第五話 不器用な優しさ
同居を始めて、数日が経った。
その日が自分の誕生日であることを、リディアは誰にも言っていなかった。
(前世じゃ、誕生日なんて通知アプリが教えてくれるだけの日だったし。別に、今更誰かに祝われたいとも思わないし)
そう自分に言い聞かせながら、朝の身支度を済ませる。
「お嬢様、今日は……」
マリエルが何か言いかけたところで、玄関の方が急に騒がしくなった。
「リディ! 久しぶりだね!」
聞き覚えのある、明るい声。
応接間に通されていたのは、輝くような金髪の青年──ジョセフだった。隣国の伯爵家の子息で、幼い頃から家族ぐるみの付き合いがある相手だ。
「ジョセフ様。今日はどうして、こちらに?」
そう尋ねた直後、応接間の扉が音もなく開いた。
「──来客中だったか」
カインだった。
ちょうど、ジョセフが当然のように両手でリディアの手を包み込んだ、その瞬間だった。
(この距離感、前世でいうところの完全に"馴れ馴れしい元カレ"のそれなんだけど)
視線が、握られたままのリディアの手に、一瞬だけ落ちる。
「これは、レイヴンズウッド卿。突然の訪問、失礼した」
ジョセフが如才なく手を離し、社交的な笑みを浮かべる。カインは短く頷いただけで、何も言わなかった。
だが、リディアは見逃さなかった。
こちらに向けられた金色の瞳の奥に、微かな険が滲んでいたことを。
「……お茶の用意を、お願いできますか」
平坦な声でそう言うと、カインは踵を返し、部屋を出て行ってしまった。
(今の、絶対に何か言いたかったやつでしょ)
扉が閉まったのを確かめてから、ジョセフが改めて口を開いた。
「どうしてって、リディの誕生日を忘れるわけないだろう」
そう言って、抱えていた花束を差し出す。
一抱えもある大きさで、南国から取り寄せたとおぼしき、けばけばしいほど鮮やかな色の花ばかりが飾り立てられていた。
(すごい迫力……でも、正直これ、どこに飾ればいいのよ)
「ありがとうございます、ジョセフ様。……とても、目立ちますね」
「だろう? 一番良いものを選ばせたんだ」
得意げに笑うジョセフに、リディアは曖昧に微笑み返すしかなかった。
「相変わらず、驚くほど距離が近いですね……」
「水臭いこと言うなよ。俺たちの仲だろ」
そのあともしばらく近況を語り続けるジョセフを、リディアはやんわりといなした。玄関先まで見送る頃には、すっかり日が傾き始めていた。
「また顔を出すよ。今度は、二人きりでゆっくり話したいな」
意味深にそう言い残し、ジョセフは去っていった。
ジョセフが帰った後の屋敷は、いつも以上に静かだった。
夕食の席でも、カインはどこか口数が少ない。
「……ジョセフ殿とは、親しいのか」
ぽつりと落とされた問いに、リディアは箸を止めた。
「幼馴染です。それだけですけど」
「そう、か」
短い返事だったが、僅かに肩の力が緩んだのが分かった。
(分かりやすいんだから、もう)
食後、自室に戻ろうとしたところで、廊下でカインに呼び止められた。
「待て」
振り返ると、彼は珍しく歯切れの悪い様子で、小さな包みを差し出してきた。
「……これは?」
「今日、お前の誕生日だろ」
「──」
思わず、言葉に詰まった。
「誰に聞いたんですか」
「婚姻の手続き書類に、生年月日が記載されていた」
あまりに事務的な答えに、リディアは拍子抜けした。
(そんな理由で、覚えてたの)
包みを開けると、中には、控えめな意匠の髪飾りが入っていた。派手さはないが、丁寧な作りのものだった。
「少し地味だったか?派手なものは、好みではないと思ったのが……」
「……なぜ、分かるんです」
「お前が身につけているものは、いつも控えめだ」
さらりと返された言葉に、リディアは頬が熱くなるのを感じた。
(正直、派手なジョセフの花束は持て余してしまうけど、この髪飾りはとても好みだった──)
ふっと頭に湧いたその考えに自分でも驚く。
「……ありがとうございます」
素直に告げると、カインは僅かに視線を逸らした。
「……礼を言われるようなことでは」
「言われるようなことです」
強く言い返すと、カインは何か言いたげに口を開きかけ──結局、何も言わずに閉じた。
その表情に、また、あの痛みを堪えるような色が浮かんでいた。
(あの顔、また出た。一体、何を隠してるのよ)
問いただす代わりに、リディアはそっと髪飾りを胸に抱いた。
その夜、リディアはしばらく眠れなかった。
だが、今度は前世の記憶のせいではなかった。








