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良い旅を、旅人さん  作者: 江戸前餡子
夏の章

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12話目 本物の師匠になるために

 起こったことも、自分の放った禁術の破壊力も、

 まだ理解できていなかった。

 頭の中は真っ白だった。

 けれど、アエリロマ島に着いて緊張の糸が切れた途端、

 自分が引き起こしたことの重さが押し寄せた。

 足が震え、立っていられず砂浜に崩れ落ちた。


「私が殺した私が殺した私が殺した」

(私が家族を殺した。

 こんな大事になるなんて分からなかった)


 そんな事を言って今更何になるのだろうか。


 皆は“私”に気を使って「ダンジョンに挑めばこんな事にもなる」と言ってくれた。

 が、ただ一人は違った。

 “私”と一緒に行動していたからだ。


「見損なったよ。初めから分かってたんだろ?」

「ちがう……違う。私だって——」

「嘘つけ!信じてたのに、アンタは人殺しだ!家族だと思っていたのに」

「私は……人殺し」

「とーちゃんを返してくれよ!また一人ぼっちなんてやだよ!

 本物の地図を持っていたんだろ!そうなんだろ」

( 違う、違う違う違う違う違う—— )


 頭がおかしくなりそうだった。

 リコの冷たい眼が、脳裏に焼き付いた真っ赤な砂浜が。

 “私”を壊す。

 

 たった一時間で起こった悲劇。

 現実離れしすぎて、“私”は頭を抱えて目を閉じた。


 その時だった。


「しっかりしな」


 マリアさんだった。

 彼女は、船員達に泣きじゃくるリコを連れて行かせた。


「アイツらから聞いた。こんな事になるなんて、私も予想外だよ。

 悪かったね、巻き込んじゃって」


 静かな声だった。

 でも、それは“私”を落ち着かせる為でなく、

 自分自身を落ち着かせるためだ。


 マリアさんは肩を震わせていた。


「本物の地図を持っていたって本当かい?」


 何も言えなかった。怖くて。

 頭を抱えたっきり動かない“私”にマリアさんは、やり場のない怒りを地面に向けた。


「良いかい、私は甘やかさない。これが現実さ。

 旅っていうものは選択次第で仲間を殺すんだ」

「ごめんなさい、ごめんなさい……」

「謝っても解決しないよ、立ち上がって前に進むしかないんだ。

 一分、一秒でも早く助けに行くんだよ」


 逃げたかった。

 もう限界だ。


 ただ楽しく旅がしたかっただけなのに。どうしてこうなってしまったんだ。


 マリアさんは立てない“私”の両肩を掴んで顔を近づけた。


「アンタの旅は、自分を好きになる為じゃないのかい?

 強くなるためじゃないのかい?

 なら、今は踏ん張りどころだよ。大変な時は、大きく変われる兆しなんだ。

 よく聞きな。今逃げ出したら一生、ティアは自分を嫌いになる。

 私はティアを信じてる。だから、皆と一緒に"羊の寝床"で待ってる」


 彼女は最後に、「ティアが居なかったら、きっと全滅してた。仲間を救ってくれてありがとう」と言い残して行ってしまった。


「私が……」

(誰か、助けて)


 声にならない「助けて」に、ただ一人、気づいてくれる者がいた。


 目の前に広がる、まばゆく光る扉。

 それを見るだけで、私は逃げ道がある事に安心を覚えて涙が頬を伝った。

 ドアの向こうから、今まで私を慰めてくれた人の声が聞こえた。


「スピちゃん」


 縋りつくように這いずって扉に手を伸ばした。

 が、リコの失望した冷たい視線とバルドさんの笑顔が脳裏を過った時、伸ばしかけた手が止まる。


(逃げたくない)

「苦しいよ」

(でも、ここで逃げたら。家の中で引きこもっていた私に戻ってしまう)

「もう立ちたくない」


 だけれど、腰にぶら下げている、

 リコとお揃いのナイフが目に入り、

 弱音を吐いた自分が情けなくて、拳を握りしめた。


(リコは?私を師匠と慕ってくれた人を置いて逃げる気?

 ――嫌だ。それこそ、逃げた時、私は自分を許せなくなる)


「ティーちゃん。こっちに来な、今は休んだ方が良いよ。壊れちゃうよ」


 心配そうな声だった。

 スピちゃんに抱きしめられたい。

 胸の中で赤ん坊のように泣いて、全てを忘れるまで眠りたい。


 けど——


「大事なお友達を見捨てて逃げるくらいなら、

 壊れるなり死ぬなりしてやる。

 もう逃げるだけの自分は嫌いなんです」


 大変が大きく変われる兆しなら。

 立ち向かおうじゃないか。


「スピちゃんありがとう。けど、大丈夫」


 “私”は頬を叩いて立ち上がり背を向けた。

 その時、陰に覆われていた“私”を、太陽が照らす。

 私はナイフを抱きしめて深呼吸する。

 

「全て終わったら、必ず行くから!

 その時は、今まで逃げてた私を笑ってね」

「笑わないよ。絶対」


 彼女の声は少し寂しそうだった。



「お、来たね。ティア」


 みんなの居る"羊の寝床"という宿に着く。

 入口に待っていたマリアさんが、「信じてたよ」と口角を上げる。

 

「マリアさんと——」


 その隣に居たリコを見る。


「リコのお陰です。謝れば許してもらえるとは思っていません。

 だから、行動で示します。絶対に助けましょう」


 マリアさんは頷く。

 リコはそっぽを向き「本物を見せてくれ」と一言言い残して、

 目を合わせないまま何処かへ行ってしまった。


「リコは今回のことがショックで、まだ立ち直れてないんだよ」

「無理もありません。お父さんが危険な場所に置き去りにされているのですから」

「だね、リコにとって師匠であるティアが最後の希望だ。気張っていくぞ!」

(完全に前を向けたわけではない。

 まだ怖い、船員達だって腹の底では恨んでいるかもしれない)


 脳に染みついている、お母さんの言葉を、

 沢山の船員の命とバルドさんに助けられた今、

 ようやく痛いほど理解したのだった。


「はい!」


 大きな船でも狭く感じたのに、

 狭い部屋に収まるほどまで、船員達は減っていた。


 俯いていた皆は、戻ってきた“私”を見て驚いた顔をする。

 けれど、直ぐに蜘蛛の糸を掴んだように、

 影は無くなり安堵と希望に満ちた表情へと変わるのだった。

 

「船長!」


 突然の船長呼びに驚く“私”に、

 「みんなティアの魔法に惚れたんだ」そうマリアさんは耳打ちした。


「どうしたんだい船長、早く私達に作戦を伝えてくれ」


 皆が囲む円卓。そこにマリアも席に座り、挑発するように“私”を見た。

 “私”は謝ろうとしていた言葉を呑み込んで、胸ポケットから地図を取り出す。

 罠の位置も通路の形も、実際に見たものと一致していた。

 本物だと確信して、“私”は地図を広げた。


(マリアさんが作ってくれた流れを止めるわけには行きません)

「しゃっ……作戦会議をしましゅ!」

(盛大に噛んだー!

 こんなに多くの視線を浴びながら話すのは学生ぶりなのです)

 

 船員達は、我が子を見守るような温かな眼差しを“私”に向けた。

 マリアさんはクスリと笑い、

 「深呼吸しな、慣れていないのは承知してるからさ」と水の入ったコップを渡してくれた。


「あう……」

「今回はバルドと船員の救出を最優先とする。

 ティア、バルドは何処に居ると思う?」


 眩い光の中の出来事は鮮明に覚えている。


(でも居なかったら?

 私を導いてくれてる、マリアさんの手は緊張で震えていた。

 ここで間違えたらどうなる私)


 自信が無くなり、視線が落ちてゆく。

 胸がきゅっと縮む。


 そのとき——

 脳裏で声が蘇った。


—— 本当に強い人はね、泣く前に動く ——


 ずっと呪いのように胸を締めつけてきた言葉。

 でも、今だけは違った。


(……そうだよ。

 あのときのお母さんは、“私に泣くな”って言ったんじゃない。

 “立ち止まらず動けば、必ず突破口が見つかる”って——

 私を突き放したんじゃない。

 弱い私を“前に進ませるため”に、わざと厳しい言い方をしたんだ)


 お母さんの言葉の意味は分かった、少し怖いけれど、

 今だけは、“私”の背中を確かに押してくれる言葉だと思えた。


 深呼吸をして視線を上げて、もう間違わないように皆の顔を見た。


「建築ギルドのログハウスが、浜辺の近くにあります。

 そこに逃げているか、古代遺跡のダンジョン内に戻った可能性があります」

「なるほど、私は島の状況はこいつ達から聞いた程度だけれど、聞きたいことが二つある。

 一つ、ティアの放った魔法でログハウスは壊れていないのかい?

 二つ、ダンジョン内の罠で魔物が湧き出たんだろ?戻るのは危険すぎないかい?」

「私の放った、魔法は敵と決めた者にしか当たらないので、それ以外には絶対に当たりません。

 二つ目の質問ですが、確かに危険でしょう。

 ただ、魔物は自分より強いものが居たら同じ場所に居たがらないんです」


 私は地図で地下一階を指さした。


「ここには古代遺跡を半分氷で飲み込めるほどの魔力を持った魔法使いが居るんです」


 その瞬間、全員の眉が跳ねる。


 そうなるのも無理はないだろう。

 巨大な氷の存在でも一瞬恐怖を覚えたのに、

 それが一人の魔法使いの仕業だと聞けば、襲われる可能性を考えてしまうのが人と言うものだ。


「氷?真夏に?」


 さっきまで冷静だったマリアさんも、

 「あの噂は……いや、まさかな」なんて呟き、

 口元に手をやる。

 ところどころから鳴る小さな物音が、皆の心の動揺を語っていた。


「どうしたんですか?」

「夏になってから、あらゆるダンジョンで巨大な氷が確認されているんだ。

 勇者一行に殺されかけたスノーウィッチが、

 復活したんじゃないかなんて噂を所々で耳にしたんだよ」


 スノーウィッチ、その名が出た途端、部屋の温度が下がった気がした。

 静かに聞いていた船員達の間で、どよめきが上がる。

 持っていたコップを落とす人や口に含んでた水を吹き出す人も居た。


「あのぉ、スノーウィッチって何者なんですか?」

「え?知らないの?今の子って。授業でやらなかった?」

(すいません、授業中は、寝るか落書きするかしかしていないのです)


 テストは、前日の一夜漬けでやり過ごしていたから、

 そんなのが永遠に記憶に残っているはずもないのだ。


「えへへ……忘れちゃいました」

「名前はノヴァラ、種族はクリャトナ族で、

 魔族の中でも、氷属性の魔法を極めた殺人鬼。

 少し怒らすだけでも天候が変わって、雪が降ると言われているんだ」


 マリアさんの言葉に、部屋の全員が私の方を見る。


「私に何か関係があるんですか?」

「大あり」


 みんなも大きく頷き、

 口々に「救出には参加させない方がよさそうだな」なんて呟いた。


「え?でもその時は、そのスノーウィッチは出てきませんでしたよ?」

「出てきてないんじゃなくて、見定めていたんだ」


 そのセリフに、リコの言葉を思い出し、息を呑んだ。


(そうか、氷(・)か(・)ら(・)の(・)視(・)線(・)は、そういう事だったのか。

 だとしても、それが私と何の関係があるのでしょう)


「スノーウィッチは、強い魔法使いを好む。しかも女性のな」

「そ、それって……」


 背筋に氷が落ちたような感覚。


(アヴァヴァヴァヴァヴァッ!

 禁術を放ってしまった。飢えた獣に餌をやるようなものじゃないですか!)


 マリアさんも、さすがに同情の視線を送った。


「ティアに興味津々ってこと」 


 笑うでもなく、真剣に言った。


「ティアを殺したくない。

 バルドの場所の見当は付いたし、私達だけで行こう」


 “私”は一瞬、心が揺れた。


 全てを話し、地図も渡した。

 マリアさん達がそういうのなら、ここで待機するのは"逃げ"じゃない――そう安堵する“私”と。

 それでも“私”のせいで、バルドさんを島に残したのだ、と分かっている“私”が居た。


 皆もマリアさんの案に賛成して、会議が終わろうとした。その時だった――


 バンッ!

 

 勢いよく、後ろのドアが開く。

 全員の視線がドアに集まる。入ってきた人物を見て、“私”は目を見開いた。

 

「ティアはドラゴンを倒したことがある!

 スノーウィッチがたとえ魔王と同じレベルでも戦えるはずだ」


 リコが走って戻って来たのだ。


 まだ目頭には涙を溜めていた。けれど、その瞳はもう前を向いていた。

 肩で息をする彼女は「だろ?」と“私”を睨みつける。

 その言葉は、“私”を陥(おとしい)れようとした言葉ではない。


 彼女は信じてくれているのだ。

 憧れた人だから。師匠として、尊敬する人だから。


「でもリコ、ドラゴンとは比にならない。

 レベルが違うんだ」

「そんなの関係ねえ!

 ティアは、ワタシの知ってるティアはやってくれる!」


 リコは決して大人に逆らうことを言うような女の子じゃない。

 だからこそ、そのまっすぐな言葉が“私”を突き動かす。


「――行きます……」

「声が震えてるのにか?ティア。死ぬかもしれないんだぞ」

(こわい、怖いに決まってる。でも――)


 耳の奥で蘇る「私も一緒に戦うわ」という母の声に、

 不思議と逃げたいという選択は消えていた。


(一人で全部を背負わなくていい。

 今度こそ、皆の力を借りよう)


 震える情けない拳を押さえて、

 マリアさんと船員達に向けて声を振り絞った。


「今は私が船長です!

 絶対に助ける。だからみんな、力を貸してください!」

(こんなにお腹から声を出したのは何年ぶりだろうか)


 マリアさんは、「オーケー船長、良い顔になったじゃないか」そうむせる“私”の頭を雑に撫でた。


「あの、マリアさん。移動中で良いので剣術を教えてください。

 魔法は詠唱が長くて接近戦には向かないので、

 付け焼き刃でも剣を使えるようにしときたいんです」

「もちろん良いよ!」


 こうして、再びアマランス島へ向かう事になった。

 船へ向かう途中、リコにお礼を言おうと駆け寄った。

 すると彼女は、振り返って頭を下げた。

 

「あの時必死だったんだよな。ごめん。気づいてあげられなくて」


 深く下がる頭に、“私”も同じぐらい頭を下げた。


「私こそあの時はごめんなさい。

 あと、ドラゴンを倒したって話、あれは嘘なんです」

「……そうか。でも、私を助けてくれたのは本当だろ?

 今度は、とーちゃんを助けてくれ」


 真剣なまなざしで「もう一回、師匠って呼ばせてくれ」と彼女は拳を向ける。

 “私”は頭を上げて拳を伸ばした。


「絶対に師匠って呼ばせてやる」


 拳をぶつけ合った瞬間、

 心の奥に小さな火が灯った。


 それは、さっきまでの“罪悪感の火傷”ではなく──


 前へ進むための炎だった。

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