そういえば、ゴーストイーターさん、私の事、ティアって呼んでくれてますね。

 前まで地味っ子だったのに」

《見直したんだよ》


 人ではなく、魔剣と話の花を咲かせていた時。

 悩まし気な表情をしたバルドさんが、“私”の前に現れる。


「ちょっと外で話さないか?」


 手にはモーヴを大事そうに抱えていた。


 てっきり浴びる様に、お酒を飲んでいるのかと思ったけれど、

 珍しく暗い声色に、それどころではないらしい……


 言われたとおりバルドさんの後を追って、お店を出るのだった。


「深夜から寝ずにいると、時間感覚がズレますね。

 まだお昼って事をついつい忘れちゃいます」

「リコは今も寝てるのに、魔法を使いまくったティアは元気そうだな」

(正直眠たいです)


 海が見えるベンチにお互い座る。

 言葉を探すように、モーヴを見つめるバルドさん。

 “私”は何も言わずに、海の波に耳を傾けながら待つことにした。


「俺はよぉ。不器用で乙女心ってのが分からないから、

 どう告白したらいいのか分からないんだよ」

「そうですか」

「マリアとは、幼馴染でな。

 だから、関係が壊れるのが怖いって言うか……」


 猫背の背中は、ため息と共に更に丸くなる。


 “私”には異性を好きになる感情が分からない、

 だから、バルドさんの苦しんで悩む姿を見て知りたくなった。


「バルドさん、好きって何ですか?」

「なんだよ急に」

「あ、いっ、いや。私はその、誰かを好きになったことがなくて……」

(アヴァヴァヴァヴァヴァヴァ!

 今聞く質問じゃなかったー!!!!)


 眉間に皺を寄せて一回“私”を見るが、

 直ぐに大笑いして、ベンチにもたれかかった。


「なんかティアは不思議な奴だな!

 ガーハッハッハ!悩むのがバカらしくなっちまったぜ」

「なんですかそれ~」


 バルドさんは、頬を膨らます“私”を、ワシワシと撫でる。


「まあ~、なんだ?どんな事が起きろうと、一緒に居たいって思える気持ちが。好きって事だよ」

「なら私は、バルドさんが好きです」

「ばーか。それは好きは好きでも、恋とはまた違うのだよ。

 お子ちゃまにはまだ難しい話かなぁ」


 “私”は頭に乗っかる手を払って「もう16です!」と立ち上がる。

 が、彼は立たずに海を眺めていた。

 強がってはいたが、まだ緊張してた。


「今夜22時に、リコがやってくるので、ついて行ってください」

「どうしてだ?」

「バルド船長はまだ、本当の宝を手に入れていない」


 去り際に——


「私の雇い金は、弟子のリコにあげてください。彼女はきっと必要になるので」


 そう言い残し、“私”は姿を消した。


 章の最後ぐらい、恩師のバルド・ローハートが、主人公になるのも悪くないだろう。


〇


 22時。


「父ちゃん。モーヴを持って、ついてきてもらって良いか?」


 ティアの言う通りリコがやってきた。

 本物の宝とはなんだかなあ。

 実はマリアもそのことを、ティアから聞いていたみたいで、気になったのか俺に聞いてきた。


 てっきり、マリアが、娘っ子のいう最高の宝だと思っていた……


「なんだ?こんな小さい舟で何処に行くんだよ」

「行けば分かるよ」


 リコと舟に乗るなんていつぶりだろうか。

 向かい合ってオールを漕ぎだすリコ。


 波の音が静かに俺たちを包み込む。


「昔は、このぐらいの舟も広く感じたけど、リコもデカくなったな」

「はっ、当たり前だろ?小さい海賊なんてカッコ悪いよ」

「それ、ティアが聞いたら、"私は成長途中なんです"とかって怒りそうだな」


 お互いに顔を見合わせて笑いあった。


「最後の最後で、師匠に杖を買ってくれなんてせびられたよ」

「ガッハッハ!困った師匠だな」

「でも師匠は、大きい。どんな大人よりも」


 そう呟く彼女は、「だからこそ——」と、真剣に俺を見て口を開く。


「旅に出ていいか?リコ・ローハートじゃなくて、レイラ・フィンスパークとして」

「……なるほどな。

 金もないのに、お前に雇い金をあげてやれっていうわけだ」

(必要になるか。

 俺のオヤジや母さんもこんな気持ちだったかね)


 旅をして、立派になったリコの姿が見えたようで、嬉しかった。

 それと同時に、同じくらい心配でもあった。


 旅で死ぬ人間が山ほど居るからだ。


「レイラ・フィンスパーク。本名を背負って生きる決心をしたっていうわけだ」

「おう!立派な魔法使いになって帰ってくるよ」

「リコ……いやレイラ、立派にならなくても、

 俺にとってお前は大切で自慢な娘だ。いつでも戻ってこい」


 リコは「そうだな、パコ島にいつでも戻ることにするよ」と指を鳴らす。


「は?」


 その時だった――


「なんだこれ!?」


 海面から、淡く暖かな光の玉が浮かび上がり、

 照らされて現れた光景に息を呑み、何度も目をこすった。


「そんな、嘘だろ?

 なんで沈んだはずの――パコ島が?」

「バルド船長、お疲れ様でした。終着点です」


 懐かしい風景に、まだ信じられないのか、俺は直ぐには立てなかった。


 これは夢で、立ってしまったら目覚めて、

 泊まっていた宿屋の天井を見る羽目になっちまうから――立てなかった。


「これは……」

「夢じゃありません、現実ですよ」


 舟の腹を擦り、やがて砂浜に乗り上げる。

 

「何でお前らまで」

「お帰りなさいバルド船長!」

「行きましょ!」

「立ってくださいよ、待ってますよ。マリア様が」


 泥だらけの船員達に手を引っ張られて、船から降りる。

 が、リコは舟からは出ず、目に焼き付ける様に、俺をジッと見た。


 涙がたまったその瞳で。


「レイラ!」

「一緒に大冒険が出来て楽しかったです!」

「何言ってるんだよ!こっちに来い」


 手を伸ばすが、リコは自分の手首を握り、深く頭を下げた。


「早く!」


 だけど、舟は再び海へと向かって動き始める。

 声は聞こえなかったが、リコの口は確かに言っていた。


「しっかり告白しろよ――か、ガキのくせに、余計なお世話だっつの」


 島は、まるで時間を巻き戻したように、何もかも元通りになっていた。


「海に沈んでたなんて信じられないな」


 船員達は教会の前で止まり、俺の背中を押し前に出した。

 「何すんだバッキャロー!」と、喉元まで出かけた言葉も、

 目の前の、恥ずかしそうに頬を赤らめるマリアを見た瞬間に、

 別の言葉に変わって零れ落ちる。


「綺麗だ」

「ほ、本当か?こんな格好、図体(ずうたい)のデカい私には似合わないと思ったんだけどね」


 ダイヤのように輝く、氷でできたドレス。

 一目で分かった——


—— 魔法だと ——


 周りを見ると、目の前の教会の裏で、大量に捨てられている小さい薬瓶と杖を持った小さな影が見えて。

 俺は口角を上げた。


「ホント、幸せを運ぶ鳥だな……お前は」

「え?」


 俺は服装を整えて、モーヴを両手に持ち、前へ。


「これほどに綺麗な宝石は見たことがない、俺の物になれ」

「なんだいその告白の仕方——でも、まあ。悪くないね」


 差し出したモーヴを手に取り、

 マリアは、持っていたキリアの花束を、俺に渡した。


 夜空に次々と咲く、火の花に。

 マリアは言った。


「あの子は花畑を出すのが得意だね」


 春には、蕾みたいに、うつむいてばかりいた少女が。

 夏の夜、その蕾は空でほどけ、

 火の花の光が、俺とマリアの頬をやさしく染めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。