11話目 罪の果てに、星は降る
午前9時、アマランス島に上陸。
「古代遺跡が凍ってる」
みんなの第一声は、“私”と同じだった。
夏にも関わらず、遺跡の半分を尖がった氷塊が呑み込んだその異様な光景は、恐怖心と好奇心を煽る。
「リコ、一緒に行動しよう」
“私”の余裕のない顔に、リコは不思議な顔をして「師匠がそう言うなら」と隣に並んだ。
確かに聞こえたのだ。精霊の声が――
―― "逃げて"と ――
「ヨーンさんは?ヨーンさんは何処?」
「ヨーンなら先頭だよ、誰よりも罠に詳しいから」
「そういえば、何でバルドさん含めて10人だけは大きなリュックを背負っているの?」
「あれはレンジャー班だ。もしもの時、囮になって仲間たちを船に逃がすんだ」
「それなら船長が囮になっちゃ駄目なんじゃ……」
「やっぱりそう思う?
皆も止めてるんだけどよ、
とーちゃんは、"家族を守るのは親父の仕事だ!"なんて言うから、聞くしかないんだ」
「本当に大切にしているんですね」
進んでいて分かったが、古代遺跡に挑んだ者はつい最近まで沢山いたみたいだった。
散らかったテントや食料の食べ残しを見て、遺跡の地図が沢山あるのも頷ける気がした。
「一つのダンジョンに、あんな大きな建物を作る人も居るんですね。立派なログハウス」
「建築ギルドだろうな」
「建築ギルド?」
「あぁ、ダンジョンに挑む人とか住居を探してる人に売るんだ。
古代遺跡みたいな、規模のでかいダンジョンの前には大抵ああいう家が建てられてるの。
ほら、ドアの所に紋章があるだろ?あれがギルドの証」
確かに、金槌が入った六芒星の紋章が彫られていた。
ドアにはカギがかけられておらず、半開きだった。
この氷と関係があるのだろう。
その証拠に、住人が慌てて逃げた事を、家の前に脱ぎ捨てられた片方の靴が語っていた。
「まだ靴は新しい、きっとこの氷はつい最近、古くても一週間ほど前に出来た物だろうね」
「すげえ!どうしてわかるんだ?」
「脱ぎ捨てられたにしては、あの革靴、綺麗すぎるからだよ。
夏になってから雨が降ってなかったから、日焼けをしてもおかしくないでしょ?」
村の案内人をしていた頃に、身につけた観察眼だった。
案内した探偵さんに教えて貰ったのだ。
教えて貰った時は、使い道がないだろうなと思ったけど、
村は治安が良いせいか、みんな警戒心がなく良く落し物をしていて、その度に役に立ったものだ。
「氷は魔法で作られる。溶けてないって事はまだ魔法使いは居るはず」
「魔法で作られた物は魔力が注がれている間しか存在できないんだっけ?」
「そうだよ、だから何かの目的で、この氷は存在してるの」
リコは周りを見て目を細め呟く。
「視線を感じる。見られてるとかか?」
「ありえるかもしれないね」
バルドに、この事を言おうと駆けだそうとするリコの腕を、
“私”の手が掴んだ。反射的に。
「いわなきゃマズイだろ」
(言わなきゃいけないのは分かっています)
でも、この魔法の主の魔力が、地下から感じられた。
ヨーンさんが持っている地図には、上階に続く階段しか描かれておらず、会うことは無いのだ。
この時の“私”は、どうにか皆に笑って偽物の地図だと気づいてもらうのを狙っていた。
だから——パニックを起こすのは、避けたかった。
「……ダメ」
彼女は、説明不足の“私”に、眉をひそめて少し苛立ちはしていたが、大人しく従ってくれた。
「師匠、大丈夫か?汗が凄いぞ?熱とかか?」
「いや……緊張だよ。ほら、ダンジョンとか初めてだから」
「ふーん、ドラゴンを倒す師匠でも緊張ってするんだな」
「暗いところが苦手だから。あはは……」
(これは本当です。
正直、ただでさえ暗い場所なのに、魔物なんて出たら心臓が止まって倒れてしまうだろうな)
「安心しな師匠!
ダンジョンの一階は大抵調べつくされているものだから、たいまつとか置かれていて明るいんだ」
「ならいいんだけど」
リコの言う通り、ダンジョン内はたいまつが置かれていた。
それどころか、トライした人達の、矢印や先に何があるのかが壁中に刻まれていた。
「住所まで書かれているんだね」
「そうだぜ!ダンジョンを通じて、出会おうとする人が居るんだよ。
実際、出会って結婚ってなるケースはあるみたいだけど」
リコは、「度胸がねーよな。男がやってたらカッコわりーぜ」なんて鼻で笑った。
(なんかお店のトイレみたいだ、あそこも落書きのオンパレードだし)
「これだけ情報があるのなら、直ぐに階段も見つかるだろうな」
そうは言ったものの、上に繋がる階段は見つからず、
まるで、メッセージを残した人たちが悪戯でそこに導くように。
矢印を辿る先は、必ず空の宝箱だった。
「本当に階段があるのか?師匠は何か分かる?」
元気だったリコも、歩き疲れたのか口数が減っていった。
周りもそうで、声よりもため息が多くなっていた。
そろそろ切り上げるだろう。
(階段自体が見つからなくて良かった……
本当に何も起こらなくて、良かった)
「分からない」
「なんか楽しそうだな」
「へ?」
(やべっ)
「変な師匠」
「大勢でダンジョンに潜った事がないから楽しいんだ、私」
「ふ~ん」
その時だった、バルドの歓喜の雄叫びが前から聞こえて、
それと同時に精霊が強く警告する。だが、その時には遅かった。
皆走って行き、最後にその全貌を目にした“私”は、宝箱に埋め込まれた無数の魔石に背筋が凍りつき一瞬動きが止まる——
—— 違う、今や珍しい魔術式のトラップだ ——
足を止める“私”、そんなのには皆気づかず、目の前の開いてない宝箱に群がる。
「魔石が埋め込まれた宝箱なんて珍しい。
でも罠の痕跡もありません、バルド船長開けましょう!」
歓声に“私”の声はかき消されて、誰も気づかない中、
傍にいたリコが行こうとして、私はその手を握り力強く自分の後ろに引き戻す。
「師匠?」
青ざめた“私”の顔を見て、嫌な予感を覚えたのだろう。
何も言わず、だが、皆を助けてというように背中に額を付けた。
震える手で魔法の杖を引きぬき息を吸い込む。
「大地の息吹よ、一瞬で千を成せ——」
バルドが宝箱に手を掛けた――その刹那。
私とリコの前に、トラップが作り出した柵が現れる。
部屋中が青白く光り、宝箱の下から魔法陣が浮かび上がった。
その時間、一秒も経っていないだろう、詠唱が追い付かない。
「伸びろ、裂けろ、掴み砕け——」
壁は動き出し、ドーム状の穴が開くなり、そこから大量の魔物が現れた。
今迄そんな罠を見たことがなかったのだろう、
皆その状況に何もできず、武器を構えるのが遅れていた。
(最悪だ。最悪だ最悪だ最悪だ!)
魔物たちの奇声と、自分の弱さが招いた事態に、詠唱の声が途切れそうになる。
「皆を守ってください、スプリング・バーストヴァイン!」
石畳の床を突き破る無数の蔓は魔物たちを薙ぎ払い、
閉じ込める石の檻を壊して皆を逃がした。
「皆こっちです!早く」
私は、腰を抜かして動けなくなっているリコを背負い走る。
無数の足音に置いてかれながらも、やっと出口の光が見えた。
「やっと出口です!」
が、あの罠は、そんなにすぐ逃げられる程度のものではなかった。
「ティア!」
「――ッツ!?」
出口を抜けたその刹那、足元から広がる魔法陣。
気が付いた時には遅く、砂が手のごとく私の足を捉えた。
前に倒れて放り投げられたリコは、ガタガタと震えてただ私を見つめていた。
「逃げて!逃げなさいリコ!」
辺りは巨大な岩で作られたゴーレムや小柄なゴブリンに囲まれていて、
船を停めた方を見れば、海面が見えない程の半魚人が続々と這い上がってきていた。
魔物の放つ異臭に呼吸が早くなり、目の前がぐらりと揺らぐ。
現実とは離れすぎていて。生きた心地がしない。
《俺様を使え、地味っこ》
(確かに詠唱をしている間に襲われるだろう)
「諦めんなティア!走れ走れ走れ!!」
バルドさんに砂の手から引き上げられた私は、
おぼつかない足を叩き、ゴーストイーターさんを握る。
(立つんだよ、私。逃げちゃ駄目なんだ。今だけは!)
剣術なんて学校で習った基礎動作だけだった。
だから身体はすっかり忘れていた。
迫りくる敵。
昔の事なんて思い出している暇なんてない。
「うぉりゃぁぁぁぁぁぁぁあ!」
身体を動かしたのは、生きたいという強い思いだけだ。
剣術とは言い難い程、動きは滅茶苦茶だった。
でも、確かに魔物の動きは見えていた。
腐っても勇者の娘と言うわけなのだろう、潜在能力だった。
「師匠!」
「今行きます!」
周りを見る余裕なんてない、
ただ、リコを助ける為に、剣を振るった。
必死に。カッコ悪く。
何とかリコの手を握り、
浮遊魔法で彼女を甲板にあげて、私は下ろされたロープを掴んだ。
血が滲み、臆病が生んだ悪夢に涙がにじむ。
それでも、歯を食いしばり登る。
「船を出して!」
「駄目だ!とーちゃんが!」
「え!?」
その時ようやく我に返った。
そして、目の前の光景に目を疑った——
—— 船員の半分が肉片となり真っ白の砂浜を赤に染め上げていた ——
鼻を突く血の香りに吐き気を覚えて、奥歯を噛みしめた。
「私が助ける!」
手すりから飛び降りようとする、私の背中を掴んで引き留めた。
ヨーンさんが。
「船長は俺たちを助ける為に残ったんだ!馬鹿なことはするな!」
普段は温厚で静かな彼が、目を見開いて声を張り上げる程の緊急事態。
地図の後悔よりも、一つの魔法のことしか頭に残っていなかった。
スピちゃんの文殿にあった魔導書の中でも、禁術として取り扱われていた一つだ。
手から落ちそうになる大杖を握りしめて、震える声で紡ぐ。
「精霊よ聞け、
この者らは脅威と断ず——」
これは“敵と認識した存在だけを討つ”精霊魔法。
人の魔力保持量では到底足りず、
使用した魔法使いたちが、大量に死んでいったが故に禁術になった。
船は縄を解き全速力で走り出す。
雲一つない青空は、墨が滲んだように黒に染まり、淡い光がいくつも現れる。
それは正午にも関わらず、満天の星空の様だった。
景色が変わりゆく中で、精霊の声も耳元でうるさくなっていく。
詠唱を止めさせようと、精霊達の呼びかけが強まっていく。
「ならば我が手に力を貸し、
敵意ある影を根絶せよ——」
穏やかな海は豹変し、高い波が船を左右に揺らし。
大粒の雨が、雷が、地面を穿つ。
魔物たちはその異常事態に襲う手を止めて、辺りを見渡した。
バルドさん達はその隙に逃げて、
最初に見つけた、建築ギルドのログハウスへ向かう。
「断罪の奔流よ!
セリオス・エクスターミネイト!」
—— 一瞬。
瞬きも許さない、一秒が長く感じられるほどの刹那。
光の刃が降り注ぎ、大量にいた魔物たちを一掃した。
魔力の負荷に耐えられなかった大杖から、悲鳴にも似た木の割れる音がして、
耳元でうるさい程に聞こえていた精霊の声が――ピタリとやんだ。
悪夢のような光景に、“私”はただただ見守るしかなく。
そんな“私”を船員達もリコも、唖然と眺めた。




