14話目 負けて勝ち取ったもの
「ふふ……
大切なもの、ですのに……ねぇ……」
(やだ。こんな結末悲しすぎるよ)
ここで逃げたらきっと――
―― バルドさんは一生後悔する ――
「一生後悔するのなら……」
(私は、何でここに立っている?何で生きてる?)
震える拳をギュッと握り、
スピちゃんの居るブレスレットを見て深呼吸する。
(スピちゃん、見てるかな
見てるなら、貴女にも知ってほしい——)
「ティア?」
「一生後悔して、自分に嘘をつき続けるのは、魂が死んだのと同じですよ」
身体を翻し、背中から杖と剣を引き抜く。
そんな私に、みんなはすぐに反応できなかった。
「揺るがぬ盾よ、大地より起きよ、テラ・ウォール!」
階段を上がっていたみんなの方を振り向かず、入口を塞ぐ。
「ティア!」
土壁の向こうから、マリアさんの叫び声が響いた。
それでも、“私”はスノーウィッチへ駆け出した。
突っ走る“私”に、スノーウィッチは口角をつり上げ手のひらを向ける。
「さい……っ、こ……ぉ……っ……さいこう……っ、ふ、ふふっ……!
あぁ……あぁっ!最高最高最高っ!
さぁっ、踊りましょう……王子様」
地面から飛び出してくる氷の刃、
身体を捻るが、頬を掠めてパッと血が弾けた。
「無詠唱。やっぱり強い」
“私”に詠唱する暇を与えず、氷の槍が雨のごとく降り注ぐ。
《ケケケッ!地味っ子もなかなか度胸あるじゃねえか。
ノヴァラを殺すことが出来たら勇者以上だぜ》
「そりゃ光栄ですね」
槍と槍の、細い合間に踏み込み、ゴーストイーターさんで砕いて、間合いを詰めていく。
心臓が口から出そうだった。足が重く、息が苦しくなる。
判断を誤れば死ぬ。
そんな張り詰めた感覚が生きている実感を湧かせた。
「あはっ……あははぁ……っ!
ねぇ、見て? そんなお顔するんですの?
かわいい……っ、かわいすぎますわぁ……ふふ、ふふふっ……!」
歯を覗かせて笑う私に、
スノーウィッチも不気味な笑みを浮かべる。
「その姿、精霊族が襲いに来た1000年と変わらない姿。
ノヴァラは嬉しいのです。
あぁ。同じ場所で呼吸をしてる!
神様、ノヴァラはこんなに幸せになって良いのですか?」
(後もう少し!)
距離は残り僅か、
真正面から飛んでくる魔弾を、額すれすれまで引き付けて避ける。
勝機、残り数歩でこちらの間合い。
剣を振り上げた。その刹那——
「あらぁ……? さっきのドブネズミさんに、あたっちゃいました。
ふふっ……どうしましょう……つぶれちゃったかしら……?」
後ろから悲鳴が、耳を突く。
“私”は、反射的にそっちを向いて一拍動きが止まる。
リコが血を流して倒れていた。
《馬鹿野郎、よそ見をするな!》
(マズイ!)
二つの氷の礫が、左太ももと右目を狙って飛んでくる。
礫は、冷気をはっきり感じるほど近くまで迫っていた。
「焦熱の檻よ――」
身体を無理やり捻じり、左ももを狙う礫をかわす。
右目に迫るもう一つは、剣で粉砕する。
その結果、バランスを崩してグシャリと地面に叩きつけられた。
「他の女を見るなんて、なぁんてイ・ケ・ナ・イ王子様」
こうなるのは予想内。
地面に大杖の先を向けて、腹の底から叫ぶ。
「我が敵を焔の審判へ導け――インフェルノ・ブレイズ!」
「ほーんと、カッコいい!」
火炎の渦を噴射させて宙を舞い、スノーウィッチの氷の礫を避けて、リコの方へ吹き飛ぶ。
「気に……しない。で」
「痛みを包む母なる光よ、
失われし温もりをもう一度。
癒しの輪よ——」
さっきの魔法で、かなりの負荷を受けた大杖は、悲鳴にも似た軋む音を立てる。
(お願いです。私の大切な友達を助けてください!)
視界を覆う巨大な白く輝く砲撃。
その光景を見た瞬間に、死が頭をよぎる。
けれど、不思議なもので、恐怖よりも生きているのを実感して、
もっと感じていたいと思ったのだった。
しかし、その反面、本能のどこかでそれを抑えようとしている自分が居た。
死を感じる度に覚える快感は、人道から外れていて、怖かった。
スノーウィッチのようで。でも、抑えられなかった。
「彼の者の命をそっと抱け――リカバリー・サークル!」
詠唱が終わると共に、彼女を抱きしめて飛び避ける。
着地と共に、借りたもう一本の杖で鋼のドームを魔法で出して避難する。
《どうするつもりだ?》
「あははっ!大変な事になっちゃいましたね」
「壊れちまったのかよ……」
「気持ちが高ぶってるだけ。
アハハッ!だって、引きこもりだった私がこんな戦ってるなんて、
もう可笑しくて可笑しくて」
ドームにひびが走り、隙間から光が漏れ始めた。
もう時間がない。“私”は、真剣な顔でリコを見る。
「良い?10秒後壁を消します。リコは直ぐに横に跳んで目を手で覆ってね」
「それじゃあ見えないじゃねえか」
「失明したいのなら目を開けてな。行くよ」
ゴーストイーターさんを地面に刺し、そこに背中をしっかり当てて座り、
今にも崩れそうな大杖を、スノーウィッチに向けて構えた。
「天翔ける陽光よ——」
その瞬間、凍りついた床が熱で溶ける。
“私”達を覆う壁は、遂に穴が開き始めるが、動かず杖を握る手に力を籠める。
頬や腕を切り裂かれて、走る痛みに耐えながら。
「古の王冠を戴きて降り注げ——」
舞い上がる熱風。杖先に集まる激しく眩い小さな太陽。
それに、スノーウィッチは更に口角をつり上げて、両手を“私”の方に向けた。
受け止める気だ。
「我が宣告に応え、その力を顕現せよ――」
壁は崩れ消える。
リコは顔を歪め、歯を食いしばって横へ跳んだ。
“私”が目を瞑った。その刹那、大杖は耐えきれなくなり砕け散るが、もう一本の杖に変える。
「きひっ……きひひひっ……!
魔法陣を、べつの杖にうつしちゃうなんて……
すてきですわ……ふふ……っ。
さいこう……っ、最高ですの……!
貴女……ほんとうに、最高すぎますわぁ……っ!」
「ソーラー・フレア!」
ドラゴンをも容易に飲み込む光線。
通る場所をドロドロの溶岩に変えて、スノーウィッチに伸びてゆく。
魔力がみるみる吸い取られ、意識がもうろうとしてくる。
禁術から立て続けに魔法を使い、残り僅かになっていたことに、今さら気づいた。
「まだ!まだまだまだぁぁぁぁぁぁあ!」
片手用の細い杖に亀裂が走る。
それを両手で握り、真っ二つになるのを防ぐ。
(あと少しだけ持って!)
「あつっ……あつい……っ!
いたいのに……ふふ……きもち……よすぎますわぁ……っ!
ねぇ……もっと……もっといたして?
私のおうじしゃまぁぁぁぁぁあん」
スノーウィッチの、頑丈な手のひらからは血がにじみ出て、
ローブの袖は燃えて灰になり、帽子は吹き飛ぶ。
巨体が後ろに押されてゆく——
が。そこで杖は耐えられなくなり灰になった。
杖が消えることにより、行き場を失った魔法の負荷は爆風を起こし、
“私”とゴーストイーターさんを吹き飛ばした。
「ほんとうに……残念ですわね。
もっと楽しませていただくつもりでしたのに。
まさか杖が壊れて、戦うことすらできなくなるなんて。
終わり方としては、少々つまらなくてよ?」
両手で受けてもなお、涼しい顔をしている彼女に、
“私”は勇者が倒せなかったのも納得できた。
桁違いの化け物だ。
(けれど。一人で。深い傷を負わせたのは。
誇りに思って良いですよね)
「まだ……終わって……ない」
ゴーストイーターさんを握り、闊歩して近づいてくる化け物に切っ先を向ける。
リコは何かを叫んでいたが、何も聞き取れなかった。
(良かった。杖が先に壊れてくれて)
魔力を全て使い切っていたら死んでいた。
(まあ。どちらにせよ、殺されますか)
「最後まであがいて見せる!
約束したんだ。カッコイイ所を見せるって」
「へーそう」
(クッソ。動けよ私の身体)
彼女は膝をついて顔を近づけた。
殺せるものならやってみろというように。
「充分に格好よろしゅうございますわ。
わたくし……惚れてますの。
貴女に」
胸の高鳴りに呼応するように、頬が赤らむスノーウィッチは、
“私”の顔を両手で優しく包み、うっとりとした表情を見せた。
「ここまでわたくしを夢中になさるなんて……この勝負、貴女の勝ちですわ。
モーヴは差し上げてもよろしくてよ。
その代わり……次にお会いするときには、ノヴァラが、王子さまを美味しくいただきますわ
——師匠は……貴女を嫌う」
瞳が一瞬だけ揺れる。
そこから言葉にできない悲痛な叫びが聞こえたような気がした。
だが、すぐに凍り付いた笑みがそれを封じ隠す。
刹那に見せた顔が、本物だったのかもしれない。
でも——怖かった。
「もう会わない、死んでも」
「約束しましたよね?オーロラが最も美しく輝く、その場所でまた会おうって……
わたくし、あなたをお待ちしておりますわ。
——絶対に……ティアを たす。け る」
私に口づけをして、約束を結ぶようにジッと見つめてから立ち上がった。
「すぐに回復なさいますでしょうから、心配は不要ですわ。
では……地面に置いてある宝玉のこと、どうぞお忘れにならないように」
彼女は最後に肩越しに振り返る。
「あぁ……やっぱり……別れたくない。
次は逃がしませんわ——この世界線で、全てを 終わらすか ら」
指を鳴らすと、スノーウィッチは雪の結晶となって、キラキラと消えた。
モーヴを拾ったリコは急いで駆け寄り、
膝から崩れ落ちる“私”を抱きかかえて、ゆっくりと地面に座らせた。
「見た?リコ……やったよ——私」
「あぁ。カッコよかった、やっぱり師匠だよ。ティアは」
弱弱しく笑う“私”に、リコは「これを飲め、ポーション」と呆れたように笑った。
腰に付けたポーチから取り出された二本の小瓶を受け取る。
「ポーションは苦くて嫌いなんだよね」
鼻をつまんで一気に飲む横顔を見て、
リコは「師匠って子供っぽいよな」と、モーヴを掲げながら肩に頭を乗せた。
「壮絶な夏だったよ」
「まだ夏は終わってないよ。私はギルを稼ぐためにも、ここからが見せ場なんです!」
(そう、バルドさんとの契約で、報酬は、その人の貢献度で変わる。
モーヴを手に入れただけでも大きな手柄だろうけれど。
ここまでやったのなら搾り取るだけ搾り取るってものですよ!)
「娘として、お父さんが幸せになるのを見たくない?」
リコはその言葉に、驚きのあまり“私”を見て目を見開いた。
「出来るの?そんな事」
「出来るとも、その代わりリコや船員達にも手伝ってほしいの」
「なんだ?何でもやる!」
「それなら——」
マリアさん達は、救出したバルドさん達を担ぎ、古代遺跡から出ていた。
二人で肩を組み、ゆっくり歩いて外へ出るボロボロの“私”たちを見て、
みんなが一斉に駆け寄ってきた。
「リコ!生きていて良かった」
バルドさんはリコを抱きしめて、心の底から安心したように涙を流していた。
父親に抱きしめられ、リコの緊張の糸も切れて、
流れ星のように、一筋の涙が頬を伝った。
「マリアさん——」
胸を張りモーヴを見せようとした時だった。
「何考えてんだい!」
左頬に衝撃が走り、踏ん張る力も残っていなかった“私”は、
モーヴを抱いたまま地面にしりもちをつく。
何で怒っているのかわからず、
ただ怖くて口を開けたまま固まるしかなかった。
「パーティーのリーダーが、勝手な行動をしたら全滅だってあり得るんだよ!
リコがもし死んだらどうするんだ?」
(そうだ、私は私情でスノーウィッチに突っ走ってしまった。
それで、リコに重傷を……)
彼女の苦しむあの表情を思い出した瞬間。
自分がどれ程恐ろしい行動をしていたのか思い、背筋に冷たいものが走る。
「ほんと馬鹿な子、初めにも言っただろ。ティアは私の宝物だって——」
マリアさんは強く“私”を抱きしめた。
「大切な人を失って得た宝なんて。そんなの綺麗に見えないよ」
彼女の全身は、酷く震えていた。
それだけで、過去に何があったのか伝わってくるようで、胸が締め付けられた。
「ごめんなさい」
「分かったのならいいさ!
ありがとうティア、モーヴを取り戻してくれて。
私とバルドにとって、大切な物なんだ。
この宝玉のお陰で村の皆が集まれたのだから」
マリアさんは皆の顔を見る。
“私”も周りを見ると、船員達は「ありがとう」と手を叩いていた。
「故郷を取り戻してくれてありがとう。
ティア・アイロラ、お前は本当に俺たちの青い鳥だ」
リコを抱きかかえたバルドさんは深く頭を下げた。
「さぁ野郎ども、手を止めるな!
帰って来れなかった家族と、
ティア船長が血と命で勝ち取った戦利品だ!
船に積み込め!
今日は――生きて帰れた祝杯だ!!」




