13話目 わたしの王子様
深夜1時、アマランス島に再上陸。
夏の暑さで死臭が濃くなっていて、“私”は口を押さえる。
魔物の気配は無く、ランタンに灯りを点ける皆について行きながら、“私”は大杖を握った。
「心に宿る希望よ、
形となりて周囲を照らせ、
ホープライト!……うっぷ」
淡く小さな光の玉が、ポッポッポッといくつも現れて辺りを照らす。
ゆっくりと黒いベールがめくられて行き、マリアさんは眉をひそめた。
「こりゃ凄いな。これ、ティアがやったのか?」
白いはずの浜辺は、赤い絨毯を敷いたように真っ赤に染まっていた。
死体にはハエや野鳥が群がっていた。
魔物の姿がないことを確かめた船員達は「船長は生きてるかもな」と少し表情を緩めた。
「ワタシの杖を持っとくか?」
リコが“私”の持っている杖を、心配そうに見る。
(ルナさんから貰った大杖もそろそろ限界ですね)
杖に刻まれた亀裂がさらに伸びていた。
禁術の負荷が通常の魔法の比ではないことを実感する。
「ありがとリコ、でもあと二回程度なら使えると思うから大丈夫だよ」
「なら良いけどよ。壊れたら言えよ?」
「はいはい、心強い友達が居て嬉しいよ」
リコは鼻で笑い、
「早くカッコいいところを見せてほしいものだよ」なんて、茶化したような笑みを見せた。
そんな中、先に例のログハウスを探索しに行った
三人の船員が、駆け寄ってくる。
「船長!ログハウスには居なかったぜ、
その代わりこんな置手紙があったよ」
「ありがとうございます」
隣に居たマリアさんは、“私”の肩に顎を乗せて見るなり、最後に書かれた名前に目を細めた。
“私”も内容に生きた心地がしなくなり、心臓の音が大きくなる。
変な汗で髪がグッショリと濡れた。
「スノーウィッチがバルドさん達を……」
「でもこの手紙の内容的には、戦闘はする気はないみたいだな。
本当かは分からないけど」
戦闘をする気がないのは本当だろう。
戦う意思があったら、ダンジョンになんか籠らず、外で“私”達を待っているはずだし。
「スノーウィッチが居る部屋に、宝もあるだろうに、それと引き換えとは書いてない――
目的はやっぱりティアを来させる事かもな」
さすが危険な場所を冒険してきたマリアさんか。
みんなは納得したように頷いていた。が、“私”は嫌な予感がした。
(モーヴもあるかもしれない。
モーヴは確か、マリアさんの故郷で大切にされていた宝玉だったはず。
もしマリアさんもバルドさんも諦めたら、“私”は――この気持ちを抑えられるだろうか……)
二人と過ごすうちに、
幸せになってほしいという気持ちが強くなっていた。
「とりあえず行きましょう。
ごめんリコ、杖を貸して貰ってもいい?」
「お?おぉ。良いぜ!」
(もう戦闘は無い。もしもの事が起こったら私が……
狙いは私なのです)
魔物たちに襲われた時、実感した死の感覚を思い出した瞬間、手からは汗がにじみ出る。
「入り口が封じられてる」
古代遺跡のダンジョンを半分飲んでいた氷は更に侵食していて、
四方八方から感じていた視線は、入口のみになっていた。
まるで“私”を待っていたようで、
会ったら逃がしてくれないんじゃないか、なんて思えてきた。
「私に任せてください」
「何する気だよ」
「手話だよ、氷で私を見ているはずだから」
(案内人として、どんな人が来てもいいように研修で手話も叩きこまれるのだ。
本業で使わず、まさかこんな所で初めて使うことになるなんて、
研修をしてくれた上司さんも驚きでしょうね)
入り口の前に立つと、氷の向こうから強大な魔力が伝わってくる。
まるで、“私”を試しているようで、恐怖に飲み込まれそうになる。
が、後ろに居るリコを見て奥歯を噛みしめた。
【ティア・アイロラです。来ました。】
両手を動かし伝える。
しばらくして、氷は蒸気となり消えて“私”達を迎え入れた。
「ここは、入り口の部屋を中心に、5つの部屋が広がっています」
「ティア、道は5個以上見えるがなんでだ?」
「幻術です、氷の発する冷気で幻覚を作り出す魔法です」
マリアさんは顎に手をやり、「なるほど、寒くないわけだ」と初めて見る幻術に感動した。
「幻術で造られた物は、有機物には反応しますが無機物には反応しないので、
私がナイフを持って、床や壁を突きつつ進みます。
皆さんは私の後ろについてきてくださいね」
「またあのトラップが出てきたらどうする?」
「あれはモンスターハウスと言うトラップで、
広い空間が必要になる罠なので、地図を見る限りじゃ、もうないでしょうね」
じゃあ何故、そんなシンプルなダンジョンがいまだ攻略されていないのか。
それの答えは、古代遺跡を作った主がカギとなっていた。
マリアさんの古代遺跡の説明で、授業で教わった魔学史概論を思い出したのだった。
「この古代遺跡を造ったのは、魔族でした。
魔族は鍵の文化がこの頃にはまだ無く、
その代わりに、一定の魔力を注ぐことにより開く石の扉を開発したのです」
入り口の部屋から見て真ん前の部屋、
そこが地下一階に繋がる隠れ扉のある場所だった。
地面には人差し指が入りそうな穴が開いていて、“私”は指をさして皆に見せる。
「これがかい?」
「はい、ギミックは魔法の杖と同じで、指を入れて魔力を込めるだけです」
人差し指を入れようと、第一関節まで穴に突っ込んだ時、
リコに「指を入れた瞬間に食われちゃったりな~」と言われて慌てて引き抜いた。
「こらっ、リコ!ティアを怖がらせないの。
変なこと言うから震えだしたじゃないか」
「あはは、ワリイワリイ。冗談だから。な?」
「ム~。リコの馬鹿!」
頬を膨らます“私”に、リコは謝りつつも少し笑う。
「あ、改めて……」
指を入れて魔力を込める——
「床が光り始めた!」
穴を中心に、青白い光の輪が何層も浮き出る。
何かを合わせる様に回転し、しばらく待つと色を緑に変えた。
「おい!向こうのタイルが無くなってる」
「成功みたいですね」
一部の床が消えて、階段が顔を見せた。
下から吹き上げる冷気。
それが“私”を覆った瞬間に、ついに対面するのだと思い息を呑んだ。
「いっ、行きましょう」
凍りついた細い階段を、慎重に降りた。
その先に広がる光景に、皆が目を見開いた。
それは、スノーウィッチを目の前にしてなのか。
それとも、大量のお宝を目の前にしてなのか。
“私”は、前者だった。
「凄い魔力……」
ゆうに180センチを超える長身と、床まである水色の髪。
そして、頭の上に乗せる、巨大な尖がり帽子は、
巨大な氷柱のような、迫力と存在感を感じさせた。
魔女なのに、杖を持っていない。
ぶら下げた手は、痛々しく爛れていた。
杖では耐えきれないほどの魔力を、素手で扱い続けたのだろう。
その傷が、彼女の戦闘狂ぶりを物語っていた。
“私”は思わず後ずさりした。
「やはり……わたくしの目に狂いはございませんでしたわ。
ふふ……くふっ、くふふ……。
わたくしの――だいだいだい大好きな王子さま。
強い女魔法使いにお会いしながらも……ずっと、ずっと探しておりましたのよ?
ねぇ……ご覧になって?
花畑の魔法も、扱えるようになりましたの――」
—— ティア・アイロラ様 ――
スノーウィッチは指を鳴らした。
次の瞬間、ガラス細工みたいな透明な花が、足元から一斉に咲き広がる。
綺麗、とは思えなかった。
花なのに、香りがしない。
それがかえって息苦しかった。
あまりにも透き通っていて、あまりにも冷たい。
寂しそうなのに、近づくことを許さない。
触れれば切れそうで、壊れそうで、なのに目を奪ってくる。
まるで、誰にも触れられたくない心が、そのまま咲いたみたいだった。
「強くなりましたでしょう?わたくし」
“私”をジッと見ては、舌なめずりをする。
精霊の声は聞こえない。それでも、全身が警鐘を鳴らしていた。
彼女の狂気に飲み込まれて、頭が真っ白になっていると、
スノーウィッチは、苦しそうに頭を押さえて、
まるでもう一人の誰かに入れ替わったように様子が変わる。
「駄目、師匠は私達クリャトナ族を救ってくれる存在。手を出すな」
だが、直ぐに足元に転がっていた氷の礫を握り、
「弱い貴女はお黙り、わたくしが王子様を救うの」と、
自分の頭を殴り始めた。
血が流れても、その手は止まらなかった。
「あぁっ! いけませんわ、ノヴァラ。
王子様の前では、まともで居なくちゃ!こんな姿嫌われちゃう!」
「あ、あの。バルドさんを引き渡してくれませんか?」
「あぁぁぁぁぁぁあ! 脳がっ、脳がとろけりゅぅぅぅぅぅう!
しゅきしゅきしゅきー!!!なんて……可愛らしいお声かしら。
可愛くてカッコイイわたくしの王子様。
わたくし……耐えられませんわ……!」
歓喜で涙を流すスノーウィッチは、興奮状態で“私”の声が届いていない。
その姿にリコが口を開いた瞬間だった――
ドスッ。
リコの足元に、氷の刃が突き刺さった。
魔法のスピードは人並みだが、
魔法の負荷と衝撃に耐えるその手のひらに“私”はただただ息を呑んだ。
魔法の境地に、魅入られていた。
「喋らないで。
わたくしが聞くのは、王子様のお声だけ。
あなたの発する音は――排除すべき汚れ。
黙りなさい。
存在の震えひとつが、目障りですわ」
ため息混じりに、バルド達を解放してスノーウィッチは“私”の方を見た。
細められた瞳に、心の中まで見透かされている気がした。
自分の気持ちを抑える様に“私”は拳を握る。
「バルド達を回収した。船に帰ろう」
「……はい」
皆に続いて、“私”も背を向けた――その時だった。
「ふふ……ふふふ……っ、よろしいのかしらぁ?
宝玉をお探しになるために、お越しになったはずでしょう?
あぁ……おほっ、ほほほ……
沈んだ島――パコ島の宝玉。
その名を口にするだけで……くすくす……胸が躍りますわ」
“私”は確かに見た、バルドさんの横顔とマリアさんの横顔を。
悔しそうに奥歯を噛みしめて。目を瞑っていた。
抗えない敵だからこそ、感情を殺すのに必死だった。
まだ未熟な“私”には、その大人の選択が苦しかった。
「ふふ……
大切なもの、ですのに……ねぇ……」
(やだ。こんな結末悲しすぎるよ)
ここで逃げたらきっと――
―― バルドさんは一生後悔する ――
「一生後悔するのなら……」
(私は、何でここに立っている?何で生きてる?)
震える拳をギュッと握り、
スピちゃんの居るブレスレットを見て深呼吸する。
(スピちゃん、見てるかな。
見てるなら、貴女にも知ってほしい——)
「ティア?」
「一生後悔して、自分に嘘をつき続けるのは、魂が死んだのと同じですよ」
身体を翻し、背中から杖と剣を引き抜く。




